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今日が終わり、今日が始まる ②

 猶予は残り2時間といったところ。言い換えれば夕食の時間だ。

 しかし回数制限のないこの力ならそう急ぐ必要もない。おまけに就寝もこの後に控えている。

 だから今は、ゆっくりと『今日』を鑑賞しよう。

 

「えーとなんだったか。同じクラスの22番で、世界史の教科書だったけ?」

 頭の中でクラスの名簿を思い浮かべる。 

  確か22番は谷内、そう。谷内たにうち じんとかいう男子だったはず。

 彼は休み時間の度ずうっと本を読んでいた、所謂本の虫というやつ。

 けれどもその本にはカバーがかけられていて、一体どんなジャンルのどんな題名の本を読んでいたのか……、なあんてことまでは知らない。

 ──つまりよく知らない人だ。


「お、いた」

 教室へまっすぐ向かうと、3列目のすぐ前の席、谷内 仁はいた。

 周りが続々と友人作りに勤しむ中、彼は机にかじりつくようにべたりと椅子に座り込み、我関せずと本を読み進めている。

 読書を邪魔してはいけないという心理からか、まさしくそれが谷内の思惑通りなのか、彼の周りだけは絶海の孤島の様相を呈していた。

 取り残された彼、だがそんな場所に近づこうとする者は誰一人としていなかった。

 ──無論、今の私を除いて。


「ま、私には関係ないけどね。はーい谷内くん、お邪魔しますよーで

 近づいてほしくないとか、話しかけないでほしいとか、そんなことはどうでもいい。実際の心の内は今の私に何の影響もないのだから。

 だからさっさとその面を拝んで、手早くことを済ましてしまうおう。 

 

 早速と、手に持っていた本を取り上げてエア読書の形に。すると隠れていた顔があらわになった。

 塩顔の整った顔立ちは、前髪で少し隠れて暗い印象を覚える。

 あまり人とかかわりを持たないタイプだということは、その姿からも感じられた。


「でーそうそう。あとは世界史の教科書か。机の中に教科書はあるかな──っと。お、あった」

 近くの教卓に本を置き、机の中に律儀に上から順番に積まれた教科書群の5番目。探し物はノートと資料集とで、セットになって見つかった。

「よーしおっけい、パターンは変わってないな。いつも通りこの後か」

 春休み明けで時間も空いたから、もしかしたら変化球でも食らうかと思ったが、それは杞憂だった。

 パターンというのは、モノが無くなるタイミングの事。

 無くなるのは今日だが、ただしそれが発覚するのは決まって明日になる。そして今日と言っても、それは午前中ではなく午後の、それも放課後になってから。

 本事件の犯人はやり口が毎回同じっていう、こういうところは一途でストレートで正直な子だと言えるだろう。猪突猛進、一辺倒で単純なのは大歓迎だ。 

「……でも節操なく手を出しまくるところは感心しないねぇ。

 送ってくる奴の目的はよく知らないけど、探偵ってことが重要なら佐伯のとこいけばいいのになー。多分あいつは大歓迎するだろうし、真面目に取り合う分、そっちのが気持ち的にお互いのためになるってもんだろうに」



「──さてと。顔の確認と教科書の生存確認も終わったことだし、あとは……んー。いや、そろそろ起きるかぁ」

 時間は少し早いが、ギリギリまで粘った末に、しかし中途半端なところで切り上げることにでもなれば、それはそれで面倒。

 それに何度も言うようだが、追い詰められているわけでもなし、焦る必要はない。

 ──けれどその前に、床に散らばった教科書諸々、これを片づけてから起きることにする。


 ただしここは夢の中。

 ここでの出来事は、現実に全く影響しないことは理解している。

 その前提を理解したうえで、わざわざ片付けとか何の意味もないことをするのはマジで馬鹿げている。

 ……それはそう。それは私も思ってるし分かっている。「意味の無いこと」というのは、結果もそこに至る過程も全部全部無駄になるってことだ。

 言ってしまえばそれは、ただの徒労でしかない。

 だからやる必要性はゼロだ。


 でも。

 見て見ぬ振りができない人間が、今更になって「意味がない」とか言っちゃうの、それこそお笑い草というものだ。それに無視すれば済むものをこうしてわざわざ解決しようしている時点で、徒労だとかどうとかの話は終わっているわけで。

 なら私は「善いことがしたいエゴの塊」だと、そう認めて苦労した方がよっぽど私という存在の行動に筋が通って、一本折れない柱を持った人間になれる。

 それを私は素晴らしいことだと思うし、生きる上での理想だと言っても過言ではない。

 つまり、だからやる。それだけだ。

 

「これ置いて、これは仕舞って。──よし、こんなもんかな」

 床に散乱したあれこれは、大した時間もかけずに元通りに戻した。

 誰が見てもビフォーアフターが分からない程度に、寸分違わぬ完璧な仕上がりであることは約束しよう。

 が、エア読書を続ける谷内を見て、彼の何かが欠落していることを思い出した。

「あーっとと、忘れてた忘れた。そうだった教卓に置いといたんだったわ」

 言って、紙のカバーがつけられた文庫本を手に取る。

 そして好奇心というか、返す前にふと、谷内が何を読んでいたのかが気になった。

 ロンリーウルフで在りたいがための演技で、もしかしたらほんっっとに中身のうっすい本を読んでいるのか(ひょっとしたら白紙)。それとも友人作りを忘れて熱中できるくらい、それほど面白い本なのか。私はそれが純粋に気になったのだ。

 

 ちらりと、谷内の顔を見る。

 一心にページをめくり続けているその顔は真剣そのものだ。

 真面目そうで、本人のあずかり知らぬ所で秘密を覗き見るのには、なんだかちょっと罪悪感を感じた。(そもそも学校にもってきている時点で秘密もクソもないが)

「ごめん谷内……でも、好奇心我慢できないわっ!!」

 書店で本を買ったときにもらえる薄茶色のカバーを丁寧に外す。さながらそれは、福袋を買ったときに感じる期待、あの胸のワクワクだ。

 

 そして。肝心の題名は……。

 「──『集団忘却と心理干渉』?」


 





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