表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/45

予告状という名のラブレター ③

 「──そう言えば気になってたんだけど。サキちゃんどうやって見つけたの? 無くなったモノ」


 午前中の授業が終わってお昼休みの時間になると、巴はそんなこと聞いてきた。

 背中側、巴の後ろからは赤崎がひょっこり顔を覗かしている。


「その事、私も気になります。小説では種明かしが最後なのは定石ですけれど、それがずっと気になって授業に集中できなくなってしまって……」


 時間が経ち、赤崎の熱は少しは冷めたらしい。事件に頭を悩ませる可愛らしい少女は、いつもの落ち着いた赤崎だ。


「でも小説じゃ、ネタバレは厳禁なんじゃないのか? 特に推理小説ならなおの事」

「い、今は現実ですから!! その鉄則は無効です、無効」


 なるほど現金なことで。でもそれくらい素直なのは嫌いじゃない。


「……ま、分かったよ。だがまず、二人に話すことがある」

「「??」」


 きょとんと、ふたりそろって怪訝な顔をする。


「いいか、”在るものを無いように見せかける事”と、”無いものを在るように見せかける事”。この両者どちらが成功するかについてだ」

「……在るものを無いように?」

「ああ、そして結論から言えば前者ははっきり言って不可能だ。”在る”ということ自体が違和感を生むからな。隠そうとすればするほど、かえって事実とのズレが目立ち、企みはいとも容易く露呈する。

 分かるか? 探偵たちはこの視点から事件を捜査するんだよ。指紋、血痕……とか、そういう在るものから事件の解決を図るのは、こういう理由さ。

 だがしかし後者は違う。その存在を代替するモノ・理由さえあれば、()()ということによる違和感は払拭できる。

 つまり何が言いたいのかというと。そういうのって、誤魔化したい側からしたらどう合っても嬉しいんだってコト。たといそれが、その場しのぎの誤魔化しであったとしてもね」


「……なるほど、完璧に理解できない。

 だからつまり、その。どういうこと?」

 

 巴はすっかり混乱してしまっている。赤崎も見たところも同じだった。

 目論見通り、それっぽい言葉で押し切れば乗り切れそうで大変結構である。超能力者の話なんかしても二人には説明しきれっこないし、目立たちたくないという私の願いも叶わなくなる。


「分からない? いーや大丈夫、例えってのはこういう時のために用意しておくものだからな。そして私も、それを見据えて話している訳さ。

 ──例えばそう、渡井。お前世界史の課題は持ってきたか?」


 次の5時限目、世界史では課題が出ていた。忌まわしき春休みの課題というやつである。

 ただそうは言っても単純なプリントの穴埋め問題で、教科書を参照すれば30分くらいで終わる簡単なものだ。忌まわしいと言っても膨大な量が課されたということではなく、紙切れは1日2日の量。少なくとも春休みの間で終わらないなんて事はない程に、相当緩い課題であった。

 ただ、長い付き合いだからわかる。きっと渡井はこんな課題でも──。


「…………家に、あるよ…」

「これ。まさにこの状態が、”無いものを在るように見せかける”ことだ」

「あー--、いやー。まさか家において来るなんてなぁ。うっかりしてたなぁ……。

 ね、ねえサキちゃん、すごいよね、お茶目だよね僕ってば」

「はいはい、可愛い可愛い。手元にはないけど家にはあるって言えば、少なからずやる気があるってところを見せられる、ってね。常習犯のいつもの言い訳だな」

「なるほど」


 赤崎はうんうんと頷き、感心したとばかりに返事をした。


「な、失礼な。今回こそはちゃんとやったよ!! 

 ただ、あの……今ちょっと、持ち合わせが無いというか手元にないってだけで、課題は確かに()()んだからね!!」

「あら、()()()()()()()

「げ」

 

 いつの間にか巴の後ろには、担任の藤原(ふじわら)先生が。

 会話の一部始終を聞いていたのか、それとも最後しか聞いていなかったのかはわからないけれど、巴が何を言われるのかは想像に難くない。

 

 ああそう。言うまでもなく担当科目は世界史である。


「今日は5限で終わりよ。なら一度家に帰って、それから持ってくるくらいの余裕はあるわよね? 渡井君。解き終えた課題が今回は珍しく”在る”んだから。それに君、家は学校から近いでしょう」

「な、なんで家を知ってるんですか!? 個人情報ですよー!!」

「そりゃ知ってるわよ、担任だもの」

 

 万事休す。持ってこいときた。

 本当に家にあるならすんなりいくが、この様子だとそもそも手を付けていないか、あるいはプリントを無くしたか、その2択だろう。  

 どちらにせよ自業自得だ。強く生きろ、巴。


「はーい、バカは放っておいて向こうでご飯食べよー、赤崎」


 赤崎の机と近くの机をくっ付け、向かい合わせの形になる。

 気づけばだいぶ話し込んでいた。お昼休みの残り時間はあと20分くらい。

 急げ急げと腰を下ろし、連行された巴の背中を見送ると……赤崎はぽつりと、抱えていた疑問を口に出した。


「家入さん、さっきの話──。あれ、貴方が即興で考えたものでしょう?」

「……わかった?」

 

 やはり聡明。それっぽい人がそれっぽいことを言っただけでは、騙すことは不可能だった。探せばいくつも欠陥があるだろう私の話。”無いものを在るように見せかける”ことは、追及された途端瓦解する砂上の楼閣。さっきのそれっぽい格言は、即興にしてはいい出来だと思ったけれど、所詮はその程度の安い代物だ。


「……ごめん。だけど話せない理由というのも探偵にはつき物だって……あー、んーと。

 月並みだけど──()()()()()()()()、とか、こんな言葉で納得してくれたりする?」

「いいの、分かってる。無理にとは言わないわ、隠したいのならそれでいいの。

 ええ、そうよね。謎はやっぱり、最後に解かれなくっちゃ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ