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072話 情勢を変える晩餐会

 帝都における騒動が沈静化した頃。

 以前の悪魔の使い騒動のときに駆けつけた司祭が現場を訪れ、怪我人の手当てをしはじめた。

 悪魔との戦闘で時間をとられたこともあり、その場は司祭に任せ、ユリィたちは城へと向かった。


「急ぎでの呼び出しって、一体何があったのかしら?」


「城の中でも悪魔騒動が起きているのではないでしょうか?」


 馬車を降り、城の扉の前に行く。

 開閉を担う者が大きな扉を開くと、その向こうにいたメイドが、ユリィたちを案内する。戦闘で遅れたにも関わらず、メイドはずっと待っていたようだ。


 メイドの後をついて行くと、向かった先は大食堂だった。


「会議室ではないの?」


「こちらにお連れするよう、言いつかっております」


 大食堂の扉を開くと、中にはテイン皇帝のほか、皇妃、側室であるドリス、サンテン第一皇子、ナーティ第二皇子が席についていた。壁際にはオイゲン宰相と文官が立っている。


「おお、ユリィよ。遅かったな」


 テイン皇帝が席を立ち、両手を広げて歓迎する。

 その右隣で、ドリスが目を丸くしてユリィを見ていた。

 ドリスが会食の場に来ていることが珍しく、ユリィも少し驚く。ドリスはいつも後宮にいて、そこから出てくることはないからだ。


「少し、騒動があって遅れたわ」


「そうか。帝都の治安が行き届いていないのじゃな? おい、オイゲン! ユリィに手間をかけさせるとはどういうことだ!」


「はっ! すぐに詳細を調べて参ります」


 壁際に立っていたオイゲン宰相が退室していった。


「それでお父様。今日はどういった用向きなの?」


「おお、ユリィよ。まずは、座りなさい」


 ドリスがいるため、今日はいつもと席順が異なる。

 皇帝の右手側に皇妃が座り、その前の長いテーブルにナーティ皇子が座っている。ユリィはその隣となる。

 なお、皇帝の左手側にはドリスが座り、その前の長いテーブルにはサンテン皇子が座っている。


 トモリンたち皇女近衛騎士には退室を促されたが、トモリンだけ残るよう、ユリィが取り計らい、ユリィの後ろに立つことになった。


「今日は祝いの席じゃ」


 ユリィが席に着くと、テイン皇帝が口を開いた。


「何の祝いかしら? 今日は特別な日でもないわ」


「ユリィは、わからないのですか?」


「全知の皇女でも、わからないことがあるのだな」


 ナーティ皇子とサンテン皇子がにこやかに話す。


「兄様たちには、わかるのかしら?」


「ふふふ……。それは……」


「今日は、ユリィがドラゴン連山の噴火を予知し、それを見事に的中させた祝いなのじゃ!」


 ナーティ皇子の言葉を遮って、テイン皇帝が大きな声を上げてグラスを掲げる。

 皇妃や皇子たちもグラスを掲げる。


「お父様、ちょっと待って。ドラゴン連山が噴火したのよ。こんなことをしている場合じゃないわ」


「流星のときは急だったが故、正式に祝うことはできなんだが、今回はずいぶん前から聞かされておったからのう。祝いの準備もすぐに整ったのじゃ」


「そうじゃなくって。火山の近くに住む人たちは、食べる物もないはずよ。このようなときに、私たちが宴を開くのは、為政者として正しいことではないわ」


 前の世界線での逃避行。食べる物も碌になく、苦しんだ。

 災害から逃げる民は、同じ思いをしているに違いない、そう思うユリィ。

 それに、トモリンと出会うことで、人の上に立つ者が取るべき行動、あるべき姿に気づかされていた。


「今は、ここにある食料を、少しでも被災地に届けることこそが為政者の務めだと思うわ」


 テイン皇帝をじっと見つめて話したあと、目を閉じて俯き気味に首を横に振る。

 ユリィの態度に、掲げたグラスを下ろし始める面々。


「ユリィ、どうしたんだい? よその領地で起きていることなんて、関係ないでしょう」


「そうだな。火山の近くに皇族の直轄領はない。俺たちは気に病むことなどないはずだ」


「それが……、その考え方が帝国を滅ぼすのよ」


「おお、ユリィよ。今日は疲れておるのじゃな? 少し休んで、宴は明日にでもするか?」


 娘の機嫌を損ねたのではないかと、オロオロするテイン皇帝。威厳など、どこかに消え去っている。


「お父様。私が全知の皇女だと言うのなら、信じて。そして考え方を変えて欲しいの。そうすることで、帝国は滅亡から免れるわ」


「ユリィは、帝国が滅亡すると予言するのか?」


 テイン皇帝が、躊躇い気味に尋ねる。


「祝宴の場で、縁起でもないですね……」


「ユリィは疲れているのだろう。この帝国が滅亡するはずがない」


 帝国はこの大陸で一番大きな国。軍事力もあり、経済力もある。滅亡する理由など見当もつかない。


「それでしたら、その全知の皇女とやらの能力を披露して頂けませんこと?」


 ドリスが口を開いた。

 そして、手を二回叩く。

 すると、ワゴンに載せられた料理らしき物が運ばれてきた。

 クローシュ(銀色の半球状の蓋)がかぶせられ、中は見えない。


「全知の皇女であれば、この中身ぐらい簡単に当てられるでしょう? さあ、言い当ててごらんなさい」


『あの人は、ユリィの化けの皮を剥がしてやるって思っているコン』


 人の考えを読み取れるココナが、ドリスの思いを声にする。

 もちろん、それが聞こえるのはトモリンとユリィだけだ。


「言い当てれば、私の言うことに従ってくれるのかしら?」


「おーほほほ。もちろんです。自身で実際にクローシュを開けて、それが合っていると証明されれば、ですが」


 黒い笑みを浮かべてユリィを見るドリス。


『蓋を開けると危ないコン。中身は毒ヘビだコン』


 それでも、自身でクローシュを開けるのが条件になっているため、ユリィは何か良い方法はないかと考える。


「中身は、毒ヘビよ」


 その答えに、ドリスはびくっと肩を震わせる。


「母上が、まさか、そのような物騒な物など入れないだろう」


「ヘビは嫌ですね」


 サンテン皇子が、ひゅーっと口笛を鳴らして話す。

 そして、ナーティ皇子は単純にヘビが嫌いだった。


「ドリス、そうなのか? そうだとすると、イタズラにもほどがあるぞ?」


 テイン皇帝は顔をしかめてドリスを見る。


「おーほほほ。まだクローシュは開いてませんから、答え合わせは早いですわ」


 ドリスは少々汗をかきながら、クローシュを開けるよう促した。


「ええ。今開けて見せるわ。強大な力を秘める大地よ、すべてを打ち砕く鉄槌となりて彼の者を打ちのめしたまえ。アイアンスマッシュ!」


 ユリィが魔法を唱えると、大きな鉄槌が空間に現れ、ワゴンごと壁に向かって叩きつけた。

 ペシャリと潰れたクローシュは、壁から落ちると、その中でヘビが悲惨な状態になっていた。


「おお、なんということじゃ! ドリス! これはどういうことじゃ!」


 本当は帝都で悪魔によってユリィを仕留めるつもりだった。しかし様子を見ていた者からは、悪魔は退治されたと報告が上がった。

 そこで、急遽、第一皇子派の貴族の屋敷で飼っている毒ヘビを調達し、この場で使うことにしたのだった。

 時間がなく、あまりに短慮な計画だった。成功しても失敗してもドリスに疑いがかかる。これには、実はカスパルの知恵が混ざっていた。


 現地で解放されたカスパルは、怪我人の手当てをするユリィたちよりも先に城へと戻っていた。それは、ユリィの指示によるものだ。

 ただ、詳細な指示は一切していない。ドリスが黒幕である証拠を示すようにと指示を出しただけだった。


「こ、こんなイタズラは誰がやったのですか? 私が用意した特別な祝いのケーキとすり替えたのは、誰ですか? 調理場にある物をすり替えることができるのは……、メイドね! メイドしかいないわ! 早くメイドを捕まえてらっしゃい!」


 扉の傍にいた皇帝の近衛騎士が、料理を運ぶメイドを捕らえに部屋を出た。

 毒ヘビによる暗殺が失敗したら、メイドのせいにするのは、カスパルに誘導された第一皇子派のシナリオ通りだった。


「失礼します」


 オイゲン宰相が戻ってきた。


「調査した結果を報告してもよろ……、おお!? この惨状はどうされたのですか!?」


 壁際に散乱するワゴンの破片。それを見てたじろぐオイゲン宰相。


「なんでもない。オイゲン、調査結果を申せ」


「実は――」


 帝都の大通りで、ユリィたちが悪魔に襲われたこと。

 それはドリスを筆頭とする第一皇子派が企てた物。

 カスパルが実行犯だったこと。

 オイゲン宰相は調べたことについて要点を整理して報告した。


「それで、カスパル卿を連行した次第です」


 オイゲン宰相が振り向くと、両手を縛られたカスパルが、衛兵二人に連行されてきた。

 なお、カスパルは犯人ではあるが、オイゲン宰相と同様に上級貴族なので「卿」を付けて呼んでいる。ちなみに、下級貴族の場合は敬称は「殿」になる。


「救世主様、それと皇帝陛下。誠に申し訳ありませんでした。わたくしの犯した罪は斬首に値します。どうか、この場で切り落とし下さい」


 清々しい顔で罪を認めるカスパル。

 流星事件のこともあり、この場ではオイゲン宰相とユリィ、トモリンを除いて全員、「救世主様」とはユリィのことだと思っている。


「ええい! ユリィを! 我が娘を手に掛けようとしたじゃと!? 斬首じゃ! この場で今すぐ斬首じゃ!」


 青筋を立てて怒るテイン皇帝。血圧は高めだ。


「お父様、待って!」


「何を止める。ユリィよ。あやつはお前の命を狙ったのじゃ。命をもって償うのが妥当じゃろう」


「カスパルには、その一生をかけて償ってもらうわ。オイゲン宰相の元で身を削って働かせることで、犯した罪以上のことをしてもらうのがいいと思うの」


 まだドリスが黒幕だと明かされていない。ここで斬首刑にされたら真実が隠されてしまう。なんとしても、それは避けたい。


「命を狙ったのじゃぞ? またいつ悪事を働くかわからぬ奴を生かしてなどおけぬ」


「お父様、あの目を見て。もう、悪いことなど一切しないわ」


 この世の悪事など一切知らない、純粋無垢な透き通るような瞳。それがうるうると輝いている。


「うーむ……」


 テイン皇帝とカスパル。じっと見つめ合う二人。

 ほわっとした球状の泡が、パステル色に染まった空間にたくさん浮かんでいるような気がする。ただ、二人の間に愛は生まれてはいない。


「ゴホン。お取込み中ですが、不肖ながらオイゲンからも一言よろしいですかな?」


 トモリンを見て、こちらもほわっとなったオイゲンが、皇帝とカスパルの二人だけの世界に割り込んで行く。


「む? オイゲン。なんだ、申せ」


「カスパル卿は、既に救世主様により、改心するに至っておりますれば、二度と悪事は働きますまい。彼をオイゲンめに預けて頂ければ、相応の償いをさせましょうぞ」


「救世主……、ユリィが改心させたと言うのか?」


「え、ええ……。カスパルを捕らえて心の隅々まで清らかになってもらったわ」


「ひえぇ! ユリィ怖ーい。僕はユリィを怒らせないように誓います!」


「一体、どんな体罰を課したのだ。よほど過酷な物だったに違いない。俺もユリィを怒らせないようにしないといけないな」


 両皇子が身震いし、ユリィに畏怖の念を抱く。

 実際には改心させたのはトモリンの魔法によるのだが、その辺りは公開されておらず、また、救世主はユリィだと誤解しているので、この場の面々は、すべてがユリィの所業だと思っている。


「救世主様は、新しい世界を見せてくれます」


 カスパルが、ややこしいことを言った!


「新しい世界とな……。カスパルは、い、痛いのが好きなのじゃな?」


「体の痛みも、心の痛みも、すべてが輝く世界に変わりました!」


 それを聞いて、両手で頭を抱えるテイン皇帝と、両手を組むようにして肩を押さえ震える両皇子。


「メイドを捕らえて参りました!」


 近衛騎士がメイドを拘束して連れてきた。


「違います! 私はしていません!」


「黙れ! 皇帝陛下の御前なるぞ!」


 泣きながら体を大きく振るわせて訴えるメイド。

 そして、近衛騎士がその頬を殴りつける。


「そちらのメイドは、冤罪です。今回の事件は、すべて、ドリス様が仕組んだものですから」


 カスパルが、さらりと真相を打ち明けた。


「カスパル! そのような囚われの分際で、私を愚弄するのですか! 誰がそのような嘘を信じると言うのですか!」


 見下すように言い放つドリス。


「計画の詳細をお話ししましょう」


 カスパルが事件の全容を語りだす。

 悪魔の使い、それと上級悪魔による暗殺計画の首謀者がドリスだったこと。

 悪魔による暗殺が失敗してから、急遽、毒ヘビによる暗殺計画がドリスを中心とした第一皇子派によって立てられたこと。

 メイドは、罪を被せるためにでっちあげただけの、冤罪であること。


「連れて参れ」


 オイゲン宰相が後ろに向かって指示を出すと、数人の貴族が拘束された状態で衛兵に連行されてきた。

 ドリスはその顔ぶれを見て、わなわなと震える。陰謀の首謀者が全員捕らえられているのだ。


 カスパルが振り向き、拘束されている貴族一人一人に尋ねて行く。


「今回の計画の首謀者は、ドリス様ですね?」


「大変申し訳ありませんでした! ドリス様主導の元、私は、全知の皇女殿下の暗殺計画に携わっておりました!」


 輝く瞳に見つめられ、数秒すると、心を入れ替えたように、皆同じことを答える。


「な、なななんと……」


 ガクッと腰を落とすドリス。


「首謀者はドリス。余の妻とはいえ、娘に手をかけることは断じて許されぬ。よって絞首刑を命じる」


「お父様、待って! ドリス義母様はサンテン兄様のお母様。身内を刑に処するのは、帝国内の混乱を招くわ。しかる後に私が改心させるから、今は後宮に幽閉するのが妥当だと思うわ」


「そうか……、痛い目にあわせるのじゃな……。全知の皇女ユリィがそのように申すのであれば、絞首刑は見送ろう。ドリスよ! ユリィの恩情に感謝するのだな。おい! 衛兵! ドリスを後宮の牢へ連れて行け!」


 情けなく頭をだらりと下げた状態で、ドリスは両脇を衛兵に抱えられて退室して行った。


「母上……」


 ただ一人、サンテン皇子だけが、悲しそうにその姿を見つめていた。


「さて、残る貴族たちも絞首刑が妥当であるかの」


「皇帝陛下が決められたことではありますが、不躾ながらこのオイゲン、絞首刑には賛成致しかねます。帝国の発展のため、この者どもには犬馬の労を与えますれば、全員オイゲンに預けて頂けないでしょうか?」


 オイゲン宰相は両手を広げて受け入れる意思を示す。


「ユリィはどう思うのじゃ?」


「オイゲン宰相には、帝国の発展のために尽力してもらっているわ。人手や資金が足りないのは明確なこと。だから、罪人たちには、償いとして労働をもって当たらせるのが妥当だと思うわ」


「ふむ……。そういうことじゃ。お前たち! 全知の皇女ユリィの恩情に感謝して犬とも馬とも思えぬ働きをするのじゃぞ! それと、二度目はないからな。心して働け!」


 テイン皇帝はユリィの言葉を頷きながら聞き、罪人たちに顔を向けると強い口調で命令した。


「「「「ははっ!」」」」


 今回の事件をもって、第一皇子派は事実上解体となり、それに対抗していた第二皇子派も活動を縮小していく。

 そして、ユリィの知らない所で、皇女派という新しい派閥ができて行くのであった。

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