1 運命の相手?
帝国歴503年、人類と魔族はいまだ戦いを続けいていた。
今より100年前、大陸北部に勢力があった魔族は大陸南部、西部、東部への同時侵攻を開始し、人類を始めとする敵対勢力と戦争状態となった。
そこで人類は当時最大の勢力だったブルーネ帝国を盟主として大同盟を結成、獣人、妖精族、岩窟族とも手を組み魔族へ対抗することに決め、数の差を生かし魔族を徐々に大陸北部へと押し戻し始めた。
しかし魔族は元来人類よりも肉体的、魔力的にも優れ更には個々が特殊な力を持っており、戦線は長らく膠着状態に陥っていた。
そんな状況も帝国歴502年好転することになる。人類側に勇者が現れたのだ。
圧倒的な力を持つ勇者はそれまで膠着していた戦線を一気に押し戻し、ついに100年前まで魔族領域と人類領域を隔てていたアストラス山脈にまで魔族を追い詰めた。
そしてアストラス山脈の麓で最後の決戦に挑む魔族、そして人類を中心とした同盟軍が戦いを始めるのだった。
「人間どもめ、殺してくれる!!」
「ぐ、確かに一1対1では魔族には敵わない、しかし力を合わせれば勝てるんだよ」
オークに襲われていた兵士は援護に現れた魔導士の攻撃に合わせ槍をオークの腹部に突き刺した。
響き渡るオークの叫び声。しかしその逆も然り。戦場には魔族、人類双方の血が流れているのだ。
「こんな不毛な戦いはすぐにでも終わらせなければ…」
そう、そのために俺はこの場所にいるのだから。
俺には生まれつき特殊な力があった。周りは神の加護だというがそんなことはどうでもいい。
5大属性すべての魔法を使用できる俺が生まれた理由はこの不毛な戦いを終わらせ、人類、そして魔族も平和に暮らす世界を作ること。それこそが勇者と呼ばれる俺の役目なんだ。
「獄炎!! 死にたくない奴は道を開けろ!!」
俺の魔法により一瞬で焼き尽くされた魔族達、それでも新たな魔族が再び道を塞ぐ。
魔族は魔王を頂点としたピラミッド式の力関係だ。つまり魔王を倒さないことにはこの戦いを止める術はない。
「かくなる上は…飛行!」
飛行は魔力消費が半端ではない。しかし魔王のもとにたどり着くには今はこの方法しかない。
空中にも翼をもつ魔族、人類側の魔導士が戦いを繰り広げている。
それでも地上に比べれば数は圧倒的に少なく、魔王を探すには最も最適な手段だ。
「この戦場で一番大きな魔力反応は…、あそこか」
アストラス山脈の中腹、そこには明らかに巨大な魔力反応があった。魔力量だけなら俺以上だ。
地上へと降りたそこには20体あまりの魔族がいた。
これまで見た魔族とは違い、全員が鍛えられた武器と防具を身に着けている。
おそらく近衛兵といったところか…。
「おのれ、ここまで侵入を許すとは! …その姿、貴様勇者 デイトナだな」
「へぇ、俺の名前を知っているのか、なら無駄な抵抗をやめるんだ。俺はこの戦いを止めることが出来るのなら魔族であろうと無益な殺生はしない」
「ふざけるな! 貴様に倒された同胞たちの恨み!」
やはり降伏する気はないか。なら俺も手加減はしない。
「待て!」
俺たちが戦いを始めようとしたその時、魔族達の中から一人の女性が現れた。
その瞬間、俺の中で何かが弾け飛んだ。なんなんだこの気持ちは…!
魔の前に現れた女性、腰まではある真っ赤な髪。額に生えた角が魔族であることを物語っている。
すらりと白く長い四肢、光り輝く装飾品から高位の魔族なんだろう。
その吸い込まれそうな深紅の瞳を見つめていると、鼓動が早くなる。
「今の話は本当なのか? 我らが戦をやめれば魔族にも手を出さぬと」
「はぁ、はぁ…」
「おい、聞いているのか勇者!!」
「…う、美しい」
「な、な、何を言っておるのだ」
「これほど美しい人がいるのか」
「……!! き、貴様少し来い!!」
彼女は俺の腕をつかむとその場から移動した。
これは移動魔法、転移門。これだけでこの女性がかなりの実力を持っていることがわかる。
俺たちはアストラス山脈の頂上へと移動していた。
「はぁ、はぁ、ついこんな場所に転移してしまった。これも貴様がふざけたことを言うからだぞ!」
「ふざけたこと? 俺は本心を言っただけだ」
「ま、またそんなことを言って…」
彼女は自身の髪にも負けないほど頬を赤らめている。
うん、すごく可愛い。
「まぁいい。勇者よ、まじめな話をしよう。人類が魔族へのこれ以上の攻撃をせぬというのであれば戦いをやめることを約束してもよい」
「確かにそれは願ってもない申し出だが、少し都合がよすぎる気もするな。この戦いは元々魔族が人間に攻撃をしてきたから始まったものだろう」
気を取り直した俺の言葉に彼女は表情を少し強張らせる。
「確かにそうだ。先々代の魔王であるお祖父様が始めたこの戦いには大義はなかった。だからこそ私がこの手でこの戦をやめなければならないんだ」
彼女の言葉に嘘はなさそうだ。魔族の中にもこういった考えを持っている人がいるのか。
ん、ちょっと待てよ? 今なんて言った??
「お祖父様だって?? それって」
俺の言葉に彼女はさも当たり前かのように答えた。
「だから先々代の魔王だ。私は現魔王の娘、ルシャロット・リ・ヘルマンである」
「…まじですか」
どうやら俺が恋した相手は魔王の娘だったらしい。