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007話 剣術の授業

 今日は剣術の授業から始まる。

 実技棟で靴を履き替えてからグランドに集まった。


 先日の出来事以来、ダミアンからの嫌がらせもなくなり、靴などのエマの所持品が被害に遭うこともない。


「今日はショートソードの訓練を行う。各自、防具を装備したら、剣を手に取れ!」


 筋肉質な先生が指示を出す。


 生徒は各々、頭と体に防具を装備する。それから、剣を手にした。

 刃先が丸くなっているとはいえ、鋼でできた剣だ。手にするとズッシリと重さを感じる。


「先生! 持ち手が短くて握れません!」


「ん? ショートソードはいわゆる片手剣だ。両手で握る奴があるか!」


 世の中には柄の長い片手剣も存在するが、練習用の物は、柄が短くて両手では握れない。

 トモリンの発言に、生徒の間から失笑が漏れる。

 好戦国家であるエイクス帝国の貴族の子息は、たとえ女子であっても戦場に出ることがあるため、幼い頃から剣を握ることぐらいは体験してきている。まだ、その扱い方を学んでいないだけで。


「はう~。重たい~」


 山育ちのトモリンは、長くて重い剣の扱いに慣れていないだけで、実は、握力はそれなりにある。要は、時間さえかければ、まともに扱えるようになるはずだ。


「うん。重い」


 一方、エマは商人の娘で、握力は強くはなく、剣を握るのも初めてだ。

 こちらは、剣を扱えるようになるまでに相当な努力が必要だろう……。


「おまえら、情けないな~。ほら、片手剣なんてこうだ!」


 ミーサが片手剣を手に持ったままくるりと回転させる。それは、指先だけで片手剣を扱っているように見えた。


「二人とも、片手剣ぐらいは扱えるようになりましょう」


 この先、エイクス帝国で生活する以上は、戦争がないとは言い切れない。

 たとえ、ユリィに皇女の権限が戻ったとしても、大きな流れの中で生じる戦争をなくせる保証はない。

 だから、自身の身を守るためにも、片手剣ぐらいは扱えるようになって欲しかった。


 上段切りや斜め切り、水平切りなどの素振りの練習から始まり、落ちこぼれの二人を除き、生徒たちは皆、型を自分の物としていった。


「二人一組になれ! 打ち合いの基本を練習をするぞ!」


 先生の号令で、ユリィとミーサ、トモリンとエマが向かい合う。


 皆が二人ずつに分かれたところで、先生が補佐役と二人で基本の型を実演し始める。


「よく見ておけ! 相手を見据えたまま、剣先には視線を向けない。これが鉄則だ。視線が動くと、相手に動きがばれるからな」


 補佐役の顔を睨んだまま、先生の剣が補佐役の脇腹を仕留める。


「こんな感じにやる。わかったか!」


 生徒たちは、それぞれ、見よう見まねで剣を振るう。

 そして、先生と補佐役が生徒の動きを見て回り、動きに修正を加えて行く。


 まずは基本通りの軌道、基本通りの姿勢でゆっくりと剣を振って、狙い通りの位置に当てることから始める。そして徐々に剣速を上げて行く。


「ううう……」


 トモリンとエマは、姿勢を保ったまま剣を振るだけで精いっぱいだった。

 両者の剣速は、ヒラヒラと舞う蝶が剣先で一休みしそうなくらい、のんびりとしていた。


 そんな二人を置いてけぼりにし、授業はどんどんと先へと進む。

 先生と補佐役からは、いろいろな方向の攻撃方法や、それに対する避け方、受け方が披露される。


「自由に打ち合いを、やってみろ!」


 生徒たちは、一歩下がって避けてから反撃したり、相手の攻撃を剣で受けてから振りほどくように攻撃に転じたりと、いろいろなバリエーションで剣を扱う。

 まだまだその動きはぎこちなく、先生と補佐役が見て回って修正を加える。


 そんな中。

 トモリンの隣では、次元の異なる打ち合いが展開されていた。

 それはトモリンの目から見ても美しいもので、ミーサの素早い剣捌きをひらりと避け、ユリィの剣が水平に振り抜かれる。それを、ミーサは半歩下がって紙一重でかわし、今度は上段から剣を振り下ろす。


 カーン!


 剣同士が交錯する。

 真上からのミーサの剣を斜めに受けて身を横へとスライドさせ、ユリィの剣がそのまま斜め下へと振り下ろされる。

 しかし、ミーサは剣を素早く斜めに下げてそれを防ぐと、そのままぐっと一気に腕を伸ばし、ユリィの剣を弾き上げた。


「私の剣についてこられるなんて、ユリィは凄いな! 見直したぞ!」


「ミーサ。あなたの剣技は一流のものだわ」


 ミーサの実家は剣技だけが取り柄の貧乏貴族だ。だからミーサには、剣技だけは誰にも負けられない、そんな自負があった。


「うん? おまえら、上等だ! 基本はマスターしているな! もはや基本の域を超えているがな!」


 通りかかった先生が、ユリィとミーサの打ち合いを見て感心する。


「打ち合い止め! 全員、盾を持て!」


 しばらくの打ち合い練習のあと、今度は盾を使った練習となった。


「うわ~。今度は左手にも持つの? 動けなくなっちゃうよ~」


「重すぎ……」


 そこには、相変らずの落ちこぼれ二人組の姿があった。


 離れた位置では、チャラ男ことダミアンが取り巻きたちと剣を振るっている。


「脇が甘い!」


 ダミアンの剣が、相手役の脇腹を直撃する。

 下級貴族としては裕福な家に育ったダミアンは、剣の家庭教師を雇い、入学前に剣の練習をしていた。


「さすがはダミアン様。剣の腕も一流です」


「これぐらいのこと、ダスティ家の者として、できて当然だ!」


 取り巻きのお世辞に、いい気になって髪をかきあげるダミアン。

 そのまま片目をちらりと遠くに向けると、そこでは格の違う戦いが繰り広げられていた。

 それは、せっかく決めたポーズが台無しになるぐらいの衝撃で、鼻から鼻水が垂れかけている。


 ユリィとミーサは、盾を使っても華麗に舞っていた。


「左!」


 右から左へと変化するミーサの剣を盾で受け流すユリィ。

 ユリィは、本来の家柄の影響もあるが、学園生活は二度目であり、若返ったといっても、前回の経験で体は動きを覚えている。


「受けた!? おっと、危ない!」


 受け流しからの反撃に、ミーサは体をねじって盾で合わせる。


 ミーサは幼い頃からずっと、剣を握ってきた。もちろん、盾も使っていた。

 貧乏ゆえに、家庭教師などはつけておらず、師となったのは父親だ。

 ミーサの父もミーサに負けないくらいの剣一筋のバカ者であった。ミーサの家系は先祖代々、剣一筋なのだ。


 帝国にはたくさんの貴族がいる。

 平民であっても戦争で活躍すれば準貴族として領地を与えられ、その後も戦果をあげ続けるか、あるいは、ある一定の納税を三年間続ければ、下級貴族に昇格となる。

 ミーサの先祖は、当時戦争続きであった帝国において、戦果をあげ続けて平民から下級貴族へと成り上がったのだ。


 何合か打ち合いが続き、突如、ユリィの剣がミーサの胸元を狙おうと鋭く伸ばされた。

 体を傾け、伸びたユリィの剣とクロスするように、わざとユリィの正面の首元を狙うミーサ。

 ユリィは腕を伸ばしている途上であり、体の重心は前方に移動している最中で、即座に後方に下がって避けることはできない。盾で受けるしかないと悟ったユリィは盾を顔の前に出す。


「やっ!」

「とりゃあ!」


 一瞬のことだった。ユリィの盾が顔面に上げられると同時に、足元に衝撃が走り、ユリィは尻もちをつく。


 ミーサが足払いをしたのだ。盾が視界を奪い、ユリィには足元が見えていなかった。

 戦争を前提とした剣術において、足払いは反則ではない。相手の虚を突くことも、また、剣術の一環なのである。


 ミーサの剣先がユリィの顔の前に向けられる。


「参りました」


「いやあ、いい勝負だった!」


 それを見ていたトモリンはひらめいた。


「ねえ、エマちゃん。あそこに円盤が飛んでるよ」と、空を指差す。


 なお、この世界において、円盤が空を飛んでいるかどうかは定かではない……。


「うん? どこ?」


 ポカ!


「痛い!」


 騙し討ち。そんなことをしなくても、エマは隙だらけなのだが。


「……トモリン、背中に毛虫がいる」


「いやー! 取って、取って!」


 ポカ!


 後ろを向いたトモリンは、簡単に討ち取られた。


 ユリィとミーサの打ち合いを見ていた先生が思わず、


「ユリィ君とミーサ君の二人には、次の授業から補佐役に回ってもらおうか……」


 と、感嘆の声を漏らすほどの腕前であったのに対し、


「こちらの二人は、素振りからやり直しだ」


 騙し討ち合戦の評価は、なかった。評価以前の問題だった。


「「はーい」」


 素直に素振りを始めるトモリンとエマ。

 トモリンは剣の重さに慣れ始めていて、剣速は上がりつつあったが、剣筋はデタラメのままだった。我流としては、様になっているのかもしれない。


 実は、トモリンは運動神経が鈍いのではなく、目で見た動きを自身の体で再現するのが苦手なだけなのだ。脳細胞同士のソーシャルディスタンスが広いようで、脳内では見た内容をうまく動きに変換できないらしい。

 一方、エマは体力がなく、運動神経もよろしくない。二人の素振りの姿にも、時間の経過とともに差が出始めていた。


 そして、遠くでユリィとミーサの姿を見ていたダミアンは、戦慄を覚えていた。


「ダスティ家は、もうすぐ上級貴族になる。あのような者におくれをとるなどということは、あってはならない……」


 あまりの衝撃に、つい、小声で本音が漏れてしまった。


「ダミアン様、何かおっしゃいました?」


「いや、なんでもない」


 ミーサの家が平民から貴族へと昇格したように、ダミアンのダスティ家も、下級貴族から上級貴族への昇格が間近に迫っていた。


 帝国には、下級貴族がある一定の納税を三年間続ければ、上級貴族に昇格できる、という仕組みがある。だからこれまで、ダスティ家は領地の発展に対し多大な投資を行ってきた。チャラ男の家系ではあるが、帝国の発展に寄与する良家でもあるのだ。


 口では強がりを言っても、小心者のダミアンの体は正直で、先日のユリィを思い出し、怯えて震えていたのだが、それについては取り巻きの誰も気づいていなかった……。

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