悪役令嬢は暗殺者に恋をした
「メリッサ・プレボワ! あなたとは婚約破棄させていただく!」
「……なぜですか?」
私が何をしたというのだろうか? 全く心当たりがない。
「あなたはここにいるアイリーンに対して、数々の嫌がらせをして……それだけに収まらずその魔法で彼女を殺そうとした! これをどう説明するつもりかい?」
周りがざわざわし始めたのがわかる。
でも、私は誓ってそんな馬鹿な真似はしていない。
「証拠はあるのでしょうか?」
「証拠ならある。な、アイリーン。あの人にやられたんだろう?」
私の婚約者……もといこの国の王太子は、隣にいるアイリーン令嬢の方を向く。
彼女は肩を震わせながらうなずいた。
途端に、王太子と周囲の鋭い視線が私に突き刺さる。
「いくら私の婚約者で、魔力があるからと言ってそんな横暴な行為は許されない! よって婚約は破棄し、今後王宮へ近づくことを禁ずる!」
「……わかりました」
これはもうどうしようもない。
なぜなら私は生まれた時からそうなる運命にある、悪役令嬢だから。
私は潔くその場を後にした。
家に帰ってからは親には散々なじられた。
誰も私のことなど信じてくれなかった。
その日から私は侯爵邸の一角に幽閉されることとなる。
◇◇◇
私は前世でプレイしていた乙女ゲームの世界に転生した。
転生者だからヒロインに生まれ変わった……なんてことはなく、転生先は悪役令嬢のメリッサだ。
幼いころにそれを自覚してからは、模範的な令嬢になれるように、断罪なんてされないように頑張ってきたと思う。
それでも、この結末は回避できなかった。
別に王太子のことが好きだったわけではない。
むしろ、わがままなところは嫌いだった。
だから私には王太子とアイリーン令嬢の恋を邪魔する動機なんて全くない。
それでも、強制された未来だから変わらないってことね……
そこまで考えたところで軽く欠伸をする。
もうかなり遅い時間になってしまった。
そのままベッドにもぐりこみ、目を閉じる。
しかし数秒後、鋭い気配を感じてはっと目を開ける。
そして次の瞬間には、私の寝ていた位置に矢が飛んできた。
とっさにベッドから身を起こした私は一命をとりとめ、そのまま結界を張る。
矢が飛んできた方向の窓から、部屋の中に降り立つ人影が見える。
二撃目として私に投げられた短刀は、すんでのところで軌道を変えることに成功した。
そんな私をみた侵入者は驚いたように息をのむ。
その隙を縫って一応確認を取る。
「……どなたですか?」
「……」
無言を貫いたかと思えば、今度はいきなり間合いを詰めてきて、腰に携えていた剣をで私の首を切ろうとしてくる。
しかし、私もそれに対応して剣の材質をもろいものに変えた。
私の首まで届いた剣は情けない音をたてて砕ける。
「……私には勝てないと思うわ」
私がそう言った瞬間、侵入者は笑い出した。
そりゃあもう楽しそうに笑うので、そのまま待っているとその人は名乗った。
「俺は、暗殺者だ」
「そんなことわかっているわよ!」
「じゃあな、お嬢さん」
またね、と言いながら窓の方へジャンプしたかと思うと、そのまま夜の闇に消えていった。
◇◇◇
「なぁメリッサ。今日は広場の花が満開になっているから見に行こう」
「また来たの? 暗殺者」
「俺はお前を殺さなくちゃいけないからな」
「はいはい」
今日も寝ようかと思ったタイミングで、ベッドに向けて三本の短刀が飛んできた。
最初に出会った時以来、こうやって二、三日に一度私を殺しにやってくる。
まぁ、いまだにかすり傷一つも負っていないけれど。
「私、外に出ているって家の人に知られたらまずいのよね」
「その辺魔法でどうにかならないのか?」
「なんでも魔法で解決できると思わないことね」
「ほーん」
暗殺者は私のベッドにいい感じのふくらみを作り、これで良しとつぶやいた。
「これでいいだろ」
「そんなに花を見に行きたいの?」
「花を見に行きたいというか……このままだとお前引きこもりになりそうだから」
「引きこもりでけっこうよ」
断罪されてからの何の変哲もない毎日。
その中で彼との会話は、私の唯一の癒しだった。
まぁそんなことを素直に言えないけれど。
「ほら、おいで。飛んでいくから」
窓の方に向かった彼は私に手を差し出す。
私を殺そうとしている暗殺者に身を託すなんてどうかしている。
でも、他の人ではない……彼ならきっと大丈夫。
「……よろしく」
「必ず守りますよ、お嬢様」
そんな暗殺者だとは思えないような軽口をたたいて、私の手の甲にキスをする。
多分真っ赤になっている私の手を取り、窓の外へと飛び出す。
数分もすれば広場の近くまでやってくることができた。
花が見える位置まで移動して、しばらく無言でそれを眺める。
夜だから見づらくはあるけれど、街頭に照らされた花たちは夜であるからこその美しさがあった。
「元気出た?」
「うん」
「良かった、なんか元気なさそうだったから」
この人は私のことをよく見ているのだな、と感心する。
今まで私の外見や才能を見てくれる人は大勢いたけれど、内面を見てくれる人なんていなかったから。
「あなたこそ、そろそろ私を殺さないとまずいんじゃないの?」
「うーん、もっと仲良くなってから殺した方が、絶望感があるでしょ? 王子とかその横にいる女にはそうやって言ってる」
「性格悪いわね」
「だろ?」
ひとしきり笑いあった後、再び夜の広場は静寂に包まれる。
不思議と、いつも言えないようなことを言ってしまいたい気分になってきた。
「ねぇ、もしさ」
「なんだ?」
暗殺者は私の方を向いて首をかしげる。
「もし、私が断罪された侯爵令嬢……悪役令嬢じゃなくて、ふつうの女の子だったら。そうしたら、幸せな恋愛とかできたのかなって、思って」
今隣にいるあなたと。
という言葉は胸の中にしまう。
「んー。メリッサはいいやつだから、きっとモテモテだろうな。俺も……」
そこで言葉を切ると、彼は私の目をじっと見つめて、私の両手を包み込むように握った。
しかし数秒もすると、手を放して目はそらされてしまった。
「いや、ごめん。何でもない……帰ろうか」
◇◇◇
暗殺者と話すようになってから、私の恋心は毎日募っていった。
私をちゃんと見てくれるのは彼だけだったから。
でも、幽閉された生活をこのまま一生続けていく私では、叶うことのない恋心だ。
こんなに苦しい思いをするなら死んでしまいたい。
もう、生きていても死んでいても、さほど変わらない暮らしをしているのだから。
それに、死ぬなら好きな人の手で死にたいと願ってしまうから……
そしてついに……その日は訪れた。
いつものように部屋に侵入してきて、私の胸元を狙って短刀を投げつけてくる彼。
いつもなら魔法を駆使して回避するのだが、今回は違った。
短刀はそのままの軌道で、そのままの勢いで、そのままの状態で、私の胸に突き刺さったのだ。
鋭い痛みを感じ、それに耐えているとだんだんと視界が黒く染まっていくのがわかる。
それと同時に暗殺者が私のそばに駆け寄ってくるのも見える。
「メリッサ!? ……どうして」
自分で短刀を投げたというのに、どうして驚いているのだろうか。
もうほぼ見えなくなった視界だけれど、彼が泣いているのは見える。
……泣いた顔、初めて見たな。
暗殺者のくせに泣くなんてかっこ悪い……なんてね。
「……ありがとう暗殺者。あなたと出会えてから私、人生の中で一番幸せだった」
「なぁ、嘘だろ? 魔法でどうにかならないのか?」
「なんでも……っ魔法で解決できると、思わない、ことね」
遠のく意識の中、これだけが言わなくてはならないと一生懸命口を動かす。
「……あなたのこと、愛しているわ」
彼の息をのむ音、そして唇に柔らかい感触を感じた後、私は意識を手放した。
◇◇◇
小鳥のさえずる声。
そよそよと頬に当たる風。
ご飯のおいしいにおい。
私は大きくうでを伸ばし、意識を手放す前のことを思い出そうとしていた。
確か……私は、
「あれ、死んでない?」
その声はかすれていたけれど、ちゃんと音になって空気を震わせた。
そしてその瞬間、淡い水色の髪に深い青い目をした男が駆け寄ってきた。
「メリッサ!」
彼はまだベッドに横たわったままの私に抱き着いてくる。
「……暗殺者?」
「良かった。体の状態は完璧だからいつか起きるとは思っていたけれど……待ちきれなかったよ」
「……?」
事情を呑み込めずにいるのがわかったのか、私が彼に刺された後の話をしてくれた。
私が刺された後、彼は私にいったん体の状態を一時的にそのまま維持させる薬を飲ませたそうだ。
この薬は仕事仲間で拷問を生業としている人から譲り受けたものの、使いどころもなくポケットに入れていたらしい。
このまま死なせるわけにはいかないと知恵を振り絞った結果、ポケットにあったこの薬の存在を思い出したという。
そのまま私を担いで、あの王子とヒロインのところに見せに行き、無事死亡確認を済ませた。その後に、死体は自分で処理するからと言って再び私を担ぎ隣国まで飛んで行って、今はそこの子爵領にいるのだそう。
「すごいわね。暗殺者って治療までできるの?」
見たところ体に傷は見当たらない。
ということは、薬を飲んだだけではなく治療もされているはずだ。
「いや、ちょっとこの国のお偉いさんに恩を売ってあったんだ。だからそのツテでどうにかしてもらった。医者に、本当にあと少しで間に合わないところだったって言われたときは焦ったわ」
薬の効果が解かれ、治療を受けた私はこうして目を覚ますことができたというわけだ。
「……でもわたし、これからどうやって生きていけばいいのかしら」
「え、俺のこと愛してるって言ったじゃん。あれは嘘?」
「え、そ……それは本当だけど」
「じゃあ結婚しよう」
「え!?」
私はとっても嬉しいけれど……彼はそれでもいいのかしら。
「俺が何でこんなにお前のことを助けようとしていたか、わかんないの? 好きだからだよ、馬鹿」
「え、え……!」
真っ赤に染まった彼の顔をみて、事実なのだと頭では分かったものの、理解が追い付かない。
「なんで……私なの?」
「最初はなんて強い奴なんだって思っていただけだったけど……何だろうな、暗殺者としての俺じゃなくて、一人の人間としての俺を見てくれているところが好きだ」
一呼吸おいて、また話し続ける。
「あと、王子から聞いた時のお前は極悪人だったけど、話してみれば全くそんな感じがなかったというか……誰もお前の内面を見ていないんだなって思った。だからこそ、俺がメリッサの一番の味方でいたい、守りたいんだ」
いつになく真剣な目をした彼を見て、私は言葉の続きを待つように口を噤む。
「俺、暗殺業からは足を洗うことにした。一応今は子爵の地位も、もらったんだ。だから……俺と結婚してくれない?」
「……はい」
ゆっくりと彼が私の顔のそばまで近づいてくる。
私がそのまま目を閉じると、唇と唇が重なる感触がした。
「そういえば、私にキスした?」
私は自分の意識を手放す寸前のことを思い出す。
確か同じような感触を唇に感じた気がする。
「……ご、ごめん。焦ってたから……今キスをしないと、お前と一生できないかもとか思って」
どもっている彼は暗殺者とは思えないほど可愛らしい。
「メリッサ、もう死にたいなんて思ってない?」
「えぇ……あなたと一緒に居ることができるなら! ところで……」
私はずっと気になっていたことを聞くことにした。
「あなたの名前を教えてくれる?」
彼はそうだったとでもいうように驚いてから、ゆっくりと話し出す。
「俺の名前はね……
自由な日々が私たちを待っている。
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