【第1話】学園一の完璧令嬢、ピンチ!
目を覚ました瞬間、わたしは白くてフカフカな天蓋付きベッドにいた。
あれ? 会社のデスクで居眠りしてたはずじゃ――え? 鏡? 誰これ?
わたし、白鷺麗奈は、学園でもっとも高貴にして優雅な存在。……らしい。
でも本当のわたしは、ブラック企業で心身をすり減らしていたただのOL、沢村美咲三十三歳だ。
気づけば乙女ゲームの悪役令嬢に転生していた。
けれど、そこは元社会人の意地というもの。
マニュアルを完璧に覚える記憶力、後輩の尻ぬぐいで培った空気を読む力。
そして何より、仕事帰りに積んだオタ活の執念。
転生して半年、完璧なお嬢様としてふるまうくらい、わたしには朝飯前だった。
取り巻きたちが黄色い声を上げる。スカーフが今季の新作?
当然、知ってる。そう「演じている」だけ。
「おはようございます、麗奈様! 今日もまばゆいですわ!」
「麗奈様の筆記体、芸術の域ですわ!」
ええ、ありがとう。Word、Excelよりは楽だわ。
でも――そんな完璧令嬢としての日常は、“あの日”終わりを告げた。
「……はじめまして! あのっ、俺っ、ずっと気になってました! 好きです!! 付き合ってください!!」
下駄箱前に突然現れたのは、地味で安い制服の男子生徒。どう見ても庶民。
名前は如月直人。新しく転校してきたらしい。
服はよれよれ、靴は安物、鞄の角は擦り切れていて――え? ハンカチ手縫い?
でも、まっすぐな目が眩しかった。
(推しキャラみたい……やばい、刺さる……)
いかんいかん。ここは悪役令嬢の世界。うっかり平凡な男子に、恋などすればバッドエンド確定だ。
「……条件がございますわ」
口が勝手に動いていた。
「わたくしの“本性”を知っても、決してドン引きなさらないこと。それが、第一条件ですの」
直人はきょとんとした顔で頷いた。
「……本性?」
「ふふ、お楽しみは……次のお休みの日にでも」
ああああ! なんで言っちゃった!? わたしバカ!?
◇◇◇
その朝、わたしは紅茶片手にうずくまっていた。
「終わったわ……どうしてあんな条件を……ばっかじゃないの、わたし……」
現実の“本性”とはこうだ。
・片づけられないズボラ癖
・掃除、致命的に無理
・乙女ゲーム・BL・フィギュア沼の住人
・料理? レンチンしかできませんが?
この屋敷――いや、“オタ屋敷”は、完璧令嬢の仮面とは真逆の、リアル三十路女の巣窟であった。
ピンポーン。
「……来たか。律儀な庶民め……」
玄関を開けると、スマホ片手に立ち尽くす直人。眩しい……推し感が強い……。
「お、おはようございます、白鷺さん……すごい、映画に出てくる屋敷みたいで……」
「いいから入ってくださいまし。門を開けたら閉める、それがマナーですわ」
彼は素直にうなずき、屋敷の中へ。
「……ここ、一人で住んでるんですか?」
「当然ですわ。お嬢様として自立しておりますもの」
「……いや、自立っていうか、サバイバルでは……?」
……失礼な。でも、図星。
「……もし、これが“本性”なら……俺、好きかもしれません」
「は、はぁ!? 何を……!」
「掃除、させてください! 俺、整理整頓好きなんです! 」
「だ、ダメっ! そこは開けてはダメ! 聖域、グッズ部屋なのですわ!」
「うわっ! グッズが山積み!? プラモの数もやば……これ、床抜けない?」
「……もう抜けてますの……」
直人は笑った。わたしは顔を覆った。
完璧な仮面は、もはやボロボロ。
でも、なぜだろう。恥ずかしいのに、心が軽い。
……あれ? これ、もしやフラグ?