040話 エマの野望 後編
エマが注文した靴が完成する期日となった。
一行は馬車でフランツの店へと行く。
「これはこれは、皇女殿下。ようこそおいでくださいました」
片膝をつき、腕を胸に当てて礼をするフランツと、奥から慌てて出てきて同じように膝をつくマルガの姿に、戸惑う一行。
「フランツ、それにマルガ。これは一体どういうことかしら?」
二人の態度の変貌ぶりに、ユリィは理由を尋ねずにはいられなかった。
「前回お会いしたときは、皇女殿下とは知らず、とんだご無礼を働きました。どうか、平にご容赦ください」
二人は畏まるように、身をかがめる。
「皇女だとか、そんな身分なんてどうでもいいわ。これまでのように、私たちを一介の冒険者、または普通の顧客として対応して欲しいの」
悲しそうな顔で話すユリィ。
「そんなことはできません。皇帝陛下並びにそのご家族に対する不敬に当たります!」
「……。皇帝や私の家族には、それでもいいわ。でも、私には、普通に接して欲しいの」
「そうだよ! ユリィちゃんはね、町人の上に市人を造らずなんだよ!」
身分差による不公平に不満のあるトモリンが、ここぞとばかりに声をあげた。
「ユリィちゃん? 待ち人? それに死人……?」
フランツは首を傾げ気味にして何かを考えている。
「ああ、なるほど! 僕が恋焦がれていた、まさに待ち人のマルガを、死人にさせないよう配慮してくださったユリィ皇女殿下は、その奇跡の業を持つことが他国に漏れないように配慮なされているのですね。そして身分を隠し、一市民のユリィとして、人知れず病人に奇跡をもたらす……。なんと立派な慈善活動なのでしょう!」
ガバッと立ち上がり、両手をパーンと鳴らす。
「わかりました。これまで通り、一人のお客様として接しさせて頂きます! 市民にもマルガの奇跡のことは口外しないよう、きつく申し付けておきます!」
あれから日数が経過し、既に噂は市中に広がりまくっているのだが、ソレはソレ、コレはコレ。
「ええ……。普通にしてくれれば、それでいいわ」
理解が斜め上に逸れているようだけれども、概ねの要望は通ったので良しとしたユリィ。
「それでは。改めましてお客様。特急でご注文された品が完成しております。ご確認ください」
そう言って一度奥に入り、靴を一足持ってきた。
エマはそれを受け取ると、傾けたり顔を寄せたりして、まじまじと見つめる。
「こ、これはとても良い品」
輝く瞳で見惚れている。
「どうぞ、試してください」
試し履きを勧められたので、エマは足を通し、動かしてみる。
「履き心地も絶品」
そのとき、カカトのサイドにβのようなマークがつけてあり、カーペングループへの加盟申請が認可されたこともわかった。
「納得頂けましたか」
「うん。予想以上。そざ……。むぐっ」
ミーサがエマの口を塞ぐ。「素材にするのがもったいない」と言いそうになったのを察したのだ。
「いやー。いい靴だなあ。私のもできるのが楽しみだ」
わざとらしく誤魔化すミーサ。
発注時に代金を支払い済みなので、靴をポーチに入れて今日の取引は完了だ。
「ありがとう。他の靴も、出来上がったら取りに来るわ」
「はい。またのお越しをお待ちしております」
普通にペコリと一礼するフランツとマルガ。
一行は店を出て学園に戻った。
次の日の放課後。
三階の実験室に集まる五人。ロザリーは既に帰宅してここにはいない。
「さーて、エマ。何を作るか白状してくれ」
「今から作る。だから、見ていればわかる」
これまでも、何を作るのかは明かさなかったエマ。
素材をトレイに並べ、分量を確認する。
「オーガのツノ、ポーション、赤い粉……」
赤い粉は、採取した赤い草をあらかじめ煮詰めて天日干しし、すり潰して粉状にしたものだ。
慎重に錬金皿に素材を入れて行く。
錬金棒でぐるぐる混ぜると、ぽんっと薄い赤色の薬品が浮かび上がった。
「できた。腕力アップの薬」
「出来栄えまで気にしていた靴は、使わなかったのか?」
赤い薬をポーチに仕舞い、再び赤い薬を作る。
「靴は、赤い薬を作り終えてから使う」
初級や中級の錬金だと、石ころや草など、自然の素材がメインで、あとは錬金した薬品を使うぐらいだった。
いくつか赤い薬を作り終えると、今度はトレイの上にフランツが作成した高級な靴、白い羽、布切れ、黒い石を載せる。
「お、遂に靴の登場だな!」
「靴を素材にする錬金って、珍しいわね」
「ココナに伝授してもらったのは上級錬金の中でも珍しい物。たぶん世間には流通していない」
「ワクワク」
「上級錬金の一品は、貴族の年収ぐらいの価値があると聞きます。一体どんな物ができるのでしょうね」
皆の注目を集める中、錬金皿に素材を入れるエマ。
「これは一発勝負。失敗できない」
気合を入れ、錬金棒をまぜまぜする。
ぽんっ!
錬金皿の上に、一足の靴が浮かび上がった。
「靴を素材にして、靴を作ったのか……」
ビミョーな顔をするミーサ。
「よく見て」
エマは錬金で完成した靴をミーサに見せる。
「カカトの所に、白い羽のようなものがついているぞ?」
「うん。これは、ウイングブーツ。素早く動けるようになる」
その効果を聞いて、間髪入れずに「欲しい! 私も欲しいぞ!」と声を上げる。
「素材の靴は、みんなの分を注文してある。だから、みんなの分ができる」
「それはうれしいわね!」
オーガ戦で、素早さが足りないことを実感していたユリィは、素直に喜んだ。
「ねえねえ、履いてみてよ!」
「ここだと狭いから、実技棟で試す」
エマが指定するまま、実技棟へと向かった。
そこでウイングブーツを装着したエマ。
「ミーサ、ボクを追いかけて」
「エマを? いつでもいいぞ!」
エマが滑るように颯爽と走り出す。エマの一歩が、ミーサの三歩ぐらいの進み具合だ。
追いかけるミーサだったが、二人の間隔はどんどん広がって行く。
どれだけ走っても差は広がるばかりだ。
「はぁはぁ。追いつけないぞ」
しばらくして追いかけっこを終了し、戻ってきたエマは、まったく息を切らしていない。それに対し、全力で走ったミーサは、肩で息をしている。
「これがウイングブーツの能力。速く動けて疲れない。それに……」
少ししゃがみ気味に力を込め、一気に足を伸ばす。
すると、エマは宙に舞い上がり、二階の観覧席までジャンプしていた。
「ジャンプの能力も格段に向上する」
「それはいいわね」
前の世界線で追われる身を体験したユリィは、速く走れることが殊更気に入った。
「その靴があれば、魔物戦でも対人戦でも、出し抜くことができます」
「うん。イノシシさんと競争できそうだね!」
それは魔物ではない!
「足が速くなったのはいいことだ。でも、足が速くなっても剣術の授業はクリアできないのじゃないのか?」
もともと、剣術の授業対策として素材集めをしたのだ。足が速いだけでは、大きな効果を得られない気がした。
「それは、大丈夫。この薬を使うと……」
ポーチから先ほど生成した赤い薬品を取り出して飲む。
そして、ささっと走って倉庫から片手槍を持ってきた。
「ほら。簡単に持てるようになった」
「ん? その薬で持てるようになるのなら、ウイングブーツは要らないのじゃないのか?」
エマはとくに重そうにすることもなく、槍を持っている。ミーサの言うように、ウイングブーツはなくてもよさそうに見える。
「腕力アップの薬は、腕とその周辺の筋力が上がるだけ。足の筋力は上がらない。動くことを考えると、ウイングブーツは必要」
槍を突き出すにしても、足の踏み込みが必要だ。そして、エマには野望があった。
「こんなこともできる」
槍を水平に構えたまま、床上を滑るように移動するエマ。トモリンの記憶の言葉ではホバリングしているように見える。
「うわ! なんか怖いぞ! そんな兵士が突っ込んできたら、真っ先に逃げ出しそうだ」
「迫ってくるのがエマならいいのですが、それを敵の将軍が使ったら、前線が崩壊しそうですね」
強面の将軍がずんずん迫ってきたら、雑兵は逃げ出すかもしれない。
「脚力も上がるのでしょう? 滑らなくても、踏み込みの距離や威力が上がりそうだわ」
ウイングブーツの使い道はいろいろありそうだ。ユリィはその可能性をいろいろ考えていた。
「私もやってみたーい」
トモリンはウイングブーツのことを、おもちゃのような、面白い道具として認識した。
「みんなの分は、後日作る。それまで待って」
どうやら、ウイングブーツは素材に使った靴の持ち主の足にフィットするようにサイズの自動調整が働くようで、エマの足に合わせてある今の物は、トモリンには合わない。
細かい機能を挙げると、その日の足のむくみ具合や、足の成長によるサイズ不一致までをカバーする、素晴らしい魔道具なのだ。
「折角ですから、少し手合わせしてみませんか?」
いつの間にか、奥から練習用の剣と槍を持ってきていたマルティナ。
授業では、槍の基本的な扱い方のほか、槍対槍、槍対剣などの実戦的なことも習う。
「どうぞ、攻撃してください」
「うん。行く」
槍と盾を構えるマルティナに、槍を水平に持ったまま滑り出すエマ。
ほどなくして、エマの槍はマルティナの盾に当たり、ホバリングが止まる。
「ただ槍を持っているだけでは、簡単に防がれてしまいますよ。もっとこう、周囲を散らすように突き出すと効果的です」
そう言われて、エマは「こう?」と槍を前後に動かす。
「もっと左右にも、です」
マルティナの指摘に、今度は前後左右に、まるで機械のように一定の動作でぎこちなく槍を突き出すエマ。
これを見てマルティナは理解した。腕力が上がっても、運動神経は上がっていないのだと。
「槍同士は、これでいいでしょう。次は剣を持ちますから、もう一度攻撃してください」
ここでマルティナは方針を変えた。あくまでもエマが赤点にならないようになればいいと。
「うん。行く」
仕切り直して再び滑るように進むエマ。
マルティナはその槍の穂先に、ペシンと剣で当てて向きを逸らす。
予想通りだった。エマは何も考えずに突進しているだけだ。
「剣士は左右に避けるか、槍の穂先を剣や盾で逸らすことが多いはずです。そのどちらにも対応できるよう、やはり、槍を前後左右にいろいろ突き出すのが効果的ですよ」
攻撃の型さえそれなりにできれば、受けの型はできなくても赤点にはならない。
マルティナは、エマの槍に手を添えて攻撃のレクチャーを続けた。
後日。剣術の授業で。
エマは腕力アップの薬を飲み、ウイングブーツを装着して授業に臨んだ。
槍を持って滑るように動くエマ。
まるで、銅像か、ぎこちないゴーレムが動いているようだ。
それを見て先生は困った。たしかに、魔道具の使用は禁止していない。でも、他の生徒が真似したら、せっかくの訓練が身につかなくなる。
それでも、エマの挙動を見て、魔道具の使用を禁止する方針は打ちだせなかった。なぜなら、魔道具を使っても、エマはヘタレだったからだ。
魔道具を使わなければ赤点間違いなし。先生は黙認することに決めた。
このようにして、エマは剣術の授業での赤点を免れるようになった。エマの野望は達成されたのである。




