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085話 仮面の男の策略

 帝国歴301年9月夜。

 ビノラ王国の上空を、仮面の男が飛竜に乗って飛んでいる。


「飛竜から見下ろしていて気づきましたが、このオルシエンヌの町に大きな建物が建ちましたね。あれは一体何でしょう?」


 飛竜で国境を越えることはどの国においても違法であり、仮面の男は誰にも見つからないよう、闇夜に紛れて飛んでいた。

 山間部に降り立ち、隠れ家に飛竜を隠す。


挿絵(By みてみん)


 翌朝、馬に乗り替えてオルシエンヌの町まで視察に行った。


「ほう。巨大な倉庫のようですね。中には一体、何を保管しているのでしょう?」


 近くの家の陰に身を潜め、出入りする馬車の様子を窺う。

 建物の敷地は壁で囲まれていて入り口には門衛こそいるが、とくに建物の内部を隠そうとする建て方はしていない。門から建物の扉までは真っ直ぐ繋がっていて、扉さえ開けば、その周囲に何があるのかが見える構造になっている。


「あの馬車が近づけば、扉が開くでしょう……」


 荷物を満載しているのか、二頭立ての荷馬車なのに、その動きは鈍い。じっと見ていると、ようやく扉が開いた。


「あれは、食料ではないでしょうか? しかも、我々が提供している物とは異なりますね。どこで手に入れたのでしょう?」


 扉の向こう側、建物の中は倉庫のようで、見える範囲には食料らしき物があった。


 建物の中のことがわかったので、その辺りにある露店に行き、情報を収集する。


「失礼。その木皿を一つ頂きましょう。ところで、あの大きな建物は何でしょう?」


 提示されている金額よりも多めに支払い、そのまま店主に握らせる。


「毎度! あれかい? あれは倉庫さ。ここに食料を集めて国中に分配しているらしいですよ」


「国中に食料を分配ですか? そのような余裕はないと思うのですが」


「なんでも、エイクス帝国から大量の援助が届けられているって話ですよ。おかげさまで、俺たちも、まともに食えるようになりましたよ」


 王都から遠いこの町では、仮面の男から支給される食料は、そのほとんどが末端の市民にまで届いてはいなかった。

 仮面の男からの援助品は一旦すべて王都マルシーに入り、そこから各地へと分配されていた。しかしその量は少なく、地方都市では私欲の強い支配者層で止まっていたのだ。


 それに対して帝国からの支援物資は量が多く、その搬入頻度も高い。

 帝国における物流基地であるハイラントの町には大きな倉庫があり、潤沢に物資が蓄えられていて、絶え間なく物資を供給できている。

 そのため、支配者層で止まることなく、末端の市民にまで食料が行き渡っていた。


「エイクス帝国が、食料援助を、ですか?」


「ほら、あの馬車を見てくださいよ。あれは帝国の馬車ですよ」


 帝国に雇われているであろう運送屋の荷馬車の列に交じって、正規の帝国の紋章の入った荷馬車が並んでいる。


「なるほど。事実のようですね。教えて頂いて、ありがとうございました」


 仮面の男は礼を言ってその場を去った。


(エイクス帝国は、まるで私が行おうとしていることを知っているかのように邪魔をする……)


 仮面の男は飛竜で王都マルシーに向かった。



 ロジェ城の謁見の間で。


「このたびはお目通りを叶えて頂き、ありがとうございます」


「よい。面を上げて用件を申してみよ」


 ベルナール王は、仮面の男がどのような用件でここに来たのかを知っているのだが、あえて尋ねてみた。

 片膝をついたまま顔を上げる仮面の男。


「はっ。増量しました支援のほうは、滞りなく、届いていますでしょうか?」


「それについては届いておる。すべてきちんと倉庫にしまってある」


「しまってある、とは、理解に苦しむのですが、何か問題でもございましたか?」


 仮面の男はオルシエンヌの町で情報を得たことによってすべてを察している。それでも、わざととぼけてみせる。


「うむ……。積もる話もあるだろう。続きは部屋を変えて話すとしよう」


 王族専用の応接室に場所を変え、会談が続けられる。


「さて、先ほどの続きだな。貴団体から頂いた物資についてだったな。それは、すべて貴団体へ返そうと思っておる」


 顎ヒゲを触りながら話すベルナール王。


「それはどうしてでしょう?」


「その理由を言う前に、一つ尋ねてもよいかの?」


「なんなりとお尋ねください」


 仮面の男はゆっくりと頷いた。


「エイクス帝国で困っている貴族とやらを、ここビノラ王国に避難させてはいかがかな?」


「それにつきましては、前回お会いしたときに申し上げました通り、秘密裏に移動させることは困難な状況なのです」


「ほう……」


 ベルナール王は片眉をやや上げ、試すような声を漏らしてから続けた。


「実は、エイクス帝国において、強力な伝手を得ることができてな。両国間において、貴族の移動を自由に行えるように条約を締結したのじゃ」


(エイクス帝国の手が、こんな所にまで回っているのですか……)


 仮面の男は、自身の予想を超える事態に、焦りを覚えた。


「そうですか……。それではその貴族たちには、自由に移動してもらうことに致します」


 もともとが作り話であり、反論して偽りがバレる前に話を合わせた。


「総裁、あれを持ってきたか?」


「はい、こちらに」


 丸いメガネの総裁は、厚紙で綴じられた冊子をテーブルの上に置く。その厚紙を開くと、表紙には署名が見られた。


「実はな、我が国ビノラ王国とエイクス帝国は同盟条約を結んだのだ」


 その冊子は同盟条約の文書であり、署名はテイン皇帝とベルナール王のものだった。


「そのようなことが! すみません、取り乱しました……。失礼ですが、両国は長年敵対関係にあったと記憶しておりますが、いきなりの同盟締結とは、いささか、早すぎる決断だったのではないでしょうか?」


(エイクス帝国は先手、先手を打ってきます。何故でしょう?)


「帝国の皇女殿下が直々に同盟締結に参ったのじゃ。長年の感情を水に流そうと。そして、まさに、恵みの雨をもたらして、悪意を水に流してくれたのじゃ」


(ええい! 帝国の皇女は神通力を持つのですか!?)


 流星の飛来を予言し、弾き飛ばしたのも皇女ユリィが成した奇跡だと聞いている。


「そういうことで、帝国に侵攻することは取りやめにしたのだ」


「頂いている物資はすべてお返ししますので、後ほど、お引き取りのご相談をしたいのですが……」


 総裁が困り顔で尋ねる。


「わかりました……。提供しました物資は、そのままお使いください。引き上げるのも大変ですので。これをもちまして、我々からの物資の提供は打ち切りとさせて頂きます」


「承知した」


 仮面の男の策がまた一つ、ユリィによって破られた。

 会談を終えて、ロジェ城を後にする。


(こうしてはいられません。すぐに次の手を用意しないと間に合いませんね)


 仮面の男はすぐにシレッド獣国へと飛んだ。



「おおう! L・アドベントの者だな。よくぞ参られた」


 獣都ゴンゴーにある武骨な城、ガナムーゴ城。その謁見の間で獣王バルバスとの会談に臨む。


「このたびは、支援状況の確認と、大事なお話をしに参りました」


 支援している食料がどうなっているかなど、この際、どうでも良かったのだが、建前上、第一の話題としてあげた。


「大事な話だと? おい、応接室を空けろ!」


 前回の続きだと察した獣王バルバスは、近くに立つ文官に仮面の男を応接室へと案内させる。


「待たせたな。コレは面白いな」


 応接室に入るや否や、そう言って、前回の会談で受領した魔道具を握って発動させる。

 すると、獣王バルバスは仮面の男の影に入り込んで消えた。


「ガハハハ」


 そして、大きな声とともに、するりと立ち昇るように影から出てきた。


「使いこなせているようで、なによりです」


「これがあれば、城への侵入など容易たやすい。俺様に任せれば、万事うまくいく」


 その言葉を聞いて、仮面の端がキラリと光る。


「本日は、その、獣王バルバス様が事を成された後についてのご相談に参りました」


「うむ? まだ何かあるのか?」


 帝都マドーズからの脱出経路などについては、既に説明を受けている。

 ただ、獣王バルバスは、エイクス帝国のテイン皇帝を暗殺することで、何が起こるのかを理解していなかった。影に潜んで行うことだから、犯人として露呈することはないと思っているのだ。


「少々状況が変わりまして……。獣王バルバス様におかれましては、軍備を整えて頂きたいと存じます」


 最初からシレッド獣国には軍隊を用意させる計画ではあったが、その数を、当初の予定よりも遥かに多くしないといけなくなった。


「暗殺に軍隊は必要ないだろう?」


 犯人が特定できなければ、シレッド獣国で軍隊を用意する必要はない。


「影に潜んで頂き、さらに特別な帽子をかぶって頂き、尻尾も隠して頂きます。このように、犯人として特定されないように万全を期するのですが、万一に備えて、軍隊を用意して頂きたいのです」


「そうか? 兄弟たちには土木作業ばかりさせているからな。たまには軍隊遊びをさせてやるのも、悪くはないな」


「はい。獣王バルバス様の威光を世に知らしめるため、最大級の兵力を用意して頂きたいのです」


「おおう! 俺様の軍隊だな! 武辺者をズラリと並べてやるぞ!」


 威光を世に示す必要などまったくない。それでも、脳筋な獣王バルバスは、褒められているような気分になって承知してしまった。


「ありがとうございます。軍備に必要な物資や食料は、追加で支援致しますので、後ほどの到着をお待ちください」


(シレッド獣国の方にはエイクス帝国の皇女の手は回っていませんでしたか……)


 仮面の男は一安心し、会談を終えた。

 この日以降、シレッド獣国は急速に軍備を整え始めるのだった。



 エイクス帝国とシレッド獣国との境にあるヒカベ要塞。

 仮面の男のもう一つの策である、ヒカベ要塞の司令官の買収は、不発に終わった。

 本来であればエイクス帝国東部は洪水と流星の被害に見舞われ、貧困にあえぐことになっていたはずで、そこに領地のある司令官については、簡単に買収が進む予定だった。


(秘術を使ってもたらした大雨、日照り、流星、噴火。それが役に立たなかったとは滑稽ですね……。まあ、策が思惑通りに行かないこともあるのです。シレッド獣国が全軍をあげて動くだけでも良しとしましょう)


 洪水も、流星もユリィによって阻止されたことであり、ユリィは謀らずとも、仮面の男のヒカベ要塞司令官の買収の策を破っていたのだ。

 ユリィによってことごとく潰された策略。それでも、仮面の男は諦めてはいない。

 運命の時は近づいている――。

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