005話 エイクス魔法学園
しばらくの間、ルデイルの屋敷で世話になったユリィとトモリン。
形式上ではあるけれど、二人はルデイルの養子となり、これからはユリィ・ワイヤード、トモリン・ワイヤードと、名乗ることになる。
今日は、エイクス魔法学園へ入学するため、帝都マドーズへと移動する。
「旅立つ二人へ、はなむけとして、こちらを差し上げましょう」
二人は可愛らしいポーチをもらった。
「ルデイルさん、ありがとう!」
「ありがとう……」
「魔法収納になっていまして、着替えや勉学に必要な道具、それと、少々の金貨を入れてあります。お役立てください」
早速中身を確かめる貧乏性なトモリン。
「わあ、いっぱい入ってる! しかも、このポーチ、腰に吸い付くよ!?」
ショルダーストラップで肩から提げる必要もなく、また、収納してある中身の重さも感じない、超便利グッズ。
「使いやすい物を選んでみました」
「うん、ありがとー。学園で優秀な成績を収めてくるよ!」
意気高らかに手を振って馬車に乗り込む。
この馬車はルデイルが用意したもので、帝都まで二人を送ってくれる。ルデイルは同行しない。
数日の旅程になるが、宿などの手配は済んでいる。
「行ってきまーす!」
「ルデイル、世話になりました。この恩は、皇女に戻り次第、なんらかの形で返させてもらうわ」
「恩返しなんていりませんよ。あなたがた若い人たちが、自由に生きて頂ければ、それが、恩返しというものです」
十分に若く見えるルデイル。それでも、自身よりも若い二人の未来を応援しているようだ。
扉が閉まり、馬車が走り出した。
ルデイルはその姿を見送りながら、小声で「ふふふ……。大いに自由を満喫してください……」と呟いた。
★ ★ ★
二人を乗せた馬車が帝都マドーズに入った。
「うわあ! 帝都って大きいね!」
しばらく住んでいたミレイニーの町とは比較にならないくらい、大きかった。
そして、馬車の窓から見える光景は、トモリンには刺激が強すぎた。
「見て見て! あのお店、カワユイ服!」
「あのアクセサリー、超カワユイ!」
「あのお店、おいしそうな香りがするー」
ユリィにとっては見慣れた光景。でもトモリンにとっては初めてで、完全にお上りさん状態だった。
(おかしいわね。帝都の入り口はいつもと変わらない感じだったわ。帝都に入る者も出る者も、とくに厳しく検問をしているような感じではなかった……)
仮に、帝都で皇女が行方不明になっていたとして、それが極秘事項であったとしても、入出門の検査が厳しくなるはずだ。ちょっとした騒ぎがあるだけで検査は厳しくなる。だから、真の理由を隠したままでも検査を厳しくすることは簡単なことだ。
それに、帝都内における巡回の警備も、とくに厳しくなっているわけではなく、普段通りのように見えた。
(やはり、私がもう一人いるってことかしら?)
はしゃぐトモリンの隣で、ユリィは一人静かに考えを巡らせていた。
馬車は帝都の中央へと向かって行く。エイクス魔法学園は帝都のほぼ中心部分にあるからだ。
「魔法学園には上級貴族正門、下級貴族正門の二つの門があるけど、どうして?」
入学の案内書には、魔法学園の入り口について記されていた。
「それは、魔法学園の内部が、上級貴族エリアと下級貴族エリアとで分かれているからよ」
案内書には魔法学園の間取り図が記載されていて、ユリィの言う通り、魔法学園の敷地が東側と西側とで完全に分離されている。東側が上級貴族エリアで、西側が下級貴族エリアだ。
敷地の北側にある正門も、東寄りに上級貴族正門、西寄りに下級貴族正門を配置している。グランドや実技棟なども上級貴族エリアと下級貴族エリアとで別々に用意されていて、なんとも無駄な構造となっている。
そして、案内書には、下級貴族クラスへの入学案内と明記してある。ワイヤード家は下級貴族だから、間違いない。
なお、魔法学園において下級貴族クラスという分類には、貴族ではないが入学を許される大商人等の子息も含まれる。下級貴族と同等以上の納税を果たしている裕福な家庭の子供たちだ。
「あの門かな?」
馬車が下級貴族正門へと到着した。そこで入学案内書を見せ、四角い箱のような魔道具に手をかざすと、入門を許可された。
馬車は敷地内にある学園寮へと向かい、そこで二人は降車する。
「今日からここで生活するんだね!」
「そうね。ここから、再起を図るわ」
学園寮は四階建ての建物だ。エイクス魔法学園は全寮制であり、三学年分の全生徒が寮に入る。そのため、寮は大きめの建物になっている。
寮の中に入るとオバサン、いや、寮母から挨拶があり、その後、メイド姿の者が二人を部屋まで案内してくれた。割り当てられたのは二人とも二階で、隣同士の個室だ。
今年度は、新入学生のほとんどが二階に割り当てられるそうだ。
部屋の中にはベッド、勉強机、洋服収納、簡素な応接セットがあり、窓からは西の空が見えている。
とくに搬入する荷物などはないので、そのまま一階にある共有スペース(食堂、風呂など)の説明を聞くことになった。
「食堂、とっても広いね!」
食堂には、四人掛けのテーブルがいくつも配置してあって、ところどころテーブルを二つくっつけて八人掛けにしてある。
風呂場は十人以上が同時に使用できる広さがあり、浴槽も備えてある。
「うわあ! お風呂だよ、お風呂!」
ルデイルの屋敷にもあったのだけれど、それはそれ、これはこれ。
トモリン的には、地球における中世のようなこの世界では、浴槽は一般的ではない物だと思い込んでいた。
いろいろ説明を聞いて入り口付近まで戻ると、最後に制服を二着もらった。
茶色のブレザーで、赤いリボンは大きめ。スカート部分は灰色を基調としたチェック柄だ。
それを手に持って各自の部屋に向かい、明日の入学式に備えることにした。
「制服だよ! 制服! きゃあっ、カワユーイ!」
トモリンは部屋に入るなり、ルンルン気分で制服の試着を始めた。
夢にまで見た制服姿。姿見の前でいろいろポーズをとっているうちに、外は真っ暗になっていく……。
翌日。
真新しい制服を着た新入生が実技棟に集まり、入学式が始まった。
学園の内部が上級貴族と下級貴族で完全に分離されていることもあり、こちら側での入学式は下級貴族クラスの生徒のみが参加している。同時に、上級貴族エリアでは、上級貴族クラスの生徒のみで入学式が執り行われている。
下級貴族クラスの運営長が新入生を歓迎する話を始める。
「新入生の諸君。エイクス魔法学園へようこそ。この学園の歴史は古く……」
「あー。偉い人って、どこでも話が長いんだねー」
「トモリン。偉い人の話って、一体どこで聞いてきたの?」
だらけた顔、そして肩からも力が抜けてやる気がなさそうなトモリンに、ユリィが尋ねた。
狩猟生活の山の民の村に、弁の立つ者がいるとは思えないからだ。
「え? えへへ。夢、かな?」
ユリィは怪訝そうにしたけれど、夢の中で年配の者の長話を聞かされていたのだろうと、ちょっぴり憐れみさえも感じていた。
「……三年間の学園生活で心身ともに切磋琢磨し、諸君が立派な帝国貴族とならんことを望みます」
運営長の話が終わり、今度は入学生代表が誓いの言葉を述べる。
壇上に上がって行く入学生代表は、ダミアンという名の男子だった。
耳に緑色のピアスをつけ、制服を着崩しており、人を見た目で判断してはいけないのだが、学業優秀というイメージとは程遠い、チャラチャラした感じがする。
「うわ! チャラ男だ! 能ある鷹は爪隠すってやつなのかな?」
「あの入学生代表のこと? 入学生代表には、ランキングの最も上位の家が選ばれるのよ。人柄は関係ないわ」
ここは下級貴族クラスなので、今年入学する生徒を抱える下級貴族の中で、最も納税の多かった家が代表として選ばれる。だから、人柄や学業の優秀さなどは一切考慮されていない。
チャラ男の短い挨拶が終わり、その後はあっという間に式次第を消化して入学式は閉式となった。
新入生たちは、ゾロゾロと連なって一年生講義室へと向かう。
講義室にはAとBの二つある。選択式の授業でもない限り、通常は講義室Aを「講義室」と呼んで使用する。
机が階段状に並んでいる講義室は、二百人ぐらいは余裕で入れそうなくらいに広い。でも、生徒の数は五、六十人ぐらいに見えた。
「あー。早速授業だね! どんなことを教えてくれるのかな。ワクワクするね!」
「貴族にとって必要なことを、幅広く習うことになるわ」
初めての授業は、算数だった。
(足し算とか掛け算って、習わなくても何故かできちゃうんだけど?)
トモリンは前世の記憶を意識しておらず、これまでの自身の記憶と完全に融合させている。そして、整合性の取れない部分だけ、「夢で見たこと」のように都合よく解釈している。
先ほどまで一桁の計算だったが、今度は黒板には二桁の計算式が書かれた。
「24×11=」
「264だよね?」
「そうね。264ね」
先生が計算方法の説明をする前に、トモリンとユリィは答えを口にしていた。
トモリンは前世の記憶によって。ユリィは二回目の一年生として。
「えーっと、お二人は……。トモリンさんとユリィさんですね。凄いですねー。先生が説明する前に計算できちゃうなんて。お家では優秀な家庭教師をつけてらっしゃるのですね」
先生は名簿を見て名前を確認し、それから二人を褒めた。
それが気に入らないのか、少し遠くで「ケッ」と吐き捨てるように言う者がいた。
次の授業は歴史だった。
「エイクス帝国は、今年、建国からちょうど300年になりますが、人間の歴史はもっと古くからありまして、歴史の授業では、それを表すために大陸歴を使います。今年は大陸歴2300年になります……」
算数の授業では優秀な生徒だったトモリンは、歴史の授業ではまったくついていくことができなかった。
帝都に住む一般市民にとって常識的な歴史的事柄でさえ、山の民には知られておらず、トモリンにとっては初めて聞くことばかりだった。
トモリンは思った。自分はリケジョ(理系女子)に違いないと。そして、レキジョ(歴史好き女子)ではないと。
実際はリケジョと言うほどの能力は持ち合わせていないのだが、前世の知識を動員すれば、この世界でリケジョを名乗ってもバレはしないくらい、授業で習う算数や理科のレベルは低かった。トモリンは井の中の蛙なのであった。
それからもいくつかの授業があり、初日の授業が終わった。
「ユリィちゃん、帰ろう」
「少し、学園内を調べてから帰るわ」
ユリィには、もう一人のユリィを探すという目的がある。
もしも、本当にもう一人のユリィがいるとしたら、それは上級貴族エリアだ。だから、下級貴族エリアから上級貴族エリアへと通じる扉などがないか、探すのだ。
「私も一緒に行くよ!」
二人は校舎の中を探検しだした。
入学前にもらった案内書によると、校舎は四階建てで、校舎内で上級貴族エリアと下級貴族エリアの境となるのは、一階の食堂か、中央にある「禁断の間」ということになる。物々しい名前の「禁断の間」は、一階から四階まで記載されている。
まずは、一階の食堂に向かった。
「昼休みには、人が多くて詳しく調べることはできなかったけど、今なら誰もいないわね」
「うん。今日のランチはおいしかったよねー。明日も同じの出ないかなー」
境界となる壁を念入りに調べるユリィと、お昼のことを思い出してだらけているトモリン。
しばらく調査し、日が暮れてきたので、学園寮に戻ることにした。
今日の調査では、残念ながら成果はなかった。




