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序
それは、とてもよく晴れた日の事だった。
娘は山岨の縁に佇んでいた。ふ、と、俯いて足下を見つめると、中腹に空いた穴から勢い良く水が零れ落ちて行くのが見える。時折、水の匂いを孕んだ風が吹き上げてきて、ふうわりと白絹の裾を揺らしていた。山間の村で生涯を終える筈の娘には縁遠い、上等な着物だったが、彼女の心を躍らせはしなかった。
娘は轟々(ごうごう)と鳴る水音に耳を傾けながら、泣き崩れる養母の小さな背を思い出していた。養父が亡くなった時でさえ気丈に振る舞っていた人だったのに、自分の所為で泣かせてしまった。あんな風に悲しませてしまった……。堪らなくなってきつく瞼を閉じる。
背後に迫る気配に天を仰ぐと、澄み渡った空が広がっていた。抗うことなく身を任せ、次の瞬間にはもう、細い身体は宙に翻っていた。
瞳を閉じるその間際、娘は、金色の雷が一筋、晴天を走るのを見た。
それは、とてもよく晴れた日。一掬いの雨も降らなかった月が二つ続いた、ある日のことだった。
*山岨=切り立った崖の事




