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【第2話】掃除、リフォーム、そして乙女心

「……とりあえず、掃除させてもらうね。気になって仕方ない」


 直人はそう言うと、いつの間にかエプロンを取り出して装着していた。


「持参……!? まさか、予想していたの!?」


「いや、なんとなく、予感がして」


「その洞察力、何者!? もしかして、私の部屋の状況が予測できるの!?」


「まあ、ひとまず掃除から始めようか。ゴミを分別しないと」


 その言葉を聞いた瞬間、わたしは思わず叫ぶ。


「それ、絶対にダメですわ! まさか、わたしの推しグッズたちをゴミと同列にする気じゃないでしょうね!?」


「おっと、了解。じゃあそれは“魂ゾーン”として、手をつけないことにしよう」


「そのネーミングセンス、どうにかならないの?」


 そんなふうに、言葉を交わしながらも、彼はどんどん片付けを進めていった。


◇◇◇


 彼の動きは無駄がなく、かつ楽しそうだ。掃除という行為に、これほどまでに情熱を注げる人がいるなんて、驚きだ。


「……まさか、こんなに楽しんでくれるとは思わなかった」


 ふと、思わず口に出してしまった。


 その瞬間、直人は手を止め、こちらに向き直った。


「いや、逆に燃えるよ。麗奈さんの、こんな面を見られるチャンスなんて、普通はないから」


 その言葉に、胸がドキッとした。


(ああ、この人、本当にわたしを好きなんだ)


 それを見て、私はふと彼のことを少し違った視点で見始めていた。


「……すごいわ」


 部屋は、数時間で信じられないほど綺麗になった。もはや、見違えるように整頓されていた。


 可燃、不燃、資源ごみがきちんと分けられ、さらに“魂ゾーン”まできちんと並べられ、床や窓が見えるようになった。


「麗奈さん、棚の配置はどうする?」


「え、ええ……おまかせするわ」


 直人は汗を流しながらも、生き生きと作業を続けていた。


 家具の配置を変え、ぐらついていた机の脚を直し、空いていた壁に棚を取り付けていく。その手際の良さに、わたしは、ただただ見入っていた。


「はい、“推しフィギュア棚”、完成!」


 彼が指差す先には、まばゆいアクリル棚が輝いていた。


 わたしの愛しき“魔界執事ヴァルフォル”が、そこに整然と並んでいる。


「これが、わたくしの……」


 言葉が詰まる。まるで、お店のディスプレイの様になった。


「こんなに、推しを大切に飾ったのは初めてですわ」


「喜んでもらえて、よかった」


 彼の笑顔は本当に、自然で優しかった。


「貴方は、まるで……本物の執事みたいね」


 その言葉に、彼は照れたように笑って言った。


「それは光栄です、お嬢様」


 おどけた言葉に、心がふっと温かくなる。


 でも、どうしてこんなに心が揺れるのだろう?


 彼は、わたしと向き合い、趣味や性格を否定せず、居場所を整えてくれた。


 そんな人、今までいなかった。


「こんなに、わたくしのために動いてくれる人、初めてよ」


 ぽつりとこぼしたその言葉に、彼は少し驚いた顔をしてから、照れくさそうに頬をかいた。


「いや、別に……俺、好きな子のためならこれくらい普通だし」


 真っ直ぐな目で言われたその言葉が、わたしの胸にまた、深く刺さった。


 最初は、驚いてただ“執事ごっこ”してただけだったのに、今は――


 ふと、彼が作業で汚れた指を気にして、シャツの裾で拭おうとした。


「あっ、それ、ダメですわ! シャツが汚れちゃう!」


 思わず手を伸ばし、彼の手を取ってしまった。


 その手に、あたたかさが伝わってきて……わたしは、一瞬、自分を忘れそうになった。


「……素敵」


 無意識に、そう呟いてしまっていた。


 彼の手も、背中も、声も――すべてがまっすぐで、飾り気がない。


 わたくしとは正反対の庶民男子なのに、どうしてこんなに心が安らぐのだろう?


「えっ……い、今なんて?」


「な、なんでもないですわ! 手が汚れていたから、ちょっと取っただけです!」


 慌てて手を離し、背を向けると、顔が火照っているのを自覚した。


 直人は「そっか」とだけ言って、作業を続けていたけれど……


 わたしの心は、もう元には戻らなかった。


 これ、ただの“執事ごっこ”ではない。


 わたしの中で、“恋”という名のカオスが、静かに芽生えていった。

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