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背伸びはつま先まで

「じゃ、また明日」

「うん。ばいばいねー、サキちゃん」

 

 時間が過ぎるのは早いもので、一日は終わり下校の時間になった。

 部活動に所属していない私と巴は、校門前で左右に分かれる形でそれぞれ帰路に。赤崎は帰り道が私と同じ方角だというので、なら折角だし一緒に帰ろうということになったが、しかし彼女はテニス部の練習につき断念。残念だけど私も用事があって、練習が終わるのを待っていられない。

 だから泣く泣く、こうして一人寂しく歩いている。

 ……ちょっと悲しくて気まぐれに、気を紛らわせるために……。今日は少し違う道から帰ることにした。


 学校を出て左、コンビニの角をさらに左に曲がって長い長い坂道を下りてゆく。

 道幅の狭い歩道。

 草木がせり出し、2人並んで歩けば顔を葉っぱに撫でられるので、ここだけはみんな行儀よく一列になる。

 進んだ先の信号近くは、崖かと見間違うほどの急斜面。アスファルトの色味が奥と手前とで絶妙にマッチしていて、日が沈み影が落ちでもすれば、その落差が非常にわかりずらい。気付かなければ踏み外しかねない、非常に危険な落とし穴だ。

 

 その対応か、誰が設置したとも知れない手書きで作られた注意喚起の立て札が、水路横の薄緑の、網目の柵に取り付けられている。

 黄色の背景に赤く書かれた文字、その文面は「危ないっ!!」の一言のみ。

 一体何がどう危ないのかイマイチ伝わってこない立て札である。


 ──が、私は効果があると身をもって証明したため、危機を避けたのち、この立て札に文句をつける正当性をすでに失っていた。

 ちゃんと役目を果たしているものに対して、あれこれ言う資格も道理もない。言えるのはありがとうという言葉だけ。

 ただ……、


「『このおかげで、怪我をせずに済みました!!』とか、ちょっと認めたくないな……」


 いつもと違う道。

 それはさながら山下りでもしているかのようで、未知という怖さと少しの新鮮さが、私の心を強く弾ませて止まなかった。

 ──それはありきたりな、なんてことない日常のハズ。でも愛おしいもの。私が焦がれ、自ら手放し失ったもの。

 だからこの当たり前は、私にとって今日という日を特別得難いものにしたような気がしたのだ。

 

────────── 

「ただいまぁ」

「おう、おかえり」

  

 カウンター越しで暇そうにタバコをふかし、挨拶をよこす父。

 店内はガラリと空いていて、それもそのハズ店の扉の内側に「OPEN」の文字。

 つまりまだ()()()()()なのだ。

 

 時刻は15時をまわった頃。

 平日にしてもこの時間帯にこの空き。喫茶店のくせして、ディナー時にしかオープンしない、ウチの店ならではの光景だと思う。

 元は居酒屋を改装して作られた名残かどうかは知らないが、喫茶店なのだしせめて朝くらいはやってもいいだろうに。

 今はただ、一人の男性のみが客としてカウンターにいる。

 タバコを片手にスーツをまとう、見知った人。

 ──あ。 


佐伯さえき! もう来てたのか」

「や、紗希ちゃん。お先にお邪魔してるよ」

 

 父と同じくタバコをふかしていたのは、同学年で、他校の自称高校生探偵。赤崎と一緒に帰れない原因にして、私が約束をしていた人物だった。

 つまり着ていたのはスーツではなくブレザー。そしてくわえていた、タバコのように見えたそれも、何のことはないただのお菓子であった。

 しかしそれにしても随分早い、約束の時間は16時だったはずだが。


「もしかして緊急か? いつもよりこんな早く来るなんて」

「ああいや、ここのコーヒーは世界一うまいって、紗希ちゃんいつも言ってたろ? だから折角だし早めに行って、ゆっくりコーヒーを楽しむのもいいかなってね。

 ──うん。噂通りいい味だ。流石ですね、大将」

なぎさ君、マスターだよ。うちはラーメン屋じゃねぇんだ」

「え。あ、そうですね。……す、スミマセン」

 

 相変わらずの天然を炸裂させる自称探偵佐伯は、恥ずかしそうに顔を赤らめた。格好つけて柄でもないことをしたがる、この男の悪い癖。背伸びどころかもう足がついていない。

 ……全く、恥ずかしいのは自分だろうに。


「それにお前さん、粗挽きも細挽きよく分かっとらんかったろ」

「え、何? 豆の挽き方の話?」

 

 そう難しいことではない気もするけれど、佐伯はよく分からなかったらしい。


「ちょ、その話は──」

「聞きたいか、紗希?」

「うん聞かせて」

 教えまいと必死に抵抗する佐伯をするりとかわし、カウンターの中に。すると家入達志はヒソヒソと、当人の目の前で私に耳打ちしてみせた。

「渚君な、粗挽き細挽きをソーセージか何かだと思ってたのよ」


 ──そうか。そいつは恥ずかしい話だ。

 よくもまぁ、その後に「いい味だ」なんて言えたものだ。さてはコーヒー飲んだことないだろう。

 

「佐伯」

「な、なんだよぉ」

「……ふ」

「笑うなぁ!!」

 

 可哀そうだからからかわないでやろうとしたが、さすがに無理だった。どうしても格好つけているときの佐伯が浮かんできて、こらえきれなくなる。


「いやお前な、()()()()()って。コーヒーの話してんだからそりゃ無いだろうが」

「ち、違う!! 聞いたことあったんだって、そういうのがどうとかって、ネットで……」


「渚君、多分それはこれの事だろう」

 そう言ってカウンターに出たのは、ホイップクリームがいっぱいに盛り付けられた、一杯のコーヒー。ちょうどいい甘さと苦さで、初めてでも飲みやすい、うちの店でも人気のそれ。


「……佐伯、惜しかったな。ウィンナーコーヒーだぜ、これ」



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