調べ物
冒険者ギルドから出たイロアスは、調べたいことがあるために本を求めて当てもなく街中を歩いている。
本を探すことは難航していて、辺りから漂ってくるいい匂いにつられて先程から何度か買い食いをしていた。
(見たこともない食い物ばかりだが、どれも旨くていいものだ)
串にささった丸い皮に詰められた軟らかい何かの肉を噛み千切りながら色々な出店を物色しているイロアス。
今食べてるいる串食べ物も、簡単に見えるが今までみたこともない食べ物である。
上にのっている赤色のソースと黄色のソースも初めての味であり、感動しながら二、三本と食べていく。
食べ物の旨さに感動して行く先々で買い食いをしているイロアスだが、食欲にかまけて本来の目的を忘れているわけでもない。本はきちんと探している。
さらに言えば、買い食いの副産物として硬貨の価値も分かった。
使用した硬貨は銀貨と銅貨と鉄貨。基本的に使用したのは銅貨である。
一ペリアというのは鉄貨一枚。鉄貨百枚で銅貨一枚。銅貨百枚で銀貨一枚。ということらしいのが買い食いの結果判明したことだ。
金貨は出店で使うのは高すぎるようで、何度か受け取り拒否をされている。
おそらく金貨一枚で銀貨百枚分であり、つまりは百万ペリアということだ。受け取り拒否されるのも頷ける話だ。
この硬貨の価値から分かったことは、イロアスは現在金持ちというレベルではないということだ。
(元から持ってる硬貨の大半が鉄くずになってしまったと思ったら、それ以上の大金になってしまったな)
白金貨と呼ばれた硬貨は手持ちにまだまだ余裕がある。とてもじゃないが普段では使うことが出来ない硬貨だが、金に困るという心配はなくなった。
懸念することは、白金貨を大量に所持していることがばれることだが、下手に見せびらかせなければ大丈夫であろう。
宿屋で白金貨をぶちまけた記憶があるが、食事を摂っていた連中で白金貨がそれくらいあったかなんて気付けた者はいないとイロアスは思っている。
事実、宿屋で白金貨という単語を聞いた者はいたが、硬貨ほどの大きさを遠めではっきりと確認出来た者はおらず、あっても一枚だろうと思われいていた。
その時邪な考えを持った者はいたが、イロアスの見た目やなんとなくピリピリした様子から、その考えを捨てさせられていた。
下手に突っかかって切られたら敵わないということだ。
(あれか)
本を扱っているところを探してふらふらしていたイロアスだが、買い食いするついでに人に聞けばいいということを思いついたのは、鶏肉を油で揚げたものを買った時だった。
聞けば調べものをしたいのだったら、図書館に行けばいいということを言われる。
図書館なる存在を知らないイロアスは、図書館とはどういうものかと聞けば、本がたくさん置いてあるところだと返ってきた。
ならばそこへ行こうと場所を聞き、目的の場所へと着いたのだった。
図書館はそこら辺の建物とは一線を画した大きさだ。とても同じ建造物とは思えない大きさで、外観も他と比べて随分しっかりとしている。
(でかいな。これなら探しているもの以外にもありそうだな)
イロアスは知らないことだが、一度流通された本というのは、大体図書館に蔵書してあるのだ。
個人で本を販売している店というのは、大体は金に余裕の持った人物が戯れに経営することが多く、あまり余裕のない人物が本屋を経営するとほとんどが潰れることになる。本を買う人がいないわけではないが、それでも生活が出来るほどに売れるかというと、否である。
その点図書館は個人ではなく国が経営しているため、国が破産しない限りは潰れることはない。
ほとんどの国は本を増やすことに積極的なため、潰れた本屋から買取をしたり、たまに持ち込まれる未発見の本を回収することで図書館の本は増えていく。
よって図書館は元々大きめに建物が作られている。
規模の大きい都市では蔵書が間に合わず、図書館が改築されることも度々あるのだ。
(これだけの大きさなら、自分で探すより聞いたほうが早いな)
中に入ると改めて分かる図書館の大きさ。
カウンターに人がいるようなので、そちらに向かう。というよりも、イロアスが中に入ると両端に武装した兵士らしき者がいて、目でカウンターに行けと指示しているようだった。
逆らうつもりもないので指示に従った結果である。
「探し物があるんだが」
「はい。その前に、図書館を利用するには利用料金がかかりますが、よろしいですか?」
「ああ、問題ない」
これだけの規模があり、それだけ本が置いてあるということは、当然無料で閲覧出来るわけはないと思っていたので頷いた。
一般人が利用するには高すぎる金額を要求されたが、それも仕方のないことだと思い素直に支払いをする。
「ありがとうございます。お求めの資料がありましたら、司書にお申し付け下さい。では、ごゆっくり」
自身の求める本のありかを聞こうとしたイロアスは、遠まわしに他のやつに聞けと言われたように感じたが、必死に表情を変えないようにして礼を言い司書を探す。
手の届かない所にまである高い本棚を見上げながら歩いていると、一人の司書を見つけたので案内を頼んだ。
「こちらの本棚になります」
「ありがとう。良かったら適当に見繕ってもらえないか? 何がいいのかさっぱり分からなくてね」
「分かりました。では、あの辺りを。フロート」
「……」
目的の本があるらしい棚に来たのはいいものの、どれを読めばいいのか分からないため司書にオススメの本を頼んだイロアスだったが、目の前で本が浮くという現象を目にして目が点になる。
(なるほど、高いところにある本はああやって取るのか。……俺には無理だな)
ゆっくりと降りてくる本を諦念と共に眺める。
取り終えた三冊の本を手にした司書がイロアスに手渡す。
「こちらが初心者用、中級用、上級者用となっています。一般的に使われる魔法を学ぶための本ですね。また何かありましたら声をかけてください」
にっこりと笑い元の場所へ戻っていく司書。
イロアスは受け取った三冊を読むべく手近な席に腰を下ろした。
まずは初級者用といわれた本を開く。
(やはり変な感じがするな)
目に入る文字が、知らないはずなのに理解出来てしまっているために起こる違和感に顔を顰めながら読んでいく。
(魔法とは魔力を介して万象に干渉することで起きる現象である。魔力とは人が生まれた時に誰しも体に備わっている力である、か。)
『魔法を扱う初級編』という初心者用の本に載っていたのは、魔法を扱うために必要な知識らしい。
全てのことが気になるが、イロアスが特に気になったのは「魔力とは人が生まれた時に誰しも体に備わっている力である」という部分だ。
そんな話は初めて聞いたが、魔法が普通に存在しているということ自体初めて聞いたのだから、当然かも知れない。
(俺にもあるのか? ……ふむ。血の流れと共に体を巡っているものが魔力であり、それを知覚することで魔法を扱う資格を得ると)
血がどのように体中を巡っているのかは、本に絵で描かれていたので分かった。
イロアスは目を瞑り、血と共に巡っているという魔力を知覚しようとする。
目を瞑って微動だにせず魔力を知覚しようとし、刻一刻と過ぎていく。変に力を入れているせいか、額には汗が滲み、血管が浮き出る。
目を瞑り動かなくなってどれほどの時間が経ったか、司書がイロアスを見て怪訝な表情をするくらいには時間が経っている。
やがて目を開き、一息付くイロアス。その顔には困惑が浮かんでいる。
(体の中にあるという魔力は感じられない。……が、妙に体に絡みつくような感覚があった)
本に書かれていることと違う感触を得たイロアスは、何か載っていないか読み進めていく。
(ん? これは……)
読み進めて見つけた一文。
(空気中には魔素と呼ばれる、魔力の素となる力が漂っている……)
イロアスが感じたのは魔素と呼ばれるもので、魔力の素となる力である。
人は空気中の魔素を取り込むことで魔力を生成すると言われる。魔素を感じられる人物は多くないが、魔素を感知した人物が魔素の流れを知ることでこの事実が発見された。
この事実は魔素を感知出来ない人たちからすれば胡乱気なものであったが、とある研究機関の賢者がこれを肯定したとされる。
(魔素はそのままでは使い道がなく感知したところであまり意味はない、か……)
他にも本に書かれている知識を得ることで、一つのことが分かった。
(つまり俺には魔法が使えないわけか)
魔法が使えない人間は、イロアス以外にもいる。
魔力を知覚して魔法を扱う資格を得ても、魔力を放つことが出来ず魔法が使えないことがある。
イロアスについては、そもそも魔法を扱う資格すら得ることが出来なかったのだが。
(使えれば便利そうだとは思ったが、使えないなら仕方ない)
魔法を知ることで、魔法を使えることが出来れば便利そうだとは思ったが、使えないなら仕方ないと割り切るイロアス。
元々使えなかったのだ。今更使えないと分かったことで落胆こそするもの、失うものなどないのである。
(ついでだから読んでから帰るか。文字の学習にもなる)
初心者用で躓いたイロアスは、これより上の魔法知識を知る必要はないのだが、文字の勉強になると思い読んでから帰ることにした。
読めない文字を一つずつ覚えていくことで、文字の学習は比較的容易に完了する。そのことを知ったイロアスはとにかく本に書かれている文字を学びに学んでいく。
物凄い勢いで文字を覚えていくイロアスだが、本来共有の魔法というのはこういう使い方をするものではないし、普通の人がこういった使い方をしたところでイロアスのように覚えられる人物はいないだろう。
イロアスは共有の魔法を便利な学習用の魔法と捉えている節があるが、一般認識ではその場しのぎの翻訳魔法である。
この辺りの認識の違いが、イロアスに学習魔法と錯覚させる速度で覚えさせているのだ。
『魔法を扱う初級編』にも書いてあったことなのだが、魔法とは強い認識をすることでその現象を起こさせるものである。
ミラが言ったような呪文は、言葉にすることで起こる現象を確かにしようとした結果である。
一方司書は、呪文を言わずに魔法名だけを唱えただけで魔法を発動させたが、これはフロートという魔法をとにかく使い続けたことで、魔法名フロートを唱えれば物が浮くということが当然だと認識した結果である。
今では過去に使われた呪文や魔法名が知れ渡り、それを使うことでしか魔法を発動させることが出来ていない。よって、今では新しい魔法が作られるといったことはなく、古い魔法を探しているような状況であるのだ。
イロアスの行っているこの学習方法は、よく調べられれば現存する研究機関から驚愕されるに違いない行為であった。
「ふう。流石に読み疲れたな」
「お疲れ様です」
「ん?」
共有の魔法でありえない使い方をした自覚のないイロアスは、疲れからか独り言を漏らす。
普通なら返ってこない返事が返ってきたことで伸びをしようとした体が止まる。
労いの言葉をかけたのは、イロアスを案内した司書であった。
「本日はいい時間になりましたので、閉館となります」
「もうそんな時間か」
「ええ。随分熱心だったので、区切りがついたころに声をかけたのです」
区切りがついたのではなく全て読み終えたのだが、露ほども知らない司書である。
イロアスも余計なことは言わないので、読み終えた事実を知るのは本人のみだ。
「ちょうど帰ろうとしたところだったからちょうど良かった」
「そうでしたか。では、こちらはお預かりしますね」
イロアスの読んでいた三冊を回収した司書は、礼をしてから本を元の場所に戻すために引き返していった。
ずっと座っていたことで固くなった体をほぐしながら出口に向かうイロアス。
外に出る前に、出入り口の両端に立つ兵士に身体検査をされたが、問題なく通過した。
本の持ち出しは厳禁らしいとのことだ。
「またのご利用お待ちしております」
そんな声を聞きながら図書館から出たイロアスは、宿に帰る道すがら出店で串物を選んで買っていった。
宿に着くと宿の主人アルマが出迎えた。
「何だお前、串なんか食いやがって」
「いいだろう。腹が減ったんだよ」
「ああん? うちで飯は食わねえのか?」
「いや、頼む。いまからだ」
「……食うならいいんだがな。どれくらいだ?」
「普通に」
「分かった」
呆れたように厨房に入っていくアルマだが、イロアスは気にしない。
串物は小腹を埋めるために買ったもので、普通の食事とはまた別物なのだ。
運ばれてくる食事の前に串物を平らげ、配膳された食事も綺麗に食べつくす。
満足したイロアスは、アルマに換金してきた硬貨を支払おうとするが、いらんと突き返された。
「体がなまりそうだし、明日は依頼を受けてみるかー」
お湯と手ぬぐいを受け取ったイロアスは、体を拭きながら明日の予定を考える。
イロアスのランクはFランク。つまり最低ランクである。
ろくな依頼はないだろうなと考えながら桶と手ぬぐいを片付ける。
「寝るか」
片付けが終わりイロアスは寝巻きに着替え、ぼすっと音をたててベッドに倒れこんだあと、そのまま就寝した。