冒険者ギルド
「ここだな」
ミラかの情報通りに道を進んでいくと、冒険者ギルドという建物があった。
看板は無く、綺麗な外観の建物は一見すると普通の建物にしか見えない。
他と明らかに違うのは、独立しているかのように隣接している建物が一切ないというところと、入り口の両側に何者かの像が建っているところだろう。
入り口で暢気に突っ立っている時間のないイロアスは目的の建物だと確認し、用件を済ませるべく扉を押し開く。
高い音を立てて開いた扉をくぐればいくつかの視線を感じた。
(意外に人がいるな)
昼飯の時間はとうに過ぎているのにも関わらず、食事がとれるような場所では結構な人がたむろしていた。なかには酒を飲んで騒いでいる席もある。
(ここでは明るい時間に酒を飲むのが普通なのか?)
騒いでいる席を一瞥し、ともかく目的を果たそうと受付に向かう。
近づいてくるイロアスに気付いた受付の女性は笑顔になり対応する。
「いらっしゃいませ。本日はご依頼ですか?」
「いや、登録を頼みたい」
言いながら懐から使いきりの魔法カードを取り出す。
「かしこまりました。少々お待ちください」
使いきりの魔法カードを持って奥へと引っ込んでいく受付の女性に言われたとおり、待ちながら周りの様子を窺うイロアス。
(冒険者というのは、ハンターと同じようなものなのか? 街で武装している人間はちらほらと見かけたが、ここには武装している人間しかいない。街中で見た武装している人間はほとんど、もしかしたら全員冒険者とやらなのかも知れないな)
イロアスの冒険者のイメージとしては言葉通り冒険をする者であり、動きやすい服装に大きな荷物を背負っているものと思っていたが、実際はそんなことはなく、皮やら鉄やらの防具を身に纏い物々しい武器をぶら下げていた。
イメージが完全に覆った瞬間である。
念のため装備の一切をしていないイロアスは、今この場において最も軽装である。
そのせいか、未だに何人かの視線はイロアスに向けられているが、敵意や悪意は感じないため特に反応するつもりはなかった。
視線よりも気になることがあるためでもある。
(あの窓口のようなところは素材換金所か?)
視線の先では一人の冒険者らしき人物が何かの素材を取り出し、受け取った窓口の男性が手にとり素材を調べている。
素材の具合を調べているのか、何かの道具を取り出して、道具を通して素材を見ていたりしている。
(あそこで換金が出来るならいいんだが、無理そうでも素材を売ることで資金が手に入るな)
収集袋に何があったか思い出していると、奥へと引っ込んでいた女性が帰ってくる。
「お待たせいたしました」
すっと頭を下げて持ってきたものをイロアスの前に置く。
置かれたのはミラの持っていたようなカードと同じ鈍色のカードだった。
手にとってひっくり返してみるも、イロアスの名前とFという文字、そして真ん中に模様が描いてある以外に何も書かれていなかった。
「所有者登録をしますので、真ん中に血を一滴程垂らしていただけますか?」
「血?」
「はい。こちらの針でお願いします」
所有者登録でどうして血が必要になるのか分からなかったが、当然の様に言われたので突っ込むこともなく針を受け取るり、指の腹に針で小さな穴を開ける。
血が玉のようになったところで針を横にして血を掬い、針先をカードに向けることで血を一滴落とす。
すると、血がカードに落ちた瞬間光ったことでカードの所有者登録が完了した。
一瞬だけ光ったカードを確認したイロアスは、登録が終わったのだろうと思い針を返す。
「ありがとうございます。これで所有者登録は終了となります。今から冒険者ギルドの説明をしたいのですが、お時間よろしいでしょうか?」
「問題ない」
「では、説明させていただきます」
一つ頷いてから、女性は話し出す。
「冒険者ギルドは、冒険者の皆様をサポートさせていただく組織です。こちらの受付では、主に依頼の発注や達成報告などを聞く所となっています。またそれ以外にも、基本的な通達はこちらからさせていただくこととなっています」
「基本的な通達?」
「稀に依頼主が個人の冒険者を指名して依頼することがあります。冒険者にそういった類の話が舞い込んできたときに、こちらで説明させていただいています。他にも、一定以上の功績を上げた冒険者にランクアップのお話を持ちかけたりしています。ランクの説明については、このあとにお話します。とにかく、こういった役割を持っています」
「なるほど」
「次にあちらの仕切りのある場所ですが、あちらでは薬草や鉱石、魔物の素材の買取といったことをしています。今言った物以外にも買取をしているのですが、買取が出来るかどうかはこちらで判断いたしますのでご留意下さい」
「分かった」
「そしてあちらの食堂ですが、ギルドカード、先程お渡ししたカードを持っていると割引がされます。基本的に常時解放されていますのでいつでもご利用下さい」
「それは便利だ」
宿に泊まると、というよりは、基本的に街に入れば店で食事を摂れる時間というのは大体決まっている。
通りを往けば簡単なものも売っているが、それも夜になり皆が寝静まる時間になれば店を畳む。飲み屋など酒を中心とした店が開いていないこともないが、ちゃんとした食事を摂れることろはやっていない。
だからこそ常時解放をしている食堂というのは嬉しいことである。
「続いて、依頼について説明させていただきます。あちらをご覧ください」
あちらと言われ食堂と反対の位置にある場所へ首を向けると、壁一面に紙が貼り付けてあるのが見える。何人かがその前で唸りながら紙を見ている。
「貼り付けてあるのが各種依頼となります。緑色の枠の依頼書は常在依頼と言い、基本的になくなることがなく、ギルドが常に募集しているものです。黄色の枠の依頼書は一般からの外部からの依頼で、内容は採取からお使い、護衛や討伐といった様々なものがあります。これらの依頼は誰でも受けられるのですが、条件というものがあります。こちらを」
イロアスの前に一枚の依頼書が出される。
緑色の枠があり、ギルドからの常在依頼だと分かる。
「例えばこちらの薬草採取の依頼なのですが、ここをご覧ください」
指で指された場所を見るとFと書いてあった。
「こちらが依頼を受けるための最低条件です。F、つまりFランクから受けられる依頼ということです」
「つまりこれは事実上誰でも受けられる依頼ってことか」
「その通りでございます」
鈍色のカードに書かれていた文字と一致している。
登録をした時点でFということは、この依頼は初心者用のものなんだろうと理解した。
「それではランクの説明をさせていただきます。ランクは上からS・A・B・C・D・E・Fの七つのランクがあります。ランクというのは単なる強さの指標ではなく、依頼に対してどの程度対処出来るのか、という意味合いを持ちます」
「ただ力があるというだけでは上のランクに上がれない、ということか」
「その通りにございます。ただ、やはりランクを上げるためにはある程度以上の実力が必要なのは確かです」
「下手にランクを上げて、力が伴わず死んでしまうことを防ぐためか」
「有能な冒険者の喪失はギルドにとって、街にとって恐れるべきことであります」
依然笑顔で対応する女性は続いて一枚の紙を取り出した。
「こちらは注意点となります。冒険者の皆様にお渡ししているものです」
イロアスは差し出された紙を受け取り、流し読みをする。
書いてある内容を要約すると、冒険者は自己責任のもと成り立つといったものだ。
(サポートはするけど、問題は自分で解決しろってことか)
違約金がどうという文もあったが、要は依頼を受けた以上完遂すればいいだけの話だなと自己完結をした。
問題になりそうな文も見当たらないので、イロアスは注意点の書かれた紙を折りたたんで懐に入れる。
イロアスが懐に紙を入れるのを待っていた女性は
「では最後ですが、イロアスさんは既に体験していたようなのでお分かりになると思いますが、ギルドカードには共有の魔法がかかっております」
「……ああ、今も体験している」
共有の魔法がかかっているおかげか、会話はスムーズに行われており、最初こそ謎の現象で困惑していたが、慣れると便利だと思えるようになる。
ただ、文字に対する違和感のみは未だ拭えずにいる。
「共有の魔法は、掛けた側の言語が相手に共有されるといったものです。ただし、知識を与えるということではないので、知らない言語が理解出来ることに違和感を覚えたりします」
「違和感というのはどうにかならないのか?」
「違和感は知らないのに理解出来てしまうということで起こっているので、言語を学ぶことで違和感はなくなります」
「つまり、知識を得れば違和感は消えるということか」
「はい。理解出来てしまっている、という下地がありますので、おそらく普通よりも簡単に学習することが出来ると思います」
「それは良い事を聞いた」
イロアスは違和感だけでなく、なんとも言えない気持ち悪さを覚えていたので、早々に学習出来ると聞いて心から良い事を聞いたと喜んだ。
調べものをするついでに言語や文字の習得に時間を回せばいいだろうと予定追加をした。
「あとは、ギルドカードは街の出入りでも活用出来ます。街を出入りするときにカードを見せれば、余計な手間をかけることなく済みますので、是非ご利用下さい」
「分かった」
「以上で説明を終了いたします。何か分からないことはありますか?」
「そうだ、ここで換金は出来る?」
「はい。あちらの買取の場で換金も承っております」
「そうか。ありがとう」
「はい。またのお越しを」
笑顔でお辞儀する女性の場をあとにし、換金を目的に買取の場にやってきたイロアス。三箇所ほど窓口があり、一箇所人が並んでいないのでそのまま買取の場までやってきた。
「何かお持ちでしょうか?」
「いや、換金をしたい」
「換金ですね。かしこ……少々、お待ち下さい」
窓口にいた吊り目の男がイロアスが来ると笑顔で対応したが、イロアスが取り出した一枚の硬貨を見ると笑顔が引きつる。
目の前に置かれたのは宿屋で白金貨と呼ばれるものだ。
イロアスは白金貨と呼ばれるもの以外がどうやらただの鉄くずになったようだと悟り、使えるであろう白金貨と呼ばれる硬貨を取り出したのだ。
窓口の男の顔がひきつったのは、白金貨と呼ばれるものが流通する硬貨の中で最も高価なものだったからだ。
普通なら白金貨を見たところでこうなることはなかったのだが、問題はイロアスが白金貨を出したことである。
この窓口にいる男は、実はさっきの受付でのやりとりを見ていたのだ。
冒険者になりたてで、Fランク。装いは軽装で、武器の類が見られない格好だ。
そんな男が白金貨を取り出したことで変に疑ってしまうのは道理である。
「見た目が違いますが……本物、ですね」
「そうか」
男が調べた結果、見た目こそ違っていたが成分は間違いなく流通している白金貨と同じものである。
偽の白金貨でないことに安堵したが、何故イロアスがこんなものを持っているんだろうかと思った。
「では、換金させていただきます」
「使いやすいように用意してもらえると嬉しいんだが」
「大きいと使いにくいですからね。分かりました、銀貨を多めに用意します」
思ったところで余計な首を突っ込むまいと、換金の準備をすることにした男。
一応報告の義務だけはあるので、報告書に換金結果を書くだけに努めた。
「はい、こちらになります。ご確認ください」
「…………確かに」
用意されたのは重みのある袋。
中身をわけて確認をするイロアスだが、硬貨の価値など知り得ないために、分かったふりをする。
ギルドも誤魔化しはしないだろうと適当なことを思いながらイロアスはわけた硬貨をしまいこんでいく。
換金が無事に終わった以上今はここに長居するつもりはない。
礼をしてから換金所、もとい買取所をあとにする。
(さて、次は本だな。それにしても)
出口に向かいながらこのあとの予定を考えながら、チラと食堂にいる一人の男を見やる。
顔を向けずに視線だけをやると、男も確かにイロアスを見ている。
(あの男は最初から最後まで俺を見ていたな。今も、こうして俺を見ているようだが)
冒険者ギルドに入ったときに感じた視線は、既に一つを除いて全てなくなっていた。
何を考えているのかと目を細めると、イロアスを見ていた男はいきなり人のいい顔で笑みを浮かべた。
(……まあ、いいか)
何を考えているか分からない男を相手にするよりも、まずは調べ物である。
出口に着いたイロアスは、視線を外すと外に出た。