予告状という名のラブレター ③
「──そう言えば気になってたんだけど。サキちゃんどうやって見つけたの? 無くなったモノ」
午前中の授業が終わってお昼休みの時間になると、巴はそんなこと聞いてきた。
背中側、巴の後ろからは赤崎がひょっこり顔を覗かしている。
「その事、私も気になります。小説では種明かしが最後なのは定石ですけれど、それがずっと気になって授業に集中できなくなってしまって……」
時間が経ち、赤崎の熱は少しは冷めたらしい。事件に頭を悩ませる可愛らしい少女は、いつもの落ち着いた赤崎だ。
「でも小説じゃ、ネタバレは厳禁なんじゃないのか? 特に推理小説ならなおの事」
「い、今は現実ですから!! その鉄則は無効です、無効」
なるほど現金なことで。でもそれくらい素直なのは嫌いじゃない。
「……ま、分かったよ。だがまず、二人に話すことがある」
「「??」」
きょとんと、ふたりそろって怪訝な顔をする。
「いいか、”在るものを無いように見せかける事”と、”無いものを在るように見せかける事”。この両者どちらが成功するかについてだ」
「……在るものを無いように?」
「ああ、そして結論から言えば前者ははっきり言って不可能だ。”在る”ということ自体が違和感を生むからな。隠そうとすればするほど、かえって事実とのズレが目立ち、企みはいとも容易く露呈する。
分かるか? 探偵たちはこの視点から事件を捜査するんだよ。指紋、血痕……とか、そういう在るものから事件の解決を図るのは、こういう理由さ。
だがしかし後者は違う。その存在を代替するモノ・理由さえあれば、無いということによる違和感は払拭できる。
つまり何が言いたいのかというと。そういうのって、誤魔化したい側からしたらどう合っても嬉しいんだってコト。たといそれが、その場しのぎの誤魔化しであったとしてもね」
「……なるほど、完璧に理解できない。
だからつまり、その。どういうこと?」
巴はすっかり混乱してしまっている。赤崎も見たところも同じだった。
目論見通り、それっぽい言葉で押し切れば乗り切れそうで大変結構である。超能力者の話なんかしても二人には説明しきれっこないし、目立たちたくないという私の願いも叶わなくなる。
「分からない? いーや大丈夫、例えってのはこういう時のために用意しておくものだからな。そして私も、それを見据えて話している訳さ。
──例えばそう、渡井。お前世界史の課題は持ってきたか?」
次の5時限目、世界史では課題が出ていた。忌まわしき春休みの課題というやつである。
ただそうは言っても単純なプリントの穴埋め問題で、教科書を参照すれば30分くらいで終わる簡単なものだ。忌まわしいと言っても膨大な量が課されたということではなく、紙切れは1日2日の量。少なくとも春休みの間で終わらないなんて事はない程に、相当緩い課題であった。
ただ、長い付き合いだからわかる。きっと渡井はこんな課題でも──。
「…………家に、あるよ…」
「これ。まさにこの状態が、”無いものを在るように見せかける”ことだ」
「あー--、いやー。まさか家において来るなんてなぁ。うっかりしてたなぁ……。
ね、ねえサキちゃん、すごいよね、お茶目だよね僕ってば」
「はいはい、可愛い可愛い。手元にはないけど家にはあるって言えば、少なからずやる気があるってところを見せられる、ってね。常習犯のいつもの言い訳だな」
「なるほど」
赤崎はうんうんと頷き、感心したとばかりに返事をした。
「な、失礼な。今回こそはちゃんとやったよ!!
ただ、あの……今ちょっと、持ち合わせが無いというか手元にないってだけで、課題は確かに在るんだからね!!」
「あら、在るのね今回は」
「げ」
いつの間にか巴の後ろには、担任の藤原先生が。
会話の一部始終を聞いていたのか、それとも最後しか聞いていなかったのかはわからないけれど、巴が何を言われるのかは想像に難くない。
ああそう。言うまでもなく担当科目は世界史である。
「今日は5限で終わりよ。なら一度家に帰って、それから持ってくるくらいの余裕はあるわよね? 渡井君。解き終えた課題が今回は珍しく”在る”んだから。それに君、家は学校から近いでしょう」
「な、なんで家を知ってるんですか!? 個人情報ですよー!!」
「そりゃ知ってるわよ、担任だもの」
万事休す。持ってこいときた。
本当に家にあるならすんなりいくが、この様子だとそもそも手を付けていないか、あるいはプリントを無くしたか、その2択だろう。
どちらにせよ自業自得だ。強く生きろ、巴。
「はーい、バカは放っておいて向こうでご飯食べよー、赤崎」
赤崎の机と近くの机をくっ付け、向かい合わせの形になる。
気づけばだいぶ話し込んでいた。お昼休みの残り時間はあと20分くらい。
急げ急げと腰を下ろし、連行された巴の背中を見送ると……赤崎はぽつりと、抱えていた疑問を口に出した。
「家入さん、さっきの話──。あれ、貴方が即興で考えたものでしょう?」
「……わかった?」
やはり聡明。それっぽい人がそれっぽいことを言っただけでは、騙すことは不可能だった。探せばいくつも欠陥があるだろう私の話。”無いものを在るように見せかける”ことは、追及された途端瓦解する砂上の楼閣。さっきのそれっぽい格言は、即興にしてはいい出来だと思ったけれど、所詮はその程度の安い代物だ。
「……ごめん。だけど話せない理由というのも探偵にはつき物だって……あー、んーと。
月並みだけど──今はまだ話せない、とか、こんな言葉で納得してくれたりする?」
「いいの、分かってる。無理にとは言わないわ、隠したいのならそれでいいの。
ええ、そうよね。謎はやっぱり、最後に解かれなくっちゃ」