027話 城へ
下級貴族ユリィ・ワイヤードがこの世界から消えて一週間が過ぎた。
そんなとき、トモリンたちの元に、突然、城からの呼び出しがかかった。
「城から呼び出しがかかるなんて、私たち、何か悪いことでもしたか!?」
「うわー! お城に入れるの? どんな所かなあ? 赤い絨毯とか敷いてあるのかなあ?」
「きっと、ユリィが呼んでいる」
三者三様の反応。
「城になんて、行ったことがないぞ! どんな格好で行けばいいんだ!?」
「あわわ……。ドレスなんて、持ってないよー」
「二人とも、慌てない。社交訓練の授業で習った。学園の生徒は制服で謁見できる」
エイクス魔法学園の生徒は、制服を着ていれば、皇帝に謁見することも、パーティに出席することもできる。もちろん、招待されていることが前提で。
呼び出しで指定された、学園が休みの日の朝。
城からの迎えの馬車が、寮の前までやってきた。
「トモリン・ワイヤード、ミーサ・ディアレット、エマ・カーペン。この三人で、間違いないかな?」
三人は頷く。
「早く馬車に乗りたまえ。皇帝陛下がお待ちだ」
(あちゃー。この人、ザ・上級貴族って感じだぞ! 大丈夫なのか? しかも、待っているのがユリィじゃなくって、皇帝陛下だって言ってたぞ? どういうことだ?)
馬車に乗り込み、揺られながら、不安な考えを巡らせるミーサ。ただ、トモリンだけが「お城、お城♪」と、楽しそうにしている。
ベシーク城に着くと、三人は応接室に通された。
そこで待っていたのは年若い文官の者で、これから行われる式典について、概要が語られた。
「「「聞いてないよ~」」」
その内容を聞いて、三人は驚いた。
文官によって、式典に向けての練習があり、それを一通り終えた頃、呼び出しがかかった。
「すごく緊張するな!」
「うん。足が震えている」
「王様、王様~♪」
皇帝だから「王様」とは違うのだが、トモリンにとってはどちらも同じだった。
案内人に連れられて赤い絨毯の上を歩いて行き、槍を手に鎧を着た者が監視する大きな扉を抜けると、そこは広大な謁見の間だった。
絨毯に沿うように、たくさんの鎧が並んでいる。多分、中身も入っている。
その先、階段状に高くなった所に豪華な玉座があり、皇帝と思われる男が鎮座している。その右隣に皇妃、左隣に制服姿のユリィが座っている。
玉座の近くまで進むと、三人はそこで片膝をつき、右手を胸に当てる。
ドレスの場合はスカートを摘まんで一礼するのだが、今日は制服なので、スカートであっても、片膝をつくのが帝国の正式な臣下の礼なのだ。と、先ほどの文官に習った。
「トモリン・ワイヤード、ミーサ・ディアレット、エマ・カーペン」
「「「はい!」」」
声が揃う。練習の通りだ。
「汝らを皇女近衛騎士に、任命する」
「「「我ら、皇女殿下の盾となり、歯向かう者には剣となって、この命を捧げます!」」」
ユリィが立ち上がり、三人の元に下りて、順番に肩に剣を当てて行く。
それからトレイを持った文官とその助手が、三人の前に行く。
トレイの上には赤いクッションが敷いてあり、その上に並べられているバッジを、三人の襟元に取り付ける。このバッジは皇女近衛騎士の証のようだ。
「ユリィのこと、頼んだぞ」
「「「皇女近衛騎士の名に恥じぬよう、誠心誠意お守り致します!」」」
皇女近衛騎士の任命式は、厳かながら速やかに執り行われた。
謁見の間を出ると、案内人によって応接室に案内された。
そちらで紅茶を飲みながら待つことしばし。
扉を開けて入ってきたのは、ユリィとマルティナだった。
「突然のことだったけど、みんなと一緒にいるには、こうするしかなかったの」
「姫様は、大層苦労されたのです。これまでの歴史上、学園における近衛騎士を二人以上用意した者はいません。それに、下級貴族を近衛騎士に任命したのも、前代未聞のことでした……」
ユリィの苦労を思い出すように語るマルティナ。
言っていることは本当のことだが、娘のおねだりに甘い皇帝の即決で、ユリィにはさほど苦労がなかったことは、誰も知らない。苦労といえば、前例のないことを実現するために、文官たちが右往左往したことだろうか。
「近衛騎士になると、一緒にいられるのか?」
「ええ。あなたたちは、魔法学園の上級貴族クラスに編入になるわ」
「上級貴族クラス!」
下級貴族クラスでいじめられていた平民のエマは、上級貴族クラスはさらに怖い場所だと感じている。
「大丈夫よ。あなたたちの制服は上級貴族クラスのものに変更になるし、その、皇女近衛騎士のバッジがある限り、あなたたちに手をかけることは、皇族に盾突くことと同じ扱いになるわ」
「それで、みなさんには、今日中に引っ越しをして欲しいのです。手伝いの者を何人用意すればよいでしょうか?」
「寮も上級貴族側になるのかあ。私は荷物は少ないし、トモリンに預けるから、人手はいらないぞ」
「ボクも間に合ってる」
「そう、それでね! ユリィちゃんの部屋がなくなってたんだよ!」
少し話題が逸れているような気もするが、このメンバー的には寮の部屋つながりで、ギリギリセーフだ。いつものことで、もう慣れっこなのだ。
「私の部屋がなくなっていたって、どういう意味かしら?」
「ああ、そのことでユリィに伝えないといけないことがある」
ミーサは、一度ここで話を切った。どう話したものかと思案したのだ。
「みんなユリィちゃんのこと、忘れているんだよ!」
「うん。最初からいなかったことになっている」
ミーサが頭の中で話を組み立てているうちに、すべてが語られた。
「ユリィちゃんのお花が、なくなっちゃった……」
皆で帝都に買い物に行き、そのときに買った鉢植えの青い花。
トモリンにとっては、大事な思い出だった。
「それなら、今の私の部屋にあるわ」
その言葉を聞いて、ぱあっと明るくなるトモリン。
「ユリィの記憶があるのは、この三人だけ。最後までユリィに触れていたからかもしれない」
「そのことは、なんとなく、わかるの。希望の石が、そうしてくれたんだと……」
ユリィは胸元の白い石のペンダントを握る。
「それから、ダミアンにも確認しといたぞ」
「ユリィが進めていた、モンバートの北の開拓も、トモリンが命令したことになって、進められていた」
「そう? それなら少し名目を変えて支援してあげないといけないわね」
「モンバートの北を開拓ですか? それも、帝国の未来に関係ある事でしょうか?」
マルティナが興味深そうに尋ねた。
「ええ。ことが起こるのはまだ先のことだけど、開拓には時間がかかるわ。だから、できるだけ早く進めたいの」
今、将来に起こりうることを伝えたところで民には何もできることはなく、ただ民が混乱するだけだと予想されるため、準備が整うまでは、口外できない。
「ダミアンが言うには、順調に進んでいるって話だったぞ」
「広大な土地の開拓になるわ。ダミアンのダスティ家や、その仲間の者たちだけでは少し荷が重いと思うから、帝国の方からも支援を出すことにしたの。来週、開拓の視察も兼ねて、モンバートの町に向かいましょう」
来週といっても、休日が明けてすぐではなく、次の学園の休みの日になる。
行き先が下級貴族の町であっても、皇族として訪問するには前触れが必要だ。その最短日程が、次の休みの日だった。
「来週はモンバートの町にお出かけだー!」
「遠出ですか。気を引き締めてお守りせねばなりませんね」
マルティナの何気ない言葉に、ユリィが、はっとしてトモリンたちを見る。
「みんなには式典で『皇女の盾となり命を捧げます』なんて言わせちゃったけど、あれは、式辞の変更が間に合わなかったからなの。長年続いている慣習を変更するのは大変なのよ」
「姫様は、慣習を変えようと、多くの努力をなさっておられます。でも、すべてが思い通りになっているわけではありません。慣習を直すのには多大な努力が必要なのです」
多くの慣習にはいろいろな者の利権がからんでおり、一朝一夕では変えられないのが事実だ。式辞の文言一つ変えるにも、過去に受けた者との差別化などいろいろ問題が生じていた。
「だから、どんなことがあっても、命を捧げるなんてことをしたらダメよ。みんな、私の友達なんだから!」
「うん。ユリィちゃんは友達だよ!」
「もう姉妹ではなくなったしな!」
ユリィ・ワイヤードはこの世界から消えた。だから、トモリンとユリィは義姉妹であることもなくなった。
「私の中では、大事な人よ……」
ちょっと寂しそうにユリィが話す。義姉妹という関係がなくなっても、それ以上の、大切な関係でありたいと願っているから。
「姫様。そろそろ、お時間です」
皇女のユリィは、城に戻るといろいろ公務があるようで、面会はここまでのようだった。
「また、学園で会いましょう」
「うん。またね~」
「頑張って引越しをするぞ」
三人は応接室を後にし、馬車に揺られて学園の寮へと戻った。
「しかし、この制服とも、今日でお別れかー。気に入ってたんだけどなあ」
下級貴族クラスの制服は、茶色のブレザーに大きめの赤いリボン。スカート部分は灰色を基調としたチェック柄。
「上級貴族クラスの制服はエレガント。着ればきっと気に入る」
上級貴族クラスの制服は、黒色のブレザーに白い縁取りがしてある。さらに、赤いリボンにはチェック柄が入っている。スカート部分も黒色を基調としたチェック柄となっている。
下級貴族の制服と比べると、細かなところで手が込んでいるのだ。
「私は、このカワユイ系が良かったなー」
中身がエレガントではないトモリンは、可愛い系の下級貴族の制服が気に入っていた。
引っ越しの準備に取りかかる。
自分の部屋で荷物をまとめ、トモリンのポーチに入れて行くミーサ。
エマは自分のポーチに入れるから、別行動となった。
「ミーサちゃんの部屋って、物がないのに散らかっているんだね」
洗濯した下着を畳んでしまうとか、使ったカップを洗って棚にしまうとか、ちょっとしたことが、まったくなされていない。
「いつも使う物は、いつもの場所へ。それが私のモットーだ!」
それが棚の中でも良い気がするが、下着自体の数が少なく、乾いた物から順次使うことになるから、しまうという概念がなくなってしまうのだ。
「とりあえず、全部、入れちゃうねー」
ぱぱっとポーチに入れて、作業を完了させるトモリン。
一応、ミーサ的には使用済みの物とか未使用の物とか区別してあったのに、すべてがひっくるめてポーチに入った。
「ま、いっか。よし! 準備完了だ!」
三人はさっさと引っ越しを済ませ、上級貴族エリアの寮の三階へと移り住むことになった。




