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ようこそウェール街

 重い空気を払拭するために機会をうかがっていたミラはぽつりと呟かれた言葉に反応し、拾った単語を使って切り出した。

 結果、アヴィーは目に見えて動揺し慌てだし、イロアスは思考を完全に停止させ動かなくなった。


「あ、あれ?」


 二人の様子に変なことを言ったかと発言を省みるミラだが、アヴィーは失言だったと苦笑いをしながら答える。


「いや、ごめんミラちゃん。確かにその、転移魔法かな? って思ったんだけど、転移魔法ならミラちゃんが気が付かないはずもないからね。話からすると、本当に突然現れたみたいだし」


 はははと笑うアヴィーに、ミラはそういえばと頷いた。


「確かに、イロアスさんが現れた時なんの兆候もありませんでした。それこそ、気が付かなかっただけかも知れませんが、魔力は私が魔法を放つ寸前のもの以外に感じませんでした。どういうことなんでしょうか?」

「それは、イロアスさんの事前状況で分かるかも知れないね。イロアスさん、ミラちゃんを助ける前にあなたは何処で何をしていたんでしょうか?」


 首を傾げるミラだが、アヴィーの言葉に納得しする。

 二人はイロアスに注目するが、イロアスの精神的余裕は在庫が尽き、どう取り繕って話をするべきかを考える余地もなかった。

 そのため、正直にあったことを話してしまう。


「……攻撃を受けて吹き飛び、食われそうになった。せめて最後にと思いやつに向かって太刀を振るえば、何故かネズミに囲まれていた」


 自失とした様子で、あったことを並べて言葉にしたイロアスだが、二人にはほとんど伝わらず、特にアヴィーは困惑とした様子で必死に理解しようとしていた。ミラはミラでいかにも驚いてますといった表情をしていた。

 とにかく調書を取ろうと確認作業に入るアヴィー。


「ええっと、とりあえず、やつ、とはなんでしょうか?」

「黒い鮫だ」

「鮫? 海におられたんでしょうか?」

「火山だ」

「か、火山?」

「火山!?」

「ああ」


 アヴィーとミラは鮫というものを見たことがないが、海にいる生き物だとは知っていた。海も見たことはないが、端の見えない程大きい塩辛い湖みたいなものだと聞いている。

 アヴィーはやつというのが海の生物である鮫と聞き、当然イロアスが海で何かをしていたのかと思っていたら、まさかの答えに困惑たっぷりで聞き返してしまった。

 ミラは火山にも鮫というものがいるのかと本気で驚いていた。

 あまりにも普通にイロアスが答えたため疑問はおいて置き、調書のため質問を続ける。


「そ、そうですか……。では、その火山の名前を教えていただけますか?」

「アディス火山だ。ペリファニアから二、三日の距離にある」

「アディス火山に、ペリファニア……。その、ペリファニアというのは街の名前でしょうか?」

「都市の名前だ。全体が水晶で飾られているため、ペリファニア水晶都市と言われる」

「す、水晶? 水晶都市、ですか?」

「ああ」

「水晶で、飾られた、都市?」

「ほへー」


 アディス火山という火山の名前を聞いたことがなければ、ペリファニア水晶都市などというものも聞いたことがない。火山はともかく、都市の全体を水晶で飾るなどという狂気の都市があるのなら、名前を聞かないはずがない。

 あまりにも常識を疑うことを言われイロアスを疑念に満ちた視線で凝視するが、顔は装備で隠れて表情が読めない。しかし少なくとも、アヴィーからすると嘘をついている様子はないように思えた。

 答えをあらかじめ用意していたとしては、あまりにすらすらと、淡々と答えている。

 淀みなく答えたそれは、言い慣れた周知されし名称なのだと、長年門番として様々な人物を相手にしてきたアヴィーの勘が囁いていた。

 一方ミラは水晶で飾られた都市と聞いて、間抜けな声を上げ感心していた。


「なるほど……。では最後ですが、ネズミというのは?」

「あ、アロスティアです!」

「ミラちゃん。分かった、アロスティアね。……アロスティア?」


 最後の質問をするとイロアスではなくミラが答えたため、アヴィーは苦笑いをしてアロスティアの名前を手元の紙に書き込もうとしたが、アロスティアという魔物の生態を思い出し、疑問を浮かべる。


「ミラちゃん。アロスティアと言ったけど、間違いない?」

「あ、はい。間違いないです」

「じゃあ、イロアスさんが言ってる、囲まれていたっていうのは?」

「え? えーと、こう、ぐるっと私の周りに何匹もいて……」


 ミラは両腕で自分のまわりを円状にまわすと、囲まれていた時の光景を思い出して体を震わせた。

 そんなミラの様子を見て申し訳ない気持ちになりながらもアヴィーは質問を続ける。


「ミラちゃん。アロスティアは本来群れで行動しない、いや、正確には囲いを作るほどの数で確認されたことが一度もないんだけど、原因は分かるかな?」


 そう。アヴィーの知るアロスティアという魔物は、本来単体での狩りを行う魔物だ。稀に2匹以上の数で確認されることもあるが、大抵番や子持ちだったという。

 今聞いた話からするとどちらでもないように思えた。

 つまり異常であり、門番として、街を守る関門であるこの場所を抜かれるような事が起きないように、ちょっとでも変わったことがあれば聞いておかなければならない。

 ミラはアヴィーからぴりぴりとした空気を感じ取り、緊張しながら口を開く。


「あ、その……イロアスさんが現れる前に、大きい、アロスティアがいました」

「大きいアロスティア?」


 自然と目が細まるアヴィーに、ミラはさらに緊張の度合いを高める。


「は、はい。アヴィーさんより少し大きいくらいのアロスティアでした」

「……なるほど」


 ますますもって異常であるとアヴィーの勘が告げている。

 群れで行動しないアロスティアが円状に包囲する出来るほどの数で行動し、一定の大きさしか確認されなかったアロスティアに自分よりも大きい固体が確認されたときた。

 脅威なのは、群れを統率していると思われる大きい固体だ、とアヴィーは思った。

 早急になんとかしなければならないと対応を考える。

 しかし、ミラの一言によって浮きかけた腰は落とされることになる。


「でも、イロアスさんの攻撃で、その、爆発しました」

「は?」


 爆発した。すなわち死亡が確認された。

 口を開け、目を見開いたままイロアスを見る。


「どうも、そういうことらしい」

「そう、ですか……」


 ミラが詳しい状況とそのあとのことを話す。どうやらアヴィーが危惧していた脅威は既に去っていたらしい。

 安堵の息を漏らしたアヴィーが、同時にイロアスという戦士に尊敬の念を抱いた。

 異常成長か異常発達を果たしたアロスティアを一刀のもとに仕留め、群がるアロスティアを瞬く間に一蹴したと聞けば、実力の高さを知ることが出来る。

 単体では大したこともないアロスティアだが、群れとなると当然危険度が上がる。群れというのはそれだけで脅威なのだ。

 アヴィーの知る人物の中で、同じような動きを出来るものが何人いるだろうか。それも、一人の少女を守りながら、だ。

 包囲された中、無防備な少女を傷一つ負わせることなく殲滅するのは想像を絶する難易度だ。不可能といっても過言ではない。

 だが、目の前の赤い鎧を纏った戦士はそんな偉業を成し遂げた。

 尊敬するなというほうが無理な話である。


「……ところで、他に何かするべきことは?」


 イロアスはアヴィーの尊敬する眼差しを受けて悪い気こそ起きなかったが、如何せん疲れきっている。

 まともな対応も出来そうにないと判断し、さっさとこの場をあとにしたかった。

 その言葉を受け、アヴィーはハッとして体裁を整える。


「申し訳ありません。そうですね、話についてはもう大丈夫です。あとは街に入るためこちらの書類を書いていただければ終わりです」

「そうか。……?」


 終わりと聞き、やっと休めると思い受け取った書類に目を落とすと、よく分からない現象に襲われた。

 まず、受け取った書類に書かれている文字だが、イロアスの知らない文字である。それにも関わらず、書類に書かれている文字が理解出来ている。


(本当、なんなんだ……ここは)


 思わず装備の上から顔を覆ってしまうイロアスであった。

 顔を覆い動かないイロアスを怪訝に思い、ミラは一つの可能性に思い至る


「イロアスさん、共有の魔法切れちゃいました?」

「共有の、魔法?」


 この不可解な現象は魔法か、と心中穏やかではないイロアス。

 ミラにとって魔法とは一般的なものであるが、イロアスにとって魔法は慣れ親しみのない未知の技術である。

 そんな未知の技術である、魔法という得体の知れないものが自分にかかっていると聞いて、戦慄する。


(言葉が通じなかった時、あのカードを取り出した時共有の魔法とやらを掛けられたのだろうが……恐ろしいな。全然分からなかった。あれが、攻性のものだったら気付かずに死んでいたかも知れない)


 気付かずに死んでいた可能性を考えて体温が一気に失われる感覚に、僅かに身震いした。

 あの状況でミラが恩人であるイロアスを殺すような真似はする筈もないのだが、イロアスはそんなことも気が付かない。


「あれ、通じてますね。あ、分からないところがあるんですか?」

「ああ、イロアスさん。書けるところだけで結構ですので、とりあえず名前と目的だけでも書いていただければ大丈夫です」


 顔を覆うイロアスを、悩んでいるのだと理解した二人は丁寧にも書類を手に教えてくれる。

 訂正する気もないイロアスは黙って指示されたことを書く。使う文字は故郷のものだが、アヴィーがなにも言わないのでそのまま書き続ける。

 書き始めたイロアスを横目に、ミラもささっと書いて終わらせた。

 二人分の書類を受け取ったアヴィーは書類を確認し、頷く。

 

「はい、確かに。では改めて、ウェール街へようこそ」


 にっと笑うアヴィーの顔は、何故かイロアスには眩しく見えた。




「今日は本当にありがとうございました! 私はここで失礼しますね! 時間が合いましたらまた会いましょう」

「ああ。また」


 手を振って去っていくミラを見送り、オススメされた宿に入るイロアス。

 扉に手をかけ中に入ると、食事を取っていた人たちがイロアスを見てぎょっとする。

 受付にいた女性も大きく目を見開いたが、すぐに笑顔になり対応するあたりプロだと言える。


「本日はお泊りですか? それともお食事だけで?」

「宿泊で」

「何泊ほどされますか?」

「とりあえず三日で頼む」

「かしこまりました! では二万ペリアとなります」

「わか……」


 二万と聞いてそんなものかと思い、腰の袋から金銭を取ろうとして固まる。

 ペリア。聞いたことのない単位である。


「どうされました?」

「いや……」


 袋に手を突っ込んだまま固まったイロアスに受付はどうしたのかと思い声をかけるが、イロアスの声は固い。

 どうするか迷ったが、このまま黙っていると余計な誤解を生みかねない。

 現に、周りはイロアスと受付の様子を見てざわついている。

 仕方ないと適当に小銭を鷲掴みにして受付カウンターの上に置く。


「これで足りるだろうか?」

「え、えーと……え? し、白金貨!? こ、こここんなにいただけません!」

「そ、そうか」


 乱雑に置かれた小銭の山を困った顔で指で掻き分けていた受付だが、ある硬貨を見つけると顔色を変えてつき返した。

 あまりにも鬼気迫る表情でつき返されて返事に窮するイロアス。


「他の硬貨は見たこともないものなんですが、一体どれくらいの価値なんですか?」

「二万くらいにはなる、と思うんだが……」


 見たこともない硬貨と言われてしまい、自分の手持ちが一気に鉄くずになったものと錯覚してしまう。唯一使えそうな硬貨も価値が高すぎるせいで使えないようだ。

 ならば価値に等しいものである品を出そうと収集袋に手を入れる。

 収集袋から取り出したのは黄色に発光する鉱石。


「今持ち合わせがない。明日金銭を用意してくるから、ひとまずこれで手を打ってもらえないだろうか?」

「それは、魔石ですか?」

「いや、これはマセキというものではなく、光石(ひかりいし)といって明かりに使用するものだ」

「明かりに……」

「これは大きいから砕いて使用すれば複数の明かりとして使える」

「砕いても使えるんですか?」

「砕いても光を失うことはない。少なくとも三年は輝き続けるだろう」

「三年!?」


 明かりというものは人間が生活するうえでかかせないものである。ハンターとして各地を転々として生活しているイロアスにとっても光はかかせない。

 そんな時に重宝されるのが光石と言われる鉱石である。

 この鉱石は暗い洞窟で採れる透明な鉱石なのだが、洞窟から出て陽の光に当たることで黄色に輝く。輝き始めたら、あとは外に出していようが家のなかにしまっていようが、三年以上は輝き続ける燃費のいい鉱石である。

 そんな規格外な鉱石だが、受付の女性もそんな鉱石は聞いたことがない。

 

「これはいくらで……?」

「宿代としては使えないだろうか?」

「宿代としてですか? こちらとしては嬉しいのですが、良いんですか?」

「構わない」


 いくらで買い取れるのかと聞いた受付だが、イロアスとしてはそもそも宿代として使えないか、と取り出したのだ。

 宿代として使えるならそれに越したことはない。


「かしこまりました。では、こちらの鍵をどうぞ。場所は二階になります」


 納得した受付を尻目に、鍵を受け取ったイロアスは部屋に向かう。

 向かう途中厳ついおっさんがイロアスを睨み付けていたが、無視を決め込んだ。


「ふぅ」


 部屋に着き、一息吐く。


(今日は散々な目にあった)


 思い返しても問題が多すぎて整理がつかない。

 しかし、原因となったのは考えるまでもない。


(やつめ……) 


 形こそ似ているが、それ以外が全くの別物であったコリバオハラスに似た黒の異形。

 黒く塗りつぶされたかのような色合いに、血管のように体中を走る不気味に脈動する赤い線。

 思い出すだけで背筋に冷たいものが走る。


(やめだ。とにかく今は休もう)


 とにかく疲れていた。

 これは夢で、寝て起きることで覚めるかもしれない。

 そんな淡い期待を抱きながら、イロアスは意識を手放した。

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