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044話 トモリンの帰省

 年末の大イベント、舞踏会も無事終了し、「白馬の王子様」に出会えなかったトモリンは、ルデイルに会いにミレイニーの町に帰省することにした。


 トモリンの皇女近衛騎士としての任務は魔法学園内担当であり、学園が冬休みとなった今は自由行動が許されている。


「ココナちゃん、おいでー」


『呼んだコン?』


 ココナが、ぽんっと肩の上に現れた。


「えっとね、今からミレイニーの町に連れてってよ!」


『ミレイニーの町だね? 行っくコーン!』


 ぴょんと肩の上で飛び跳ねると、ふわっとした感覚のあとで景色は変わり、ミレイニーの町の門の前にいた。


「ココナちゃん、ありがとね」


「ん?」


 よそ見をしていて、突然近くで声が聞こえて振り向いた門衛。

 トモリンはココナに話しかけたのだが、門衛にはココナが見えない。


「ここ、通るからね!」


「ちょ、ちょっと待ってください。入町税を払ってくださいよ!」


 前回ミレイニーの町に入ったときは、ワイヤード家の馬車に乗っていたので入町税は取られなかった。

 でも、今は徒歩だ。門衛はそんなトモリンを見逃さない。


「前に来たときは、取ってなかったよ?」


 とぼけるように言うトモリン。その顔つきは生まれつきだ。


「そんなことはありません。ちゃんと払ってください!」


 そんなやり取りをしていると。


「お嬢様。こんな所で、どうされたのです?」


 偶然、執事のアルミンが馬車で近くを通りかかった。


「えっとね、入町税を払って欲しいんだって!」


 ちらりと門衛を見るアルミン。

 門衛は敬礼し、アルミンの言葉を待つ。


「こちらのお方は、ワイヤード家のお嬢様でございますぞ! 入町税を要求するなど、言語道断でございます!」


「ははーっ! 失礼しました!」


 平服する門衛。


「私、いじめられていないから、謝らなくてもいいよ?」


「お嬢様の寛大なお言葉につき、今回は不問に処しますが、次はありませんぞ」


「ひえー!」と怯えるように門衛が震え、その隣で、


「さあ、参りましょう」


 と、トモリンを馬車の中に誘うアルミン。


 馬車に乗って移動し、トモリンはアルミンとともに屋敷に入った。


「今日は、ルデイル様はご不在です。しばらく留守にされておりますから、御用がありましたら、私にお申し付けください。伝言という形で伝えさせて頂きます」


「ルデイルさん、いないんだー。残念ー」


 イケメン成分を堪能しようと思っていたトモリンは、思わぬ肩透かしを食ってしまった。

 貴族同士は互いの屋敷に呼んだり呼ばれたりで、いろいろ付き合いがあるらしい。


 アルミンと別れ、自分の部屋に向かうトモリン。


「あ! やっぱり、ユリィちゃんの部屋がなくなっているよ」


 トモリン部屋の隣。

 そこは以前はユリィの部屋だった。今は、単なる客間になっている。

 学園で起きた現象と同じだ。


(ルデイルさん、ユリィちゃんのこと、覚えていないんだろうな……。いろいろお世話になったのに……)


 アルミンには尋ねてはいないが、おそらく、アルミンもユリィのことを覚えてはいないと考えられた。


 一旦自室に入り、ぽふっとベッドの上に腰かけてから、ふと思い出した。


「あ、お土産買って来たんだった!」


 エマに無理を言って購入の権利を得た、ヘブンスイーツのビスケット。


(日持ちする物だし、ルデイルさんの部屋に置いておけばいいかな? ヘブンスイーツだから、きっとルデイルさんびっくりするよね!)


 ルデイルの部屋を探して、あちこち扉を開けまくるトモリン。

 その場所については、なんとなーくはわかっているのだけど、正確には知らなかった。


「ありゃ? この部屋はなんだろう?」


 床一面に大きな魔法陣のような物が描かれている。


「近代アートってやつなのかな? ルデイルさんも、なかなかセンスいいね!」


 トモリンは魔法陣をアートだと思い込んだ!

 そして、次に開いた扉の先は……。


「あ、ここだここ。間違いない!」


 いかにも執務室という感じの部屋だった。


「変わった絵を飾っているんだね。このとんがり帽子のような、それでいてベルマークのようにも見える絵は芸術なのかな?」


 帽子とも、ベルマークとも、ベル型UFOともとれる変わった絵が壁に飾ってあり、トモリンはこの世界にベルマークが存在しないことに気づかないまま、大きなベルマークだと思い込んだ。この世界はベルマークが芸術なんだと……。


「ここに置いておけば、帰ってきたときに、すぐに気づくよね! わあ、ヘブンスイーツだあ! って驚く姿を見てみたかったけど、ちょっと残念だね」


 執務机の真ん中に、でーんと、菓子袋を置いた。


 当初の目論見は外れ、トモリンの脳内のイケメン・コレクションに、ルデイルの驚いた顔が追加されることはなかった。


「任務完了!」


 そそくさとルデイルの部屋を出て、自室へと戻る。


「ユリィちゃんがいないと、寂しいな……」


 ただ一人の冬休みを寂しく過ごすのだった。



 翌日。


「アルミンさん、ちょっと出かけてくるね!」


「お嬢様、馬車でお送りしますよ?」


 慌ててアルミンが馬車を用意しようとする。


「歩いて行くから、大丈夫だよ!」


 ニコニコと答えるトモリン。


「そうですか。それでは、お気をつけていってらっしゃいませ」 


 領主館を出て、通りを歩き、町の門から外に出る。

 昨日の門衛が、ハラハラしながらその姿を見ている。

 領主の娘が護衛もなしに、徒歩で出歩いているのだ。門衛も気が気じゃない。


「えっと、こっちだっけ?」


 そんなこと露とも知らず、トモリンは街道を東に向かって歩き出す。


 トモリン的には、昨日転移でやってきたときに門の外だったから、次も再び転移で帰ることを想定し、気を使って門の外に歩いて出たのだ。

 町から出た痕跡もないのに、歩いて戻ってきたら、不審に思われる。トモリンにしては珍しい気の回しようだった。


 なお、転移そのものは、門からそれほど離れていない場所に現れることになるのだが、門衛には記憶の混濁が働き「突然現れた」とは思わない。これは、ココナが、ちょいと記憶の改ざんをしているからだ。


 街道を進み、今探しているのは、人目につきにくい林。


「あったあった。あそこで、ユリィちゃんと一夜を過ごしたよね……」


 知らない人が聞いたら勘違いしそうな危ないワードを平然と声にするトモリン。


 林の中に入り誰も見ていないことを確認すると、


「ココナちゃん、山の民の村に連れてって!」


『山の民の村だね? 行っくコーン!』


 見渡す限り山の中、山の民の村へと転移した。


(ああ、懐かしいなあ……。都会を見てみたくてここを出たけど、戻ってみると、山ガール本能がピリピリと刺激されるよ!)


「ばっちゃん、ただいまー!」


 掘っ立て小屋に戻ってきたトモリン。


「!? トモリン! トモリンかい!?」


 婆さんは大層驚いた顔で近寄ってくる。そして、頭の先からつま先までを一通り見て、


「本当にトモリンなのかい?」


 そう言って抱き寄せた。目からは涙が流れている。


「うん。帰ってきたよ。またすぐに帝都に戻っちゃうけどね!」


「ぐすっ。都会に行きたいと家を飛び出し、あれから一年。もう……」


 オイオイ泣きながら、窓の外、積み上げた石を指差す。


「あれって、墓石だよね? 誰か死んじゃったの?」


 空気の読めないトモリンだった。


 ユリィの存在が消えた婆さんの記憶の中では、ユリィの付き添いとして山を出たのではなく、家出のような形で山を出たことになっている。

 そして、戻ってこないから死んだものとして……。


 これは、ユリィとトモリンがこの山で出会うことのない、前の世界線での出来事と合致するのだが、そんなことは、トモリンの知るところではない。


「生きていたんだねえ。こんなに立派になって……」


 そこまで言われて、トモリンはようやく、あれが自分の墓標だと理解した。


「ああ、トモリンや。おなかがすいておるじゃろう? 今すぐ用意してやるからのう……」


 他の家族は出掛けていて、婆さんだけが家にいた。

 朝早くから活動する山の民の村では、今頃がちょうどブランチの時間になる。


 よろよろ歩く婆さんに、


「ばっちゃん、調子が悪いの?」


 トモリンが寄り添って尋ねた。


「少し、この辺りが痛くてのお。動くと……、響くの、さ……」


 とても痛そうに腹部を摩る婆さん。


「ばっちゃん、食事の用意はいいから、寝ててよ」


「そんなこといくまいて。せっかく孫が帰ってきたんだ……。うっ……」


「ばっちゃん!」


 トモリンは持ち前の筋力で婆さんを抱き上げ、ベッドの上に寝かせる。


「ちょっとだけ、じっとしててね! 今、治してあげるから!」


「ぐ……」


 言葉を話せないぐらいの痛みをこらえ、額から脂汗を流す婆さん。


 トモリンは婆さんの腹部に手の平をかざし、念じた。


「ばっちゃんの病気、ぜーんぶ治っちゃえ! 痛いの痛いの、飛んで行け!」


 ぽわっと手の平から光が発せられる。

 それは、温かく優しい輝きだった。

 その光が婆さんの体を包み込み、やがて薄らいでいく。


 しばらくして。


「おお、痛みが引いていく!?」


 上体を起こし、腹部を摩って変化を確かめ、ベッドから降りる婆さん。


「動いても何ともない!?」


 数歩、歩いて確認し、トモリンのほうを見やる。


「トモリンや。都会に行ってこんな凄いことを学んできたのかい。そうかいそうかい。婆さんは安心したよ」


 トモリンに前世の記憶があることを知らない婆さんは、キコウ術を帝都で習ったものだと思い込んだ。


「うん。痛いの治って、よかったね!」


 再び料理を始めようとする婆さんに、


「今朝は、もう食べてきたから、私の分は用意しなくてもいいよ」


「そうなのかい。林の中で鳥でも仕留めて食べてきたのかい?」


 婆さんはあくまでも歩いてきたと思っている。


「違うよ。今はね! ジャーン! 帝都の魔法学園の生徒なんだよ!」


 制服姿をアピールするトモリン。

 最初から制服を着ていたのだし、今さらなのだが、強引に話を進める。


「学園に入るには貴族じゃないといけないから、私は、今、下級貴族なんだよ!」


 ババーン、と後ろで爆炎が弾けるようにポーズを決めるトモリンに、


「き、貴族様だってえ?」


 驚いて腰を抜かしそうになる婆さん。

 せっかく病気が治ったのに、今度は腰を傷めそうになった。


「うん。今は学園の生徒でもあり、皇女近衛騎士でもあるんだよ!」


「こうじょ、このえきし?」


 婆さんは常識のキャパを越え、理解がついて行けず、ポカーンと口を開けて固まった。


「だから、お屋敷で朝食を食べてきたから、今は食べなくっても大丈夫だよ!」


 そう言って思い出したようにポーチから袋を取り出す。


「はい! これ、帝都のお土産だよ! ヘブンスイーツって有名店のお菓子だから、みんなで食べてね!」


 結構長い時間、婆さんと話していた。けれども家族は誰も帰ってこない。

 この時間帯に戻ってこないということは、遠くへ狩りに出ていて夕方まで帰ってこないということだ。


「みんな、帰ってこないね。私、そろそろ屋敷に戻るから、みんなには『元気だった』って伝えてね!」


「ああ、トモリン、これを持ってお行き」


 クマの干し肉を渡す。あくまでも歩いて帰ると思っている。


「ばっちゃん、ありがとう。私からも、これをあげるよ!」


 でーんとオークの肉塊をテーブルの上に取り出した。

 再び腰を抜かしそうになる婆さん。今日は腰の危険日だ。


「じゃあ、ばっちゃん、元気でねー!」


 掘っ立て小屋を出て、少しだけ山を下る。

 婆さんの見ている前で転移したら、突然消えることにより、今まで見えていたのは、トモリンの霊だとか言われそうだと思ったからだ。


 トモリンは、家族から死人扱いにされるのは嫌だったのだ。こっそり自分の墓標も「ぽいっちょ」しておいたのは、内緒の話だ。

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