065話 ドラゴン連山の噴火対策
ユリィが、山の民の村でトモリンと出会い、帝国の滅亡を阻止しようと活動している世界線において――
帝国歴301年3月中旬。
魔法の授与が終わり、魔法学園上級貴族クラス二年生として少し高度になった授業を受けている頃。
「ウザ男から面会の申請が来たよ?」
ウザ男ことダミアンは、トモリンの魔法により改心し、トモリンのことを救世主だと思い込んでいる。
そして、ユリィの命じた未開拓地の開拓事業も、トモリンの命令によるものだと思っている。
魔法学園において、ダミアンは下級貴族クラスに所属し、トモリンは皇女近衛騎士として上級貴族クラスにいる。両者が会うには手紙を出してアポを取らないといけない。
「応接室を借りましょう」
きっと、開拓事業についての報告に違いない。ユリィはそう思った。
「姫様、早速手配してきます」
マルティナが走って行く。
すぐに面会の手続きが完了した。
翌日。
ダミアンが上級貴族正門を通り、指定の応接室までやってきた。
「救世主様、会いとうございました!」
扉を開けるなり、大きく手を広げ、それから折り目正しくお辞儀するダミアン。そして、トモリンの前まで行って跪き、臣従の礼をする。
「ウザ男。前置きはいいから、用件は何なの?」
煙たがるトモリン。
「はっ! まずはこちらをご覧ください」
ダミアンは一礼して立ち上がると、席に着いて背筋を伸ばし、持ってきた資料を机の上に並べる。
「これは、開拓地の地図ね」
「皇女殿下、お察しの通りです。開拓地、ハイラントの町の空き家の確保の件が整いましたことを、ご報告致します」
二カ月前、町としての完成式に呼ばれていたのだが、やんわりと断っていたユリィ。
「それで、空き家の数は、どれだけになったかしら?」
「トモリン様のご要望の数は八百世帯でしたが、その上を行く千世帯分、用意致しております。今後もまだまだ増やして行く予定です」
「耕作地の件は、どうなっているかしら?」
「そちらのほうも、千世帯が利用できる広大な耕地を用意しております」
ダミアンは自信に満ちた顔で答えた。
「ありがとう。助かるわ。トモリンも、そうでしょう?」
「そ、そだねー。あ、ありがとー」
ユリィの強い目線に、これは追従しろとの合図だと悟ったトモリンは、声を引きつらせて話した。
「おお! 救世主様がお喜びになられるとは! これ以上の幸せはございません!」
大きく目を見開いてからゆっくりと閉じ、両手を抱くようにして感動に震えるダミアン。
「帝国からの資金援助も、滞りなく届いているかしら?」
「そちらは、オイゲン宰相閣下から十分な額が届いております。トモリン様のご慈悲による援助だと……。救世主様はなんとお優しい方なのでしょうか……」
ダミアンは、うるうると涙を流す。
本を正せば、今回の町の開拓事業はユリィが私的にダミアンのダスティ家を動かしたものであって、その資金を帝国が賄うのは当然だとユリィは思っていた。
以前にテイン皇帝から資金援助について了承は得ているが、それでも本当に滞りなく届けられているのか不安だった。
それが、都合の良いことに、オイゲン宰相までもトモリンのことを救世主だと思い込むようになり、「帝国がダスティ家の開発事業に援助するように提案したのはトモリンよ」と伝えるだけで、手際よく資金が準備されるようになったのだ。
「物資の搬入のほうはどうかしら?」
ハイラントの町には巨大な倉庫を建てた。そこには食料などの物資を満たすよう指示してあった。
「万事、滞りなく完了しております。こちらはオイゲン宰相閣下が尽力されておりましたので、ダスティ家としましてはそれほど関わっておりませんが……」
オイゲン宰相にはトモリン効果が絶大に効いており、「トモリンが、早く倉庫をいっぱいにして欲しいって言ってたわ」と伝えるだけで、昼夜を問わず物資の確保に翻弄していた。オイゲン宰相が倒れないか心配だ。
「そう。ありがとう。よくわかったわ。トモリンもそうでしょ?」
二度目のキラーパスが来た。
ボールを躱すのが得意でも、これは受け止めないといけない、トモリンはそう理解した。
「そ、そうだよー。よくわかったよー。ありがとー」
しかし、演技はへたくそであり、ほぼ棒読み状態だった。
その日の夜。
ユリィはトモリンたちを連れて城へと行き、多忙なオイゲン宰相を会議室へと呼び出した。テイン皇帝にも同席してもらっている。
「オイゲンには、ハイラントの町の開発に尽力してもらい、感謝するわ」
「救……、ごほっ、皇女殿下のご指示とあれば、このオイゲン、身を粉にして完遂するまでです」
「ユリィよ。私的にオイゲンを使っていたのか?」
寝耳に水なテイン皇帝。確かに、思い起こしてみれば、オイゲン宰相はここ半年ぐらい多忙を極めていた。
「お父様。前に話したでしょう? モンバートの町の北を開拓して新たな町を造るって。その町の名前がハイラントって言うの」
テーブルの上には地図が広げられており、それを見て話す。
「おお、そうじゃったの。名前は聞いておらなんだゆえ、別件かと思うただけじゃ」
そして、オイゲン宰相が多忙なのは、そのハイラントの町の開発に尽力しているからだと悟った。
「お父様。落ち着いて聞いて欲しいの。もうすぐドラゴン連山が大噴火を起こすわ」
「なに! ドラゴン連山が噴火するだと!? それは真か? いや、流星の飛来すら予知して見せた全知のユリィのことだ。これは真のことであろう」
テイン皇帝は右手を握り締め、ゆっくりと顎の下に移動させる。
「えー! ドラゴン連山が噴火するのか!」
驚いて声に出たミーサ。咄嗟に両手で口を噤む。
ミーサたちにも、まだそのことは知らされていなかった。
「それで、このままだと、多くの人が犠牲になるわ。だから、ドラゴン連山の麓の町や村の民を避難させる必要があるの」
「町の民や村の民は、帝国が主導しなくとも、領主がなんとかするものであろう? どうしてユリィが関わろうとする?」
領地のことは領主が責任もって対処する。これは帝国における正論であり、テイン皇帝が疑問に思うのは当然だ。
「噴火が起きてからでは遅いの。噴火で帝国南西部の基盤が衰えると、ビノラ王国が侵攻してくるわ」
前の世界線においてビノラ王国が侵攻してきたのは事実だ。その一因となったのが、衰えた基盤を修復するため、ダスティ家がリゴウ要塞の守備の部隊を撤退させたことだと知っていた。
「それは真か! いやいや、全知のユリィなのだ、そうなのであろう……」
無理やり納得する、娘ファーストなダメな父親。
「そこで、オイゲンには、ダスティ家に対して働きかけて欲しいの。モンバートよりも西にある町や村の民全員を、ハイラントの町へ緊急避難させるように。もちろん、これは『帝国からの命令』として」
ユリィは地図上のドラゴン連山付近を指し示してからハイラントの町の位置を指す。
「オイゲンは知っていると思うけど、空き家と耕地は十分準備してあるわ。避難した者から順に、そこで今まで通りの生活を再開させ、農作物などの生産への影響を最小限にする。これが今回の趣旨よ」
万一、入りきらない民がいれば、モンバートの町で受け入れる。そのあたりの采配はオイゲン宰相に任せれば問題ない。
最後の方で意図的にトモリンを見、それからオイゲン宰相へと視線を移すユリィ。
「全知の皇女殿下の命とあらば、今すぐにでも実行致しまする!」
ユリィの目線の動きを的確に捉えていたオイゲン宰相は、即座に引き受けた。これは、トモリンからの指示だと思い込んで。
「まだ余は命令を出していないのだが……。全知のユリィのことだ、良きに計らえ」
ダメダメな父親であった。
このような経緯で、ドラゴン連山の麓に住む町の民、村の民が、帝国の命としてハイラントの町に移住することになった。
学園が休日の日。
「トモリン、モンバートの町にお願い」
ユリィたちはモンバートの町に転移した。
「アレが噴火するって、本当のことなのか?」
「ええ。本当のことよ」
西に聳えるドラゴン連山を指差すミーサ。
それに毅然とした態度で答えるユリィ。
「姫様は、全知の皇女殿下なのです。流星のことでミーサも、はっきりとわかったのではないですか?」
マルティナはいろいろ毒されていた。
「未来から来たんだもんね!」
「み、未来からですって!? 何よそれ! どうしてそんなことができるのよ!」
今日は、ユリィの事情を知らないクリスが帯同している。というか、勝手についてきた。
クリスの服装は、やはり冒険者風だ。休日に皆で買いに出かけたのだ。
「クリスには話してなかったわね。実は――」
帝国が滅亡した未来の帝国歴302年からやってきた、もう一人のユリィと同化したことを話した。
「帝国が滅亡するですって!?」
その実行犯の一人がクリスの父ローラントなのだが、そこまではユリィは知らない。
ただ、洪水と流星の被害によって帝国東部で多くの死者を出して帝国の力が弱まったことまでは知っていたから、なんとかそれを未然に防いだ。
その結果、この世界線ではローラントのマギアード家は没落していない。
「私は、帝国を滅亡させない。戦争の発端となる、お父様、テイン皇帝の暗殺を、必ず止めて見せるわ」
「あああ、暗殺ですって!?」
「ええ。クリスにも帝国の未来を変える取り組みを手伝って欲しいの」
「……ふん! このクリスティーネ様がいれば、暗殺も滅亡も全部止められるに決まっているんだから!」
真っ直ぐに見据えるユリィの目。それに一瞬驚いたようにクリスは目を見開いてから顔を横に背け、ぶっきらぼうに言い放った。
「それで、今日は、どうする?」
エマが尋ねる。
「今から、ドラゴンに会いに行くわ」
「ド、ドラゴンに会いに行くですって!?」
いちいち驚くクリス。
「会ってどうするんだ?」
「素材が、欲しい」
違う所から答えが返ってきた。
「エマは素材が欲しいのですか? それは、ドラゴンと戦うことを意味していますか?」
おずおずとマルティナが尋ねる。
「ドラゴンのまつ毛とウロコ。落ちている物を拾う」
「いやいやいや! そんな都合よく落ちている物なのか?」
「戦っても勝てませんからね。落ちている物を探しましょう」
ドラゴンと戦って勝てば、「ドラゴンスレイヤー」の称号を得られる。
初代皇帝を含む建国の四天王以来、その栄誉を得た者はいない。
それぐらいにドラゴンは勝てる見込みのない生物だ。
「とにかく、ドラゴンの長老とか族長などと呼ばれる者に会いに行くわ」
「洪水に流星にドラゴン……。ユリィのやることは、スケールが違いすぎるぞ」
「ごーごー! ドラゴンさんに会いに行こう!」
ため息をつくミーサの隣には、元気いっぱいのトモリンがいた。
「それなら、ちょうど良かった。クリスの分を作っておいた」
エマは一足の靴をポーチから取り出し、クリスに渡す。
「何よ、これ?」
「ウイングブーツ。速く走れる。それでいて疲れない」
町に繰り出したときにフランツの店に行き、クリスの靴の作成を依頼していたのだ。それを素材として錬金したクリス専用のウイングブーツ。
皆、それぞれのウイングブーツを取り出して履き替える。
「これ、ずるいでしょ?」
すいすい走るクリス。
「そんなことはない。馬の全力疾走には負ける」
「そういうことを言っているんじゃないわよ! これ、足に負担がないから、走りながらでも魔法が撃てるのよ! そんな魔法使いがいたら反則級なんだから!」
反則級魔法少女クリスの誕生だ。正義の味方というより、悪役が似合いそうだ。
走っていると、あっという間にドラゴン連山の麓の町に到着した。
「姫様。避難が始まっているようですね」
馬車に荷物を抱えた町の民が次々と乗り込んでいる。
そして、満員になった馬車から順に北へ向かって出発している。
「オイゲン、無理しているようね」
多くの馬車を見たユリィは、心の中でオイゲン宰相の働きを労った。
こんなに早く馬車まで用意するとは、本当に寝ていないのではないかと勘繰りたくなる。
ユリィたちは、町を素通りして西の森へと入って行った。
「この森を抜ければ、ドラゴンの領域」
「エマ。ドラゴンの領域ってなんだ?」
聞き慣れない言葉に、ミーサが問い返す。
「地図で国境線が引いてある所。そこから先は不可侵領域」
「不可侵領域? それって、人族がその先に入るなってことだよな? まじか! ユリィ、本当に大丈夫なのか!?」
「きっと、なんとかなるわ。いいえ、なんとかしてみせる!」
強い意思の籠った返事が返ってきた。
「素材、落ちてない……」
森の中をキョロキョロと探し物をしながら進むエマ。森の中でのわき見走行は危険だ。
ドスッ!
素材を探しているうちに、少し違う方向に向かっていたエマは、突然森の切れ目に差し掛かり、そこで何かにぶつかって転んだ。
「痛い……」
『人族よ。ここはドラゴン族の領域だ。すぐに立ち去れ』
「わっ! 青いドラゴン!?」
起き上がろうとして、ドラゴンの姿を見て驚き、再び転んだ。
「おーい、エマ、どこ行った?」
「あれ! おっきなドラゴンさんだよ!?」
ドラゴンの姿を見つけて、皆も次々と森の切れ目から出てくる。
「あそこにいるのはエマ!? ドラゴンに襲われたのですか?」
その声を聞いた青いドラゴンはふわりと浮き上がり、ポーチから盾を取り出したマルティナの前に舞い降りる。
『人族よ。ここはドラゴン族の領域だ。今すぐ立ち去れ』
「あなた、ドラゴンの長老か族長かしら?」
ユリィはマルティナの斜め後ろに立ち、ドラゴンに尋ねた。
『人族の分際で、長老に危害を加えようと言うのか! 許さねえ!』
威嚇するように羽を大きく広げ、カッと睨みつける青いドラゴン。
これまでの威厳ある言葉遣いから一変し、ブチギレた若者のような言葉を話している。
「うはあ! 怖っ!」
ドラゴンにまつ毛などあるのだろうか、と思い、ドラゴンの目を見ていたミーサはドラゴンと目が合って身震いした。
『形も残さず、灰にしてくれる!』
なっしんぐ☆です。
今話から、物語の中心となる世界線に話を戻しました。
これまでの、そしてこれからのユリィの行動は、帝国が滅亡する世界線における事象を背景としています。
ユリィの活躍で帝国はどのように変わるのか、そして、その先は……。




