プロローグ
今でも夢に見る。私がガーネット家を飛び出した、あの日のことを。
この国、リリスディアは別名『魔法の国』。偉大なる建国の魔女アデライードが作り出した楽園。そして、アデライードの一番弟子ルカは、私の祖先にあたるらしい。
でも、私は自力で魔法が使えない。だけど――。
古びた魔法剣を手にすると、それに含まれた『エーテルクォーツ』へ魔力を込める。身体が少し熱くなった瞬間、剣は光を放った。
「……うん、これで少しは切れ味よくなったはずだよ」
「えっ、本当か⁉︎」
「ホントだよー。ほら」
私はトマトを空中へ放り投げると、慌てて依頼人が剣で薙ぎ払う。すると、トマトは空中で真っ二つに。私は落下するトマトのひとつを片手でキャッチすると、齧り付いた。
「んー! 美味!」
依頼人である中年の男性は、落ちるもうひとつのトマトを掴むと、驚いたように口をあんぐり開けている。
「嘘だろ、あんな錆びてたのに……。オマエ、どんな魔法を使ったんだ?」
「魔法? そんなの使ってないよ」
「じゃあ、なんで」
私は顎に手をあて、考え込む。そういえば考えたことなかったな。こういうの、なんて言うんだっけ?
「うーん。――たぶん特殊能力、かな?」
「……! オマエ、すげえな!」
依頼人は少年よろしく、キラキラと目を輝かせている。そんなこと言われると、調子乗っちゃうぞー?
そうしていると、背後からため息が聞こえる。振り向くと背後には鍛冶屋の師匠が仁王立ちしていた。師匠は組んでいた両腕を解き、その大きくて分厚い右手で私の頬を摘む。
「ミカ、顔がたるんでおるぞ」
「まだニヤけてるのほうがマシだよ、師匠」
「いちいちうるさいな。――でも、この調子ならお前も自分の工房を持てそうだな」
……いつのまにか、師匠は私の頭に手を置いていて。ぽんぽん、と優しく撫でている。
「……ホント? 本当にホント?」
「ああ。……本当だよミカ。お前ならいつか『青百合の庭』にも辿り着けるかもな」
――『青百合の庭』。それはこの国に伝わる伝説の場所。私の祖先ルカでさえ、一度しか見たことないとされる。
十二歳で家を出たあの日から、私もずっと探している。いつになるか分からないけど、絶対に見つけてみせる。だって――。
「私、見つけるよ。『青百合の庭』を見つけて、絶対にガーネット家のヤツら見返すから……!」
「おう、頑張れよ」
私はミカリエ・ガーネット。魔力の宿る鉱物、エーテルクォーツを原料とした『魔道具』を、少し強化できる。つまり、魔法が使えない『魔道具師』だ。