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死を遠ざける策、昼食の歓談Ⅱ

 どれほど差し迫った状況であろうと、昼になればお腹が空くのは人間の呑気な体の仕組みだ。

 あるいは真にその状況に無いために、私達は食欲が失せることが無かったのかもしれない。……とにかく、少なくとも私たち3人は一つの机を囲み、サンドイッチを頬張るくらいの余裕はあった。空腹では集中も欠けるというものだし、それはそれで健全と言えば健全なのかもしれない。

「──んーー。っんぐ……ふう。それで、サキちゃん。ホントのホントに、体調は大丈夫なの? 朝いきなり倒れるくらいだったんだし、やっぱり早退して病院行くか、安静にしてた方がいいんじゃない?」

 店で出してる、私の父お手製の卵サンドを飲み込みながら、巴はそう話す。

「いや、もう大丈夫。二人ともごめんな。あれだけ大口叩いといて、こんなザマでさ……」

 遡ること数時間前、というかあの後すぐ。

 ベッドの上で無為に過ごすことはできないだとか、動かなければいけないなどと思った反面、『今日の夢』に入ることが一番の強みだった私。あろうことかそれをすっかり失念していたので、だから私は、あんなことを行った直後に半日を保健室の中で過ごした。

 情けない話。朝ぶっ倒れたことが功を奏し、なんら疑いもなく事を済ませることができたのは幸いだったと言えるだろう。


「家入さん。これは嫌味とか、悪気あって言うわけじゃないんです。でも、貴方が先に死んでしまうんじゃないかって。それが……心配で…」

 事情を知らない2人はそう話を続ける。

 目立ちたくない、大事にしたくないという私の思いがまたもや仇に。

 言われてみれば確かに、だ。見かけさっきまでピンピンしてた、至って健康であるはずの女子高生が、校内で急に倒れた状況というものを今一度改めて客観的に見れば、2人が心配するのも無理はない話だ。

 ──また。いらぬ心配をかけさせてしまった。

「あの。ー違うんだ、それは──」

「朝いきなり意識を失って、その後も体調が悪くて寝込んでしまったんですよ? 貴方自身が自分がいくら大丈夫って言っても、起きたのだってついさっきのことじゃないですか……」

 説明する間もなく。まあ、したところでおそらく2人への説明は、単なる病人の言い訳に聞こえるだろう。それにいちいち耳を貸す程、凛と巴は聞き分けのいいお医者様でもなさそうである。

 説明に時間を割いてしまうのはもったいない気がして、それにむしろこのまま突き進んだ方が混乱しないですむように思えたので──。

 これは病人の虚勢だと勘違いさせたままに、どうにか2人の説得を躱した。



「さて。じゃあ早速本題。……美術室の鍵の件、どう?」

 寝る直前、もう使っていないはずの美術室の鍵を借りていったのは誰なのかと、それを2人に調べてもらった。私たちの教室は職員室から近い位置にあるため、時間的にシビアだろうが、まあできるだろうと頼んだことだ。

「それなんだけど、鍵はずっと貸し出し中らしいわ。一応鍵かけのボードも見たけど、貸した生徒、まだ返却には来てないみたい」

「その、鍵を借りた生徒ってのは?」

「うーん、それが分かれば苦労はしないんだけど。藤原先生覚えてないって……」

「覚えてない? いや、いくら何でもそりゃ無いぜ」

 毎週火曜日が旧校舎美術室の清掃日。昨日の時点で赤い手紙が見つかっておらず、鍵はしっかり返却されたとの事。

 では借りに来たのは今日だ。それも早朝、私と巴が旧校舎美術室に来る前の時間。そんな時間に鍵を、しかももう使っていない空き教室の鍵を借りに来る生徒を、覚えていないと。そんな馬鹿な事があるのか。

「ええ。ただそれはね、藤原先生だけの事じゃないの。『貸したのは覚えているけれど、誰に貸したのかを思い出せない』って、口を揃えてそう言うのよ」

「そうそう、職員室いた先生達ね。なんでも、その時一緒にいたハズで、制服を着た生徒の誰かに確かに貸したし、その瞬間を覚えているのに、誰に貸したのかみーんな思い出せないんだって」


 覚えていない。

 それは間違いなく記憶の欠落があるということだ。

 犯人が持つであろう、その力。

「借りたのはやっぱり予告状の人なのかな……」

「まあ、そうだろうな。じゃなきゃそんな忘れ方はしないさ」

 旧校舎美術室は取り壊しされる予定のため、正直鍵があろうとなかろうと、大した話でもない。鍵が無いということによる違和感は、無くても支障があるわけではないという点で、先生の間では見逃されたらしい。

 ちらりと巴の髪形に目をやる。校則違反の長髪頭。

 ウチの学校のルールの甘さは、どうも管理体制の甘さにも出ていたらしい。

「あー、クソ。誰に貸したか分かれば一発だってのに、監視カメラとかないのか、ウチ」

「校舎内に監視カメラは少しディストピアめいてますね」


 死がこうしている間にも着々と近づいてくる中、対策は何もできていない。

 午前中に見た『今日の夢』にしてもそうだ。絶望的な精神状態で過ごした早朝は、フィルムに傷がつき、まともに見れたものではなかった。何度も何度も繰り返し見れば、犯人の特定はできるかもしれない。だがこれ以上寝込めばおそらく、早退を通り越し救急車を呼ばれる可能性がある。

 それはまずい。そうなっては策を講じようにも2人と話ができなくなってしまう。


「……巴。放課後は忙しくなるぞ」

 探偵と言うにはあまりに早すぎる決断かもしれないが、致し方ない。

 私は。死を遠ざける策は、もはや物理的解決に頼る他なくなった。

 

 

 

 


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