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011話 希望の石

 四人はいつもの制服ではなく、普段着で学園の敷地から外へ出た。

 今日は休日で、町に出て買い物をするのだ。


「入学式の前、馬車で町の中を通ったときに、たっくさんおいしそうなお店をみつけたんだよー」


「おいおい、食事はまだ先だぞ。最初は服屋からだ」


 少し歩くだけでも、こじゃれた店がたくさんある。

 エイクス魔法学園は帝都のほぼ中央にあり、帝都の北側半分と中央付近は貴族街となっている。今は、その貴族街を歩いている。

 なお、皇帝の住むベシーク城は、帝都の北端にある。


「この洋服なんて、どうかしら?」


「うん。ユリィは目が利く。それはうちの職人が作っている物。質がいい」


「そっか。エマの家は商人だったな。で、どうして見ただけでわかるんだ?」


 エマの実家のカーペン家は大商人であり、自らたくさんの店を経営するほかに、多くの職人と専属契約をしていて、職人が生産した品物を仕入れて個人商店に納品する卸売りのようなこともしている。


「これ、このマーク。これがカーペン家のブランドマーク」


 エマが服の右裾の方を指差す。そこには「β」に似たマークが刺繍されている。


「へえ。ブランドマークがあるのか」


「こっちのも、カワユイよ?」


「これは、わかりにくいけど、よく見ると粗悪品。生地の織り込みが雑で、術式を付与しても効果が半減する」


「トモリン、それにはブランドマークがないわ」


 トモリンは、デザインだけで服を選んでいた! 生地の品質など、全然気にもしていなかった……。


 学園の制服に洗浄の術式が付与してあるように、衣服には術式を付与することができる。その効果は、生地の種類や衣類の織り込み具合に左右される。

 衣服に付与する術式には、洗浄のほか、防御アップや魔法耐性アップなど戦闘向きのものも存在する。


 小一時間、服屋で服を選び、気に入った物を購入した四人。


「今日はいい物を選んだから、奮発して術式を入れてもらおうか!」


 貴族街における店の経営者は家督を継ぐことができなかった元貴族が多く、そして店に来る客は貴族か、その使いの者がほとんどだ。

 だから売っている商品は、意匠は良いがどれも高額で、貧乏貴族のミーサにとっては痛い出費だった。


「それなら、あの店がいい。腕前は一流。だけど、料金は安い」


 一般的には、術式は術式屋で付与してもらうことになる。

 エマの指差す先にあるのは、カーペン家直営の術式屋だ。早速中に入る。


「いらっしゃいませ」


「トモリン、出してくれ」


 貧乏貴族ミーサは、収納の魔道具なんて高価な物は持っておらず、買った衣類をトモリンに預けていた。


「はい、これだよ」


「サンキュー」


 衣類を受け取ると、店主の方に向き直り、衣類を差し出す。


「これに術式を付与して欲しい」


 店主は衣類を手に、品定めを始める。


「これは良い品ですね。こちらでしたら、この辺りの術式を三つまで付与できます。いかがしましょう?」


 術式リスト上で、店主が指でなぞった部分には、速度アップ、防御アップ、洗浄、色変化、ピリピリ防止、濡れ防止、火耐性アップなどがあった。ピリピリ防止とは、静電気防止のようだ。


「うーん……。速度アップ、防御アップ、洗浄で!」


 ミーサは普段着で戦闘でもするつもりなのか……。

 つられて、他の三人も普段は使わなそうな術式を選んだ。


「付与の完了は、お昼過ぎを予定しております。また、お越しください」


 料金を支払い、店の外に出る。


「三つ付与してあの値段なら、他の店はぼったくりだな!」


「そうなの?」


 相場のわからないトモリンとユリィ。

 トモリンは元山の民であり、ユリィは元(?)皇女だから自分の足で術式を付与しに来ることなんてなかった。


「カーペン家の直営店は、値段を抑えて客の数を増やすことで、利益を上げている」


「それならさあ、エマちゃんのお店をいろいろまわろうよ!」


「そうだな! 次はどこへ行こうか?」


 皆の顔を見回すミーサ。昼食にするにはまだ早い。


「アクセサリ屋に寄ってもらえるかしら?」


「わかった。アクセサリ屋なら、この先を右に曲がった所にある」


 エマは平民ではあるが、幼い頃から両親の仕事の手伝いで貴族街に来ていたから、この辺りの店の分布状況にも詳しい。


 途中、家具屋の中を見学し、果物屋で珍しい果物を手に入れ、雑貨屋に寄って日用品を少々手に入れる。


「ここが、おすすめのお店」


 エマの右手の先には、明るく小綺麗な店がある。ガラスをふんだんに使い、店内に並ぶアクセサリが見えるようになっている。


 店内に入ると、カウンターの先には耳の尖った店主がいて、


「エルフ!?」


 思わずトモリンは口走ってしまった。

 夢の中の小説などに登場していた空想上の種族。まさか実在するなんて思いもしなかった。空想通りの、若い金髪美人だ。


「あら、お客様。エルフ族を見るのは初めてですか?」


「うん」


「宝石店や骨董品を扱うお店に行くと、他のエルフ族の方にもお会いできますよ」


「エルフは北のイーネグル公国に住んでいるわ。こちらの方のように、商取引に興味のある方が、人族の国でお店を開いているの」


「へえ。イーネグル公国かあ。行ってみたいなあ」


「イーネグル公国でエルフが作るお酒は、絶品」


 エマが最後に付け加えたように、エルフが作る酒は最高級品として取引されている。


「いつか、行ってみよう!」


 腕を胸の前に上げ、握り締めるミーサ。


「イーネグル公国は大自然の国。お客様もきっとお気に召すことでしょう。それで、こちらはイーネグル公国特産の宝石で作った指輪ですよ。お客様にとてもお似合いです」


「そうね……。そちらは今度来たときに見せてもらうわ。今日はこの石をペンダントに加工してもらいに来たの。できるかしら?」


 ポーチから白く濁った小石を取り出し、店主に見せる。

 店主はそれを受け取ると、ルーペのような物をカウンターの引き出しから取り出して、鑑定を始める。


 しばらくの沈黙の後、小石をカウンターの上の赤い布の上に置き、店主は鑑定結果を口にした。


「とても珍しい石ですね。加工することは可能です。しかし、珍しいといっても石は石。宝石としての価値はございませんが、よろしいですか?」


 宝石として分類されない物は、珍しい成分でできていても、高値にはならない。とくに、輝きのない石だと、それが顕著になる。


「ええ。それは私にとっては希望の石。私の存在意義のような物。だから、ペンダントにして欲しい」


「希望の石ですか……。思い入れのある宝物なのですね。承りました。チェイン部分はどちらにしましょう?」


 それから、加工の詳細をいろいろと決めて、店を出た。

 完成にはそれほど時間がかからないとのことだったが、遠くでお昼の鐘が鳴ったのが聞こえたので、外に出て昼食にすることにしたのだ。


「いやー、腹が減ったな。エマ、昼食はどこがお勧めだ?」


「この近くなら、あそこ」


 エマに先導されてやってきたのは、茶色いレンガを積み上げた壁の、イタリア料理っぽい料理を扱う店だった。ただ、帝国には漁業を営むような漁港がないため、海産物は扱っていない。


「うわあ。おいしそうな香りがする~」


 店内に入ると、小麦とチーズそしてトマトの焼ける香りが充満していた。


「このお店は、ピザがお勧め」


 席に座り、注文を取りに来た店員にピザと果物ジュースを頼んで代金を支払う。


注文を終えると、早速、ミーサが口を開いた。


「ユリィはみかけによらず、変わった趣味をしているよな」


「うん。小石を大事にするのは、変わってる」


 ミーサとエマは小石に価値を見出すことができない。

 剣技バカなミーサなら輝く剣に、商人のエマなら万人に受ける輝く宝石に価値を見出すだろう。


 背筋を伸ばし、姿勢よく座るユリィは、視線を窓の外へ向け、まるで昔話でも話すかのように語りだす。


「あれは大変な日々だったわ……。あの石がなければ、私が生き続けることもなかっでしょう。そして、あの石のおかげで、いろいろなことに気づくことができたの……。だから、あれは希望の石。世界一価値のある石よ」


「おいおい。ワイヤード家って、何かお家騒動でもあったのか?」


 思い詰めたように話すユリィに聞き返すことができなくて、慌ててトモリンの方を見て話を振るミーサ。


 そして、はっと気づく。姉妹とはいえ、全然顔が似ていない二人。きっと、家庭内で骨肉の争いがあったのだと。

 貴族の家ではよくある話だ。当主が出来心でメイドといけない関係になったとか、村娘をたらしこんだとか……。その結果、正妻を中心として家庭内が荒れる。


「ト、トモリン。次に行く店はどこにする?」


 これ以上踏み込んではいけないと判断したミーサは、トモリンの返事を待つことなく、不自然に話題を変える。次に行く店はアクセサリ屋と決まっているけど、ミーサ的には「その次」のつもりだった。


「次? 次はね……」


 ちょうど、そこにピザと果物ジュースが運ばれてきた。

 それまで店内に充満していた香りが、身近でさらに濃厚なものとなる。


「わあ! おいしそー!」


 トモリンの思考力は目の前のことでいっぱいになった。

 ピザを一番乗りで取り分けると、とろーり伸びるチーズをこぼさないよう夢中で口に運び、数ピース食べたところで、お腹もいっぱいになるのだった。


 それに対し、ユリィはピザであっても、小さく切り分けてフォークに刺して口に運んでいる。ますますもって訳アリの姉妹に見えてしまうミーサだった。


 そんな観察結果を言葉にすることなく、ミーサは、手で掴んだピザを一口で頬張ると、鼻から安堵の息を漏らす。なんとか話題を変えることに成功したと……。



「受け取りに来たわ」


「お待ちしておりました。お客様のペンダントは仕上がっていますよ」


 お腹を満たしてアクセサリ店に行くと、ペンダントは出来上がっていた。


 ペンダントを店主に掛けてもらい、鏡を覗くユリィ。


「よくお似合いですよ」


「ああ。凄く似合ってるぞ!」


 先ほど暗い話題にしてしまったから、ミーサは無理に明るく大げさに褒める。


「……ありがとう」


 ペンダントを指でいじりながら、やや、はにかんで頬を染めるユリィ。


 その隣で、いろいろ目移りさせながら、「わあー、これカワユイ!」とか、「これ欲しい!」とか、目を輝かせているトモリン。

 最初に来たときはエルフのことに夢中でアクセサリをよく見ていなかったため、二度目の来店の今ようやく、並べられているアクセサリに目が向いていた。


「こちらの指輪はいかがでしょうか? 周囲に輝く光の粉を展開する術式を付与してありますよ」


(キラキラ大好き! だって女の子なんだもん!)


 理解不能なことを考えるトモリン。

 キラキラ輝く物が好きなのであって、自分自身がキラキラ輝いても、自身では鏡を使わないと観察できないのだが……。


「へー。術式を付与してある物も売っているのかあ」


 それまであまりアクセサリに興味を示してなかったミーサが、目の色を変えて店内を見回りだした。


「アクセサリには、宝石ごとに決まった術式を一つしか付与できませんから、一部の商品は付与済みで販売致しております」


 店主が言うには、術式の付与はエルフの得意とするところであり、また、宝石のほとんどはイーネグル公国で産出される。だから、一部は付与済みの物を入荷しているとのことだった。


「うぅ……」


 目線を二度往復させて財布の中身と値段を見比べ、ミーサは暗い顔になる。


「ミーサ、それ、ボクが買う」


 ミーサが欲しそうにしていたのは、周囲に簡単な障壁を展開する術式を付与してある指輪だった。

 貴族の婦女子が外出するときに、護身のために身に着ける物らしい。もちろん、戦争の多い帝国では戦場で使用することも目的としている。


「障壁なら、誰か一人が持っていれば、周りにも効果があるはず」


 いつも四人で行動しているから、エマが持っても効果は得られるはず。

 妥協案に、「エマ、ありがとう。でも将来、戦場で身を立てて、私の金でも買うぞ!」と、意気込みを語るのであった。


 そんな二人を差し置いて、トモリンは何の術式も付与していない蝶のペンダントを購入していた。

 店主に首に掛けてもらいチェインの長さを調整し、「ユリィちゃんと、お揃いだよー!」と喜んでいる。トモリンにおける「お揃い」の許容範囲は相当広いようだ。

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