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今日が終わり、今日が始まる

「まったく、あいつ何しに来たんだよ……」

 佐伯はあまりの恥ずかしさからか、本来の用事を忘れ、ただコーヒを飲んだだけで帰っていった。これでは普段、普通にコーヒーを飲みに来る他の客と変わらない。

 というか、赤崎を待っていたほうがずっと良かっただろう。

 ……佐伯。からかったのは悪かったけれど、この埋め合わせはしてもらわないと困るぜ。なにせ赤崎と一緒に帰るチャンスをふいにしたんだからな。それに見合うものって言ったら……。まぁ、探す方としても苦労するが──。

 今日はすんなり思いつく。春休みに知り合った関係でこの話を持ち掛けたことはなかったが、せっかくの機会だ。 

 赤い手紙事件。

 お前からの詫びとして、今度会ったとき思い切り巻き込んでやるからな。


「なんだ紗希? そんな悪い顔して。だめだぞぅ、母さん似の美人が台無しだぞ──。……ははーん。さては約束をすっぽかした佐伯君に、厄介ごとを押し付けようとしてるな? ……あ、いや違うな。巻き込もうとしてるのか。

 でもな。どっちにしても、今度会ったらちゃんと謝っておけよ? あの子、見栄っ張りだけどいい子なんだから」

 友人は得難いとかなんやかや、洗い終わったカップの水気をふき取りながら心を読んで見せる父。人の感情にひどく敏感なのは、抜けきらない昔の癖だ。探偵を引退した後でも、時々こうして過去の影が顔をだす。

 だが、父は加減ってものを知らない。……正直引く。

 もちろんすごいのは認める。すごいけど、でもさすがにキモイ。こうも思ってることを正確に言い当てられると、そういう称賛の言葉はもう通り越して遥か彼方へ飛んでいき、代わりに不快からくる非難がやってくる。何事も度が過ぎれば、こういう感想が出てくるもんだ。


「相変わらずだけど、そこまで読まれるとさすがに気持ち悪い」

「ひどい!!」

 えーんえんと、いい年した、恥も外聞もプライドの欠片もない、おまけに父の威厳をかなぐり捨てたウソ泣きを晒す、不名誉だが確か私の父だったようなこの男をガン無視して。

 私はさっさと二階の自分の部屋へと向かった。

 ──ああ、今が営業時間外でよかったと、心の底からそう思う。この男ならきっと誰の前でも同じようにやって見せただろうし、ましてそんなことになれば、私は羞恥死(しゅうちしんでし)んでいた。そう、あれだ。恥ずか死だ。決着を前に一人でライヘンバッハるわ。

 身内故、精神に来るダメージは何千倍・何万倍とかになりそうである。


「紗希」

 扉を開けて階段足をかけたところで、不意に呼び止められる。

 振り向くと、何時になく真面目な顔つきで父はこちらを見ていた。

「な、なに?」

「……ああいや、なんでもない。お前は母さんに似て賢い子だ、言わなくてもそれくらい自分でわかっているよな」

「??」

「……え。ホントに分かってるよな!?」

「ふ。はいはい、分かってるって。いつも通り危ないことには巻き込まないよ」


 時刻は15時45分。

 2階につき、すぐさまベッドに寝転がる。

 そしてそのまま、ポケットからスマホを取り出し、アラームをセット。

 時刻は19時45分。夕飯時、今からちょうど3時間に設定した。


「さて……()()()()()

 言って、スマホを放り投げる。そして天井を見つめたまま、そばに置いたヘッドホンを手探りで探し、装着した。

 流れるのは陽気なジャズ、アニソン、クラシック……などなど。

 ランダムに好みの音楽を垂れ流しながら、今日の夕飯のことや、明日は赤崎と一緒に帰ろうとか、巴とどう協力していこうか、とか。

 そうやって、過去は見ず未来のことを考える。


 未来。

 それは誰しもが胸に抱く希望に溢れる、罪悪感とは程遠いモノ。

 それは誰の手にも責任のない、身勝手に思いを馳せることのできる夢。

 それは誰も知らない明日の事。

 そんなとりとめのない考えが、私の頭の中を埋め尽くす頃。

 次第に意識は薄れてゆき、いつの間にか静かに、すやすやと。

 深く、心地の良い眠りについていた。

 

 これをもって『家入紗希の世界の今日』は、一旦の終わりを迎えた。


 ──────


 目を覚ます。

 時刻は7時ちょうど。

 鳴り響くアラームをそのままに、下へと降りる。すると、香ばしいコーヒーのにおいが漂ってきた。


「おう、起きたか。おはよう」

「……」

 少し遅れて朝の挨拶をくれた父。だが私はそれを無視して、さっさと学校に向かった。


 自転車に乗り、学校への道のりをかっ飛ばす。

 出勤通学にはまだ早いため、人通りはまだ少ない。閑散とするこの時間とこの世界は、いつものことながら寂しいものだと思う。


 市立朽ノ木(くちのき)高校。その正門前に着いたが、残念ながらまだ門は開いていなかった。 

 教職員の出入り口は別で、それに新学期の一日目ということもあって、朝練のある部活動もなく、この光景は別段不思議ということもない。……ので、その場に自転車を止め、構わず門を乗り越えて昇降口へと向かった。


「やっぱ、ないよね……」

 下駄箱の中は当然ながら空。

 どんなに急いでも、私の下駄箱の中に手紙を入れる人物を特定することは、今までも不可能だった。春休み明け、今日は久しぶりだからと、そう思って期待していたけれど結果は変わらず、だ。

 なら、このまま張っていればいい。誰かが手紙を入れるまでここにいれば、おのずと犯人は分かるはず、と。

 普通に考えればそうだが──不思議な話、それは違う。

 いくら早く来ようと、この結果は今までも変わらなかった。しかしそれでも、と。淡い期待を捨てきれず、ここで待ってみることにした。


 ひとりふたり。さんにん……、飛んでごにん。

 8時近くになるとちらほらと人が増えてゆき、新学期特有の「クラス何組だった」話が盛り上がりを見せている。

 ──そうして。

 時間も過ぎ、登校にはちょっと遅いくらい。

 ()()()()()()()()()

 開けられた下駄箱はしばらく閉じず、一人の男がやってくるのに合わせ、バタンと音を立てて閉められた。


「おっ、サキちゃんもおんなじクラスか。一年間よろしくねえ!!」

 歩いてきたのは巴。

 ただし。巴は私を呼んだけれど、その目線は私ではなく私の隣、ただくうに向けられている。


「えーちょっと……!!何それ何それ、もしかしてラブレター!? うわ~僕はじめて見たよ、他人のー」

 空に向け、話し続ける巴。

 しかし。先程とは違って、その目線の先には一通の手紙が浮かんでいる。

 それはまるで誰かが手に持っているかのようで、あちらこちらに行ったり来たり。

 

 見えはしないが、()()()()()()()()

 


 ここは今日という映画の世界。

 今日起きたことを忠実に再生するだけの、干渉出来ぬ夢の中。

 ここでは私は『演者』であり、世界を映す『カメラ』。

 すでに撮られた映像を流すこの映画では、『演者』としての私はもはや不要。

 だからその世界を、私は自由に歩いて回ることができる。

 そして、映画の裏には当然ながら続いている世界がある。カメラに映る世界がすべてではなく、カメラの裏側にも物語は存在するのだ。

 『カメラ』としての私は、その世界を映し出し、今日この世界で起こったことを記憶する。たとえ今日、その場所に私がいなかったとしても、こうして歩いて見に行くことができる。


 ……だが同時に、私は『観客』のひとりでもある。

 映画の内容を変える権利はその人になく、起きた過去を変える権利もない。

 『観客』の私にできることはただ一つ。

 窃盗、詐欺、殺人、強姦……。どんな非道、ありとあらゆる罪悪を前にしても、この世界で起きた事象をただ見続けるだけの、そんな無責任な傍観者となることだけ。


「──だから、過去なんて嫌いなんだよ」

 

  

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