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083話 聖女アリシア

「トモリン様。それでは、そろそろ奇跡の癒し、キコウ術をお見せ頂けますでしょうか?」


 トモリンがフォークとナイフから手を離したのを見た教皇は、頃合いだと思い声をかけた。


「へ?」


 そのことをすっかり忘れていたトモリンは、滅多に味わえない豪華な料理を、自らの許容量を超えるぐらいに腹に詰め込んでいた。


 教皇など、他の面々が目を輝かせて立ち上がったので、仕方なく、トモリンはお腹を重たそうにして椅子から立ち上がった。


「うぷっ」


 もう一人、食べ過ぎの貧乏貴族がいた。なお、ゲルダは食べ過ぎになる前に自重していたので、平気な顔をしている。


 食堂を出て、広い大聖堂の中、教皇の後ろをゾロゾロとついて歩いて行く。


「こちらになります。アリシア様、入りますよ」


「いいですよー!」


 教皇が扉をノックすると、元気な返事が返ってきた。

 扉を開けて中に入ると、そこには白い布のパーテーションがいくつも立ててあるのが目に入った。


「フェルっち、そんなにたくさんで、何か用ですか? 新しい患者さんですか? 今日は予約でいっぱいなのです」


 ピンク色のボブカットの少女が、パーテーションの中から現れた。

 そして少女はトモリンとミーサの顔色を見て、二人のことを病人だと思った。実際は病気ではなく、食べ過ぎだ。


「こちらは聖女アリシア様になります」


 教皇が少女のことを紹介する。この国において聖女は教皇と同格なのだが、古来より聖女を尊敬する慣わしがあり、「様」をつけている。


「アリシア様。こちらが、女神の使徒、ユリィ皇女殿下とトモリン様です」


 教皇がユリィとトモリンに腕を差し向ける。


「えー? コレが使徒様ですか? 羽が生えてないのです」


 トモリンの後ろに回り、背中をペシペシ叩くアリシア。


「使徒様に羽があるというのは、聖典における記述ですから、何かの比喩とかなのでしょう。例えば、トモリン様が空を飛べるとか……」


「わわわ……」


「「「「おお!」」」」


 突然、トモリンが浮かび上がった。

 それを見て、一緒に来た神官たちが大いに驚いている。

 実は、浮いた本人が一番驚いていたりする。


「女神の使徒様の、奇跡の御業だ……」


 一生懸命記録をする神官たち。


『浮いている姿を見たそうにしてたから、浮かせたんだコン』


 奇跡の犯人はココナだった。神官たちにはココナの姿は見えないし、声も聞こえない。だから、トモリンの起こした奇跡だと思い込んでいる。


「女神の使徒様、認定確定なのです! えっと……」


「私は、トモリンだよ!」

「ユリィよ」


 ちょっとお腹が苦しいのを隠してにこやかな顔をする不自然なトモリンと、通常顔のユリィ。


「私はアリシアです。トモっちとユリっち、よろっちなのです」


「アリシア様。これからここで、トモリン様が奇跡の御業で病人の治癒をなされます。ですので、重篤な方を紹介して頂けませんか?」


「女神の使徒様の奇跡ですね! 見たいです! うーんと……」


 アリシアは後ろを向いて歩きだした。


「この人にするのです! この人が一番天国に近いのです!」


 二つパーテーションを通り過ぎ、三つ目でピタリと止まるとパーテーションをずらして中に入り、手招きする。


「任せて! ばばーんとやっちゃうよ!」


 トモリンが走って行った。


「デ、デリカシーってものは、ここにはないのか!?」


「ええ……」


 頭を抱えるミーサとユリィ。

 パーテーションの中では。


「うわー、ボコボコがたくさんあるね!」


「もう、治る見込みがないのです……」


 再び配慮の足りない言葉が飛び交う。


 遅れて教皇やユリィたちもパーテーションの中に入る。人数が多いため、通路側のパーテーションを外すことで、全員が見えるようになった。


 トモリンが病人に向けて手をかざそうとしたところで。


『トモリン。これは魔法で癒すほうが確実だコン』


「そう? それじゃあ、魔法でやっちゃうね!」


 そして、病人の頭の傍にある花瓶に目を向ける。


「これ、使うね!」


 その花瓶を載せている台をベッドの横にずらし、それから木の杖形状のスティックを手に握った。


「おお! それはもしや、聖なる杖では!?」


 教皇は動転して、背後のパーテーションを倒しそうになる。


「神器が、三つの神器が揃っているのですか!?」


 神官たちが驚愕の顔でトモリンのスティックを瞠目する。


『これは聖なる杖ではないコン』


 肩の上のココナが否定するが、その声は教皇たちには聞こえない。

 そして、病人を癒すことに集中しているトモリンは、そんな外野の声は耳に入っていなかった。


「全力でやっちゃうよ! そこのお花さん、苦しむ病人さんを葉っぱで包んで、キラーンと癒してあげて!」


 すると、花瓶の花の葉が二枚、大きく伸びて病人を包み込んだ。

 そのまま病人を宙に浮かび上がらせると、葉の周囲がキラキラと光り輝きだす。そして、葉そのものも白く発光する。


「ななな! これがトモっちの奇跡!?」


 長い時間、葉は輝き続けた。

 やがて光が収まると、ゆっくりと葉が垂れ下がり、病人を優しくベッドへと滑り降ろす。


 病人の近くに詰め寄る神官たち。


「おお! 治っています! これが女神の使徒様の奇跡の御業!」


「ぬぬぬ! な、治っちゃいましたよ!? 全部、ぺちゃんこになっちゃったのです!?」


 アリシアは病人の服を捲り上げてその変化を確認している。


「あんなにたくさんあった腫瘍が、跡形もなく消えています……」


「このようなことが現実に起こりえるとは……。まさに奇跡!」


 感動に打ちひしがれながらも、神官たちはことの成り行きを必死になって記録している。


「トモリンさん、とんでもないです~」


「歓談の席では冗談かと思って聞いていたが、実際に目の前で見せられると、もはや、同じ皇女近衛騎士とは思えない、神懸かりの偉業だ!」


「聞くのと見るのとでは、大違いです。凄いとかとんでもないとかという域を超えています。本当に奇跡です」


 神官たちだけではなく、城勤務の皇女近衛騎士たちからも、称賛の嵐が巻き起こる。


「こ、これは奇跡です! トモっちは異常なのです! 私はこれでも第五階級の回復魔法使いなんですよ!? コブ一つ治すのに何回もかかるのに、トモっちは一回でたくさんのコブを全部治しちゃいましたよ!?」


 アリシアが腫瘍一つを治すのには複数回の施術が必要だ。それなのにトモリンは、たった一度の魔法ですべてを綺麗に治してしまった。


「はぁはぁ……。天国の近くって、ここからは結構遠いんだね……。戻ってもらうのに、ちょっと、疲れちゃったよ」


 魔法を発動すると、術者にはその威力に応じて疲労が蓄積する。全力状態を長時間維持していたため、トモリンは体力の限界にきていた。


「う……。あ、あれ? わ、私は今まで……?」


 病人が意識を取り戻した。

 ベッドの上に横たわったまま、首を横に向けて周りを見る。


「こちらの、女神の使徒トモリン様が、あなたの病を奇跡の力で癒されたのです」


 教皇が病人に寄り添い、優しく語った。


「女神の使徒様……? ええ!? 女神の使徒様!? なんということでしょう……。女神の使徒様がご降臨なされ、再び私に生きる時間をお与えくださったのですね……。感謝致します」


「よかったですねー。家族に迎えに来るよう連絡を入れますからねー。チミは解放なのです!」


 その言葉を聞いて、この場にいた神官がサササっとパーテーションの外に出て、病人の家族に連絡をつけに行った。この国において、聖女は教皇に並ぶ権力者なのだ。


「……トモリン様。このご恩は、一生忘れません……。頂いたこの命で、女神様の慈愛の御心を世に広げるべく、全身全霊をもって献身致します……」


「まずはゆっくりお休みください。あなたは、治癒したばかりなのです。無理なされぬよう……」


 無理に起き上がろうとする病人を制止する教皇。


「トモっちも休むのです! ここは人がたくさんいるから、私の部屋に行くのです!」


 アリシアは疲れ顔のトモリンの手を引いて部屋から出て行った。疲れている者をいざなうには、少し速い歩速で。


「我々も参りましょう」


 病人のいる部屋を出て、二つ隣の部屋へと移動する。

 広い部屋の一角で、豪華なソファの中央に、でーんと、だらしなく座るトモリン。疲れと満腹の苦しみの両方を体現しているのだろう。


「お疲れのところ失礼しますが、奇跡のキコウ術についてお尋ねしてもよろしいですか?」


 トモリンの対面側に腰かけると、教皇は口を開いた。


「うん、いいよー」


「歓談の場で教えて頂いた内容と、大きく異なる部分があるのですが、帝国におかれましても、花瓶の花を使われたのですか?」


 後世に語り継ぐ伝記になるのだ。内容には正確を期したい。


「花は使ってないよー。あっちはキコウ術で、今日のは魔法だよ?」


「トモっちの魔法は異常です! あんな回復魔法、見たことないのです!」


 アリシアが声を荒げる。

 そして、記録する神官たちの目が一斉に輝く。

 そんな視線を気にせず、トモリンはテーブルの上に用意されたお菓子を頬張る。

 甘い物は別腹なのか?


「トモリン様は、二通りの奇跡の癒しを行使できるのですね?」


「えっとね、今日のは魔法だけとキコウ術なんだよ。魔法にキコウ術を混ぜたの」


 イエスともノーとも判断のつかない答えだったが、教皇はそれをイエスと捉えた。


「回復魔法にキコウ術を混ぜると、草木を操ることができるのですね?」


「違うよー。お花さんに手伝ってもらうのが回復魔法だよ?」


「ごほん。トモリンは木属性魔法が使えるのです」


 トモリンが的を得ない回答ばかりするのを見かねて、ユリィが捕捉説明をした。


「なんと! 人族で木属性魔法を! しかも、木属性魔法で癒しをできるとは聞いたこともありません」


「トモリンだから、でいいんじゃないのか?」


 ミーサも、問答を見ているのが面倒になって、結論を急いだ。


「そ、そうですね。女神の使徒様だからこそできる御業。納得がいきました」


 教皇が質問を諦めたところで、司教が教皇の耳に小声で何かをささやいた。


「おお、そうでした。想像を遥かに超える回復魔法でしたので、肝心なことを忘れておりました。アリシア様。今後はトモリン様とともに行き、世界を災厄から救う手伝いをお願いしたいのです」


「もちろんです! でもですね、すぐには動けないのです。患者さんがいっぱいなのです……」


「大陸の全人類を救うことと、ここに集う病人の癒し。どちらが重要なことかは、アリシア様もご存知でしょう?」


 教皇は、真剣な眼差しでアリシアを見る。


「両方大事だよ! 私が全部、癒してあげるから、アリシアちゃんは、どーんと大船に乗ったつもりで大丈夫だよ!」


(トモリンとアリシアが二人で船に乗ると、間違いなく沈むぞ……)


 天然臭全開の二人が乗るのは泥船に違いないと思うミーサ。


「そうですか……。トモリン様がそうおっしゃるのであれば、こちらにしばらく滞在して頂いて、それから救世の旅へと赴かれますよう手配致します」


「トモリン! 帝国に帰りましょう。ここに居てはいけないわ」


「ユリィちゃん。困っている人がたくさんいるんだよ? 私にしか治せないんだよ?」


 ここにトモリンを残しては、以前の体験の再現になりかねない。だから、ユリィはトモリンの考えを改めようと試みる。


「癒しを行うと疲れるでしょう? もうすぐ夏休みが終わって、魔法学園の授業が再開するわ。平日は帝国で授業を受けて、休日にこちらに来れば、疲れも溜まらなくて済むと思うけど、どうかしら?」


「うーん……。そだねー、そうするよ!」


 今日の癒しがトモリンを本当に心底疲れさせたようで、それが毎日続くことを想像して、帝国に帰る選択をしたトモリン。

 ユリィは、ほっと息を吐く。


「えー! トモっち、帰っちゃうんですか!?」


「まだ夏休みだから、もうしばらくいるよ?」


「トモリン様のために最上級の高速飛竜を用意致しましょう。移動に日数を取られては、治せる者も治せなくなりますので」


「それについては、用意して頂かなくても大丈夫です。トモリンは転移魔法を使えますので。しかし、このことについては、質問をお控えください。女神の使徒として、秘密にしないといけないこともあるのです」


 チラリとトモリンの顔を見るユリィ。

 トモリンは悟った。同調しろ、の合図だと。


「そだよー。質問はナシだよ!」


「そうです! トモっちは秘密が多い方が魅力的なのです!」


「記録に残さない方が、よろしい、と?」


「転移魔法を使える、と記録されるのは構いません。その詳細を詮索されないよう、お願いします」


 トモリンの聖ファサラン国への残留阻止と、ココナの情報が拡散することを防止できたユリィは、ひとまずの不安要素を回避することができた。


(トモリンがこの国に残らなければ、聖ファサラン国が帝国に攻め込んでくる可能性は低くなることでしょう)


 ただ、トモリンが聖ファサラン国への出入りを続ける以上は、不安要素がゼロになることはない。まだ心が休まらないユリィだった。

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