プロローグ
巨大な生物が行き交い、存在するだけで災厄を振り撒く超常のものが跋扈する世界に、ハンターと呼ばれる超人が認知され始めてはや幾年。未だ超常の存在等に及ぶ者は極僅かしか居ないものの、巨大な生物を相手にすることが出来るハンターは順調にその数を増やしていった。
巨大生物の討伐に成功したハンター達によって一定以上の安寧を得られた人類は、それなりの繁栄を見せていた。人類の繁栄は自然の猛威や巨大生物にとって吹けば飛ぶようなものから、災害や巨大生物の脅威をものともしないようなものと様々だ。最も、超常の存在等からすれば等しく塵芥に過ぎない。気まぐれに村や都市を潰される事など数え切れない程である。
また、直接何かされるわけでもないにも関わらず、少し異常や問題が起きれば揺らいでしまうような危うい繁栄でもあるのだ。
ここペリファニア水晶都市は街並みを水晶が飾る村で、元は水晶竜と呼ばれる全身が水晶で出来た竜の住処であったところだ。この煌びやか光景から居住を求めるものや、一目見ようと観光客も多く、商人の出入りも激しいため、町の規模が大きくなるには十分な理由があった。規模が大きくなれば活気も付き、景気の良さから人が増える。ペリファニア水晶都市は、間違いなくした都市であると言える。
そんな成功し発展したペリファニア水晶都市は今、見た目の美しさに反して暗い空気に包まれている。原因の一端は中央通りにある掲示板にあった。
『アディス火山地帯への一般人の侵入を禁ずる』
簡潔に書かれた警告の文字は一般人に取って恐怖を煽る文言でしかない。かといって、注意喚起を行わず、知らずに近づかれても困った事態にしかならないために、このような処置を施すしかなかった。
掲示がされてからというものの、一般人は何かに怯えるように街を出歩くようになり、頭を痛めた都市の役人たちだが、真に痛みを負ったのは都市の役人ではなく、ハンター寄り合い所の人間だった。
事の起こりはアディス火山へ火龍の討伐に向かった一人の優秀なハンターの失踪である。
その日、ペリファニア水晶都市にある寄り合い所で火龍の討伐を請け負ったハンターは十全の準備を行い、討伐に向かった。討伐に向かったハンターは依頼成功率が高く、何度も火龍の討伐を果たしたことがあり、本人の実力も上から数えた方がはやいこともあり、誰もが依頼達成を疑わなかった。故に、少なくない衝撃を受けた。
結果が、ハンターの未帰還に終わってしまったことが。
ペリファニア水晶都市からアディス火山地帯までの距離は凡そ二日の距離であり、討伐に適した戦場を見繕うのに一日、火龍の発見から討伐にかけて掛かる時間でさらに二日、事後処理や土産を手に入れる時間などを考えても、早くて二週、遅くとも一月はかからずにハンターは帰還する予定だった。
討伐に向かったハンターの知り合いも、寄り合いの受付も、一月経っても帰還しないハンターに疑問を覚えた。それからは日毎に懸念が沸いてきた。もしや、まさか、そう思いつつもハンターの帰還を待っていた。二月も経てばもはや諦念とともに確信を得るのには十分な時間であった。
優秀なハンターを失う手痛い事件があったが、寄り合いからは名目上ハンターの捜索として火山周辺に調査隊を派遣し、討伐に向かったハンターの知り合いや興味をもったハンターたちが火山へと向かって行った。
第二の悲劇はここから起こった。
火山周辺を調査していた派遣チームは期間を設け、そのまま周囲の調査と、寄り合いのハンターに随行する二手に分かれた。周辺を調査していたチームは、普段よりも小型の生き物が多いように感じた程度で、目立ったものは発見出来なかった。
粗方調査を終えた周辺調査チームは、火山の奥へと向かったハンターと同僚たちを待っていた。テントをキャンプ地にテントを張り、食事を摂りながら待っていた調査チームだが、いつまで経っても同僚たちは帰ってこないため、嫌な予感に苛まされながらも待ち続ける。
設けた期日を大幅に過ぎ、食料も尽きてきたために仕方がなく帰還したあとも、結局誰一人としてアディス火山から帰ってくることはなかった。
この事態を重く見た寄り合いの者たちは、腕の立つ者を何度か送り、少しでも情報を得ようとしたが、その全てが未帰還に終わるという異常事態に見舞われた。
こうしてアディス火山は、一般人は周辺地域ですら進入を禁じられた。
ハンターたちは腕の立つものが次々と姿を消していくことに恐怖を覚え、今では調査に乗り出すものは皆無となってしまっている。それどころか、アディス火山に近いペリファニア水晶都市にすら近づかない者すら出てきている始末である。寄り合いとしては頭が痛いどころの話では無かった。
異常を異常のまま放置することは、都市としては看過出来ない。寄り合いとしても、このままハンターがこの地に来なくなってしまっては、周辺脅威の対抗策がなくなってしまうため、どうにかこの事態に決着をつけたかった。
そんな時である。
風の噂で、『超常を打ち払う者』がやって来ると耳にしたのは。
火山の噴火に紛れ、地響きを伴い空気の衝撃が走る。衝撃は一度や二度に留まらず、断続的に火山地帯全域を襲っている。
一帯に住んでいた小型の生き物は身の危険を察知し一目散にと姿を眩まし、中大型の生き物はやはり危険を感じ発生源から離れつつ様子を伺っていた。
静かに注目される中央では、巨大な黄金の竜と小さな影が戦闘を行っていた。
「グオオオオオッ!!」
黄金の剛爪が叩きつけられ、地面を爆散させ局地的な地震を起こす。飛散する礫を躱しながら、小さな影は隙の出来た右腕へと巨大な戦槌を打ち込む。
自身の何倍もの相手に打ち込まれた戦槌は想像以上に痛烈な一撃で、巨大な黄金の竜は悲鳴を上げ倒れ込んだ。
当然、そんな無様を晒せば見逃されるはずがなく、影は素早く黄金の竜の眼前に立ち、獲物である巨大な戦槌を振りかぶり、黄金の竜が目の前の敵を噛み砕こうと開いたその大顎を全力で振り抜いた。
「――――ッ!?」
悲鳴を上げることは許されず、顎は砕かれ、脳を揺らされ、視界は不明瞭となる。身体の自由はきかず、咆哮の一つも上げることが出来ない。
不味い。そう思った次の瞬間には、轟音と共に意識を落とされることになった。
巨大な体躯を誇る黄金の竜の亡骸の前で、小さな影、イロアス・エヴィニティは小さく息を吐いた。
太刀では傷すら付かない圧倒的防御力を誇った黄金の竜を討ち果たして、なお歪みの一つもない巨大な戦槌を担ぎ直すと、改めて黄金の威容を確認する。
――コイツは違うな。
依頼されたアディス火山の異常の原因は目の前の黄金かと見やれば、それは違うとすぐさま否定した。
確かに強かったが、それでも腕の立つハンターが数人でかかれば勝てないことはないだろう、と。まして、全滅の憂いがあったところで、逃げ出せばいいだけの話だ。この黄金の竜に、逃げ出せない程の攻撃手段があったとは言えない。
面倒だ、そう呟きながら先日あった水晶都市の出来事を思い出して、再び息を吐く。
噂に聞く水晶都市を一目見ようと立ち寄ったところ、寄り合いの人間や都市のお偉方に囲まれた時は何事かと困惑したものだ。
喧しく訴えられる言葉を拾えば、要はアディス火山の異常を解決して欲しいというものだ。イロアスは何故自分が、とは思ったものの、理由はあるはずだと大人しく話しを聞くことにした。
そして、聞かなければ良かったと後悔した。
背負った戦槌の柄と、太刀の鞘が鎧を叩く音を聞きながら、黄金の竜の鱗を苦労しながら黙々と使えそうなところだけ剥がしていく。先の戦いでは只管に戦槌で殴り続けたため、鱗はところどころ凹んだり割れたりひび割れたりとしている。
ある程度収集袋に収めたところで、調査を再開しようと当たりを見回す。
(……何だ?)
見回せば、微かな違和感を覚えた。
(生き物が、いない?)
先程まで、自分と黄金の竜が戦っていたにも関わらず、周囲には少なくも生き物の気配を感じていた。
その気配をが、今では全く感じられない。
黄金の竜を討伐した人間を恐れているのか。それはない。そんな可愛い感情を火山に住む大型の生き物は持ち合わせていない。むしろ、我こそはと挑みかけてくるはずである。
たまたま全ての生き物が移動したのか。その可能性もほとんどありえない。何故なら理由が見当たらない。今ここに居るのは、真紅の鎧を身に纏うイロアスしかいないのだから。
ならば、何故か。
答えはすぐ近くにやってきた。
(なっ!?}
ガラスが割れるような音と共に、黄金の竜の身体の半分が抉り取られた。
イロアスは何が起こったのか分からずも、音が鳴ったと同時にすぐさま回避行動を取っていた。距離をとり、何が起こったかを確認しようとすると、再び音が鳴り残った半分を飲み込んだ。
(コリバオハラス!? 何故、ここに!? いや、それよりも……コイツは新種か!)
見える異形。
イロアスの知るコリバオハラスという生き物は、空間を泳ぎ、雪山や氷山などの寒いところに住む青白い鮫である。コリバオハラスの素材は収集袋やアイテムボックスと言われるものに使われ、これらは空間を拡張して見た目以上の物を入れることが出来る魅力的な代物である。それがコリバオハラス。
だが、イロアスの前に現れたソレは黒色の鮫。体中に走る赤い線は不気味に脈動している。ここは寒さとは無縁であり、大きさがコリバオハラスの基準を超えている。これをただのコリバオハラスとして扱うのは不可能だ。
イロアスは唐突に悪寒を感じる。
目は確認出来ず、何を以って相手を判断しているのか不明である。にも関わらず、イロアスは見られていると確信した。
瞬間、抜刀しながら転がる。
一瞬前までイロアスが居たところへ黒の異形が凄まじい勢いで通り過ぎた。
「――――――!!!」
黒の異形は何事か叫びながら一際大きな音をたてて、空間に潜り姿を消す。
絶叫の原因はイロアスにあった。
イロアスはすれ違い際に、黄金の竜に通じなかった太刀をその身にいれていたのだ。透き通った赤い刀身の太刀は、斬りつけると赤熱し、斬撃と同時に傷口を焼き尽くす凶悪なものである。。
そのような攻撃を受けた黒の異形は、堪らず逃げたということだ。
しかし、逃げたといっても一時的なものであるとイロアスは理解している。
凶悪といっても、所詮は一太刀。それも、人の身の一撃だ。傷の大きさなど巨体からみればほんの僅かである。
緊張を持って、油断せずに周囲を窺うイロアス。
不意の一撃をもらうことは人にとって、いくら人を超えるハンターであっても致命であることは避けられない。
そんな一撃が、振るわれる。
(岩だと!?)
襲ってきたのは黒の異形ではなく、岩の一撃である。耳障りな音が聞こえたかと思えば、突然三方から大小様々な岩が砲弾の如く飛んできたのだ。
当然、受けるわけにはいかないが、避けきることも不可能だった。
イロアスは舌打ちしながら一方に近づき、当たっては不味いと思われる岩に狙いをつけて太刀を振るう。
太刀に触れた岩は熔解しながら切断され、あらぬ方向に飛んでゆく。
岩の砲弾を突破したイロアスだが、続けざまに黒の異形が襲い掛かる。割れた空間から尻尾を出し、今まさに振りぬかれようとしていた。
イロアスは回避は不可能と判断し、咄嗟に腕を交差させ衝撃に備える。
(ぐうぅ!)
人外の力を腕に受け、威力を殺そうと流れに逆らわず率先して吹き飛ばされたイロアス。
(何故、そこに……!)
反撃に移るためにも着地を上手くやらねばならないと、恐ろしい速度で変わる風景を尻目に着地地点へと目をやれば、黒の異形が大顎を開けてイロアスを待ち受けていた。
驚愕に目を見開くイロアス。
数瞬前までは確かに前方にいたはずなのに、何故そこにいるのか。
空間の移動はそこまで速いのか。
敵は複数いたのか。
疑問が走馬灯のように頭をよぎっていく。
ともあれ、絶体絶命の現状。
せめて最後に一太刀。
決死の覚悟をし、致命の一撃を与えるために僅かでも体勢を整える。
距離はもうない。
あとは接触するのみ。
――――そこだ!
渾身の一撃は、しかし黒の異形に当たることはなかった。
耳障りな何かの割れる様な音。
轟と鳴り響く爆音。
勢いのまま草の大地を削りながら、着地するイロアス。
唖然とする異形の群れ。
呆然とする一人の少女。
イロアス・エヴィニティの運命は、黒の異形が決死を覚悟したイロアスの気迫に圧されたことで変わってしまったのかも知れない。
というお話なのさ