父の炯眼
クリフは、16歳であり、本来、貴族の子女が集まる、王立アカデミーに通わなくてはならない。
制服に規定はなく、この機関は、ただ、国王の名のもとに、すべてが平等である。
それを、14歳から通うらしいのだが、病気の関係で、既に3年過ぎている。
両親より、来年から通うようにとのお達しがあったのは、1年ぶりの顔合わせを行った本日のことである。
「クリフ、大分良くなったようだな」
エドワードはクリフを見て、微笑む。
「はい、しかし、未だ記憶が戻りません」
「そうか・・・」
エドワードは落ち込んだように黙ってしまう。
そんな沈黙は、ケインの咳払いにより解消された。
「ああ、そうだった。クリフ、体調が良いのであれば、来年からアカデミーに行きなさい。全寮制の由緒ある学びの場である。いずれ、この家を継ぐのだ。経験だけでも身につけておきなさい」
エドワードはそう言うと、本を手渡す。
「これは、王国史と魔法史の本だ。基本、これがあれば問題ない」
「はあ・・・」
アカデミーとは学を深める場所と認識していたが、この世界に必要とされる知識は、この一冊程度なのだろうか?
「最近、統一商科算学という、変な授業もあるらしいが、まあ、二の次でいいだろう」
エドワードはそう言うと、頷く。
「統一商科算学ですか?」
何だその変な授業は。
昔は、そう言う授業があったのだろうか?
「気にするな。とりあえず、遅れた分はこの本で十分だ」
「分かりました。そのアカデミーでは、父に会う機会はどれほどあるのでしょうか?」
クリフとて、養ってもらっていることは重々理解し、こんな状態でもなお面倒を見る父を信頼し尊敬していた。
信頼できる人物の庇護から離れるのは、非常に不安なことでなのである。
「クリフ、そんな顔をするな。夏や冬には、陛下も休暇をお作りになる。皆、避暑地に向かう時期だ。その時に帰ってくるといい」
顔に出したつもりはない。
しかし、自分は思った以上に不安になっているようだ。
「・・・だいたいいつ頃でしょうか?」
本を見つめ、自嘲した笑いをするクリフは、エドワードの目を見ずに、問いかける。
「いつ?ケイン、いつだったか分かるか?」
「はて、不定期でしたので、陛下のお気持ち次第かと」
「そうだった。クリフ、そういうことだ。帰る前に手紙くらいはくれよ?」
そう言って、エドワードは部屋から出て行った。
ケインは、一礼し、エドワードについていった。
さて、そのアカデミーとやらは一体とのような場所なのか。
事前情報なしで入学なんて、まるで中学時代に戻った気分だ。
事業に関しては、今年1年乗り切り、来年の決算でこれまで通りの数字を出せば、問題は解決する。
すべて、ケインがエドワードの名前を使って手を打っている。
さて、どうなることやら。
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「元気そうだったな」
赤色に金で刺繍された絨毯を歩く、身長170センチ程の男は、ケインにそういう。
その顔は、安心したかのように、微笑んでいた。
「はい、当初お持ちになっていた、底しれぬ不安、といったものが慣れによって解消しているのかもしれません」
ケインは、エドワードを安心させるように言う。
「そうだな、あの子はまだ16歳、まだ子供なのだ。記憶がなくなろうとも、我が子は我が子だ」
ケインは、感動したように眼を見開くが、未だ婦人が状況についていけないことに気が向き、顔を落とす。
「エドワード様・・・しかし、クリフ様はご病気になられてから、ひどく大人になってしまわれました。話すことや指示することなど、まるで、見知らぬ誰かに提案されている気分でしたな」
「全くだ。このようなことを思いつくなど、凡そ普通の子供とは言い難いな」
エドワードは、抱えた資料を見る。
それは受け入れがたいことに、ケインがまとめ、より現実的な政策にした、クリフの提案書だった。
エドワードは、クリフの提案を知っていた。
そして、その動きも。
「しかし、以前からそう言うところがあったのも事実。記憶のかわりにのこったのは、そういったところなのかもしれんな」
「そうなのかも、しれません)
俯いたケインの顔に陰が落ちる。
「ケイン、クリフのこと、諸々頼んだぞ」
「御意」
エドワードは、クリフの提案をひとまず受け入れ、水面下で状況を動かしていた。




