006話 エマとミーサ
今日は、実技棟に移動しての体術の授業から始まる。
一度講義室に集まって筆記用具などを置き、実技棟へと移動する。
今回は体を動かす授業なので、動きやすいよう、靴を履き替える。制服はそのままだ。制服には、付着した汗や汚れを自動的に落とす術式が付与されているから、汚れは気にしなくて良い。
「えー? 腕を掴まれたら振り払う練習?」
体術の授業は、いわゆる護身術と呼ばれるものから始まった。
ボールを使ったスポーツができると期待していたトモリンは面食らう。
もちろん、今後、ボールを使う授業もある。でも、最初は貴族らしく護身術を身につけることから始める。
「だめだー。うまくできないよ」
「相手を巻き込むように体をひねるのよ。ほら」
何回やっても、ふにゃっとなって掴まれた腕をうまく外せないトモリン。それに対し、ユリィはくるりと回って華麗に振りほどく。
「わわっ!?」
ユリィの回転に巻き込まれ、地面に倒れ込む寸前で体勢を立て直す。相手を振りほどくことはできなくても、トモリンのバランス感覚は抜群だ。
「ねえ。あそこの赤い髪の子、凄くない? 振り払って先生を倒しちゃったよ?」
少し離れた位置では、赤髪の娘が先生を相手に護身術を披露している。
先生に腕を掴まれたまま体を素早く回転し、先生を巻き込んで倒す。
一向にうまくできないトモリンには、赤髪の娘が輝いて見えた。
もちろん、ユリィに対しても尊敬のまなざしを向けているけれど、華麗さのユリィに対し、その娘には迫力があった。
決してマッチョというわけではない。それでも、さっと振りほどき、赤いポニーテールが逆向きに揺れると同時にどかんと倒していた。
「きっと、剣士の家系の者なのでしょうね」
ユリィの目には、その娘の身のこなしが剣士のもののように見えた。
剣士の家系の者は、小さい頃から体を動かす訓練をしている。だから護身術もうまくなっていると予想した。
「ふーん。剣士さんなんだ」
いろいろ練習したけどうまくできず、
(腕を掴まれたら、もう片方の手で殴っちゃうか、足で蹴っちゃえばいいじゃない!)
と、勝手に思い込むトモリン。
トモリンの頭の中では、授業のルールを逸脱した、誤審術になっていた。
そして、体力やバランス感覚は優れているけれど、見よう見まねで体を動かすのはそれほど得意ではないことが判明した。
体術の授業が終わり、講義室へと戻るために、靴を履き替えようと下駄箱の前に移動すると。
「ねえ、あの子、何かを探しているみたいだけど、どうしたのかな?」
下駄箱の前で背伸びしたり、しゃがんだりしている青いショートヘアの娘。
「どうしたのかしら?」
ユリィが近寄り、その娘に話しかける。
「ボクの靴が、ない。間違いなく、ここに入れた」
「どんな靴? 私も一緒に探してあげるよ!」
三人で靴を探すことになった。
入れ間違えはないか、また、誰かが間違えて履いて行ったのなら、一足余るはずだから最後まで残って念入りに調べる。
しかし、最後の一人が履き替えて講義室に戻っても、下駄箱に余っている靴はなかった。
「おかしい。どうして余らない?」
青い髪の娘は、頭を抱え込む。
諦めて講義室に戻ろうとしたところ、壁際に置いてあるゴミ箱に、靴らしき物が突っ込んであるのを、ユリィが見つけた。
「あれは違うかしら?」
「うわ! ゴミ箱!? 取り出してみる?」
ユリィは頷き、トモリンがゴミ箱の中から靴を取り出して、付着したゴミを払って娘に渡す。
「こ、これ、ボクの。ありがとう」
「もー! 一体誰がやったの!」
「陰湿な者もいるのね」
ぷんぷんと怒るトモリンと、半ば諦めたように言うユリィ。
「ボクは、エマ。君たちは?」
「私はトモリン!」
「ユリィよ」
「トモリンにユリィ。ありがとう。助かった」
靴の中にまではゴミは入っていなかったので、すぐに履き替え、三人で講義室へと向かう。
そして、講義室で。
「ボクのペン……」
机の上に置いてあったエマのペンが、二つに折れていた。
「またまた悪いことする人がいるんだね! 一体、エマちゃんが何をしたって言うの!」
トモリンは、先日の、街道沿いの村での出来事を思い出していた。
自分は何も悪いことをしていないのに、一方的に石を投げつけられた。
ここにもそんな悪い奴がいる。
でも、貴族になった自分なら抗えるはず。だから、今度は私が守ってあげなきゃ、と決心する。悪い奴も貴族なのだが、そこには考えが回らない。
そして、暗い顔をするエマの頭を撫でて、ポーチからペンを取り出して差し出す。
「これを使って。エマちゃん、もう大丈夫だよ。これからは私たちが守ってあげるんだから! ね、ユリィちゃん!」
「え、ええ……」
それからというもの、三人は行動をともにするようになった。
午後の授業が終わり、帰り際、エマが「お手洗いに行く」と言って席を立った。
ただ、このときは、トイレにまで一緒に行こうとは思わなかった。どちらかというと、講義室の荷物を見張っている感じだった。
「エマちゃん、遅いね……」
しばらく講義室で待っていた。でも、なかなか戻ってこない。
「お手洗いの前まで行ってみましょうか」
トモリンとユリィは様子を見に行くことにした。ただし、大きい方だと失礼になるから、こっそりと。
トイレは廊下の先を曲がった所にある。
進むにつれ、声が聞こえてくる。
「おい、カーペン家のゴミ虫さんよ!」
「へへ! ゴミ箱をあさるゴミ虫さん!」
「うわっ! きったねー!」
男の声だ。
「ゴミ虫が、貴族でもないのに魔法学園に入るとは、いい度胸じゃねえか!」
「町の民が貴族の真似事をするなんて、百年早いんだよ!」
「そうだ、そうだ!」
角を曲がると、エマが三人の男に絡まれていた。そのうちの一人は、入学式のチャラ男だ。その他、少し離れた所で、数人の女子が困ったような顔をして成り行きを見ている。
「お前の顔を見てると虫唾が走るぜ!」
「カーペン家はゴミ虫の巣!」
「そうだ、そうだ!」
「カーペン家をけなすのは、許せない!」
それまで黙っていたエマが、男の顔を睨んで言い返した。
エマは貴族ではなく、大商人カーペン家の娘だ。
貴族でもないのに魔法学園に入学するのには、大きな理由があった。一つは、魔法を習得できること。もう一つは、魔道具の知識を得られることだ。
一部の生まれつき魔法を使える者を除けば、魔法学園に入らないと魔法を習得できない。魔道具の知識も、市井では下級の物しか学ぶことができないが、ここでは上級の知識を得られる可能性がある。
「なんだ! その目は! ランキング一位のダミアン・ダスティ様に逆らおうってのか? ああん?」
納税ランキング一位と言っても、あくまでも下級貴族部門での話だ。
「やめなさい!」
そこにユリィが割って入った。
トモリンは、ユリィに手を引かれて強制参入する形となった。残念ながら、何もできずにあたふたとしているだけだ。先ほどの「守ってあげる」決心は、どこへやら。
「なんだ、てめえは。ああ。算数の授業で目立ってた奴か……」
突然の乱入者に、顔の向きを変えるダミアン。
「ダミアン様。こいつら、ワイヤード家の者ですぜ。で、ランキングは中ほど」
取り巻きの男は、いつの間に調べたのか、ルデイルの納税ランキング状況まで知っていた。
「他者を見下すことで優越感を感じる愚か者! 他人を卑下したところで、あなた自身の価値が上がることなんてないわ!」
「はあ? ランキング一位のダスティ家に言いがかりをつけるとどうなるか、わかってんのか、ああ?」
ユリィの強い目線にたじろぎながらも、なんとか平静を保って反論するダミアン。
「ランキングに拘ることに意味があると思って!?」
「う、うるせえ! ダスティ家に逆らえると思……」
ダミアンが言い返そうとしたところに、ユリィが強い口調で重ねる。
「親の後光に縋る、弱虫どもね! あなた一人で何ができると言うの? 見せてごらんなさい! よ・わ・む・し・さん!」
そしてユリィはダミアンをキッと睨みつける。
身分こそ明かしていないが、「皇女」の迫力は格が違っていた。
「ほら、早く!」
「ひっ!」
怯むダミアンに対し、ユリィは半歩前に出て、更に強く促した。
「……く、くそ! パ、パパにも叱られたことがないのに……、うわーん」
ダミアンは悔しそうな顔で、言い返す言葉も尻つぼみとなり、突然、泣き出して走り去った。取り巻きたちもそれを追うように去って行く。
「ありがとう」
「いいえ。当然のことをしただけよ」
「そ、そう! 当然のことなんだよ!」
全然活躍していないのに、いいとこ取りをするトモリン。
そして、三人で手を握り合う。このとき、エマの手は小刻みに震えていた。
「いやー! お前たち、凄いな!」
すると、遠くで見守っていた女子のうちの一人が両手を広げて歩み寄ってきた。体術の授業で目立っていた赤髪ポニーテールの娘だ。
「ダミアンのダスティ家はランキング一位だぞ。よく強く言えたな! 私だって言ってやりたかった。でも、うちは最底辺だからな。何もできなかった。それなのにお前たちは、毅然と言ってのけた。胸がスッとしたぞ!」
片手を胸に添え、興奮気味にやや早口に喋ると、目を潤ませながら、三人で握り合う手にさらに手を乗せた。
そして笑顔を見せ、口を開く。
「あ、私はミーサだ。よろしく」
「ユリィよ。よろしく」
「私はトモリン。よろしくね!」
「ボクはエマ」
ユリィたちに、新たな仲間が加わった!
「そうだ! 私たち、探し物してるんだ! みんなで探そうよ!」
「ああ、私は構わないぞ」
「ボクも、探す」
「ええ、人数が多いほうが、発見できるかもしれないわね」
最後にユリィが肯定して、探索が開始された。
「で、何を探しているんだ?」
廊下を歩きながら、赤いポニーテールを揺らしてミーサが尋ねる。
「上級貴族エリアへの通路を探しているわ」
「「上級貴族!?」」
エマとミーサが同時に驚く。
「下級貴族一位に飽き足らず、今度は上級貴族に喧嘩売ろうっていうのか。おまえたちの根性、見上げたものだな!」
ややおおげさに手を動かすミーサ。
「喧嘩なんて売らないわ。ただ、会いに行くだけよ」
「それなら、アポをとって、正門から行ったら……って、上級貴族様が私たち下級貴族の呼び出しに応じるわけは、ないよな」
ユリィも同じことを考えたことがあった。昔の自分が、面識のない下級貴族に呼び出されたらどうするかを。
それはミーサの言うことと同じ結果となり、会うことなんてないだろう。
それに、手紙を書いて実情を伝えたとしても同様だ。内容が突拍子もないことになるだけに、信じてもらえるどころか、相手にもしてもらえないだろう。
ユリィは過去の自分自身のことだから、そのことがよくわかる。
ただ、現在のユリィであれば、相手の身分だけで判断するなんて事はしないだろう。これまでの経験が、ユリィの考え方を大きく変えていた。
「今日は、禁断の間の周辺を探そう!」
まるで皆を率先するかのように、トモリンが先を行く。
四人は、トイレ付近から真っ直ぐ東にある、禁断の間へと向かう。
「禁断の間って、同じのが一階から四階まであるけど、どうしてなんだろう?」
「そうね。禁断の間というのは、吹き抜けになっていて、実際には一階しか利用できないから、調査は一階部分だけになるかしら」
一年生の講義室は一階にあるから、今はちょうど一階にいる。
「ユリィちゃん、詳しいんだね!」
「入学案内書に、吹き抜けと書いてある」
案内書の間取り図にも「吹き抜け」と記載してあり、エマが説明をする。
それとは別に、ユリィは二回目の学園生活であり、「禁断の間」に入ったことがあったから、そのことを知っていたのだが。
禁断の間の前に立つ四人。
「ここだけ、壁が黒い」
「なんだ? この部屋って、入り口がないんだな?」
禁断の間の壁は、色が他の壁と異なるだけでなく、質感もだいぶ異なっている。少し光を反射するような、黒光りに近い材質だ。
そして、この壁には扉はついていない。
毎年3月の頭に三日間だけ、壁に空間ができ、内部に入れるようになる。生徒への魔法の伝授は、その際にこの部屋の中で行われる。
現在は3月ではあるが、既に壁の空間が閉じた後だ。
開くのは入学式よりも前のことで、次に開くのは来年の3月になる。まだまだ先のことで、先を急いでいるユリィは、それまで待っていられなかった。
しばらくの間、念入りに壁を調べる四人。
「ここにも何もなさそうね」
「そうだなあ。ただの黒い壁だよな」
「この材質は、不思議」
「そだねー。変わってるよねー」
そう言って、エマの近くにトモリンが歩み寄ると、突然、壁に何かの紋様が眩しく輝いて浮かび上がった。
「うわ!」
ミーサは驚いて後ろに飛び退き、片膝をつく。
ユリィとエマは、両腕を顔の前に上げ、その輝きから身を守ろうとしている。
「わあー。不思議な紋様だねー」
顔をその輝きに照らされながら、トモリンだけが、平然とその紋様を眺めている。
そしてすぐに輝きは収束し、うっすらと光を放つ状態になった。
紋様は手の平に収まるぐらいの大きさで、円に内接する逆三角形だ。
「これは、何かしら?」
顔の前に上げていた腕を下ろし、早速紋様の調査を始めるユリィ。
紋様に触れても、図形をなぞってみても、何も起こらない。
「ひらけー、ごま!」
トモリンが呪文のような言葉を発しても、何も起こらない。
「突然、訳のわからないことを叫ぶから、何かが起こるかと思ったぞ」
「うん。驚いた」
やはり、「ひらけごま」は、この世界では一般的な物ではなく、訳のわからない言葉に分類されるようだ。
「てへへ」
笑って誤魔化すトモリン。
とりあえず、ユリィはポーチから取り出したノートに、紋様を写し取る。
「消えていくぞ……」
やがて紋様は消え、そこに何もなかったように、黒い壁に戻った。
「今日は新しい発見があったけど、向こうに抜けられる物ではなかったわ。もっと調べれば、どこかにきっと、また新しい発見があるはずよ」
「明日も探検しよー!」
「「「おー!」」」
初めての発見に手応えを感じながらも、遅くなったので今日は学園寮へと帰ることにした。




