すべきでないは私のエゴⅡ
教室に戻ると赤崎は元気な様子を見せていた。
それを巴と少し遠くから眺め、ただひたすら悩んでいる。肝心なことや、大事なことを言い出そうにも、口と体の動かない自分の体は、つまり心という枷に蝕まれているから。
まだ何も知らない彼女。死が目前に迫っていることを、赤崎は知る由もない。
「手紙の事は話すべきだよ。赤崎さんにはその権利がある」
巴は言う。
「まだ赤崎さんは生きてる。手遅れなんかじゃないよ、サキちゃん。殺される前に犯人を見つけ出すんだ」
彼の口から出たのは至極尤もな意見。赤崎に伝え、万が一のために備えることができれば、少しは彼女が死ぬ確率は下がるだろう、と。その合間に私が犯人を見つけ出すことができれば、赤崎は死なず、事件は本当の意味で終わりを迎えることができる。
なるほどたった数日間の、けれどとても長く感じた赤い手紙の予告状は、確かにそれなら解決できるのかもしれない。
──ただし。それは私に、その力があればの話。
「……無理だ」
「無理?」
「わ、私には解決できない。もう、無理なんだよ巴……。手紙に、赤崎は死んだって、そう書いてあったろ? あの赤い手紙に書かれたことは必ず起こるんだ、今までと同じようにな。だから逆説的に、書かれたことはつまり、もう起こったことなんだよ。……だから、私がいくら手を尽くしたところで、犯人を見つけたところで、赤崎が死ぬ事実に変わりはない。何より私は、起こった事件を解決してきただけで、未然に防げたことなんか一度だってないんだ……。それはずっと見てきただろ? 手遅れだ。犯人を捕まえられるのは、赤崎が、死んだ後なんだからな……」
「っ、だとしても何にもしないわけにはいかないだろ!? 最初から負けだなんて、サキちゃんらしくないよ!!」
怒りとは違う、困惑の顔を見せる巴。落胆とも取れるその声色は、やはり赤崎に話すべきだと続けた。
当たり前だが、話すということはこういうこと。死が間近に迫り、喉元にナイフを突き立てられていると、そう教えることだ。
それは確実に、間違いなく尋常ではない心の負担になる。いつ死ぬかもわからない緊張感が、罪人でもない彼女を、死刑を待つ囚人のように苦しめるだろう。
ああもちろん。きっとそんなことは巴も承知している。その上で。
「赤崎さんは事件に関わりたいって、そう言ったんだ。紛れもなく赤崎さん自身の言葉でね。だから彼女には、もうその覚悟があるはずだよ。その意志を尊重すべきだ、サキちゃん」
──と、どこまでも自分本位にモノを考えていた私とは裏腹な、正しい言葉を放つ。巴のそれは冷徹にも聞こえるが、その本質はどこまでも突き抜けた誠実さ。
なんて素晴らしい。時に応じて、噓をつくことをしない人。心を深く考えたこの行動は、巴の人間性がいかなものかを示している。
そんな巴の強い光にあてられた私は、思わず目を背けた。
私は私に問われている。『では一体、この状況を生み出したのは誰なのだろうか?』問いの回答。すでに自己矛盾に答えは出ている。恋が狂気に変わって、殺人を厭わない化け物を生み出したのはほかでもない。
すい、と。後ろに目をやる。その目線の先、窓に映った自分の姿がそこに。
「──私以外に……誰がいるっていうんだ」
意識を埋め尽くす、ひどい目眩と吐き気がした。