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071話 予知による弊害

 テイン皇帝やオイゲン宰相など、限られた者にしか伝えてなかったことではあったが、ユリィがドラゴン連山の噴火を予言し、実際に噴火が起きたことで、ベシーク城内では、ユリィの名声がうなぎ上りになっていた。


「ユリィが! 全知の皇女ユリィが、ドラゴン連山が噴火することを見事に言い当ておったぞ! ユリィは、女神様に祝福されているのであろう! こうしてはおれん! 今すぐ祝宴の準備だ!」


 城内に実際に広めたのはテイン皇帝だった……。


 一方、後宮において極秘裏に会合が行われていた。


「ドリス様。城内では、もっぱらユリィ皇女殿下の予言の評判でもちきりです」


「流星のときはまぐれかと思うたが、噴火まで言い当てるとなると、ただのハッタリとも言い切れませぬ」


「なんでも、予言だけにとどまらず、事前に噴火の災害が降りかかる地域の住民に避難をさせていたとか」


 数か月前、オイゲン宰相は多くの文官に「極秘裏」に避難対応の指示を出していたのだが、災害が発生した今となっては、隠すこともなく、ユリィの指示によって事前に動いていたと公開したのだ。


「事前に避難用の町まで建設していたと聞いたぞ」


 こちらはブルクハルトが主体となって行っていたことであって、やはり事が起きてから、「救世主様による施策だった」と明らかにされたのだが、流星の事件のときにユリィが「救世主」だと騒がれたこともあって、城内ではやはり、ユリィが指示して建設したことになっていた。


「皇女の分際で救世主を名乗るとは! 第一皇子である我が息子よりも目立つのは許せません!」


 側室のドリスと第一皇子派の貴族たちは、これまで第二皇子を嵌めることに執着していたのだが、第一皇子と第二皇子の両方が霞んでしまうような偉業を成した今となっては、矛先が皇女ユリィに向いていた。


「ドリス様、こうしましょう……」


 ゲス顔の貴族たちが顔を寄せ、密談を交わす……。



 魔法学園において。


「お父様から呼び出しが来たわ」


「城で、何か緊急の事件でもあったのでしょうか?」


 ユリィの元に、テイン皇帝からの呼び出しの手紙が来た。それも急ぎの案件として。


「事件の詳細については何も書かれていないけど、今夜、城に出向くように、とのことよ」


「それでは、近衛騎士全員で向かいましょうか」


 城には専属の皇女近衛騎士がいるので、本来であれば学園担当のトモリンたちは全員が行く必要はない。一人だけ付き添えばいいのだ。

 しかし、事件の内容が書かれていないため、皇女近衛騎士全員で行くことにした。


 放課後。


「あら、今日は皆様お出かけですの? 図書室は私が見張っておきますから、安心していってらっしゃいませ」


「ふんっ! 私に召集をかけないなんて、帝国もまだまだよね! 図書室の調査でもしておいてあげるわ!」


 ロザリーとクリスは皇女近衛騎士ではないため、学園に残留だ。


「ええ。新しい事実が見つかったら、教えてくれると助かるわ」


「もちろんですわ。新しい恋の目覚め……、ごほん。新しい発見がありましたら、ご報告しますわ」


「そうよね……、王女とメイドの身分差の恋……。あ! 今のはナシよ! そんな本が近くにあっただけで、読んでなんかいないんだからね!」


 もう、図書室における調査はほぼ終えていて、次の段階に進んでいるのだが、二人は終始趣味に走っていて、有益な情報は得られそうになかった。


 ユリィは皇族専用の馬車に乗り、ベシーク城へと向かう。

 大通りを少し走ると、辺りが騒々しくなってきた。


「外が騒がしくないか?」


 そう言った途端、馬車が停止する。


「前方で、市民が何者かに襲われていまして……」


 御者が前方の窓を開け、申し訳なさそうに話す。


 窓の先、離れた位置には、黒いクマのような魔物が市民を襲っている姿が見えた。

 逃げ惑う市民で大通りは混乱状態になっていて、とても馬車が進める状態ではない。


「あれは悪魔の使いよ! また帝都で現れるなんて!」


「姫様、降りて戦いましょう」


 一度戦った相手だ。マルティナは余裕の表情で馬車の扉を開ける。

 皆、馬車から降り、武器を手にして走り出す。ウイングブーツに履き替えたこともあり、エマも遅れることはない。


「悪魔の使い! 私が相手です! かかってきなさい!」


 マルティナが槍を向けて挑発する。

 悪魔の使いはその声に反応し、体の向きをこちらに変えた。


「いらないかもだけど、簡易障壁を展開する」


 エマが指輪の障壁機能を発動させる。


「ミーサ、行くわよ!」


「やるぞ、やるぞ!」


「ランドショット」


 ユリィとミーサが剣で切り込むのに合わせて、エマが悪魔の使いの足元を土で固め、浮かび上がれないようにした。


 悪魔の使いが鋭いツメを伸ばして腕を大振りし、それを避けようと二人が間合いを広げたと同時に、トモリンが矢を放つ。続けて、マルティナが盾で顔を殴り上げる。


『グガァァ!』


 一方的にやられる悪魔の使い。 

 この戦闘を、少し離れた建物の陰から見守る男がいた。


「ちっ! これでは話が違う。悪魔の使いとは役に立たないではないか!」


 イライラした態度で言葉を吐き捨て、手に握るもう一つの悪魔召喚石を睨みつける。その悪魔召喚石は、太ったドラゴンのような彫刻が特徴的だ。


「お前は役に立つんだろうな? 大金をはたいたのだ。役に立たないとは言わせないぞ」


 男は「フフフ……」と不敵な笑いをこぼし、悪魔召喚石を高く掲げる。


厭悪えんおの塊となりし悪魔よ、ここに降り立て! そして我に従え!」


 男の周囲が暗転し、その身長の倍ぐらいある、ドラゴンのような姿の黒い悪魔が現れた。目は赤く、羽も赤い。口は大きく裂けているが、頭はクマの形だ。体格の割に短い手足と長い尾が、ドラゴンのように見えるのだ。


『我はブッドガッダ。我を呼んだのハ貴様カ?』


 低い声が脳裏、いや、胸に響く。


「そうだ。わかったら、さっさとあの小娘どもを始末してこい!」


 男はユリィたちを指差し、ブッドガッダと名乗る悪魔に命令した。


『取るに足りぬザコよ』


 ブッドガッダは短い手を自在に伸ばし、ガッと爪を広げて男を掴み上げる。


「な、なにをする! ぐわああ!」


 そして大きく口を開け、男を一飲みにした。


「な、なんだ!? あそこに何かいるぞ!」


 ミーサが建物の陰からノッソリと出てきたブッドガッダを目にして、剣を向ける。


「あれも、悪魔のようね」


 少し離れているが、ブッドガッダの周囲には、黒い霧のようなものが、炎のように揺らめいて立ちのぼっているのがわかる。とても魔物といえる状態ではない。


「トモリン、悪魔の使いに止めを刺してください! 私はあの新しい悪魔に向かいます!」


「うん、わかったよ!」


 トモリンは近くの花屋に走り寄り、その軒先にある花に語りかける。


「そこの葉っぱさん、ズバっと尖ってクマさんを突き刺して!」


 すると、大きくなった葉がビュンっと飛び出して悪魔の使いを貫いた。


『グボォォォ』


 悪魔の使いは、口から大量の黒い煙を吐き出し、黒い霧のようになって消えて行った。


 その向こうでは、新たな悪魔の出現に逃げ惑う市民たち。それらの背後に向かって、ブッドガッダが黒いブレスを吐く。

 市民が何人も、悲鳴を上げながら倒れて行く。


 マルティナ、ユリィ、ミーサが前方に走り、ブッドガッダの前に立ちはだかった。


「無抵抗の市民に襲い掛かるなんて、許せないわ!」


「姫様、すぐに成敗しましょう!」


「ちょっと悪寒がするけど、やってやるぞ!」


 見ているだけで、そのおぞましさに鳥肌が立ってくる。


『我はブッドガッダ。お前もザコ、カ?』


 低い声が胸に響く。


「言葉を話しましたよ!?」


「ええ。前にダミアンに憑依していた悪魔も言葉を話したわ。でも、この悪魔はそれよりも言葉が流暢りゅうちょうだわ。気をつけて! 上級の悪魔かもしれない!」


『グフフフ……。我の強さがわかルカ? グフフフ……。上級アクマの我に歯向かうナド、愚カ。オとなしく食わレロ!』


 手を向けたかと思うと、瞬時に鋭い爪が伸びる。


「ぐっ!」


 マルティナが盾で受けて後ろに押され、逸れた部分をユリィとミーサがそれぞれの剣で叩き落とす。


「これはただの爪ではありません! 一本一本が、太い槍のような衝撃をもっています!」


 見た目以上の衝撃。マルティナは盾を持つ手に力を込める。

 ブッドガッダは続けざまにブレスを吐いた。


「うおっ!」


 寸でのところでマルティナの背後に逃れるミ-サ。

 もう片方の手の爪が、ブレスの隙を突こうと側面から接近したユリィに向かって伸びる。

 ユリィはそのうちの二本を盾で受け流しながら、斜め後ろに飛んで避けた。


「これだと近づけないわ」


 ユリィは転がって立ち上がると、今度は背後を突こうと試みる。が、やはりそこは、爪の射程内だった。


「悪いクマさんだね! 反省してもらうよ!」


 ここでようやくトモリンとエマが加勢に駆けつけた。


「そこのトチノッキさん、根っこをばびゅっと伸ばして、悪いクマさんを、ずばんっと突き刺して!」


 すると、街路樹の根が石畳を宙に舞い上げて飛び出し、ブッドガッダの腹部を突き刺……、


『グフフ。無駄ダ』


 ブッドガッダの短い足が伸び、迫りくる根を蹴って右へと逸らす。そして勢いがついたままの根は、その先にある店舗を破壊した。


「あ、やっちゃった!」


「おお! 悪魔がトモリンの魔法を防いだぞ!?」


「これはやっかいですね」


『魔法を防げるのは、上級の悪魔だコン。普通に戦っても勝てないコン』


「困ったね……。お店、壊しちゃったよ」


 頭を掻くトモリン。ちょっと戦意を喪失している。


「トモリン、思い出して! 初めて悪魔と戦ったときを!」


「たしか、あのときは司祭が来て、光のロープで縛ったんだよな。今日は来ないな」


 教会から離れていることもあり、司祭はまだ駆けつけてはいない。


「うーんと……。わかったよ! お店を壊さないようにすればいいんだね!?」


 トモリンはブッドガッダに強い視線を向け、再び闘志を燃やす。


「そこのトチノッキさん、葉っぱをばばーんと広げて、悪いクマさんを、徹底的に包み込んで!」


 魔法を唱えると、街路樹の葉が次々と大きくなって飛来し、ブッドガッドを包むように四方八方から囲みだした。

 最初のうちは爪で切り裂かれて地面に落ち続けたが、無数に飛んでくる葉は数の勢いで、やがてブッドガッドを完全に包み込むことに成功する。


「葉っぱの皆さん、キラリと輝いて、悪いクマさんをキラキラにして!」


 葉に分厚く包まれ、もがくブッドガッド。

 しかし、周辺の木の葉および、包んでいる葉が輝きだすと、やがて動きは止まり、その体積が小さくなる。


 輝きが完全に失われると、ぺらりぺらりと葉の包みが開いて、中から男が滑り落ちてきた。


「ん……? ここは天国でしょうか? 世界が輝いています」


「あなたは、カスパル?」


 上級貴族カスパル。皇族のユリィは貴族の顔と名前を覚えるのが仕事だから、彼のことを知っている。


「こ、皇女殿下!? 大変申し訳ありません。わたくしめの行いで、殿下も天国に召されるなど……」


「ここは天国じゃないよ?」


 トモリンが、しれっと口を挟む。


「え? ここは天国ではない? ん? わたくしは生きている? 生きているのですか? はっ! あなたは、救世主様!」


 首をキョロキョロさせてからトモリンをまじまじと見、すぐに平服した。


「あ~。もしかして、ウザ男が増えちゃった?」


「このような輝く世界に導いて頂けたこと、全身全霊をもって奉謝ほうしゃ致します!」


 トモリンの足元に縋るカスパル。


「どうしてカスパルが悪魔と一緒にいたのかしら?」


 ユリィの声に、カスパルは一度下を向き地面を涙で濡らす。それから顔を上げ、涙を流しながら語りだす。


「お恥ずかしいことですが、わたくしはドリス様を中心とする第一皇子派の意向で、皇女殿下の命を狙っておりました。悪魔を差し向けようとしたところで、悪魔に食べられたのです……。わたくしの犯したこの罪の深さ、どうか、この場ですぐに斬首してください!」


 第一皇子派がユリィの暗殺を目論んでいた。


「姫様、これは大変なことですよ!」


「そうね……。でもダミアンの例もあることですし、この場は不問にして泳がせるのがいいのかしら?」


 犯した罪は斬首に値する。しかし、トモリンの魔法で改心した者はトモリンに心服することが、ダミアンで証明されている。


「そ、それでいいのか? ユリィ、命を狙われたんだぞ!」


「対処しないと、また刺客が来る」


「そうならないよう、利用させてもらうわ。そうよね? トモリン?」


 久しぶりのキラーパスだ!

 ウザ男に関わりたくないトモリンは、絶妙の返しを思いつく。


「うん。ウザ男には、ユリィちゃんの命令を聞いてもらうよ」


「救世主様がそうおっしゃるのであれば、この命に代えても、皇女殿下の命に従います!」


 ユリィの手足となって働く労働者が、また一人増えた。


「それにしても、あれ、どうする?」


 ミーサは倒壊した店舗をチラ見する。

 トモリンは、あえて目線を逸らして遠い空を見上げる。

 そして、思い出したかのように近くの木の下へと走って行く。


「ちょっと、葉っぱが少なくなったけど、いいよね?」


 頭の上では、街路樹の枝三本分くらいの葉がなくなっていた。隣の木も同様の状態だ。まさに、徹底的な魔法だった。


「店舗の件はカスパルに補償させるとして、葉は、トモリンがなんとかできるでしょ?」


「あ、そうだった!」


『トモリンは忘れっぽいコン』


 トモリンが魔法で葉を繁らせて、この場は一件落着となった。

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