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転生は突然に

人生の終わる瞬間とは、呆気なくも記憶に残らない物だ。


特に、つまらない人生程、そうなのだろう。


両親と兄、妹の5人家族で、兄と妹の優秀な部分に嫉妬し、不貞腐れ、引きこもった事もあった。


バイト繋ぎで、両親の優しさを疑うこともあった。


自分のない何かを持つ人間が憎くて、持っていない事が悔しくて、それでも頑張れない自分に腹が立ち、気を紛らわして、呆れて、疲れて寝る。


そんな人生にも、運が残っていたらしく、正社員として働く事もあった。


結局、年下の同僚と足並が揃わず、似たようなサイクルに入りかけた。


最期には、つまらない、という一言で人生が終わった。


「本当に、つまらない」




死後のはずが、やけに明るく感じる。


「クリフ様、ようやくお目覚めですか」


男の声とカーテンを開ける音が聞こえる。


スーツを着た、髭面の老人のキャラクターが目に浮かぶ。


「もう朝ですよ、そろそろ起きていただかなければ」


ついに妄想が死を凌駕して、走馬灯のごとく見せているのかと思うほど、その声は人間味あふれた声音だった。


「まだ良いじゃないか」


夢見心地とはこのことを言うのだろう。


今感じる、心地の良い夢と、晴れやかな気分は、いつまでも浸っていたい。


「クリフ、既に朝の時間は過ぎております。このケインが布団を剥ぎ取って差し上げましょう!」


「寒っ」


包まれていた温かさは何処かへ、今身体を包むのは、冷えた空気。


急速に頭が冴えていき、目を開けるに至る。


「旦那様、ようやく起きていただけましたな」


その声の主は、先程思い浮かべた人物と似ているようで、少し違っていた。


「ハイデール?」


まるで実在する人間のような動きをする彼を不思議に思う。


ハイデールは、ゲームの世界にいるキャラクターなのだから。


「私はケインですよ?寝ぼけておられますな。ハイデールは、私の先祖ですぞ?」


ケインと名乗る白髭の老人は、扉横から台車を押し、枕元まで来ると、カップに温かい飲み物を入れた。


「このケインも歳を取りましたな。初代当主と見間違う程とは、老い先は短いようで」


その声は、老いとは遠く、壮年の様な力こもった声音だった。


「初代?ハイデールはそもそも執事であって家名を持つキャラクターではないはず・・・」


だが、ケインと言う男は、見れば見るほどハイデールに似ていて、とても別人とは思えない。


では、彼の子孫がケインで、どこかの誰かに仕えている。そういうことだろうか?


「クリフ様も次期当主です。もう少し、貴族として立派になられてはいかがですかな?」


差し出されたカップに注がれていたのは、紅茶だった。


寒い空気にさらされた体が、お腹から温かくなる。


「次期当主?」


「そうです。クラディウス家の長子にして旦那様の誠の子供、次期当主はクリフ様に違いはないのです」


「クラディウス家?」


温かい飲み物で目覚め始めた思考は、急激に加速する。


クラディウス家、それは、ゲームでの名前だ。


そして、自分が全くの別人になっていることである。


「俺死んどるやん!と言うか転生しとる!」


「クリフ様!いかがなされました!」


ケインが慌てふためくが、その様子に合いの手を入れる余裕はなかった。


貴族御用達のベッドは柔らかく、急に立ち上がったクリフはバランを取れず、後ろに倒れた。


その際、衝撃を感じるが、最近の腰痛や肩の痛みは訪れづ、身体は柔軟に衝撃を吸収する。


「ああ、クリフ様が大変な事に、コルト!コルトはどこだ!」


ケインは、クリフの異様な行動に驚き、慌てふためき、医療の心得がある使用人を呼びに行った。転生したクリフは、今クラディウス家の一切が分からず、不安を覚えるばかり。


「ハイデールがケインの先祖ってことは、あのゲームから数十年後の世界ってことなのか?でも、クラディウス家は貴族って話してたし」


街の様子を一目見ようと、窓の近づけば、森の向こうに見える街並みは、ゲームで見たことのあるビジュアルだが、その中でも大きな通りは、新宿駅もビックリするほどの人と馬車で行き交っていた。


「建物は新しい感じなのに、街並みが全く変わってない。これは、街が文化遺産的な?」


よく、古く歴史ある町並みは残す働きかけをすると、何処かの教科書でみた覚えがあった。


最も、彼の世界は近代を超え、現代になっているが故の事情があるため、この世界にその理論が当てはまるかは不明だ。


「とりあえず、勝手知ったる家に転生して、貴族出し、お金もありそうだし、これはようやく俺の時代が来たんじゃないか!」


「ケイン様!コルトをお呼びしました!コルト、早速見てくれ」


「承知いたしました。クリフ様、どうぞこちらへ」


ケインが連れてきた男は、ケインと同じくスーツを着て、眼鏡をかけた長髪の壮年だった。


耳は少々尖り、人間にしては、別の特徴がある男だ。


彼は、椅子を引き、クリフに椅子に座るよう言うと、いくつかの質問や、目の動きを確認していた。


「クリフ様、ご両親のお名前は分かりますかな?」


「いや、えーっと、そのー」


先程転生したばかりで、分かるはずも無かった。


「私やケインの事は分かりますか?」


「・・・」


立て続けの質問にも、無言を貫くのみである。


そもそも、地球で生きていた時を覚えているだけで、クリフという人物の記憶は、クリフの身体に何一つ残っていないのだから。


「体調はよろしいですか?」


「?はい、全然問題ないですけど・・・」


しいて言えば、腰痛と頭痛がなくなったことだ。


ここ最近では、好調な体の具合である。


コルトは腕を組み、少し悩んでケインに話す。


「どうやら、長年クリフ様を蝕んでいた病気は治ったようです。しかし、記憶を無くされたようだ」


ケインは、額に手を当てる。


「そ、そんな!しかし、私の家のハイデールの事はご存知でしたが・・・」


コルトは、ケインの一抹の希望も、首を振って消す。


「恐らく、断片的に、少しの記憶は残っているのでしょう。何しろ、記憶喪失は全くの専門外でして、この様子では、ここ十年ほどの記憶は残っていないでしょう」


「そんな、それでは生まれてから今日までの記憶ではないか!クリフ様は10歳になられたばかりだぞ!あと5年で成人というのに、なんということだ」


「長年蝕んだ病の完治、その代償が記憶ということなのでしょう」


「これまでしてきたことは、一体何だったのだ・・・」


「ケイン様、我々はクリフ様が長く生きれることを望んで、あらゆる手を尽くし、見事完治したのです。その間、病と闘われていたクリフ様は、どんな代償を払おうと、ここにご存命なのです。それを後悔してはなりません」


「・・・分かった」


ケインとコルトが深刻な顔をして話し合っているのを聞き、雲行きの怪しさから、クリフも表情を暗くする。


「何よりお辛いのは、クリフ様でしょう。ご両親には親身になって頂くようお伝え下さい。クリフ様の経過は私の方で見守ります」


「わかった。クリフ様、お気を確かに」


ケインはクリフを元気づけるように笑う。


クリフは、自分の置かれた事態が良くないことを、ようやく悟った。


転生して最初の試練は、記憶がないことだった。

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