表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/94

閑話2 -別府造船装備品開発室物語その0(別製魚群探知機)-

「土佐丸」装備についての閑話を投稿。


「釣れないなぁ~。何でだろ?」


「船の下に魚群がない。あるいは針を下ろす水深が魚群に合ってないというのが釣れない原因の大きな所だな。海の中は見えんから、潮の流れ、水温、海上の鳥の群れから間接的に判断するしかない。漁というのはある意味諜報戦だと言えるな」



 別府湾のど真ん中。地元漁師の船で釣り糸を垂らし、愚痴をこぼしたおっさん。今や九州のみならず、その業績と企業展開で神がかり的な躍進を続けている別府造船グループの総帥、来島義男社長に釣船の漁師(リタイヤした海軍士官らしい)が「釣り」を軍事的に解説する。来島社長は魚信あたりがなかなかないため気分が悪いらしい。



「わかってるよ。でもね、馬鹿っ広い太平洋ならまだしも、別府湾だよ?別府湾。地図上で数ミリの大きさしかないよ?そんな間接情報頼りに釣りなんぞやってられないよぉ~。最近忙しくて釣りする余裕もないんだから、こっちの都合も考えてバカスカ釣れて欲しいよなぁ。今日だって宮部が出かけている隙に時間作ってるんだから…これで坊主だったら宮部に殺されちゃうよぉ~」



 どうやら、予定をキャンセル(=逃亡)してきたらしい。怒り心頭の「ぷっつん宮部」こと、宮部技師長の顔を思い浮かべた来島社長は背筋を震わせた。



「間接的にしか把握できない情報を直接把握できれば、勝利する。これ(釣り)の場合、魚群が見えれば、まぁ、坊主になることはないだろうね」


「魚群が見えるか…そうか…見えればいいんだな…見えれば…」


「船底をガラス張りにしても日の光が届かない深さだと何の役にも立たんぞ?」



 何事か考え始めた来島社長に忠告する船頭だったが、来島社長は何も聞こえていない様子だった。

 その夜、日商の高畑に来島からの長距離電話が入った。



「高畑さん。探信機です。水中探信機を入手してください」


「水中探信機?一体何に使うんです?」


「魚群探知機です!魚探を作るんです!それで別府湾の魚をバカスカ釣り上げる!」


「はぁ?」



 日商を経由し旧式ではあるものの、サーチライト型の水中探信機を入手した来島社長はこれを別府造船超技研に持ち込み、魚群探知機の開発を命じた。

 要求事項は、


 ・魚群を探知できること

 ・漁船に搭載可であること

 ・高崎山の猿にでも使えること

 ・蛮用に耐えること


 である。


 別府造船は強電が専門の社員は少ない。逆に弱電関連の技術者を多く雇用している。来島社長曰く、


「強電は海軍とか財閥が囲い込んでるから、参入の隙なんぞ全然ない。だから他社がやらないことをやる。もちろん、弱電の方がカネがかからんという事もある」


 である。

 さて、この中探信機。現代ではソナー(海軍ではソーナー)と呼称されており、アクティブとパッシブ型に大別されている。簡単に言うと、アクティブ型はレーダーの電波部分を音波に置き換えたもの、パッシブ型はいわゆる聴音器である。

 来島社長が開発を命じたのは、このアクティブ型である。パッシブ型については、



「魚の息づかいを感じることはできん」



 と、謎の言葉を残して却下する。

 ソナーのキモは、超音波の発信部トランスデューサーである。これには高い圧電効果を持つものが必須とされ、黎明期には水晶、近年ではロッシェル塩が使用されている。しかしながら、ロッシェル塩は親水性が高く、湿度の高い場所では急激に性能が劣化する。

 そもそも、周囲が全て水である艦船の、それも喫水線から下の船底で湿気厳禁のシロモノを運用するというのが無理なのだが、この問題に別府造船超技術研究所(略称OTL)の面々、特に技術については変態的こだわりを見せるドイツ出身の技術者は、超絶技術でそれを回避しようとした。これに待ったをかけたのは来島社長である。



「それ、絶対ダメだろ?漁船で使うんだよ?間違えてトロ箱ガッツンやっちゃったらハイそれまで!なんてのは絶対ダメ。俺に考えがある。とりあえず、すんげぇ性能のロッシェル塩前提で設計しといてよ」



 そう言って、OTLを後にした来島社長はなにやら画策し、数日後重役連を招集した。

 最近発見された強誘電体の製造技術を手に入れるための資金拠出を求めたのだ。

 何せ、社長専決事項に該当しない「業務提携」「出資」案件である。重役連に出資の可否を図る必要があるのだ。ちなみに、来島社長が独断専行することは非常に少ない。なぜなら、財布は重役連がきっちり握っているからである。

 中古の水中探信機程度であれば社長専決事項で何とかなるが、「出資」「業務提携」となると、相手がどんな弱小企業であったとしても、また、金額の大小にかかわらず相手の今後の事業に責任を持たねばならない。

 セコハンの機械を購入するのとは重みが違う。そして、別府造船グループはその「責任」を大切にしている。


 重役会での、「強誘電体」「チタン酸バリウム」という耳慣れない素子の製造技術取得のメリットのプレゼンテーションは、超技研の研究員に逓信省電気試験材料部から取り寄せた論文の抄録を棒読みさせるという、情けないものであった。

 別府造船の重役連に弱電の専門家はいない。聞く重役連もちんぷんかんぷんだ。従って、棒読みでも何ら問題がないと考えたらしい。

 何せ、社長自身が



「よく知らない。が、いいものだ」



 と質疑に答える始末である。しかしながら、ロッシェル塩の欠点(親水性)、チタン酸バリウムの有用性についてはなかなかの見識を持っていた。

 これらについては、「本とか漫画で読んだ※」などと、わかったようなわからないような答弁で、重役連を更に混乱させたのだが、来島社長のいい加減さにあきれながらも、重役達はこの「開発」に利があるかどうかの検討をする。

 水中探信機は(どちらかと言えば)弱電機器だ。別府造船で何とか開発できる。また、国内では水中探信機の新規開発が長い期間行われていないため、開発が成功すれば新規市場が開拓できる。軍艦はもちろん、来島社長の要求する仕様を全て満たし、適切な価格が設定された場合、全国の中型以上の漁船に搭載される可能性が十分ある。実にオイシイ市場だ。

 何よりも、今までに来島社長が大損をしたことは、鈴木商店から押しつけられて、丸損一直線で陸軍に転売した特殊船舶以外にない。しかし、この大損も陸軍との取引で絶賛回収中。よってリスクも少ないとの結論に達し、水中探信機開発(予算措置)は賛成多数で了承された。

 ここで、来島社長が却下したパッシブ型だが、さすがに片方だけでは海軍は採用しないだろうとアクティブ型と並行して開発が行われることになる。


 資金のアテがついた来島社長は、早速京都に飛び、新素材「チタン酸バリウム素子」の開発・製造を、創業ホヤホヤの特殊陶器、特殊磁器を扱う「町田製作所」に丸投げする。

 当時23歳の町田製作所の社長、町田晟は当時の様子をこう振り返る。


「変な親父が工場にいきなりやってきて、『おお!これだ!サクセスストーリーの原点がここにあるぞぉ~』とか敵国語(英語)混じりではしゃぐんですよ。誰だ?このおっさん?と思ってたら、いきなり『ああ、貴方が町田さんですね?実は新素材の開発をお願いしにきたのです』と更に訳の分かんない事を出す。様々な人と出会ったけど、来島さんとの出会いは強烈だったね。で、こっちはやるかどうか決めてないのに、帝大(京大)の先生を技術指導ってことで引っ張ってきてたんだから…。もう、返事は「はい」しか残ってなかったなぁ(笑)」



 金子(鈴木商店)のやり方を来島社長なりにアレンジしたのだろう。まぁ、彼よりは優しいのではないかと思うのだが…。

 かくして、チタン酸バリウム素子を使用した超音波トランスデューサーの開発が開始され、京大の田仲助教授の協力もあり、半年後には十分な性能を持つ素子が完成。早速別府造船に納品され探信機の試作が開始される。

 別府造船超技術研究所はその名に恥じない開発を行い。既存探信機をベース(魔改造)にした新型の探信機を作り上げる。





「社長!何すねてるんですか?」


「うるせ~!こんなデカブツ、漁船のどこに積むんだよ!」


 別府造船の実験船「むよれこ丸(200トン)」は別府湾の実験海域に向け航行していた。

「むよれこ丸」は別府造船の船体設計の実証用として建造された特殊船で、各種の計測器を搭載できるように設計されている。大きな特徴は双胴船であることで、この利点を活かし、探信機の試験用に駆り出されていた。

 この船。実験以外にも、賓客接待用のクルーズ船、従業員対象の納涼船としても活用されており、別府造船では一番知名度の高い船舶だ。

 珍妙な船名は「一度聞いたら忘れない名前を」と、別府造船グループから社内公募したもので、(来島社長による)厳正な審査の結果、大神汽船の通信士の案が採用された。何でも、


 「通信士なら一度聞いたら絶対に忘れない。オマケにたびたび通信すると殺意がわいてくる…」


 という類の名前らしい。(どうでもいいことではある)


 とにかく、来島社長は、探信機が漁船に搭載できる大きさでなかったのがかなり気にくわないらしい。そもそも軍用の探信機を参考に改良しているのだから、その大きさは軍艦搭載用と大して変わらない。工業製品全般に言えることだが、


・まずは機能を満足するものを作る

・信頼性を上げる

・小型化、汎用化を進める


 のプロセスを得なければ基本、ロクなものは出来上がらない。来島社長も理解はしているのだろうが、そもそも「魚探」が欲しかったので開発を始めただから、漁船に搭載できない現実は、今後の改良で小型化されるとはいえ、なかなか割り切れないのだろう。



「で、いつになったら漁船に載せられるんだ?」



 で、この質問が出る。



「これがモノになってから小型化しますからねぇ~。そもそもどのくらいの大きさの漁船を想定してるんですか?今のままだといいとこ10トン級以上じゃないと搭載できませんよ?」


「別府湾でセコセコ稼ぐ漁船のどこに10トン以上の漁船があるんだよ!いいとこ3トンだ!小型化だ小型化!それと価格も抑えろよ!…まったく…いつになったら俺の願いが叶うんだ…肉食わない日本人にとって魚は大切なタンパク質供給源なのに…」



 ブツクサ文句を言う来島社長をよそに、「むよれこ丸」は試験海域(魚群の真上)に到着。スクリューが停止された。



「実験開始しま~す。最初は下方へ最大出力で探針音を発信しま~す。水測員は船の真下には魚群がいると思われますので、魚影をきっちり観測してくださ~い。それでは探針音発信します3、2、1、発信!」



 しばらくすると「むよれこ丸」の周囲に銀色の腹を見せて魚が浮かんできた。



「…義男君。アレはなんだ?」



 懇意の漁師(実験海域を選定したのは彼である)が、来島社長に状況の説明を求めた。



「…鰯じゃないでしょうか…」


「まさかとは思うが…毒物や電気を流すとか、そんな事はしてないよな?」


「も、もちろんです」


「じゃぁ、アレは何なんだ?」


「わ、わかりません…オイ!誰か!ありゃ何だ!」



 測定器をのぞき込んでいた超術研の技師がその声に気づき、海面を見て叫んだ!


「こりゃ凄い!音圧にやられて魚が浮かんできたぞ!社長!実験は成功です!ここまで高出力とは全然予想してなかった!」


「あ、ああ、そう。成功ねぇ~あははは…(なんでこうなった)」



 かくして、別府造船製アクティブソナーの実験は成功裏に終了した。


 開発、製品化の目処がついた超音波探信器は、開発費用の短期回収のため、漁船ではなく船舶、それも海軍の護衛を受けられない独航船や陸軍の徴用船舶に優先的に取り搭載されることが決定した。

 最初に搭載されたのは陸軍の保有する最大の船舶「土佐丸」で、触雷の修理のため大神にドック入りした際に、艦首とバルジ外側に搭載される。

 高い潜水艦探知能力を得ることになった「土佐丸」はニューギニア戦線で大活躍をするのだが、出航前に来島社長からの、


「ソロモンで鯨を捕ってこいよぉ~」


という、言葉の意味を理解する者は少なかった。




ちなみに、このアクティブソナーの探信音だが、超技研の社員によれば、「死人すら飛び起きる騒々しさ」らしい。



時系列で付け加えてゆこうと考えてますので、閑話系は掲載場所がわかりにくくなるかもしれません。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 実際にアメリカ海軍のソナーの試験かにかでイルカが海岸に打ち上げられたとか。それを見て怒った環境保護団体の過激派がドラマの中で原子力潜水艦に潜り込んで毒ガスでクルーを全滅させようとした回があり…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ