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ホタル火

作者: 西瓜めろん(にしうり めろん)

 幼いころ、夏になると庭で家族とよく花火をした。パチパチとはぜる線香花火を夢中で見ていたとき、一匹のホタルが飛んできた。

「おやっ、珍しい」

 庭木の葉にとまり、ちかちかと点滅する光を見ながらばあちゃんが、しみじみと言った。

「昔はこの辺りにもたくさんホタルがいたんだけどね。最近は、あまり見かけなくなったね」

 やがてホタルは、どこかに飛んでいった。遠ざかるホタルの光を目で追いながら、ばあちゃんが話してくれた。

「あれは、ばあちゃんが小学生のころだった。たしか終戦の年の六月だった。そのころは世の中、戦争で大変だったんだよ。

 その夜は蒸し暑くて、寝苦しくてね。夜中に目が覚めたんだ。そしたら、暗闇で黄緑色の光が、ちかちか光ってた。よーく見ると天井に一匹のホタルがとまってたんだ。なぜだかホタルから目を離せなくてね。じっと見ていると、光の線を引きながら、ホタルは部屋中を踊るように飛び回ったんだ。まるで、わたしが見ていることを喜んでいるみたいだった。その時思ったんだ。ああ、父さんが帰って来たんだってね。

そのあと、急に眠くなって朝まで眠ってしまった。だから、その時は夢でも見たんだと思っていた。でも数日後、父さんが南方の戦地で亡くなったって知らせが届いてね。やっぱり、夢じゃなかった。父さんが最期のお別れに帰って来たんだなって思ったんだ」

 このときのぼくは、ばあちゃんの話を全然信じていなかった。たまたま部屋の中に迷い込んだホタルを見て、ばあちゃんが勝手に思い込んだだけじゃないかと思っていた。

 だけど(のち)に、ばあちゃんの話を信じないわけにはいかない体験をすることになった。


 梅雨時とはいえ、一週間前から降りはじめた雨は、その日もやみそうになかった。

 その夜、なんとなく胸騒ぎがしてなかなか寝つけなかった。今思うと虫の知らせだったのかもしれない。

「ゴーーー」

 やっと、うとうとしかけたとき、地の底から響くようなごう音と激しい揺れでとび起きた。

「バリバリバリッ。ガラガラガラッ」

 壁が傾いて、ぼくに迫ってくる。部屋がぐらぐら揺れながら動き出した。家具が倒れ、天井が崩れ落ちた。

「うわーーー」

 急に目の前が真っ暗になって、ぼくは意識を失ってしまった。

 このとき、ぼくの家は半分に切り裂かれて、土石流に押し流されていた。反対側の部屋で寝ていた両親は、激しい音と振動で目を覚まし、すぐに屋外へ逃げ出したので無事だった。他にも数件の家が土砂にのまれたそうだ。

どれくらい時間がたったのだろう。気がつくと、真っ暗な所に倒れていた。起き上がろうとしたら、何かに頭をぶつけた。ぼくは体をよじって、手探りで周りの様子を確かめた。

 どうやら、崩れた家の中にとじこめらたようだ。でも、家具と柱との間にできたわずかなすき間に入り込んでいたために、瓦礫に押しつぶされずに助かった。

どうにかしてここから出ようと、周りの瓦礫を押してみた。上下左右どこを何度押してもびとくもしない。そのうち、ひどくのどがかわいてきた。このままここから出られなかったら。狭くてむし暑い穴ぐらの中、不安と疲労で心も体も限界に近かった。

「けいいち、けいいち。・・・」

 あきらめかけていたとき、ぼくの名を呼ぶかすかな声が聞こえた。

「だれ?」

 暗闇の中に、ほのかに輝く小さな点のような光が見えた。

「ホタル?」

どこからやって来たのか、一匹のホタルが目の前で光っていた。規則正しく明滅する光を見ていると、しだいに気持ちが落ち着いてきた。

「けいいち。あきらめないで。あきらめたら、それで終わりだよ。だいじょうぶ、必ず助けてあげるから」

 今度は、はっきりと聞き取れた。その年の二月に亡くなった祖母の声だった。

「ばあちゃん?ばあちゃんなの?」

「ばあちゃんがついているから、安心するんだよ」

 ほどなくして、被害をまぬがれた近所の人や消防、警察の人たちによって救助活動が開始された。

 しかし、ぬかるんだ土砂に足をとられ、歩くのもままならない。道路は土砂と瓦礫で埋まり、土木作業用の機械も持ち込めない。

 電柱がなぎ倒され、停電で辺り一面真っ暗だった。懐中電灯の明かりだけをたよりに、手作業での救助活動は、遅々として進まなかった。 

 そのうえ、空は厚い雲におおわれ、依然として雨は降り続いていた。二次被害の危険もある中での作業は困難を極めた。

 そんな厳しい状況下で作業する人々は、だれ一人として、その夜、あんな不思議な光景を目にするとは、思いもよらなかっただろう。

 はじめ、暗闇をぬうように数匹のホタルが飛んでいた。しかし、必死に作業する人々には、それを気に留める余裕などなかった。ホタルは数十、数百、数千としだいに数を増し、人々が気づいたときには、何万という数のホタルが、人々の頭上を飛び交っていた。おびただしい数のホタルが乱舞する幻想的な光景に心奪われ、しばらくの間作業の手を止めて、見とれる人もいたそうだ。

 一匹のホタルの光は、わずかなものでしかないが、数万匹ものホタルが放つ光は、昼間のように辺りを明るく照らした。おかげで救助作業がはかどった。

「けいいちー。けいいちー」

「けいいちー。けいいちー」

瓦礫の向こうから、何度も何度もぼくの名を呼ぶ声が聞こえた。瓦礫にさえぎられたその声は、とても遠くから聞こえるようだった。

 このとき両親は、ぼくの名を呼びながら、瓦礫をかきわけ、ぼくを必死にさがしていた。

 ぼくの名を呼ぶ両親の声や、瓦礫をかき分ける音を聞いて、ぼくは力の限り叫んだ。

「たすけてーーー」

「どこだーーー」

「ここだよーーー」

 その時、瓦礫のすき間から、一匹のホタルが飛びだした。他のホタルよりもひときわ明るく、金色の輝きを放つホタルが。

 ホタルは、そこにぼくがいることを教えようとしているかのように、同じ所でぐるぐる回っていた。

「おーい。ここだよーーー」

 もう一度、ぼくは叫んだ。ホタルの輝きに目を奪われていた人々が、瓦礫の下から聞こえるぼくの声に気づいて集まってきた。

「すぐに助けてやるからな」

「大丈夫か。けがはないか」

 口々にぼくを励ましながら、みんなで手分けして瓦礫をかき分け、ぼくを助け出してくれた。

 担架で運ばれているとき、ぼくは見た。

 それまで飛び交っていた、おびただしい数のホタルが、一斉に空高く舞い上がっていくのを。

 最後に残った一匹のホタルが、ぼくのそばに飛んできた。そして金色の光が、ぼくの全身をやさしく包んだ。

「けいいち、元気でね」

 光の中に、そっと頭をなでてくれる、ばあちゃんの姿が見えたような気がした。

 金色の輝きは、しだいにかすんでいき、光が消えるとホタルもいなくなっていた。

 いつの間にか雨はやんでいた。見上げた空には満天の星。まるで天にのぼったホタルが、星になったかのようにきらきらとまたたいていた。


「これで父さんの話はおわりだ。信じるかどうかは、お前しだいだ。だけど父さんは、信じている。亡くなったばあちゃんが助けてくれたんだと…。

 失って初めて気づくことがあるというが、このときほど何気ない日常の大切さを実感したことはなかった。災害のあと、真っ暗になった夜の町で、家々の明かりの温かさに気づかされた。ぽつんと灯っている街灯の明かりにさえ、やすらぎを覚えた。

 あれほど多くのホタルがどこからやってきたのか、そしてどこに消えたのか、今でも不思議でならない。

 当時、環境汚染による自然破壊の影響でホタルが激減した。だけどその後、地域住民の保護活動によって年々ホタルの数は増加した。今では、きれいになった川でたくさんのホタルを見ることができるようになった。それでもあの時のホタルの数にはとうてい及ばないけどね。

 少し話が長くなったな。外も暗くなってきたから、そろそろ始めようか」

 盆休みで帰省した実家の庭で、久しぶりに息子と花火をした。

「父さん見て。ホタル」

 そっと差し出した息子の手の甲で、黄緑色の光が点滅していた。

「今ごろホタルなんて、珍しいな」

「きっと天国のじいちゃんが帰ってきたんだよ」

「そうだね…。うん、きっとそうだ」

 仏だんに飾られた写真の父の顔が、心なしかほほえんでいるように見えた。


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