あのね、本当に愛してる
彼を愛していないわけではなかった。
むしろかなり好きな方だったと思う。
ただ、私には前世の記憶があって。
彼は前世読んでいた物語のヒーローで、やがて世界を救いお姫様と結婚すると知っていた。
私がただの彼らのための当て馬役、悪役令嬢ですらないほぼモブのような存在だとも知っていた。
だから私は、原作に出てきた『私』と同じくなんの抵抗もせずに身を引くのだ。
「…なんだって?」
「婚約を解消致しましょう」
「なんで!?ねえ、なんで、俺頑張ったよ!?君を守るために頑張ったんだよ!?」
「国王陛下から褒美に姫様を与えられるのでしょう?であれば私は邪魔です」
「なんで君がそれを…」
世界を救った。
血を吐くような苦痛だった。
魔物とはいえ生き物を殺し、魔族とはいえ姿のヒトに似た生き物を殺し、魔族の連中から慕われていた魔王を殺した時には心はぼろぼろだった。
魔族からどうして魔王様を殺したと責められ、その連中も殺して。
でも、それでも帰れば君がいつもと変わらずおかえりなさいと声をかけてくれると信じて頑張った。
君の笑顔を見られると信じて頑張ったよ。
なのにどうして。
どうして俺をそんな目で見るの。
どうしておかえりなさいと言ってくれないの。
どうして婚約を解消するなんて言うの。
どうして俺の気持ちを無視して勝手なことを言う連中と同じようなことを言うの。
俺が望むのは姫じゃない。
君なのに…。
「今までありがとうございました。さようなら」
「…ねえ、君はそれでいいの?」
「え?…はい、私は身を引きます」
「そう、わかった」
冷たい声が出た。
彼女は一瞬泣きそうな顔をして、出て行った。
ああ、どうしてこうなるんだろうなぁ。
俺、本当に君のためだけに頑張ったのにな。
「…国王陛下のところに行こう」
全部無駄だったなら、せめてわがままくらいは叶えてもらわないとね。
「勇者よ、よく来たな」
「国王陛下、褒美をください」
「む?財なら既に与えたであろう。姫との結婚はしばし待て、すぐに準備する」
「俺が欲しいのは姫ではなくルージュです」
「…まだそんなことを」
国王陛下はなんだかんだとくだらない姫を娶るメリットを並べ立てるが、そんなものはどうでもいい。
「どうしても姫を寄越したいなら、それでも構いません。しかし、ルージュは欲しい」
「姫がいながら重婚する気か!?」
「姫を殺してもいいなら姫を寄越せばいい。でも、俺はその場合姫を殺します」
「は…?勇者よ、自分が何を言っているかわかっているのか!?」
「俺が欲しいのはルージュだけです。姫はいらないので、こちらに寄越すなら殺します。ああ、こんなことを言う俺を不敬罪で処分したいと言うなら…試しに騎士団でもけしかけてみればよろしい。この国の騎士団風情に遅れをとる俺ではないですけどね」
ぐっと息を飲む国王陛下。
そうだよな、俺の強さを誰より理解しているのは貴方だろう。
「無駄な殺生はしたくないので、姫のわがままは諦めさせることをオススメします。実際のところ、王家にだってそんなにメリットのある話ではないのでしょう?姫のわがままを叶えてあげたいだけですよね?」
「ぐぬぬ…」
「世界を救った勇者に迷惑をかけるほど、姫様が大事なんでしょう?いいんですか、俺が殺して」
「わ、わかった…姫は説得する…」
「ぜひそうしてください。あと、ルージュをください」
国王陛下はきょとんとする。
「姫は私が説得するのだから、予定通り娶れば良いではないか」
「身を引く、婚約解消すると言われました。貴方がたのわがままのせいで」
「!」
殺気が思わず漏れた。
「…失礼いたしました、別にルージュを与えてくださるのなら何もしません」
「ど、どうしろと」
「貴方のくださった財を使って、屋敷を建てようと思うんです。そこに、ルージュを囲おうと思って」
「は?」
「ルージュをね、監禁する許可をください。俺が世界を滅ぼさないために。俺ね、ルージュがいないと本当に何をするかわからないので」
国王陛下はとうとう頭を抱えてしまった。
俺が、世界を救った勇者がこんなになると思わないよな。
でも全部あんたらのせいなんだから、責任は取れや。
「…どうしてこうなったの」
謎の展開に頭を抱えた。
何故か姫様は急遽遠くの国の王子様に嫁がされたらしい。
何故か幼馴染兼元婚約者は大きな屋敷を建てたらしい。
何故か幼馴染兼元婚約者は縁を切ったはずの私の両親に大金を払って私を『買った』らしい。
何故か私は現在進行形で幼馴染で勇者様な彼に監禁されている。
「ええ…なんかミスった?私何かしたかな…」
別に、こんなことをされても今更彼を嫌いにはならない。
あくまでお互いのためにと思って身を引いただけで好きだし。
付き合いも長いから、本当に好きだから、あと無理矢理手を出されるわけでもなく大事に囲われているだけだから。
「手は出されないとはいえ甘々監禁ライフとか笑えるけど、健全ではないよねぇ…」
薔薇に話しかけるように、ひとりごちる。
屋敷内は自由に移動していい。
庭にも出られる。
門から先は無理だけど。
…監禁というより、軟禁では?
幼馴染である彼は監禁だと言い張るので別にそれでもいいけど。
まあともかく。
「独り言言ってる場合じゃないんだよなぁ」
なんか色々拗れてるから、なんとか修復したいんだけど。
「…私が悪いのかなぁ」
自分を守るためでもあるが、彼のためでもあると思って身を引いたのにな。
「ルージュ、ここにいたんだ。ルージュは本当に赤い薔薇が好きだね」
「アズール」
幼馴染は突然背後から現れて、そのまま後ろから私を抱きしめる。
「そろそろお茶にしようよ、今日はルージュの好きなチョコレートケーキを用意したよ」
「ねえ、アズール」
「なに?俺の可愛いルージュ」
「ちょっと、そろそろ真面目にお話し合いしましょう?」
私の言葉に彼は固まる。
かと思えば、大粒の涙を流して泣き始めた
「いや…やだよ、どこにもいかないで」
「アズール」
「やだ、俺、俺…怖いよ、君を失うのが怖い…」
ぎゅっと目をつぶって、やだやだと首を振る姿は子供の頃のよう。
魔王退治でだいぶ病んだんだろうなぁ。
あとは、私が勝手に身を引こうとしたせいか。
「ね、アズール。私もう、身を引くとか言わないよ」
「え?」
「私、貴方が好き。冗談とか、苦し紛れの嘘とかじゃないからね。好きだから身を引こうとしたの。でも、アズールが望んでくれるならそばにいるよ。好きだから。愛してるよ」
今更過ぎるかもしれないけど、ちゃんと言葉にした。
彼は目を見開いて、そして子供みたいに泣きじゃくった。
「ねえ、本当に俺が好き?」
「好きよ」
やっと泣き止んだ彼は、それでも私にひっついて離れない。
ただ、沈んでいた瞳に少し光が灯った気がする。
「じゃあ、今度婚姻届持ってくるからサインして」
「うん、一緒に出しに行こう」
「うん…ねえ、今度こそずっと一緒だよね?」
「うん、傷つけてごめん。ずっと一緒だよ」
少し壊れてしまった彼を、私が癒して支えよう。
幸い彼はお金はあるから、心の療養に専念できるだろう。
癒えるまで…心が癒えても、ずっと一緒にいよう。
今度こそ、間違えない。
「愛してるよ、アズール」
「うん、嬉しい。俺もルージュを愛してる」
…こんなに愛されてたのに、まったく気付かなかった私をそれでも愛してくれるなら。
今更になっちゃったけど、私もたくさんの愛を伝えていくからね。
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