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予感

 見慣れないものが見たら吐き気を催しそうな惨状のなか、イロアスはあまりの臭いに顔を顰める。

 血の臭いではない。血の臭いを気にする段階はとうに過ぎているのだ。

 ならばなにか。


(ガス臭いな)


 それはミラと出会ったときに嗅いだ事のある異様な臭いだ。

 火山で感じるような臭さではなく、ガス臭くも生臭いという嫌な臭いである。


(こいつが原因か)


 臭いの原因は頭部を失った大きな魔物である。

 頭を吹き飛ばすまでは感じなかったことから、この臭いは体臭ではなく体の中で作られたか、保存されていたものだと分かる。

 この臭いを再び嗅いだことにより、ミラと出会ったあのときも、この魔物はいたのだろう。姿を見なかったのは、謎の爆発であとかたもなく消え去ったからだろうことが分かった。

 謎の爆発とはいったが、おそらくは発火性のガスだったせいで自身の太刀によって爆発したのだろうと当たりをつけている。

 イロアスはいつまでも生臭いガスの臭いをいつまでも嗅いでいたくないため、魔物の死骸を収集袋に収納した。

 みるからに入りそうもない魔物の体が、小さな収集袋に吸い込まれるように収納されていく様は、街の人間なり冒険者なりがみていたら目を疑っていただろう。それくらいには異常な光景である。

 イロアスとしては日常のことなので今更驚くこともない。

 指摘されたところで、そういうものだとしか言わないだろう。

 魔物の死骸を収納したイロアスは、目的を果たし土産も出来たことで満足し、帰ることを決めた。


 爆散しあちこちにこびりついている肉片はイロアスにはどうしようもなく、放置して帰ろうと思い少し離れたところで人の気配を感じた。

 

(誰かこっちに来るな)


 遠くから何者かがやってくる気配。耳を澄ませば草木をわけてこちらに向かってくるのが分かる。

 慌てたような感じを受けるため、ありえないとは思いつつもイロアスは戦槌を振るえる姿勢をとった。

 やがて目視できる位置までやってきたのは、イロアスに見覚えのある人物だった。


「ミラ?」


 息を切らしながら近くまで来たミラは、イロアスに気付くと息を切らしながらも嬉しそうにやってくる。


「イロアスさん!」


 相変わらず敵と戦うことを想定していないように思える装備にイロアスは胡乱気な視線を向け、無謀なほど無警戒に近寄ってきたことを思い出し、溜息を吐く。

 目の前で息を整えようと苦しんでいる少女は一体何を考えているのだろうか、と疑問に思ってしまうくらいに残念だと感じている。

 兎も角、ミラの目的を聞かないことには始まらない。何故ここにいるのかを問う必要はあった。


「何故こんなところに?」

「あ、えっと、依頼を受けて森に入ったのは良いんですけど、中々見つからなくて……もう少し奥にいってみようと思ってたらいきなり凄い音が聞こえたので、何が起きたのかなっと思って」

「それで、慌てて様子を見に来たと」

「はい……」


 経緯を説明したミラだが、イロアスの声音に何かを感じたのか気落ちしながら返事をする。

 顔を伏せて沈んでいるミラの様子に、イロアスは聞こえないように長く息を吐いた。

 イロアスは別にいじめるつもりはない。ないのだが、こうも沈まれるといじめている気分になって居心地が悪い。

 子供をあやすように、ローブを被っている少女の頭に手を乗せる。


「別に責めているわけじゃない。ただ少し無用心だと思っただけだ」

「すいません……」

「謝ることはない」

「……はい」


 ミラの気分が向上したようには見えない。

 口をへの字にしながら、どうすればいいか思案するイロアスに、名案が浮かんだ。


「そうだ」

「?」

「何の依頼だ?」

「え?」

「依頼だ、ミラの受けた依頼」

「ええっと、ネロの実を集めてくる依頼です」


 イロアスの質問におずおずと答えるミラ。

 膨らんでいる袋から取り出した桃色の実をイロアスに見せる。

 その桃色の実に見覚えのあるイロアスは、再び質問する。


「それか。いくつ必要なんだ?」

「あと五個です」

「ならこれで終わりだな」


 収集袋から桃色の実を取り出すと、強引にミラへと押し付ける。

 押し付けられたミラは突然のことに慌てるがつき返そうにもミラの体格ではかかえる格好になってしまい、出来そうにない。


「そ、そんな! 受け取れません!」

「なら、そうだな。それは食えるのか?」

「え? あ、はい。実のほとんどが水分で出来ていて、齧ると甘い果汁が口に広がることで人気な果物です」

「なるほど。……確かに甘い。良い事を聞いたな。それは情報料だ。返そうと思うなら捨てろ」

「ええっ!?」


 食べられると聞いて、ミラに渡した分とは別にもう一個取り出すと、兜を少し上げ一口齧る。

 聞いたとおり甘い果汁が口の中に広がり、ほとんど水分のためにすっと喉の奥に流れていった。

 単純においしい果物だったので、少し惜しいと思いながらも情報料をいう形で押し付けた。返却するなら捨てるとの一言つけて。

 当然困惑の声を上げるミラだが、イロアスのなかでは既に終わったことだ。取り合うつもりはない。


「依頼も終わったことだし、帰るとするか」

「あ、ちょ、ちょっと待ってください」


 来た道を返すイロアスに、いそいそとネロの実を袋に詰めていくミラ。

 急いでネロの実を詰めたミラはゆっくり歩いていたイロアスに追いつく。


「そういえば、イロアスさん」

「ん?」

「さっき凄い音がしたのは何だったんでしょか?」


 凄い音というのは、イロアスが戦槌を叩きつけた音だ。

 イロアスとミラの位置は遠かったが、それでもミラが凄い音というくらいには聞こえていたことになる。

 

「俺がネズミを叩き潰した音だな」

「叩き潰した? そのハンマーでですか?」

「そうだ」

「身体強化の魔法を使ったんですか?」

「いや、使ってない」

「はー凄いですね! 身体強化の魔法を使わずにあんなすごい音が出せるくらいの攻撃が出来るなんて!」

「それと、俺は魔法が使えないんだ」

「そうだったんですか。それでも凄いです! いえ、むしろ凄いです!」


 凄い音の正体がイロアスの起こしたもので、それが身体強化の魔法という、使うと何倍にも身体能力を上昇させる魔法を使わずに起こされたものだとしって、興奮するミラ。

 すごいすごいと言い募るミラの声を聞きながら、イロアスは身体強化の魔法について考えていた。

 

(身体強化の魔法。確かあれは、魔力を放つのではなく、体内で循環させることによって発動する魔法だったな。魔力を放つ魔法が使えなくても、この魔法が使える人間は多いとか。何とかしてこれだけでも使えないものか)


 図書館で初級から上級まで読んだイロアスは、やはりどうしても魔法が使いたくなってきた。

 魔力を知覚しようとして、何も感じられなかったイロアスだが、そもそもあのやり方は、子供のころから何度も繰り返して行うことでようやく知覚出来るものだという。

 今まで魔法の存在に触れたこともなく、魔力の知覚なんてやってきたことがないイロアスに出来ないのは当然のことだ。

 そう、当然であり、イロアスはまだ魔法を使える可能性があるのではないかと考えている。

 ただ、大人になってから確認したものはいない。子供のころに全ての人間は魔力を知覚しているのだ。

 可能性として、大人になってからは感じることが出来ないということもありえるのだが、使えないと思うよりも、使える可能性が残っていると考えたほうがいいのだと信じている。

 魔法を知ることで、俄かに感じた恐怖よりも、未知への興味へと変わりつつあるイロアス。

 何度か見た魔法も、よく考えれば便利なものだと考えるようになっている。


「イロアスさんの受けた依頼ってアロスティアの討伐だったんですか?」


 魔法へと思いを寄せていたイロアスだったが、ミラの質問に意識を覚醒させる。


「いや、ヨモ草を採取だ」

「ヨモ草ですか」

「ああ。変なやつに邪魔されてまともに依頼も選べなかった」

「そ、それは大変でしたね」


 実際は邪魔をしたわけではないのだが、イロアスからすれば邪魔でしかなかったためこう言ったのだ。

 面倒だから場を離れたいと思い適当に依頼書を剥がして受けたのはイロアスのため、別なのが良かったとのたまうのなら自業自得でしかないが。


「今回はそれなりに収穫があったから気分はいいが、この後のことを考えると憂鬱になりそうだ」


 収集袋に入っている大きな魔物、これが面倒を呼ぶのは分かりきっている。かといって放置するのは論外である。

 腹をくくって面倒に首を突っ込む以外に道はないのである。

 そのときはミラも道連れであるということはイロアスの中で決まっている。

 同じように関わったのだから、説明の場にいる義務くらいはあると相場が決まっているのだ。

 ほの暗い笑みを浮かべているイロアスだが、ミラは既に大きな魔物について報告済みであるということを知らないでいる。

 魔物に追われイロアスに助けてもらった日、イロアスと別れてからミラはすぐにギルドへと駆け込み、その日に起こったことを報告していた。

 完全に気付いてたわけではないが、僅かな異変に気付いていたギルドによって応援で呼ばれていた高位冒険者同席のもと、ミラの証言を聞いたギルドは、すぐさま冒険者による捜索隊を編成し、アドルの森へ派遣している。

 当たり前だが、このときイロアスについて報告はされている。

 巻き込む気でいるが、実は巻き込まれいてるのだが、知らぬはイロアスばかりである。


「風呂に入りたいな」


 鬱屈とした気分に陥りそうなイロアスは入り損ねた温泉を思い出し呟いた。

 耳ざとくその言葉を拾ったミラは、輝かんばかりの表情になりイロアスに言う。


「それなら、風呂屋があると聞いてます!」

「風呂屋?」

「はい!」


 聞きなれない風呂屋という言葉だが、風呂を貸し出すところだろうと察した。

 

「イロアスさんの泊まっている宿の近くにあったはずです」

「ほう、そんな近くにあったのか」


 なれば帰りに寄っていくのもいいかも知れないと考える。

 冒険者ギルドに寄ったあとはおそらく、いや確実に疲れるだろうと予感があるのだ。

 嫌な予感とは総じて当たる。今回も間違いないと嫌な確信を得ている。


「風呂屋や気になるが、まずは冒険者ギルドに報告だな」

「そうですね」


 ミラと話ながら森の外へ向かっているイロアスだが、実はミラと会う前から妙な感じを受けていた。

 今もこうして暢気に話しながら出口に向かっていることも妙だと感じている。


「嬉しそうだが、敵を、魔物を警戒しなくていいのか?」

「そ、そうでした」


 敵の警戒の有無を確認すると、ミラは背筋を伸ばし辺りをきょろきょろと見回す。

 その様子に可笑しさを覚えながら聞いておきたいことを聞くことにした。


「ここら辺に魔物はよく出るのか?」

「ここまで浅いところだと、ほとんど出ませんね。ただ、例外はありますからね」


 言ってから一度体を小さく震えさせる。

 例外はあるが、ほとんどでない。

 イロアスはこれを聞いてやはり妙だと思った。


(ここまで浅いと、ね。確かに魔物の気配はほとんどといっていいほど感じなかった。実際遭遇したのはピドリホマ二匹とネズミ共とその親玉らきし魔物だけだったからな。それでも、魔物ではない、ただの生き物の気配すら感じないのはなんでだ?)


 魔物という生物がいるここでは、そもそも普通の生物がいるのかどうか不明だが、アドルの森では不気味なほど生物の気配を感じない。

 虫ですら一匹も見かけていない。

 

(遭遇したネズミ共も、どうして浅く普段現れないようなところに現れたのか。それも、近い日に二度もだ)


 どう考えてもおかしいと腕を組む。

 原因はネズミ共であると考えて、ほぼ間違いない。


(似たような経験をしたことがあるな)


 かつて経験したことのある出来事で、現状が酷似していることがあるのだ。

 今、イロアスが頭の中で考えられるのは二つである。


(森の奥深くで、森の覇者となるものが君臨したか)


 何処からか流れてきた、圧倒的な力で他種を蹂躙する覇者が現れ、その脅威から逃げてきた可能性。

 太刀打ち出来ない強者の出現に、奥に住まう魔物が中心部から逃げてきたことによって分布が変わってしまっていることで起こっていると考えられる。


(種の頂点に立つものが生まれたか)


 同種の頂点が生まれ、驚異的に数を増やすことで森に住まうものを蹂躙している可能性。この場合、ネズミ共の頂点が生まれた可能性である。

 頂点が生まれるというのは、それだけで種に優位性が出来るのだ。

 安全を確保することで安定した供給を得ることが出来、数を増やすのだ。

 特に、今まで弱くあったせいで数を増やすことが出来てもすぐに死んでいくような魔物だったらどうか。

 考えるまでもない。死ぬことが減り、数の暴力で獲物を狩り、爆発的に増えていく。


(どちらかというなら後者だが、それにしては出会った数が少ないように見える)


 やはり、妙である。

 前者の場合、アロスティアとピドリホマだけしか見ないのはおかしいうえに、数が遭遇率が低すぎる。

 後者の場合、増えすぎたのなら先程あっただけの数では少なすぎ、もっと大群であるべきはずである。


(大事にならなければいいんだが)


 叶わない願いだと思いながらも、そう願わずにはいられないイロアスだった。

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