予告状という名のラブレター ②
気が付けば、昇降口付近の人の気配は限りなく薄い。あたりを埋め尽くすばかりの生徒群れは、もうとっくにここには居なくなっている。
ちらりと柱に取り付けられた時計を覗くと、時刻は8時25分。
長話を打ち切って、巴と私はいい加減教室へと向かった。
昇降口前、劇場のセットさながらの大階段を上がり、右に上がって2つ目の教室へ。
ここは2-B、予告でも示されたクラス。
木造旧校舎に続く渡り廊下のちょうど境目に位置する教室で、石製木製の境、廊下に奇妙なラインが横に走っていた。
「家入さん。この前は本当にありがとうございました」
座ってすぐ話しかけてきたのは優等生の赤崎凛。
本人の謙遜はそこそこで、自分をあまり卑下し過ぎない性格からいらぬ反感を買うこともなく。彼女のお茶目さ、たまに調子に乗るところがまた憎めない。1年生の始まりからずっと、男女ともにから人気の人である。
そんな彼女。私が腰を下ろしたところで、今こうして話しかけてきた。
「いやそんな、大したことじゃない。あのペン、見つかってよかった」
「いえ……大したことなんです。あれは祖父から貰った大切なペンで、私いくら探しても見つからなかったのに、あんなにあっさり見つけてしまうなんて……。やっぱり家入さんには探偵の、そういう才能があるんですよ、きっと」
普段寡黙な赤崎は、その瞳からキラキラと光るものを感じる。熱、とでもいうのか。
それと今彼女が言った事。ペンというのは文字通り文字を書くあのペン。高級感あふれるわけでもなく、ありふれた何処にでもあるようなそんなものだが、彼女にとっては何にも代えがたい価値を持っていたらしい。
事のあらましというのはそれの話で、失くしたものを見つけてあげたというのが春休みが始まる直前の出来事にして、それが私と彼女との出会いである。
「へー意外。サキちゃん、赤崎さんと知り合いだったの?」
「意外……んーまあ、確かに意外かもな。
成績優秀、加えて男子女子どちらからもの評判も良くて。おまけに面もいいときた。
才色兼備の体現者たる赤崎と、面だけはいい私が知り合いだってのは、思えば確かに私自身でも意外といえばそうだな。それに私も、学校じゃ巴くらいとしか話はしないし」
「顔がいいのを自分で言うんだねサキちゃん……。
いやあでも、ふーん、そんなことあったんだ。失くしたペン、見つけてもらったんだね、赤崎さん」
「……? え、ええ。そうですね、前に探しているというのにあまりにも見つからなくて困っていた時、家入さんに助けてもらったんです。それから家入さんとはお友達に」
「うわぁ、すごい出会いだね。なんかアレだ、運命みたい。
あ、そーだ。ところでサキちゃんって、赤崎さんから見たらどんな感じ?」
「おいどんな質問だよ、そんなこと聞いてどーするってんだ。弱みか? 弱みでも握りたいんか巴ぇ!?」
「いやぁべっつぃにー……? どーもしないけどぉ?
ただサキちゃんが……ね、僕以外にはどんな風なのかって気になってさぁ??」
「ええとそうですね、とにかくすごい探偵さん……ってイメージで、私なんかよりよっぽど才色兼備だとおもっていますよ」
「真面目に答えなくたっていいんだよ赤崎。こいつの──」
「あーそうだったんだ……。いやでも駄目だよ、赤崎さん。サキちゃんっておだてると変に調子に乗っちゃうんだから。手綱を握る僕が言うんだから間違いない。」
人の話を遮り、失礼極まりない言葉とともに渡井は隣に席着く。
「な、この……。いや、それよりいつそんな失敗をお前の前でしたよ……? いい加減な話を赤崎に吹き込むのは止めろよな。
それに。言っておくが私はいつでも冷静沈着。弱みは握られても手綱を握られた覚えはないぜ? 私の心はさながらせせらぐ川のごとく、穏やかに生きているんだ。 悪いけど、そんな言葉一つで心が乱れる事なんかないね」
「えー。いつって……それはほら、自分にラブレターが来るとか思っちゃうトコとかさ」
「…………」
やっぱり腹立つなコイツ。
思わず、黙ったまま両の手で襟元を掴み上げていた。
丁度良く渡井は座っているから、襟元がとても掴みやすい。
「ちょ……秒で矛盾してるし!! あの…と、とりあえずさ。胸ぐらをつかむのやめよ?」
「……ふーん。ところで渡井、犯罪ってバレなきゃどうってことないらしい。だって法は単なる言葉だからな!!」
言って片手を離し、笑顔のまま手の形をパーからグーへ。
「いやそれ探偵の娘が言っていいことじゃないでしょうが!!」
「──手紙をもらったの、家入さん?」
不意に、赤崎の顔が私と渡井の間に割って入ってきた。
「ひゃっ……、え? ああいや、そういうわけじゃなくって」
「そうそう。赤い手紙でさぁ、予告みたいな──」
「……ワーターラーイー?? お前……」
「あ」
口が滑ったことに気が付いたようで、咄嗟に渡井は口を押える。
『あ』じゃないんだわ。ほぼ全部言っちゃってるのよ。
渡井はすべてを話しはしなかったが、残念ながら聡明な赤崎の前では無意味である。彼女は話の欠片さえあれば、あとは推測でどうにかなるタイプだ。
……いや自分で言ってもどうかと思うくらいのトンデモだけど、実際そうなのだし、こればかりは誤魔化しのきかないことである。
「えと、じゃあつまり、今までの全部盗まれてたってこと? その男に?」
「……男かどうかはさておいて、赤崎のペン含め、全部予告通りにはなったな」
「っい、家入さん!! その予告を送った犯人って、もう見つけた!?」
ずい、と。まさに目と鼻の先くらいまでの距離まで、赤崎は顔を近づけてくる。
「ひゃっ、ちょ! ち、近い近いっ」
その双眸にさらなる熱がこもったよう。興味津々といった感じで、いつのも冷静さはどこかへ、彼女からは明らかな興奮が感じ取れた。
「い、意外だね……。赤崎、こういう奇天烈な話には興味ないと思ってたんだけど」
予告状とその通りに起こった現実。このあまりに非日常な事象は、超能力者の私くらいのものでなければ、そう受け入れるようなことじゃあない。
……何故なら”超能力がこの世に存在する”というおよそ非現実的な事実というのは、よほどの柔軟な思考を備えた人間を除いて認められることではなく、それ以外の人間は彼らの常識を守るために、可能性は排斥されるのだ。”理解できないモノ”は恐怖の対象でしかないのだから。
しかしまあ、事実は小説より奇なり──。恐れを抱く様子の無い赤崎は、きっとそう割り切れる、柔軟な思考の持ち主なのだろう。
「あ……、えと。実は私、推理小説とか結構好きで、なんていうんでしょう、その……。
──いわゆる”事件”が実際に目の前で起きていて、その渦中に私がいるって思うと、こうなんか……ワクワクしてきちゃって。えへへ」
違った。柔軟を通り越して、夢見がちな少女のそれだった。
破顔一笑。赤崎はほころんだ顔を見せ、照れくさそうに頬を赤らめた。
「なるほど、推理小説ね。でも私、たまたま見つけられたってだけで、そんな毎回探偵みたいなことできないぜ? ああいや、そもそも私は探偵じゃないけども」
「ううん、そんなことない。家入さんはもう立派な探偵よ。……まあ、確かにちょっと事件のパンチは弱いけれど、それでも小説1冊書き上げられるくらいには活躍しているわ!!」
「赤崎さん、もしかしてそれ褒めてる?」
時刻は8時35分。ショートホームルームの始まりの時間。
そして、鐘の音が鳴った。