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001話 帝国滅亡

 広大な帝都の北端にそびえる石造りの城。

 その高所にあるバルコニーに出て、帝国皇女ユリィが南方に目を向ける。

 遠く、建物などの陰となっていて直接目視はできないが、今、帝都を囲む城壁の南側には敵軍が集結している。


「申し上げます! 帝都の城壁が破られました!」


 突然の声に驚いて振り向くと、長い金髪が風に揺れた。

 数日前に放った斥候の情報によれば、迫りくる聖ファサラン国軍は、そのほとんどを聖騎士の騎馬隊で構成しているとのことだった。

 だから、帝都の門を閉じて城に籠れば、城壁は破られることはなく、その間に、他方へ遠征している帝国軍が帝都の異変に気づいて戻ってくるだろう、そう信じていた。


「そんなはずは!」


 攻城兵器もなく、歩兵もほとんどつれていない軍隊に、城壁が破られるはずがない。偉大な魔法使いがいたとしても、数日はもつはずだ。


「敵軍はドラゴンを三体使役しております! そのドラゴンが城壁を一瞬のうちに破壊しました!」


 壁にもたれかかり呆然とする皇女ユリィ。十五歳の彼女には有効な対抗策は思いつかず、ただただ報告者を見つめていた。


 報告者を下げ、気を取り直して再び南の方角を見る。

 守兵のほとんどいない帝都。その中を駆け抜け、敵の騎馬隊が城の敷地の前に集まるまで、それほど時間はかからなかった。


 城門の前に整列する敵軍。

 その軍隊の両隣に、突如、上空からドラゴンが舞い降り、貴族邸を踏み潰した。右に赤いドラゴン。左には青いドラゴン。

 敵の軍隊は、城門よりやや下がった位置に集結していて、その隙間を埋めるように、最後にもう一体、白いドラゴンが城門の前に舞い降りた。このドラゴンは先ほどの二体より、一回り大きい。


 そして、よく見ると、騎馬隊に守られるように豪華な馬車があり、その中から、少女と思わしき人物が二人、降り立った。

 一人は神官服のような服を着たピンク色のボブカットヘアで、もう一人は魔法学園の制服のような服を着た黒色のショートヘアに見える。


「ドラゴンが鎌首を馬車の方に向けているわ。ドラゴンと意思疎通のできる者がいるのかしら?」


 ユリィは、信じられないと言わんばかりの顔で、呆けるように状況を眺めている。


「私たちは解放軍なのです! もう勝敗は決しています! 城門を開けるのです!」


 まるで、この華奢な少女二人が、この軍隊を統率しているかのようだった。


「姫様。あれはおそらく、聖ファサラン国の聖女と女神の使徒と呼ばれる者ではないでしょうか」


「聖女、それと女神の使徒……」


 最近、女神の使徒が現れたと、教会の方ではもっぱらのうわさになっていた。

 聖ファサラン国において聖女は特別な身分だ。聖女とともに馬車に乗る者としては、身の回りを世話する者でなければ、教皇か女神の使徒しか考えられなかった。


「姫様、裏門よりお逃げください! 幸い、裏門にはまだ敵の手は回っておりません」


(聖ファサラン国には援軍を要請したのに、どうしてこのような結果に……)


 解放軍とは、いったい何を解放しようというのか。見当もつかない。

 それに、ドラゴンを使役する者が実際にこの世界にいるなど、聞いたこともない。

 ユリィはただ、放心状態で敵軍を眺め続けていた……。



 時はさかのぼる。

 今回の戦争は、エイクス帝国皇帝の暗殺事件を発端としていた。

 エイクス帝国には二人の皇子と一人の皇女がいて、通常であれば、第一皇子が帝位を継承するのであるが、皇帝は後継者を指名することなく、天へと召された。


 第一皇子は側室の子であり、第二皇子は正妻、皇妃の子である。

 従って、第二皇子こそが帝位継承者に相応ふさわしいとして貴族たちの意見が割れてまとまらず、結局互いに武力をもって衝突することになった。


 この戦いは、第二皇子派が勝利し、第二皇子は直ちに大軍を率いて、皇帝暗殺事件の犯人がいるであろう、東のシレッド獣国へと向かった。


挿絵(By みてみん)


 その第二皇子率いる軍勢が、帝国の東の端で獣国軍と戦闘に突入した頃。帝国内の隙を突く形で、南西より突然、ビノラ王国が帝国へと侵攻してきた。


 強大な軍事力を誇る帝国は、本来であれば、二国の相手ぐらいはできるだけの兵力を持っていたのだが、皇子同士の戦いによる消耗や、近年の自然災害による被害などで、それは無理な状態だった。


 城に残っていた第一皇子が、帝都に残されたわずかな兵を率いて取り急ぎ南西へと向かった。

 この状況を打破すべく、帝都に残っていたユリィは、南の、中立国である聖ファサラン国へと使者を送り、援軍を要請したのだった。


 これを受け、聖ファサラン国はすぐに軍を帝国へと向かわせた。

 ところが、援軍のはずだったのに、帝国内に入ると敵対行動を始め、無防備な町を次々と陥落させていった。

 そのまま進軍を続け、少数の守兵しかいない帝都へと悠々と攻め上がってきた。


 このようにして、帝国は三つの国と同時に戦争することとなっていた。



 そして、現在に至る。

 帝都陥落は目前に迫っており、もはや、ユリィには打つ手はなかった。


「姫様、時間がありません。お急ぎください!」


 呆然と城下を眺めるユリィの手を引いて、皇女近衛騎士は早歩きで城内へと戻る。


 そのまま裏門へ行き、ユリィは皇女近衛騎士たちが準備した小柄な馬車に乗り込む。

 その内部は狭く窮屈だった。いつもは大きな二頭立ての馬車に乗っているので、つい、比較してしまった。


 馬車はすぐに出発した。

 帝国の主力の軍がいるはずの東へと向けて。

 主要街道には敵軍がいるため、細い道をひたすらに走って行く。


 目的地は遠い。

 何度か野宿を行い、もう、食料は尽きた。

 途中の村で徴発した食料も、なくなった。

 今は草葉を食べて飢えをしのいでいる。


「敵襲!」


 馬にまたがった皇女近衛騎士が叫んだ。


「ここは私が足止めします! 早くお進みください!」


 敵が現れる度に、皇女近衛騎士がいなくなっていく。

 自分を逃すため、次々と討たれていく仲間の惨状に、ユリィは胸が張り裂けそうになった。


 馬車は山道を行く。

 木の枝が馬車に当たって折れる音が頻繁に耳に入り、また、時折車体が大きく跳ねることもあって、乗っているだけでも心身ともに疲労する。

 車体の揺れに合わせて揺れる手で木窓を開け、外を眺める。


(本当に山の中ね。兄様たちが帝都の危機を察して戻っていれば、こんな所にまで追手が来るはずはないわ……)


 ユリィには正確な戦況を知るすべはなかった。しかし、逃走しながらでも、おおよその戦況の予想はできた。皇子たちは敵軍に抑え込まれているのだろうと。

 実際のところはその予想よりも悪く、皇子たちの率いるどちらの軍も、既に壊滅、敗走していた……。


 ガタン!

 突然、馬車が大きく揺れて止まった。

 車輪がぬかるみにはまり、抜け出せなくなったのだ。


「姫様、ここからは歩いてお逃げください! 魔物が出ても私がなんとかしますから」


 山奥や森の深い所には魔物が棲みついている。決して安全ではない。

 それを承知の上で、馬車の前部で馬を操っていた最後の皇女近衛騎士が、ユリィを馬車から降ろす。


 そのとき、ユリィの目に、迫ってくる敵兵の姿が映った。


「敵兵だわ!」


「急いでお逃げください! 私が追い払います! さ、早く!」


 このまま山道を行っても追いつかれるのは必定。

 ユリィは意を決して山中へと入って行った。

 この先には魔物が潜んでいるだろう。それでも行くしかない。

 魔物に殺されるか、敵兵に殺されるか……。

 敗戦国となり捕らえられた皇族の末路は悲惨だ。


(敵兵に捕まって殺されるより、魔物に殺される方が、まだマシかしら)


 獣道のような場所を歩いて行く。

 遠くで、皇女近衛騎士の断末魔のような叫び声が聞こえたような気がする。

 彼女は、距離を離すには十分な時間、敵兵を足止めしてくれていた。


 思えば、普段の学園生活でともに時を過ごし、さらに今回の逃避行で長い時間を一緒に過ごしたことで、彼女とは、気心が知れた仲になっていた。

 涙が頬を伝って流れ落ちる。

 彼女の意思に応えるためにも、ここは先に進まないといけない。


 数日間の逃避行で汚れていたドレスが、木々に引っかかって破れる。

 ときどき転んで泥まみれになる。

 裸足で歩くことに慣れておらず、足裏が痛い。ハイヒールなんて、もう、どこかに落としてきた。


 ぼろきれを体に巻き付けているだけのような姿で山中をさまよい歩いて行くと、山肌に、洞窟のようなくぼみがあるのを見つけた。


(もう、歩けそうにない。今日はここに隠れて休みましょう……)


 洞窟の中に踏み入ると、それほど遠くない奥の方で、キラリと何かが輝いた。


(魔物!? いいえ、違うわ。地面に何かあるのかしら?)


 輝きは一か所、そして一度きりだった。魔物の目なら、二か所でそのまま光り続けるはずだと考えた。


 先ほど輝きを放ったであろう場所まで行き、地面をよく見てみる。

 もう、洞窟の暗さに目が慣れて、暗いながらもなんとなく、地面の様子がわかるようになっていた。


(あの白い石かしら?)


 周囲の岩肌とはかけ離れた色の石を拾い上げる。

 すると。


『汝の希望は何だ?』


 不意に、声が聞こえた気がした。


(もう追手が来たの!?)


 怯え、肩を揺らしながらぎこちなく周囲を見回すが、誰もいない。

 それでも声は続く。


『汝の希望は何だ?』


 右手の先でつまんでいる石が、かすかに光を放ち始めた。


(え? 石が光っている? そんなことが……。私は夢を見ているのかしら?)


 日々、休まることのない逃避行。精神的にも肉体的にも限界にきていた。だからきっと、疲れて眠りについたのだろうとも思った。


(これは、夢……。夢なら、心の内を正直に話しても、誰にも聞かれることなんてないでしょう……)


「希望? 私に希望なんて残されていないわ。このまま落ちのびても、これから先、生き続けることなんてできないのだから……。ただ、私を庇って死んでいった者たちに、申し訳ない気持ちはあるわ。だから、彼女らの思いを叶えること、それこそが希望かしら」


 どうせ夢なら、本音を語ってもいいだろう。そんな気持ちで答えた。

 洞窟から出ても、もう行き先はない。解放軍とやらに捕まり、おそらく処刑される未来しかないのだ。


『死んだ者の思いを叶えること。それが汝の希望か?』


「そうね。叶えられるものなら、そういうことになるわ。でも、今となっては、手遅れね……」


 やや俯いて目線を斜め下に向ける。死んだ者たちの顔が脳裏をよぎったのだ。


『昔であれば、希望があったと言うのか?』


「昔? そうね……。あのとき、この国の過ちに気づいていれば、こんなことにはならなかったでしょうね」


 もう一度視線を石に戻し、過去を振り返ってみる。

 今となって思い起こせば、いくつかの出来事が胸の内に現れる。

 当時、帝国はどうして最善の施策を行わなかったのだろうかと。

 ユリィはまだ学園の生徒であり、直接政治に関与していたわけではないけれど、皇族として、いたたまれない気持ちになる。


『では、汝の希望は過去の過ちを正すことであるか?』


「そんなこと、できるわけがないわ!」


 つい感情的になり、目から涙があふれ出た。夢と思いつつも、感情の高ぶりを抑えられなかった。


『強く、願うのだ。然らば、希望は叶わん』


 再び、これは夢だからと思い、言われるがまま、願いを込める。「やり直したい」と強く、強く願う……。


 すると突然、石が眩しく輝き、ユリィの意識は薄れて行った――。

なっしんぐ☆です。

お読み頂き、ありがとうございます。

この物語は、コミカル要素のある学園・冒険・戦記の三本柱で構成する予定です。

「仲間とともに帝国の滅亡を防ぎ、新しい未来を切り拓く――」

この理念のもと、主人公たちが活躍するのですが、結果は果たして?

主人公の行く手を阻むのは誰なのか?

想像しながら読んで頂けると幸いです。※今話の登場人物だけとは限りません。

今後とも、何卒よろしくお願いします。

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