Fランクの依頼
ちょっとグロい描写が出るかもです
「いきなり現れんじゃねえよ!」
「なんて言い草だ。宿の主人の言葉とは思えないな」
言い争っているのは厳つい顔の宿の主人アルマと、肌の一切が見えない真紅の装備を纏うイロアス。
朝を迎え、ギルドで依頼を受けるために準備をしたイロアスは部屋を出て食事を摂ろうとした。そこでばったりと会ったのがアルマだった。
そこで放たれたのが先の言葉である。
「なんだってそんな格好してやがる」
「何って、依頼を受けてみようと思ったから準備をしたに過ぎないんだが」
「ああん? 確か昨日登録したばっかりだろ?」
「その通りだ。何か問題でも?」
突っかかってくる意味が分からないと首を傾げるイロアスだが、アルマは長い溜息をついて理由を説明する。
「問題はねえよ。問題はねえが……Fランクだぞ?」
「それが?」
「依頼書をみたか? そんな全身鎧なんざ使う機会ねえぞ」
「そうなのか?」
イロアスが冒険者ギルドでみたFランクの依頼は、常在依頼の薬草採取だけだった。
いくら最低ランクの依頼でも、薬草採取以外にも戦闘を行う依頼もあるだろうと思っての装備だったのだが、どうやら違うらしいとアルマの態度から察した。
「ねえな。ここらで出来るFランクへの依頼って言ったら、薬草採取かピドリホマ狩りくらいだ。あとはアロスティアか?」
「ピドリホマ……出店で焼いてた肉か」
ピドリホマ。出店の串焼きで何の肉か聞いたときに返ってきた言葉だ。
見た目は耳が長くて白く小さく、とにかく跳ねて逃げるばかりの魔物だという。
たまに里に下りてきては農作物を食い荒らす厄介な魔物で、定期的に討伐をしないと人に慣れて群れで作物を襲いにくるらしい。
肉は柔らかくておいしいため、討伐目的以外にもよく狩りで狙われる魔物だ。
討伐自体は難しくなく、強力な足蹴りを気をつければ大して脅威にはならない。
「こいつらは小せえからな。足と胴さえ守れてれば十分だ」
「そうだったのか。まあいい。面倒だからこれで行く」
「そうか……で、飯は食ってくのか?」
「大目で頼む」
「あいよ」
アルマが厨房に消えて、することもなく腕を組んで無言で座っているイロアスは、大変目立っていた。
やがてきた料理も山盛りで、積んであるといったといったほうが正しいくらいのもので、さらに目立っていた。
料理をおいしくいただいたイロアスは昨日来た冒険者ギルドの前にやってきていた。
冒険者が普通に装備を身につけたまま出歩いていてもそこまで、というよりほとんど注目されていないのだが、イロアス程の装備となるとやはり目につくようで、行き交う人のほとんどはまず一回イロアスを見てしまう。
おかげで様々な視線に晒されたイロアスはげんなりとしていた。
目立つことばかりしてきて、注目されることに慣れているイロアスだが、奇異の視線や、信じられないという視線ばかり向けられるとまいってしまう。
疲れていないはずなのに、疲れた時に出る溜息が口から漏れる。
これから依頼なのだと一度首を振り、意識を持ち直す。
外に出れば気分転換にもなると思い、依頼を受けるべく冒険者ギルドの扉をくぐる。
「…………」
騒がしかった冒険者ギルドは、イロアスが入ると同時に段々と静かになっていく。
何となくこうなることを予想していたイロアスは気にしないように努めて依頼書の貼ってある位置まで移動する。
探すのはFランクの依頼である。
同じくFランクの依頼を見ていた冒険者は驚いて距離をとる。
眺める依頼書と見た目があっていないのだから当然である。
誰もが声をかけずに遠くから見守っているなか、一人の男が進み出てイロアスに声をかける。
「やあ、今日はどんな依頼を受けるんだい?」
「……さて、今選んでいるところだ」
「それもそうか。ところで、見るところが違うんじゃないかい?」
「いや、あっているさ」
声をかけたのは金髪を短く切りそろえた男で、昨日終始イロアスを見ていた男である。
友達にでも会ったあのように気さくに話しかけてきた男は、Aランク以上の依頼が貼ってあるところを指してイロアスに聞いてきた。
分かっているような顔をしている男に、事実分かっているのだろうと思いながら、イロアスは自身のギルドカードを見せて証明した。
笑顔で接してきた男はランクと名前を見るや、笑みを深めた。
「やっぱり、昨日の人だよね。イロアス君」
「……そうだとしたら、どうなんだ?」
「おっと失礼。僕はこういう者なんだ」
面倒そうに顔を歪めたイロアスだが、顔が隠れているので相手には分からない。
それでも不快だという感じは伝わったのか、目の前の男は慌ててギルドカードを取り出した。
ギルドカードに書かれていたのはレベリオ・パトリオスという名前とAランクという表記。
Aランクという表記で露骨に顔をしかめたイロアスは、面倒ごとはごめんだとばかりに話を切り上げようとする。
「生憎Fランクという立場でね。Aランク様とお話している暇はない」
「つれない態度だね。誤解しているようだけど、絡んでいるわけじゃないんだよ。少し話しが聞きたくてね」
「暇はない、と言ったんだ」
言い捨てて貼ってあったFランク依頼を適当に剥がして受付にもっていくイロアス。
後ろでふられちゃったと聞こえた気がするが、全力で無視をすることにした。
これはこれで面倒を呼びそうな気がしたが、あっさりと相手が引いたことで良しとすることにした。
「これを頼む」
受付に着いたイロアスは、先程適当に剥がした依頼書をカウンターに置く。
依頼書を受け取った受付の女性は顔を僅かに引き攣らせながら、精一杯の笑顔で対応する。
「ギ、ギルドカードを提示していただけるでしょうか?」
声が震えてしまったのは愛嬌である。
「提示する必要があったのか。失礼」
「ええと、イロアス様、でしたか。失礼しました」
「様は必要ない」
「失礼しました。ではイロアスさん、依頼の受諾が完了いたしましたので、期日は依頼書に書かれている通り二日以内となりますのでご注意下さい」
「了解した」
大きな判が押された写しの依頼書を受け取り、さっさと出ようとするイロアス。
すれ違い様に金髪の男、レベリオが意味深に笑っていたようだが、何をするわけでもなくただ笑っていたのが気にかかった。
(面倒そうなのに目を付けられた気がするな)
苦い顔をして冒険者ギルドを出てしばらく、冒険者ギルドでは喧騒が戻ってきたようだった。
街を出る前に、依頼内容を確認する。
依頼書は黄色の枠。一般の依頼である。
内容は漢方に使うヨモ草と言われる、薬草の一種を採ってきてほしいというものだ。
イロアスにはヨモ草というものがどういった見た目をしているのか分からないので、街を出る前に門番をしている人物に聞くことにした。
今の時間に門番をやっている人物は、奇しくもイロアスと顔を合わせたことのある人物だったらしく、イロアスを見ると軽く驚きながらも笑顔で一礼をした。
「外出ですか?」
「依頼を受けたから仕事に行こうとしたところだ。その前一つ聞きたいことがある」
「何でしょう?」
「ヨモ草っていうのがどういうものか分からないんだ」
「ヨモ草ですか。ヨモ草は黄色っぽくてギザギザした、葉がこれくらいのやつですね」
これくらいといって、両手を開き親指の付け根を合わせる門番。
特徴と大きさを聞いたイロアスは礼を言って、ギルドカードを見せてから外に出る。
ウェール街から出たイロアスは、いつか来た道とは逆に辿り、アドルの森を目指した。
道中は平和でしかなく、魔物の気配は一片もない。
見晴らしがよく、仮に魔物が現れたとしても、街に近いと冒険者たちに駆逐されるのだろう。
何度か馬車とすれ違い、挨拶を交わしながらのんびりと歩いていたイロアスは、結構な時間を使いようやくアドルの森に着いた。
(さて、探すとするか)
疲れを感じていないので、休むことなくすぐにヨモ草を探し始めるイロアス。
黄色ギザギザと呟きながら奥へと進んでいく。
目的のヨモ草以外にも使えそうなもの、珍しいものがあれば採取していく。
青い草に紫の茸、桃色の木の実に湧き出る樹液といったものを喜びながら片っ端から採取していく様は何処か研究者のように見える。見た目は明らかに研究者と真逆に位置しているため、錯覚でしかないが。
赤い茸を見つけ手に取ろうとしたイロアスの動きが止まる。
(何かいるな)
そっと音をたてないように赤い茸を採取して、気配のあるほうへと静かに移動するイロアス。
木の陰に隠れて様子を窺うと、一匹の魔物がいた。
耳が長く体毛は白く、小柄で赤い目をした魔物。ピドリホマである。
(あれがピドリホマか。可愛らしい外見をしているが、あれでも魔物というやつなのか)
ピドリホマはこちらに気付かずに赤い茸を黙々と食べている。
どうやらあの茸は食べられるらしい。魔物にしか食せない可能性もあるが、それはそれでいいことを知ったとほくそ笑むイロアス。
未だ茸を食べ続けるピドリホマだが、イロアスはピドリホマに向けてこぶし大の石を下手に投げつける。
石が飛来したことを察知したピドリホマは、脚部を肥大化させ大きく跳躍し離脱した。
唖然とするイロアス。
(か、可愛くないな……)
胴体以上に肥大化した脚部を目撃してしまったイロアスは、あまりのギャップに顔を引き攣らせる。
あの光景を見てしまったらとても可愛いとは思えなくなってしまった。あれは正しく魔物である。
離脱した魔物は姿を消してしまっていた。
攻撃したにも関わらず反撃してこないところをみるに、好戦的ではないということが分かった。
気を取り直して本来の目的であるヨモ草を探すことにしたイロアス。
草木溢れるこの森で、特定の種類の草を見つけるのは至難の業だと思いながら目で探り、時には手で探りながら進む。
あちこち散策しながら見つけたヨモ草は、聞いた通り中々の大きさを誇るギザギザの黄色い草だった。
(ここで見つかったということは、この辺にあるのか)
見つかった場所を基点に、周囲を探るイロアス。
ここに来るまでにかかった労力より遥かに容易く、二枚目、三枚目と採取していく。
依頼書にはヨモ草としか書いてなかったので、念のため根ごと採取する。
(五枚で良いんだったな)
ヨモ草を五枚採り終えたところで倒木に腰を落ち着ける。
森での用事はこれで終えたことになるが、これからどうするか悩むイロアス。
(このまま帰ってもいい気がするが、折角だしもう少し奥へ行ってみるか?)
依頼の期日を思い出し、まだ余裕があるのだからもう少し散策しようという結論に至る。
木に傷を付け、奥へと足をのばすイロアス。
出来れば生き物にあってみたいと思い、気配を探りながら慎重に歩を進める。
(お、何かいるな)
複数の気配を感じ取ったイロアスは気配を感じたほうへ静かに素早く移動する。
そこで見たのは先程みたピドリホマと、いつぞや見たネズミの群れだった。
ピドリオマはアロスティアに群がられて、身動きが出来ずに埋もれていて、特徴的な耳だけが痙攣しながら表に出ている。
(ピドリホマとネズミ共か。それに)
イロアスはネズミの群れから視線を外しながら、戦槌を構える。
(あれがミラの言ってたデカいやつか)
イロアスの視線の先には、群がっているアロスティアを一回りも二回りも大きくしたものがいた。
見た目はほとんど同じ。アロスティアの体毛は茶色だが、視線の先にいる大きな魔物は赤みがかっている。
(普通ではありえないと言っていたな。そんなのが短時間で複数も見つかるか? それこそありえないな。理由は分からないが、何かしらの厄介事が起きている可能性があるな)
大きい魔物は群がっているアロスティアから少し離れて何もせず突っ立っているだけである。少なくとも、イロアスに気付いてはいない。
(ならばやることは一つ)
戦槌を握り締め、あらん限りの速力を以って奇襲する。
影から躍り出たイロアスは跳躍し、大きな魔物の背後を取り力の限り戦槌を振りぬく。
シュポッと音を立てて振り抜かれた戦槌は、魔物の頭部を跡形もなく吹き飛ばし、肉片は飛散し木に嫌な音をたててこびり付く。
何をされたかも知ることなくこの世を去った魔物は、ゆっくりと胴を傾けて地面に力なく横たわった。
頭部を失った魔物の体が地面に付くよりも先に、イロアスは次の行動に移っていた。
即ち、群がるアロスティアへの一撃である。
上段から力強く振り下ろされた戦槌は、頭部を失った魔物の体が地面に着くのと同時にアロスティアの群れを微塵に吹き飛ばした。
戦槌が叩きつけられた衝撃で地面は陥没し、周囲は轟音とともに捲くれ上がり引きちぎられの惨状を作り出す。
直接打撃を受けたアロスティアの群れは酷い有様だった。
原型を保ったアロスティアは一匹もおらず、余すことなくただの肉片と化した。
こうして森の遭遇戦は、イロアスによるアロスティアの群れの殲滅と、頭部は吹き飛んだがそれ以外に傷のない見本の回収という結果に終わった。