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そして彼女は雨に降られたⅢ

 知らなければ良かったと、そういう言葉がある。

 身を切り抉る程の辛く厳しい事実に、引き裂かんばかりの悲劇。深い後悔と絶望をもたらすそれは、であれば知らない方が幸せに生きることができたのだ。

 いつか向き合うその日まで幸せは確かにそこにあり、ひょっとすればその悲しみに触れることは一生無いことだってある。

 例えばそう……。4月3日、今日という日の出来事とか。


「──誰も、来ない?」

 0時を過ぎ、「今日の夢」へと誘われた私。

 さながら動画を早送りするように、放課後3人と別れた後まで飛ばし、そこから0時まで旧校舎美術室を監視をしていた。

 暗闇と静寂。蛍光灯を点けてはいたが、それでも廊下と教室隅々をすべて照らすには至らず、薄暗い学校で一人、私はじいっと待っていたのだ。それは中々に恐怖の体験で、さらに、凛が家を出たと、巴からそういう連絡は来なかったものの、いつ凛がふらりとやって来るのか、それが気が気じゃなかった。

 ただ。結果で言えば誰もここに来ることはなかった。


「ふ、はは……。」

 驚くほどあっけなく0時を迎えた。

 私は「今日の夢」が止まると同時に足の力も抜け、言葉にならない、笑い声のような音が口から洩れた。

「やった、やった!! 凛は死んでない、今日を乗り越えたぞ!!」

 他の誰よりも今日という日をよく知っている私は、いつの間にか知らなければよかったことが、知らなければならないことに変わっていた。知らなければ幸せに生きられた事は、知らなければ幸せに生きられない事に。

 ──私にこんな力があると、それこそ知らなければ幸せに生きられたのに。

 だが、そんな悩みも憂いも、今日という日を迎えた今となっては過去のモノ。

 外界からの音が止まった世界、しんと静まり返った廊下。

 一人私は、体を堂々と大の字にして喜びを爆発させた。

 

 

 現実世界が早朝を迎え、「今日の夢」がもうそろ終わる頃。興奮も冷めないうちに凛の顔を確認しにいくことにした。

 いや、あるいは興奮が冷めないがために行動に移したと言った方が正しいだろうか。彼女の顔を一刻も早く確認し行きたい衝動に駆られ、そうしなければならないと思ったのだ。

 

 「今日の夢」の中、時刻は23:30くらい

 住宅街分かれ道をいつもとは違う方向へと曲がると、すぐに凛の家につく。

 学校を出て数分で目的地にとたどり着いた。

 近くには公園があり、トンネルのある山のような遊具と、ブランコ、それと鉄棒に、あとは緑緑……。小さいながらそれなりに遊べそうで、まあ普通の公園といったところだ。

 そして、凛の監視を頼んだ巴もブランコに乗ってそこにいた。正面が凛の家だったため、なるほど自然に見張れるじゃないかと少し感心。

「ありがとうね、巴」

 突然の頼みに快く応じた巴は、明日休んでもいいとすら言った。凛が死なずに済んだのは、こうして遅くまで熱心に見守っていたからだ。巴には感謝してもし足りない。

 私は明日もそう言おうと心にメモをし、凛の家へと入っていった。


「よっ、と。ふう、お邪魔しまーす」

 鍵は閉まっていたので「今日の夢」の特権、窓ガラスをぶち破る訪問方法をとった。夢であるからこそ何をしても現実に影響がないという利点を最大限生かし、鍵のついた扉を無視して侵入。「鍵が閉まっているなら、窓から入ればいいじゃない」という、盗人版マリーアントワネット的思考から生まれたこの手口。

「仕方ないけど、こうしていつも顔見知りの家の窓を破壊するのは気が引けるなあ」

 影響がないとはいえ、とはいえだ。泥棒をしている気分になるのは気持ちいいものではない。次の日に家の家主とかと会った時、どういう顔をしていればいいのか、いつも悩ましいものである。


 凛の部屋は2階。

 カーペットに散らばるガラス片を踏み越え奥の階段を上る。すると、すぐに凛の部屋の前についた。その横には、電気のつけっぱなしになった部屋。

「おお。これ、本……たくさんあるな」

 部屋から漏れた光が、凛の部屋の隣に設置された本棚を照らす。本来物置のような部屋? なのか、意外と奥行きのある場所で、しかもいっぱいにびっしり埋め尽くされた本の数々に、思わず感嘆の声が漏れた。

 置いてあるそのどれもが探偵絡みの推理小説で、有名どころから聞いたことのない本まで幅広く取りそろえられており、試しに一つ手に取ってみたが、全ページ何度も読み込まれた形跡が残っている。

 

 気を取られたが当の凛。

 彼女の部屋の扉を開けると、すでに就寝済みなのか電気は全部消えていて、ひどく静かな空間だった。

 ……静かな空間。暗い部屋。

 明かりをつけてみれば、彼女の顔が見えた。

 ベッドの上、深い眠りについて彼女は、前と違って首に縄はついていない。ただ彼女は静かに、眠っている。

 

 傍らに、いくつも散乱した薬の瓶添えて。

 

 

 

 

 


 知らなければ良かった、という言葉。

 たった今この瞬間、ある種一つの結論めいた私の思いがここにまとまった。

 赤い手紙がもたらすのは、変えがたい事実という現実。

「変わるのはせいぜい、幸せの終わりが早いか遅いか、ね……」

 顔にあったじんわりとした痛み、殴られた時のそれがだんだんと引いてゆく。

 現実に直面した私は、そろそろ夢から覚める時だ。

 

 凛の死を前に、不思議と一度目よりも心が軽い。

 言ってしまえばこう、心に感じる悲しみというものが、感情が足りていない。

 一度目程の絶望感に苛まれることもなく、ただひたすらに……悔しい、のか。言語化するのに苦労するこれは、決して悲しみと言えるほど思いやりに満ちたものではない。無感情。悲しみは出し尽くしてしまい、それの残りがこうして、ちろりと少なからず表れているのか。

 はたまた私は──。


「ふ、ふふ……。おかしくなったのかなぁ……私」

 狂気が伝染してしまったのか。

 


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