032話 開拓地の視察 後編
翌朝。飛竜に乗って開拓地へと向かう。
「とても広いわね。これなら十分に目的を果たせそうだわ」
空から見下ろした開拓地は広大で、モンバートの町の倍以上の広さを確保している。
モンバートの町自体、ちょっとした上級貴族の領都よりも大きな町だから、この開拓地の広さがよくわかる。
「姫様。目的とは一体何ですか? 先日お聞きした、帝国の滅亡に関わる事でしょうか?」
ユリィと同じ飛竜に乗るマルティナは、ユリィがもう一人のユリィと同化した日に、未来に起こる戦争のことを大雑把に聞かされている。そして、帝国の滅亡を阻止したいとも聞いていた。
「ええ。帝国の滅亡に関係することよ。でも、始めに実現させることは、直接戦争には関係ないわ」
「そうですか……。私にできることがあれば、何でもご命令ください」
マルティナの言葉を聞いて、悲しげな顔で胸を押さえるユリィ。
「友達に命令なんてしないわ。みんなで一緒に、帝国の未来を変えるのよ。役割の分担という違いはあるかもしれないけど、お互いを尊重し合って進めましょう」
飛竜が中央広場に降り立つ。
少し遅れて、ミーサたちの飛竜も到着した。
「うわあ! 活気に満ち溢れているなあ!」
開発途中の町だというのに、人々の往来がとても多い。
家を建てる者、水路を整備する者、石を運ぶ者、木を切りだす者。
そして労働者を相手に商売をする屋台がいくつも並んでいる。
先行して開業している宿屋は大きな建物で、その前には木製のテーブルがあって、帝国の文官らしき者がこの町の設計責任者らしき者と図面を眺めて言い合いをしている。喧嘩ではなく、技術者としての討論だ。
そこへユリィが近づいて行く。
「これは、ユリィ皇女殿下! おはようございます!」
文官が胸に手を当てて挨拶をすると、設計責任者らしき男は、
「もしや、救世主様ではありませんか? 開拓中の町にまで足運んで頂けるなんて、とても光栄です!」
と、トモリンファーストで挨拶を始めた。
「トモリ……、救世主様は、お忍びで来ているのよ。目立たないようにしなさい」
「はっ! 皇女殿下、失礼しました!」
再び、技術者同士の討論が再開した。
「この倉庫には馬車が直接入れる入り口が必要で、そのまま転回せずに真っ直ぐ外に出られるようにしないと、物資の搬入・搬出に時間がかかりすぎる!」
「真っ直ぐな通路となると、後ろの森林をさらに切り拓かないと実現は不可能だ。期日までに間に合わない」
倉庫というのは、ユリィが注文した巨大倉庫のことで、期日というのは、これまたユリィが指定した、来年の4月頃までに倉庫を満たすことを示している。
「木のみんなに、どいてもらえばいいの?」
ぽけーっとした顔で、トモリンが口を挟む。
「救世……、えっと、お嬢様。奥地の木々の樹齢は長く、広く深く根を張っておりますれば、一本処理するだけでも、相当な人足が必要です。時間的にも資金的にも厳しいのが実情なんです」
悩ましい顔で頭を下げる男。
「うん。どかしちゃえばいいんだね? どの辺りか教えてよ」
「トモリン、人の話を聞け……って、トモリンならやっちゃいそうで怖いよな」
ツッコミを入れようとして、鼻の頭を掻きながら思いとどまったミーサ。
「そこに案内してくれるかしら?」
「はい。少々遠くになりますが、歩きでの移動、ご容赦ください」
馬車を用意していないため、移動は歩きになる。
技術者の案内のもと、町の奥地へ向かって歩いて行く。
「もう、たくさんの家ができているんだな」
町の中には衛兵の詰め所もできていて、衛兵が見回りを行っている。
「これでも、目標数の三割程度です。先日、帝国からの資金提供の話もありまして、救世……、お嬢様にご提示頂いた数以上の家を用意することになったんですよ。もちろん、お嬢様の期日は厳守致しますよ」
「はぁ、はぁ。遅れました。ここからはブルクハルトがお供致します」
普通の飛竜で移動してきたブルクハルトは、額に大粒の汗をかきながら、追いかけてきた。
ブルクハルトによる、開発の進捗状況の説明を聞きながら歩いて行くと、建設中の大きな建物が目に入った。
「これは新しいダスティ家の屋敷かしら?」
シンプルながらにも、為政者が住まうような佇まいで、ユリィには領主のダスティ家の建物だとすぐにわかった。
「そうです。ダスティ家の新しい屋敷になります。ハイラントの町を統治する中枢として恥ずかしくないよう、内部には礼拝堂も備えております」
教会でもない屋敷で、一体、何を礼拝するのか……。
聞かなくても答えがわかったミーサは、礼拝される対象のトモリンの顔を見て、背筋に寒気が走った。ダスティ家の一族は、気が狂っている、と。
トモリンは、どこからどう見ても、礼拝されるような存在ではない。むしろ、教会で「今度の試験で赤点になりませんように~」と祈りを捧げる姿が似合っている。
「そう……。この町はハイラントって名前になるのね」
もう少し進んだ所に、建設が始まったばかりの広大な敷地があった。
まだ、柱などは立っていない。区画を整備している最中だ。
「ああ、ここは倉庫になりますな。最近追加された建物なので、まだ形にはなっておりません」
ブルクハルトは広大な敷地に手を向けて説明した。
「あちらが拡張したい場所になります。そして、その周辺にある、大きな木々が、この区画を制限しているのです」
技術者の男が、整備中の区画の向こうにある森を指差して語った。そこには太い幹の木々が遠くまで広く繁っている。
「わかったよ! この辺でいいんだね!」
トモリンが走って木々の傍に行く。遅れてユリィたちもその後ろについた。
「まさか、本当にこの木々をどうにかできるのか?」
「トモリンは、自信ありげ」
「この間、ココナちゃんにもらった魔法だよ? もちろん、できちゃうよ!」
ココナに初めて会ったとき、トモリンは魔力の向上と、新しい魔法の伝授をしてもらっていた。その中に木々を動かす魔法があったのだ。
トモリンは両腕を大きく広げた。手には、先日伝授してもらった木の杖をミニチュアにした形のスティックが握られている。
「この辺の木のみなさーん! ここは私が使うから、もっと奥にどいてくれるー?」
魔法らしくない呪文を詠唱すると、トモリンの体からエメラルドグリーンの光が立ち昇り、周辺に光の粉となって降り注ぐ。
『ココナも手伝うコン』
ココナが浮かんで輝きを放ち、トモリンの生成する光の中に、新たな光を混ぜ合わせる。
「おお! 遠くの木が、向こうの方へと動き出したぞ!?」
「ひ、姫様! 後ろへお下がりください!」
マルティナはポーチから大きな盾を取り出すと、それを地面に突き立ててどっしりと構える。
「大丈夫よ、マルティナ」
ユリィは、盾を支えるマルティナの左腕を抱き寄せた。
「姫様……」
木々は、遠くの物から順番に奥へと移動し、ついに、すぐ近くの木が動く順番になった。
地面に張った、太くて長い根をぐわっと持ち上げて湾曲させ、それを足のように動かして、ぐらぐら揺れながらたくさんの木々が遠くへと移動して行く。
「き、奇跡だ! 救世……、お嬢様の奇跡に違いない!」
ブルクハルトと、技術者の男が地面にひれ伏して感動している。
後ろの方で区画の整備をしていた作業員たちも、アゴを外しそうなくらいに口を開けて呆けている。
「こらあ、とんでもないモノを見てしまっただ! 歴史に残る出来事や!」
腰を抜かす者や、ひれ伏す者、感動して泣き出している者や、あまりの驚きに意識を失くす者までいた。
「これが、トモリンの魔法……」
これまでマルティナが習ってきた魔法という物は、人族で最高位と言われる第五階級であっても、せいぜい、民家十軒分ぐらいの広さにしか効果は及ばないはずだった。
今、トモリンは、視界の遥か彼方まで木々を動かして見せた。
皇女の盾を自負するマルティナだったが、こんな魔法を使われたら、防ぎようがない。
今回の件をきっかけに、マルティナはトモリンに対して一目置くようになるのであった。
「第五階級どころじゃないわ……」
ユリィも魔法についての教養があり、その魔法効果のあまりの広さに驚嘆している。
「木のみんなには、どいてもらったけど、石とかはそのままだから、後はよろしくね!」
特別なことをした感じもなく、平然と話すトモリンの姿に、ブルクハルトは畏怖すら感じていた。
後世、この地に、「救世主様の森割り」という伝説が残ることになるのだが、そんなことは、当事者たちは微塵も考えていなかった。あまりの衝撃に、そんなことを考える余裕すらなかったのだ。
「ユリィ、しっかりして」
エマが肩を揺さぶって、ようやく現実に戻ってきたユリィ。
「……予定より広く土地を確保できたから、残りはすべて耕作用地にできるかしら?」
「うん。畑があると、狩りに行かなくても、いっぱーい食べ物が育つんだよ!」
「どうしてそこで狩りバナが出てくるんだよ!」
ぺしっとトモリンをはたく。
「えー! ウサちゃん、可哀想だしー」
「救……、お嬢様の命とあらば、立派な耕作地に仕上げて見せましょう」
あくまでも、トモリンファーストなブルクハルトだった。
昨日のうちに、ブルクハルトにも、トモリンは救世主であることを隠しているという設定を仕込んでおいたので、「救世主様」とは口に出さない。
「倉庫は、予定通りになりそうね?」
「はい。予定よりも大きめに確保致します」
「それなら、倉庫が完成したら、すぐに食料の搬入を開始してくれるかしら? もちろん、それを警備する衛兵の手配もよ」
「皇女殿下。そのことについてはオイゲン宰相の方からも指示が出ております。よって、早急に倉庫を満たすよう、準備の方は整っております」
他にも隅々を見て回り、開発に問題のないことを確認した。
「安心したわ。これなら、すべて間に合いそうね」
「間に合わなければ、私たちも手伝いにくるぞ!」
「うん! 木が邪魔なら、もっとどいてもらうよ!」
「石を運ぶぐらいのことなら、いつだって手伝えます!」
「ボクは、みんなを応援する」
ユリィにとって将来の布石となる町の建設は、トモリンの協力の甲斐もあって順調に進んでおり、安心して視察を終えることができた。
「帝都に戻りましょうか。ブルクハルト、案内ご苦労だったわ」
「救、お嬢様ならびに、ユリィ皇女殿下。このたびはご足労頂き、ありがとうございました。必ずや立派な町にしてみせますので、どうか、完成の暁にはもう一度、いえ、永住なされることを切に望みます」
トモリンに縋るように寄ってくるブルクハルトに、トモリンは一歩後ずさる。
「立派な町を目指すのはわかったわ。重要なのは、空き家の数と耕作地の確保、それと倉庫の進捗よ」
「もちろんです。空き家の数も、予定より多く確保致しますれば、いつでもご利用できるよう整えておきます」
「ブルクハルト、後は任せたわ」
高速飛竜に乗って、飛び立つ。
『魔法で移動できるコン?』
あまり出番のなかったココナが、寂しそうに言った。一応、トモリンの魔法の補助はしていたのだが。
なお、他の者には姿が見えないので、極力黙っていてもらったことも、その一因ではある。
「風を感じるのも、楽しいことだぞ!」
「やっほー!」
『風を起こすコン?』
出番が来た! ココナの目が輝く。
「もう、間に合ってるから!」
『シュン……』
後日、このハイラントの町の完成式典で、中央広場にでーんと聳えるトモリンそっくりな銅像の除幕式が行われるのだが、諸般の事情で出席しなかったユリィたちは、再度この町を訪れるまで、それに気づくことはないのであった……。




