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004話 領主ルデイル

 街道を帝都の方向に歩いて行くと、すぐに村の前に着いた。


「ねえ、ユリィちゃん。寄っていこうよー」


 トモリンはユリィの手を引いて、村の中へと向かう。

 すると、建物の陰から何人かの村人が現れた。


「あいつら、なにもんだべ?」


「あの、毛皮! 山のもんだべ! 不潔や! 出てけー!」


 村人は麻のような服を着ている。それに対し、ユリィたちは皮の服を着ている。その差は一目瞭然だった。

 村人たちは突然大きな声で威嚇し、泥や石を投げつけてきた。


「痛っ! 何するの? やめてよ、やめてってばー」


「出て行けっつーのが、わからねえか! しっし!」


「山のもんさ、来るとこじゃねえべ! 山へ帰れ!」


 トモリンが必死に止めるように懇願するが、村人は一向に止めようとしない。


「そこの者ども! 私は、エイクス帝国皇女、ユリィ……痛い!」


「んなもん、皇女様なわけねえべが! 皮の服着た皇女様がいたら、へそで茶をわかしてやるべ!」


「んだ、んだ。山の民の分際で皇女様を名乗るとは、ふてぇやつらだ!」


 見るに見かねたユリィが助け舟を出したのだが、逆効果だった。村人が言うように、皇女であれば、山の民の服を着ているなんてあり得ない。


(やりたい放題ね……。平民における身分差がここまで酷いとは、思わなかったわ……)


 ユリィとトモリンは、走って村から逃げだした。

 それでも執拗に追ってくるので、近くの林へと逃げ込み、身を隠す。

 やがて、村人たちは追い払うことに満足したのか、村へと戻っていった。


「今出て行くと、また村人が戻ってくるかもしれないから、しばらくここに隠れていましょう」


「うん……。ぐすん。ひどいよー。私が何をしたって言うの?」


 理解できない悲しさで、涙を流すトモリン。


 ユリィは、屈辱と無念さで胸が張り裂けそうになっていた。

 これまで、名乗れば誰でもひれ伏してきた。だけど、今回はあざ笑われた。そして、ともにいるトモリンを救うことすらもできなかった。


(服一枚で覆る身分制度。私はなんて愚かなものに縋っていたのかしら……)


 皇女の名乗り。それは自分の強さではなく、親の後光に過ぎなかった。

 それに、平民が平民を虐げる歪んだ身分制度。自身の一族が治める国の現状は、とても愚かなものだと気づいた。


「トモリン。怪我はない?」


「ぐすん。大丈夫」


 毛皮のコートは、村人からの攻撃を防ぐに十分だった。

 ユリィは、身分最底辺の山の民にかけてあげられる適切な言葉を見つけることができず、トモリンを抱き締め、一緒に泣いた。


 しばらく隠れていると、街道上を空の荷車を引いて歩いてくる数人の男たちの姿が目に入った。村人より高価そうに見える服を着ている。おそらく、町の民だろう。


 観察を続けていると、町の民はそのまま村の中に入って行った。

 そして、聞こえてきたのが、


「おら、てめえら、食料を早く持ってきやがれ!」


「隠すとぶん殴ってやるからな!」


 村人を脅す、町の民の声だった。


「町の民よ、どうかお許し下され。それを持って行かれると、ワシら、明日から食うもんなくなるだ」


「うるせえ! その辺の草でも食ってやがれ!」


 バンっと音が鳴った。よく見えなかったけれど、村人が一人倒れている状況から想像すると、どうやら殴られたようだ。


 荷車に食料を載せ、来た道を戻って行く町の民。その方向は帝都とは逆方向で、ユリィたちの向かう方角ではない。


「今のは何なの? 村人さん、食べ物持っていかれたよね?」


「……」


 どう説明しようか、思い悩むユリィ。

 一度空を見上げ、それからトモリンをしっかりと見据える。ユリィは、本当のことを言おうと決心した。


「トモリン、驚かないで聞いてね。帝国には身分制度があって――」


 身分制度の詳細を説明した。大枠は山の民の村で婆さんが語っていたので、それを補うよう、納税の多さで身分に差が出ることを、トモリンにわかるように。


「そんなの、おかしいよ! 王様が偉いのはわかる! でも、村人はどこに行っても村人じゃないとおかしい! 町の人と村の人で差が出るのもおかしいよ!」


「そうね。トモリンの言うことは間違ってはいないわ」


(そして、長年、それを正してこなかった私たち皇族に非があることは明白……)


「ぶっ壊しちゃおうよ!」


「え?」


 突然の言葉に、ユリィは小首をかしげる。


「こんな国、こんな制度、私たちでぶっ壊しちゃおう!」


 トモリンは、ユリィが皇女だということを、すっかり忘れていた……。


「え、ええ。国はともかく、制度は、見直しましょう……」


 ユリィは、苦笑いするしかなかった。


 トモリンが「国を壊す」一番の近道は、皇族を廃するクーデターを起こすことだ。それは、皇族のユリィも粛清の対象になるだろう。

 それに、今、ユリィは帝国が滅亡するのを防ぐために、帝都に戻ろうとしている。まさに、国を守ろうと行動しているのだから。


 もう、街道には誰もいない。


「そろそろいいでしょう」と、林から出て街道を帝都に向かって進み始める。


 今度は村には寄らなかった。


 そのうち、日が沈み始めたので、街道の傍にある林に入り野宿をする。

 二人身を寄せ合い、寒さをしのいだ。


 日が明けると、また、街道を歩き出す。

 この周辺はあまり経済活動が活発ではないようで、道中、すれ違う人はほとんどいなかった。そういうこともあってか、盗賊に遭うこともなかった。


 半日ぐらい進んだ所で、街道の先に町が見えてきた。

 町の規模はそれほど大きくはない。それでも城壁で囲まれていて、しっかりとした造りだ。


「町が見えたわ。あそこに寄れば、帝都と連絡が取れるはず」


挿絵(By みてみん)


 村と違って、町には領主または代官がいる。彼らに面会すれば、帝都と連絡はつく。淡い期待を持って、町の門をくぐる。


 門衛は、なにやら言いたげな顔をしていたが、先日の村人のように追い払うことはなかった。


 通常、城壁のある町では入町税を取っている。しかし、皇女であるユリィは、入町税を払ったことなんてないし、トモリンはそんな制度があることさえ知らない。だから、そのまま通過できたことに、なんの疑問も抱かなかった。


 町の中を少し歩くと、中央広場に辿り着いた。


「うーん。おいしそうな香りがするよ~」


 いくつかの屋台があって、食べ物や雑貨品などを扱っている。

 干し肉と野草しか食べていない二人は、お腹がすいていて、つい、屋台の方へと足が向かう。すると。


「なんだ、この汚らしい者は! こっちに来るな! あっちへ行け!」


 屋台の周辺にいた町の民に追い払われた。

 門衛は通してくれたけど、町の民は、やはり村人と同様、さげすんだ目で二人を見下し、汚いモノをどかすかのように身振り手振りで二人を追い払う。


 二人は、裏通りらしき暗い通りに逃げ込んだ。

 そこで縮こまって、身を潜める。ユリィはトモリンを庇うように抱いて隠した。


 やがて、町の民の声が遠ざかって行く。町の民は裏通りまでは追ってこなかった。

 ユリィは顔を上げ、様子を窺う。すると、本通りからこちらの裏通りに向かって、立派な馬車が走ってくるのが見えた。

 もう一度縮こまって顔を隠す。

 ところが、馬車は背後で停止した。

 扉を開き、馬車の中から誰かが降りる足音が聞こえる。


「いやあ。奇遇ですね。山の民ではありませんか」


 挑発的ではない、優しさのこもった言葉に、恐る恐る顔を上げ、声の主の方を見る。

 メガネをかけたタキシード姿の若い男で、長い金髪を首の後ろで縛っている。


「イケメン……」


 トモリンが小声でなにかをつぶやいた。


「おや? 二人? これはこれは、申し遅れました。わたくし、ここミレイニーの町の領主ルデイル・ワイヤードと申します。お困りでしょうから、私がお二人を保護致しましょう」


「領主? 今、領主と言ったわね?」


「はい。いかにも。領主ルデイルでございます」


 山の民(の姿)の者にも、丁寧に答えるルデイル。


「それなら、話が早いわ。私はユリィ・エイクス。エイクス帝国の皇女よ!」


「……。私めは決して信じないとは言わないのですが、そのお姿で皇女殿下を名乗られるのは、いささか無理がありまして……。この場で他の者に聞かれたら、私共々侮辱罪に問われかねません」


 ここで、ルデイルの横に立つ、老紳士風の男が声を挟む。


「旦那様。詳しい話は屋敷の中でなさいましょう」


「そうですね。屋敷へ戻りましょう」


 ルデイルは先に馬車に乗り込み、ユリィの手を引いて馬車の中へと誘う。続けてトモリンが乗り、最後に老紳士が乗り込んで扉が閉められる。


 間もなく馬車が動き出し、本通りに出て、大きな屋敷の前に到着した。

 貴族邸としては質素な造りの屋敷。それでも、トモリンの目には「とても立派な屋敷」に映っていた。


「こちらが我が屋敷。まずはお休みになり、それからお話を伺いましょう」


 先に馬車から降りた老紳士が手を引いて、降りる手助けをする。

 そして、屋敷に入ると、二人の先導は老紳士からメイドへと変わり、メイドに案内されるがまま風呂に入って綺麗になり、着替えに臨んだ。


「わあー。ドレスだよ、ドレス。こんなの着てみたかったんだあー」


 用意されていた服は、町の民の服よりも立派なドレス、貴族の服だった。


「ドレスなんて、お腹の辺りが窮屈なだけで、良いことなんてないわ」


「むぎゅう」


 メイドにより、コルセットで腹部を締め付けられ、変な声を出すトモリン。

 着替え終わると、二人は食堂へと案内された。


「さあ、どうぞ。食事をしながらお話をしましょう」


 先に席についていた領主のルデイル。


 メイドが椅子を引き、二人を座らせてくれる。

 慣れていないトモリンは、座るタイミングを見誤りバランスを崩したけれど、山育ちのバランス感覚で持ち直すことに成功した。


「うわあ、ごちそうだねー」


「我がワイヤード家は下級貴族でして、ささやかな物を並べております」


 三人のグラスにワインが注がれ、それを口にすることで、食事は始まった。


(これは、テーブルマナーと言うやつだね! 夢の中で教わったから、えっと、まずは……)


 トモリンは前世の知識を総動員して食事に当たる。

 しかし! 世界が異なるため、それには当たりはずれがあった。もちろん、山の民の、自由奔放な食べっぷりと比べれば、上品ではあるのだが。


 食事の途中、優雅な所作でフォークを皿の上に置き、それからユリィがルデイルに話しかけた。


「ルデイル。帝都に連絡はつくかしら?」


「はい。それは、どのようなご用件で?」


 にこやかな顔のまま、少し首を傾けて聞き返すルデイル。


「帝都から迎えを寄こして欲しい」


「そうですか。先ほどのお話のことですね」


 そう言うと、ルデイルは辺りをちらりと見渡してから、続けた。


「実は、皇女殿下のユリィ・エイクス様が帝都からご不在になっておられるという情報はありません。もしも、そのようなことがあれば、たとえそれが秘密裏であったとしても、我々貴族の耳には届くものです」


「でも、私はここにいるわ!」


 ユリィは忘れていた。自身が時をさかのぼり、ここにいることを。

 通常、皇女が一人で山中に行くことなどあり得ない。それでも山中に出現したユリィ。

 だから、帝都のユリィが消滅しない限り、ユリィがもう一人いてもおかしな話ではない。


「そう言われましても、私には、帝都に皇女殿下がいらっしゃるとしか、言えません」


「そう……」


 ユリィの目線は手元に戻り、うつむき気味になる。


 本当に、帝都にもう一人、自分がいるのだろうか。もし、いたとしたら、自分は何者なのだろうか。そして、帝都に出向いたところで、得体のしれない自分は謁見すらできないのではないか、と思索にふける。


「皇女殿下は、今年、エイクス魔法学園にご入学なされるお歳です。どうです? お二人も学園に入られては? そちらで実際に確認されたら良いのではないでしょうか?」


「……それは、良い考えね。私がもう一人がいれば、そこで会うことができそうね」


 もう一人の自分がいるなら、会えばいい。

 学園なら、城と違って謁見と言う煩わしい手順を踏まなくても会えるに違いない。


 ただし、過去のユリィ自身が、顔も知らない下級貴族の子息に会う可能性があったかと問われれば、それはないに等しかった。

 だから、アポをとる正式な手順ではない方法で会うことをユリィは模索する。


(ほえー。ユリィちゃんがもう一人って、何? どうなってるのー?)


 実はトモリンにとっては、ここまでの話はチンプンカンプンで、目の前がグルグル回るような状態だった。


「でしたら、お二人を、我がワイヤード家の養子として迎え入れましょう。いかがでしょう?」


 学園に入学するには、皇族や貴族であるか、もしくは大規模な商家などのように貴族と同等の納税をしている必要がある。

 今のユリィには皇族であることを証明するものはなく、また、山の民のトモリンは貴族でもなんでもなかった。


「トモリンはどうするの? 私と一緒に帝都に行く?」


「!」


 湧いて出た「帝都」の言葉に、ピクンと反応するトモリン。


(帝都? 帝都で学園生活? 友達と電車に乗ったり、お出かけしたり。きゃっきゃうふふなバラ色生活!?)


 前世の記憶を持つトモリンにとって、「帝都」イコール「都会」、「学園」イコール「楽しい場所」であり、貧しくて楽しみのない山の民の村に戻りたいとは微塵も思っていなかった。


「うん。行く行くー! 一緒に行くー!」


 両手を上げて賛成した。


「それでは、そのように手続きを致しましょう。魔法学園が始まるのは3月からですので、しばらくは、我が家でお過ごしください」


 今は1月で、帝都までの移動時間を考慮してもまだまだ日数がある。その間、とくにトモリンには、貴族らしい振る舞いを教えてくれるそうだ。


 また、ここで話題に上らなかったことではあるけれど、魔法学園に入学するには年齢制限がある。年齢を誤魔化そうとしても入学審査時に使われる魔道具でわかってしまう。


 トモリンはちょうど入学の年齢であり、前回の世界で学園生活を半ばまでしていたユリィもまた、入学の年齢に戻っていた。二人とも、十三歳である。二人は、十三歳であっても、日本人における高校一年生ぐらいに見えた。人種の差、であろうか。


 なお、ユリィは時を遡り、世界線をまたぐことで、その時間分、自身が若返っているという事実に気づいていなかった。


(なんだか、これまで話しかけにくい雰囲気だったけど、今がチャンス! イケメンと親しくなっちゃうぞ!)


 トモリンは、むふーっと鼻から息を吐きだし、大きく息を吸って気合を入れてから話し出す。


「どうしてルデイルさんは、山の民の私に親切にしてくれるのかな?」


 トモリンの声を聞いて若干うつ向き気味になったためか、ルデイルのメガネが不透明になり、一瞬輝いたように感じられた。


「私は下級貴族。これまで上級貴族からの嫌がらせを存分に味わってまいりました。だからといって、そのような辛酸を、彼らと同じように下位の者に与えるのは、間違いであると思いますので」


「そうだよねー! 身分が上だからというだけで嫌がらせするなんて、間違っているよね! それに、村人も町人も、みーんな同じ人間で、身分の差なんて、ないよ!」


 トモリンは、前世の記憶が混ざったことで、人は皆、平等であるべき、と思うようになっていた。その主張を熱く語り、ルデイルはにこやかに頷きながらそれを聞いている。


「ふふふ。そうですね。身分の差なんて、ない。魔法学園で研鑽を積むことで、更なる思いが募ることもあるでしょう。大いに学んできてください」


 ルデイルは、そう、締めくくった。

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