予告状という名のラブレター
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
「うげえ……」
新学期新2年生。
微妙に短い、けれど宿題の多い春休みが終わり。高校生活が新たに始まる素晴らしい日。
げんなりとした声を上げる家入紗希の目の前に、赤い手紙が一枚、下駄箱の中にぽつりと置いてあった。
「おっ、サキちゃんもおんなじクラスか。あー良かった良かった。知り合いいないかと思ったよ……。
じゃあ一年間よろしくねえ!!」
後ろから、朝にしてはデカすぎる声量と共に、幼馴染の渡井巴がやって来た。
長髪で一見性別不明の見た目。それに巴という名前だけれど、しかし彼はれっきとした男だ。無造作に後ろに束ねられた髪は、校則はどうしたのか思うくらいの伸びっぷり。いわく「生まれつきです」で通したそう。
私としては似合ってるので良いと思うが、学校としてそれはいいのか。
「おはよ、巴。相変わらず朝から元気だな──って、おい」
「えーちょっと……!!何それ何それ、もしかしてラブレター!? うわ~僕はじめて見たよ、他人のー」
こちらの話を聞いているのか聞いてないのか。
巴はズイズイと顔を近づけては、手にもった手紙に目が釘付けである。
「何だ? 自分宛てはあったのかよ」
「うん、前にね。全部断ったけど
でも男子がラブレター送るって、結構珍しいよね。僕あんまり聞いたことないや」
「あのなぁ。何で送り主の前提が男子で、ラブレターなんだ。私まだ何も言ってないぜ?」
「ああ……確かに。サキちゃんにラブレター送る人なんかいないもんね!!」
渡井は、ごめんごめんー-、なんて笑いながらそう言ってきやがった。
こいつマジで。人をイラつかせる天才か。
別に、それを貰えないことがどうだっていうんじゃないが。
いやさ。ただ、だとしてもそれをこうして面と向かって改めてそう言われると、なんかこう……こっちとしても黙ってられないし、腹が立つというものである。
「──ま、ある意味ではラブレターだな。これ」
なので、手にもったものをこれみよがしに見せてやった。
そう、ある意味だ。嘘はついていない。
「……へぇーそう。ある意味ねえ?」
しかし巴は目を細め、明らかに信用していない顔。この男普段は何も考えてない癖にこういう時に限って頭が回る奴である。
くそう。強がっても無駄かもなこれ。
見せろ見せろとうるさくて、結局その場で封を開けた。
『クラス2-B 出席番号22番 2学年、世界史教科書。
──名探偵の働きに期待する』
「……んんん?? 何ぃ……これ?」
巴は困惑を隠せない様子で、それは無理もない話。
あまりに現実味が薄いというかフィクションの中でしか見たことのないような、そういうものが目の前にあるわけで。そりゃ、ハトが豆鉄砲食ったみたいな顔になる。実際私も最初そうだったし。
とはいえこっちはすでに4通目なので、一緒になって驚いてやることもない。
「何って、そりゃ私へのラブレターでしょ? 要はそこに書いてあるものをこれから盗むぞっていうことだよ、それ」
そして今日は、ご丁寧に2で揃えてきている。十中八九間違いなく2学年の2であろう。やっぱり私の知り合いの中に、この嫌がらせを続けている者がいるのだろうか……。
「あの、いや……待って待って。じゃあこれ犯行予告ってこと?」
「うん」
「いつから?」
「いつからって……、春休みが始まるちょっと前くらいかな。確か……3月の20日くらいから……だったっけか。あんまりにしつこい手紙でさ、まあでも、さすがに春休みの間はなかったぜ?」
そういえばこの事は巴に話してなかったと、紗希はふと思い出した。
それというのは単純に、話すと色々面倒だったから。おまけにこの事を巴に話す理由も必要性も、特にこれと言ってなかったというのが、いつの間にか蚊帳の外にいた巴を取り巻く事情である。
しかしそんなことに納得できない巴は、どうしてどうしてと、責め立て喚く。
「えーーー!! いや、なあーんで話してくれないんだよぉーー。しかもめっちゃ探偵探偵してるし。
あ、てか、それなら1年の時の失せもの探しもこれ絡みってことじゃん!!」
大きな子供はその長い髪を左右にぶんぶん振り回し、人間メトロノームとなって紗希へと迫った。
「もーうるっさいなあ、私は大事にしたくなかったんだよ。ただでさえ探偵の娘なんて人の注目を浴びるってのに、犯行予告が届いてるとかどんな小説だよ。
いいか。大体私、あんまり目立ちたくないんだ。前も言ったろ」
私。家入紗希の父、家入達志はそれなりに名の通った探偵であった。
有名になったきっかけというのは、それはもうどこにでもあるような話で、ある日どデカい事件を一回解決したことがあった。当然デカけりゃ注目もされる当たり前の話、父は連日テレビやなんやらで報道されまくったのだ。
そしてその結果、父は晴れて有名人になってしまった。
──そう、なってしまった。
有名なることが必ずしも良い事とは限らない。原因は実績、父はそれきり探偵を辞めた。
元々浮気調査がメインの探偵で、しかし尾行の時にサインでも求められるようになれば、それはもう目立つ目立つ。
そんなわけで今は、引退して事務所の下の喫茶店を営み、私と2人で呑気に暮らしている。
もうかれこれ、10年も前の話である──の、だが。
ある日のこと、下駄箱を開けたらこの手紙が入っていた。
クラス、学籍番号、ターゲット、そして探偵と私を呼ぶ文字。手紙はそこに書かれた、無くなったモノを見つけてみろ、と私に言っていたのだ。
モノは予告された日に忽然と無くなり、次の日の朝に被害者の声で紛失が発覚。
消えたのはペン、筆箱、ストラップ……とか。あまり大きなものが無くなるということはなく、影響はそれほどというレベルの事件である。
「いや私もね、最初は無視してやろうかと思ってたよ? モノが無くなるなんて、別に大したことでもないわけだし、今この瞬間だって誰かが何かを無くしてるかもしれないわけだ。まあ要するに、そういう日常の中の一部として素直に受け入れられることだからさ」
「『日常の中の一部として受け入れられる』……え? おかしいな記憶違いかな。そういう割には、探偵としてバリバリに動いて目立っていたと思うんだケド?」
そう、その通り。
私は紛失物を無くなったその日の内に見つけ出し、次の日に持ち主の元へと返却した。
これは私の面倒くさい性格が故。つまり無くなることを知っているのなら、それを知った時点で私にも責任が生じるだろう、という理屈。
口に出した目立ちたくないという言葉に反するこの行動は、確かに困惑を招く奇行とも言ってしまえることではある。
だが、これは仕方がない事。言葉と行動の矛盾が明らかでも、じゃあそのままでいいのかと問われたら、「いや、それは……」と、濁った言葉が口から洩れ出る選択肢なのだ。
そして結局、”家入紗希より今日という日をよく知っているものはいない”という事実の前には、目立つのは仕方なしと事件を解決する。探偵と呼ばれる現状を甘んじて受け入れるのだ。
……だって、言い訳ができない。知らなかったのなら「それはしょうがない」と言えるが、知っていたのならどうにかしなければいけない。
巴の言う通り、これは確かに矛盾だ。
けれど仕方ない。どうしようもなく、私はそう思ってしまうのだから。
とまあ。そんなくだらない責任感から、家入紗希は学内だけの有名人となったわけだが。これ以上余計なことを言ってしまいでもすれば、それはもう取り返しのつかないくらい大事になりそうなので、手紙については誰にも言うことはなかった、ということだ。
「無駄な抵抗で馬鹿らしいかもしれないけど、建前ってのは精神健康上必要不可欠な人間のボーエイキコーってやつよ。自分を守るために、嘘を本当に見せかけて自分を騙くらかしてるってワケ。
ま、だから特にお前にだけは話さないって決めてたから。数少ない友達だからって、そんな情だけで信頼したんじゃ次の日には学校中に広がりかねないし」
「な、はあ?! なんでだよぉ! 僕の事信頼してないっての?」
「ああ。だって口軽いじゃんお前」
「なんと人聞きが悪い!! 口の堅さだけはウチの家族の中で一番だよ、僕ったら。聞かれても3回までなら耐えられるんですけど。
ねえサキちゃん……友達のことくらい、もっと信頼してくれたっていいじゃんか」
「信頼? もちろんしてるよ。秘密を聞かれたら必ず答えてくれるってとこだけは、申し分ないくらい信頼をおいてるけど?」
「ぐ、……じゃ、じゃあチャンス!! チャンスちょうだい!!
今から僕を試してさ、それで問題なかったら、金輪際隠し事はナシとか!」
「はあ? ……いやまあ、いいけど」
「ようし! なら、こい!!」
「──えーと。じゃあ、このことを誰にも言わないって約束できる?」
「あたぼうよ!! 万力使っても不可能だね」
「万力は締めるやつな。出来れば万力並みにその口を締めておいてくれ」
「お、……あ、えと違う! 拷問されても言わないって意味さ!」
「そーかい。で、秘密は絶対に言わない?」
「もち!!」
「言ったら絶交だよ?」
「ぜっえたいに、誰にも言わない」
胸を張り、自信満々そう話す巴。
ああこれなら心配ないと、他の人が見たらきっとそう思うはず。
だが忘れるなかれ、もう3回。
「──そう。で、ホントのところは?」
「……うっかり言ちゃうかも………」
「はーいスリーアウト。チェンジ、退場。サヨナラ──」
「色々ガン無視!? いや、あの……そ、それよりさぁ!! ある意味ラブレターってどういうことー!? ラブレターのラの字もない手紙じゃんかー、それ」
大胆にも不遜にも、言葉を遡って話をそらす巴。
しかし特に言い負かすつもりもない紗希は、おまけにこの結末になることが目に見えていたので、特に怒るワケでもなく、素直に疑問へと答えた。
「ああそれ? ある意味ってのは、そうだな……。恋とか愛みたいに人に執着して、しつこくしつこく、やめてと言ってもいつまでも追ってくる、って感じだよ。
ま、別に恋愛に限ったことじゃないけど、歪んだ愛情を持ってると、いつかストーカーにでもなるだろ? それってさ、これを送ってくる奴と同じじゃないか。
要するに私から言わせれば、ラブレターを送る奴もそういう意味では予備軍みたいなものになるってワケ。つまりそう、愛は執着の源ってね。
──な、ほら。そう考えりゃ、どっちも大体一緒だろ?」
「──あーうん。紗希ちゃんがモテない理由、やっぱりそういうところだよ」
ひねくれすぎだよと、巴はあきれ返った様子でそう言った。