柚葉と闘技会
#1
「だいぶ片付きましたね」
エルメシアは文乃と柚葉の部屋を回って、それぞれの家具の設置を手伝っていた。自室はベッドと簡易のテーブル、布団やコップなどの最低限の荷だけで十分と考えていた。
「うん、私はもう大丈夫だから、柚の手伝いしてあげてくれる?」
「分りました!あちらは部屋が広い分、いろいろと大変そうですしね…」
「どっちかって言うと、柚は見張ってないと途中で面倒になっちゃうから…」
エルメシアが柚葉の部屋に戻ると、ちょうど優太が大きな荷を担いで部屋に入るところだった。その荷の上にはアルエがちょこんと乗っている。
「柚姉ちゃん、キングサイズのシーツあったよー」
「お!優、サンキュー」
その部屋の入り口から正面右寄りにキングサイズのしかも天蓋付きのベッドが置かれている。左には木製の質の良い重厚なミドルラックが置かれ、その上には巨大なモニターや音響システムが設置されている。モニターの前に2畳ほどのマットが敷かれ、その上に寝たまま寄りかかれるソファセットが用意されていた。
部屋の主である柚葉は機器の配線接続をキレイにまとめているところだった。
「すごいベッドですね…。物語の王族が寝る物のようです…」
「うん…」と優太もエルメシアに同意するように頷いた。
「やっぱり女の子だし、1回はこんなベッドで寝てみたいじゃん!」
そのベッドの上でアルエがピョンピョンと楽しそうに跳ねている。
「あ、その気持ちは分りますね!」
「エルさん、たまにこのベッドで一緒に寝ようね!」
「はい!」
「よし、配線終わり!」柚葉は振り向いて一通り部屋を眺めた「優、ここで寝転がりながら一緒にゲームしたり映画見ようよ」
「うん!」と優太は、その場面を想像しながら嬉しそうにする。
「あとは、ちょっと大き目のドレッサーが欲しいかなぁ」
「化粧台はフミノ様が素敵な物をお選びになってましたよ」
「へー、後で見せてもらおー」
「文お姉ちゃんは、机とか本棚置いてたよ」
「私は勉強とかしませんから…」
「優君、客間用意するって言ってたよね?」と文乃がヒョコっと顔を出した。
「あ、うん!」
「お姉ちゃん、自分の部屋終わったから、お昼ご飯食べたら準備手伝うよー」
「ありがとー」
「お姉ちゃん、見て見て!私も大体終わったー」と柚葉は両手を広げて部屋を紹介する。
「へー、可愛い部屋だね!ベッドも大きいし!」文乃は中に入って一通り確認する「でも、ちゃんと掃除しないと駄目だよ」
「…へい」
「ユータ様、客間はどの辺りなのですか?」
「うんとね。さっき回った時は隔壁降りてたけど、お風呂場の手前に倉庫があったでしょ?その前に廊下があって、そこにお客さん用の部屋が4つあるの」
「あー、エレベーターと階段の横辺りかな?」と柚葉は思い出しながら言う。
「うん、その辺」
「部屋はどんな感じにするの?」と柚葉が尋ねた。
「うんと、ビジネスホテルみたいな感じ?」
「まぁ、客間だしね…。でもそれなら一部屋くらい豪華にすれば?」
「んーそれなら、『壁紙商店』のホテルでもいいかな?」
「あー、確かにあの部屋はヤバイ位豪華だね…。プールもあるし…」
「取り合えず柚は、寝る場所を先にしっかりした方がいいよ。他は後でもいいけど、シーツも布団もまだみたいだし」
「確かに、これじゃあ昼寝も出来ないしね。シーツはいま優が持ってきてくれたんだけど、布団はまだだから下で探してくる…」
「シーツは私がやっておきますね」
「あ、ありがとうエルさん」
柚葉が最初に廊下に出ると、エルメシアを残してゾロゾロと部屋を出始める。最後にアルエが出てくるとピョンと優太の肩に乗った。
「私は調理場に行ってくるね」
「お昼、何作るの?」と柚葉が聞いた。
「あー、お昼はまだ『グルメテーブルクロス』かな?もうお昼まで30分も無いし…」
「そうなの?お姉ちゃんなら、すぐに四人前とか作りそうだけど…」
「先に器具類は1度洗ってから使おうかな?って思ってるし、消火器類とか一応準備しておきたいから…」
「ふーん」
「あ…、箸とかスプーンとかもまだ用意してない…」と優太は思い出す。
「どっちにしろ、食堂も調理場も準備しないとだから、作るのは夕飯からだね…」
「新居だから、やる事いっぱいだねぇー」
#2
「第1回!『グルメテーブルクロス』はどこまで出てくるのかー!」
「わー!」と柚葉の台詞に優太はパチパチと手を叩いた。
昼食に四人は食堂の円卓に集まっていたが、突然柚葉は思い付いた様に言い出した。
文乃とエルメシアは、そんな二人を黙って見ていた。静寂が柚葉と優太に襲い掛かる。
「二人ともノリ悪い…」と柚葉は非難めいた表情を浮かべる。
「うん…」と優太もガッカリした表情を浮かべた。
「え?あ、すいません…」と付いていけなかったエルメシアは謝った。
「いや、いきなりそんな事言われても反応に困るし…」
「えっと、この布がどんな食べ物でも出せるのか?を試すという事ですか?」エルメシアは場を取り繕う様に聞いた。
「そう!」と柚葉は笑顔をエルメシアに向ける「けど、こっちの世界の食べ物は流石に出ないだろうけどね…」
「えっと…、それでは私はどうしますか?」
「大丈夫!エルさんの食事は僕が選んであげる!」
「あ…、はい!お願いしますね!」エルメシアは笑顔を優太に向ける。
「今回は引越し後なので、引越しそばと言う事で、麺類限定でーす!」柚葉は嬉しそうに言い放つ。
「いいけど、麺類で『グルメテーブルクロス』から出て来なさそうな食事を選ぶって事だよね?」
「うん!」
そして日本人の三人はテーブルクロスを見つめて思案する。エルメシアはそんな三人を見ながら楽しそうな表情を浮かべた。
「じゃあ、誰から行く?」と柚葉は優太と文乃に視線を送る。
「はい!」と優太は元気良く手を上げた。
「お、じゃあ優、どうぞ」
「うん!じゃあ、まずエルさんのから注文するね!」
「あ、でもこれって優君の思考から読み取って出た道具なら、優君が出ないと思った物は出ないんじゃないの?」
「ん?あー、そうなのかな?」
「え?」と優太は文乃に視線を送り「うーん、僕も何でも出るとは思ってるけど、ネコえもんでは、たいていの物は出るって言われてたから、出ない物もあるとは思ってるのね…」と判断の付かない表情を浮べる。
「あー、その部分を神様がどう汲んだかによるかな?」と柚葉は思案した。
「そう考えれば、優君の手を離れて作られてるって考えてもいいのかもね…」
「まぁとりあえずやってみようよ!」
「そうだね。じゃあ優君どうぞ!」
「うん!」と優太は嬉しそうに注文した「『三割うまい』のラーメンと餃子!」
「あー、チェーン店のメニューかー」と柚葉はテーブルクロスに視線を向ける。
するとすぐに『グルメテーブルクロス』から出来たてのラーメンと餃子が現れた。
「あ!出た!『三割うまい』のラーメンと餃子だ」と優太は驚いた表情を浮べる。
「これが、私の分の料理ですか?」エルメシアはラーメンと餃子を見ながら聞いた。
「うん!とっても美味しいから食べてみて!」優太はエルメシアの前に料理を置いた。
「あ、エルさん、お箸使えないからフォークと取り皿あげるね」文乃は立ち上がるとカウンターに先ほど用意したカトラリーを取りに向かう。
「うーん、メニューを限定しても出るのかー」柚葉はその様子を見ながら思い悩む。
「じゃあ、次、僕の分行くね!」
「よし優、がんばれ!」
「いや、注文に頑張るとか…」文乃は呆れた表情を浮べる。
「『レストラン山田』のパンチセット、あったかいお蕎麦で!」
「お、やる!選べる注文ね。出るかな?」
それでもすぐに『グルメテーブルクロス』はご飯、もつ煮、とろろと温かい蕎麦を出現させた。
「出たね…」優太は少しがっかりした表情を浮べたが「でも美味しそう!」と自分の選んだ料理を嬉しそうに引き寄せた。
「うー、ハードル上がるなぁ…」と柚葉は眉間に皺を寄せる。
「じゃあ、私先に頼むよ」
「待って!私、先に頼む!」
「う、うん、別にいいけど…」
「よーし!いくよぉー」と柚葉は目を輝かせた「『福ちん』のB定とんこつ麺かた」
「なにそれ?」文乃は怪訝な表情を浮べる。
「ふふふ、B定食のラーメンをとんこつラーメンに変更して、さらに麺を固めにするという一部の通ぶったメタボ御用達の注文の仕方なのです!」
柚葉は自信満々だったが、『グルメテーブルクロス』は無情にもとんこつラーメンと半チャーハン、漬物を出現させた。
「すごい、出た…」と優太は半ば呆れた表情を浮べる。
「くっ…、しかも麺ちゃんと固めっぽい…」柚葉は箸で麺を掬い上げた。
「じゃあ、私頼むよ」
「うん、頼んだ!お姉ちゃん!」
「頑張って文お姉ちゃん!」
「はい!頑張ってください!」とエルメシアも続く。
「いや、注文に頑張るとか無いから…」と文乃は三人に視線を向けながらも注文を続ける「練馬スパゲティ」
「来た!練馬区民のソウルフード練馬スパゲティ!練馬区民は結婚するとき、お母さんが娘にその作り方を伝授するってほどの定番スパ!その美味しさと言ったら、イタリア人がボーノ以外の言葉を忘れるって言うほどだからね!」
「え!そんな凄い物なのですか?」とエルメシアは驚いた。
「ウソ言わない…。普通に練馬区のHPに作り方出てるし…、練馬大根使ったツナおろしスパゲティってだけだし…」
そんな会話をよそに『グルメテーブルクロス』は普通に海苔の掛かったスパゲティを出現させた。
「あ、おいしそうですね」とエルメシアは練馬スパゲティを見ながら言う。
「これ、本当に練馬大根使ってるのかな?」と文乃は引き寄せて確認する。
「使ってたら、その練馬大根、練馬から持ってきたって事になるよね?」
「とろろご飯おいしい!」と優太は構わずズゾゾゾと口に運び、すでに食べる事に夢中になっていた。
「くっ!今回は、完敗だったけど第2回には必ず勝って見せる!」柚葉は下を向きながら目をクッと閉じた。
「いいから、早く食べなよ。麺固めにしたのに伸びるよ…」
「あ!この包まれた料理、えっと…、ギョウザ?美味しいですね!好きな味です!」とエルメシアは嬉しそうに口にした。
「優、もつ煮ちょっと頂戴」
「うん、いいよ」
「もつ煮って、最初はすごい抵抗感あったけど、優が美味しそうに食べてるの見て、普通に食べれるようになったな…」
「あ、それは私も、優君のお父さんもつ煮好きだったから、明子さんよく作ってたしね」
「ご飯食べたら、どうするの?」優太はそばをズルズル食べながら顔を上げる。
「えっと、私は優君の客室の用意手伝ったら、調理場の用意してから夕飯作るよ」
「部屋の方は大体終わったから、後なんだろ?」
「あ、柚はエルさんとお風呂場の方、準備しちゃってくれる?まだ洗剤とか置いてないって言ってたよね?」
「うん、足拭きマットとか、タオルとか、細かいのがまだかも」と優太は思い出す。
「分った、じゃあエルさんと準備しちゃうね」
「はい!」
「優君は客間終わったら、他にも優君しか出来ないことあるだろうし、好きにしていいからね」
「うん!」
「夕ご飯は優君の食べたい物かな?何が良い?」
「あ、ずるーい!優ばっかり!」
「こういう時は、一番年下の子に合わせるものでしょ?」
「僕、ハンバーグがいい!」
「あ、ハンバーグならスチコン使うのに、丁度良いからね!了解、夕ご飯はハンバーグね!」
「ハンバーグなら、私も好きだからいいかぁー」
#3
優太が先に食堂を出ると、文乃は柚葉とエルメシアを呼び止めた。
「ん?なに?」と柚葉は足を止めて振り向く。
「どうかなさいましたか?」
文乃は言い辛そうにしていた。
「あ、あのね。お風呂の事なんだけど、本当に優君と入るの?」
「え?あー、うーん、でもいいんじゃない?男女別れてないんだし、優だけ入るなって言えないでしょ?」
「それはそうだけど…、優君も男の子だし、その…」
「でも、あんなに大きな浴室に、ユータ様一人で入らせるのも心配ではないですか?」
「あー、確かに…」
「うん、そうなんだけど、二人は恥ずかしくないの?優君だってこれからどんどん大きくなっていくんだよ…」
「んー、それはまぁそうだねぇ…」
「私はお二人とは感性が違うようですし合わせますけど、ユータ様をあまり疎外しないようにした方が、よろしいと思いますよ」エルメシアは文乃の気持ちも理解して意見する。
「うーん、じゃあさ!ここは私たちだけだし、タオルで隠したまま入浴するのもありにすれば?テレビのリポーターみたいにさ」
「あー、うーん、まぁそうだね…。そうしようか…」
「それと、洗い場の手前は優が使って、女性は奥を使うようにしようよ。体洗うところを見られるのも、微妙に恥ずかしいし…」
「それは確かに…」
「ああ、そういった感性はわかります!」
「じゃあ、後で優君に伝えておくね」
そして夕刻、柚葉とエルメシアが準備を終えた報告をすると、早速全員で入ってみる事となった。
「じゃあ、優は少ししたら入ってきてね!流石に脱いでるところとか、体洗ってるところを見られるのは恥ずかしいし!」
「えっと…、僕、後で一人で入るのでいいですけど…」
「ダメですよ!一人で入って転んで頭打ったり、溺れでもしたら、どうするのですか!」とエルメシアは怒った。
「う、うん…」
「ま、まぁ優君もそんなに気にしないでいいからね…」
三人が脱衣所に入っていくと、優太はアルエを抱いてしばらく立ち尽くした。
「クー」とアルエは見上げて一鳴きする。
「…もう、入っていいのかな?」
それを聞くとアルエはモゾモゾと動いて優太の手から離れると、脱衣所に入っていったが、すぐに出てきた。
「クー!」とアルエは確認して来たと言わんばかりに鳴いた。
「うん、ありがと」
優太は脱衣所に入ると、少しキョロキョロして手近なロッカーの前で衣服を脱ぎ始めた。
「優ー!」と浴室から柚葉の大きな声が聞こえた。
「なにー?」と優太は声を返す。
「一応、もう入って大丈夫ー」
「はーい…」
ロッカーを閉めると、特に盗む人はいないので優太は鍵をそのままにして浴室に向う。
「お!来た!」と柚葉はバスタオルを体に巻いてニヤリとした。
「うん」
「とりあえず体洗ったら、みんなでサウナで、どれだけ我慢できるか勝負しようよ!」
「いいよ!」
「お姉ちゃん達、奥の洗い場で体洗ってるから、優は手前のところ使いなね」
「うん」
「ユズハ様もまだ御髪を洗ってないのですから、こちらに戻ってください!」とエルメシアの声が奥から聞こえた。
「はーい」
「優君、ちゃんと体洗わないとダメだよー」
「はーい」
「優、私が洗ってあげようか?」
「柚!」と文乃の不機嫌な声が響いた。
四人は体を洗い終えると、サウナの入り口に向かう。エルメシアは勝負と聞いて、少し不安そうな表情を浮べる。
「えっと、中はかなり暑いのですか?」
「うん、その分、汗を沢山流して、えーっと…」柚葉は言いながら、どんな効果があるんだろうと思った。
「主に血流が良くなるんじゃないかな?」と文乃が助け舟を出す。
「まぁ勝負だけど、無理はしないでいいからね」
「はい!」
「負けたらどうするの?」優太はびしょびしょに濡れたもう1枚のタオルを頭に巻きながら聞いた。
「あー、考えてなかった…。トイレ掃除?」
「待って、トイレ掃除と洗濯は女性陣で回すから!」
「え?なんで?」と柚葉は不思議そうな表情を姉に向ける。
「そうですね。自分で汚した物を男性のユータ様に掃除してもらうのはちょっと…」
「え?あー、そう?じゃあ、みんなの部屋の掃除機掛ける事にしようか…」
「優君、負けませんから!」
ルールが決まると順番に中に入って行く。
「少し息苦しいですね」とエルメシアは柚葉の隣に座りながらキョロキョロした。
「湿度が低いからね。優君みたいに濡れたタオルを口元に持ってくるだけで少し変わるよ」
「つか、優、有利だよね。私たち体にタオル巻いてるし、濡れたタオル頭に巻いちゃってるし…」
「優君、負けませんから!」
「ところで正面のテレビ、なんでゲームの映像流れてるの?」と文乃は画面を見ながら聞いた。
「え?ゲームの攻略動画見てると面白いから…」と優太は当然の様に返す。
「確かに集中して見ちゃうかも…」と柚葉は同意する。
「そ、そう?」
「よく分かりませんね…」ゲームをした事が無いエルメシアは文乃同様の表情を浮べる。
そして、しばらくするとエルメシアは目に見えて耐えられなくなっていた。
「エルさん大丈夫?」と優太は心配そうに声を掛ける。
「すいません先に出ます…。耳がかなり熱くて…」
「「「あー」」」と三人はエルメシアの赤くなっている耳に視線を向けた。
ヨロヨロとエルメシアは扉に向かうと、三人は正面の画面に視線を向けたが、柚葉は目に見えてソワソワしだした。
「優、まだ平気なの?」
「へ、平気ですし…」
「駄目そうだな…。もうちょいガンバロ…」
「柚、明日は冒険者組合に行くの?」
「うん、エルさんと闘技会のルールとか聞いてくる」
「じゃあ、後でマジックバッグ渡すからエルさんと使ってみて」
「え、もう出来たの?」
「昨日の夜、2個だけね。二人は冒険者の依頼受けるし、先に渡すね」
「ありがとう!」
「ゆ、優君もう出ます…」と優太は立ち上がると頭のタオルを取った。
「私も出よ…」と柚葉は優太に勝ったと同時に音を上げる。
「えー、私はもう少し入ってるよ」
それを聞くと柚葉と優太は文乃に視線を送り、勝負が終わったのにまだ入り続ける文乃の耐性に勝てる気がしなかった。
二人がサウナから出ると、水風呂に浸かっているエルメシアと目が合った。
「お二人とも、こんな長々とすごいですね…」
「いや、お姉ちゃんはまだ入ってるから…」
「エルさん、大丈夫?」と優太も後ろ向きでゆっくりと水風呂に入っていく。
「はい!この水のお風呂は、冷たくて気持ちいいです!」
柚葉は横の優太にパチャパチャと水を掛けてニヤリとした。
「柚姉ちゃんやめて!冷たいから!」
「かわいそうですよ!」とエルメシアは笑いながら止めた。
三人は並んでしばらく水風呂に浸かっていたが、なかなか文乃が出てこないので心配になってきていた。
「中で死んでないよね?」
「それは無いと思いますけど…」
「え?僕、ちょっと見て来る…」
と、優太が上がろうとすると丁度文乃が出てきた。
「あの動画のゲーム、ちょっと面白そうだね…」文乃はいつも通りの表情で言った。
「あ、無事だった」
「え?」と文乃は驚いた表情を向ける。
「いえ、あんまり長いので、倒れているのではと心配してたところです」
「ああ、そうなんだ…」
「あのゲーム、僕持ってるから、後でやってみる?」
「うん、ありがとう優君」
文乃が出てきたので、柚葉とエルメシアも浴槽から上がり、柚葉は周囲を見渡した。
「次、スチームサウナ入る?」と柚葉は隣室の扉に目を向ける。
「え?またサウナ入るの?」
「スチームサウナは湿度あるし、別物じゃん!順番に攻略していこうよ!」
「お塩、置いてあるよ」と優太は教えた。
それを聞くと三人は優太に視線を向ける。
「え?優君、何でお塩置いてあるの?」
「え?スチームサウナって、お塩で体ゴシゴシするよね?」と優太も不思議顔を三人に向ける。
「そうなの?初めて知った。もしかして男湯だけ?」と柚葉も優太を見つめ返す。
「でも、ソルトスクラブってあるよね。肘とか膝とか角質の厚い部分を擦るんじゃなかったかな?」
「へー」
「お塩は高価ですし、勿体無くはないですか?」
「まぁ優太は幾らでも出せるからね…」
「そうなのですね…」
「まぁ行ってみよ!」と柚葉はスチームサウナを指差す。
「僕、ジェットバス入りたい」だが、優太の反応は違った。
「あ、私もいまサウナ入ったばかりだから、そっちの方がいいな」
「私はスチームサウナが気になるので、ユズハ様と行きますね」
「じゃあ、別行動で!まぁ優太いたら、ソルトスクラブやり辛いしね!」
行動が決まると、柚葉とエルメシアはスチームサウナの扉を潜り、優太と文乃は階段を下りていった。
「あ、暑いですが、こちらの方が呼吸がしやすいですね」とエルメシアは室内に入ると周囲を見渡した。
黒いタイル張りの室内の正面には蒸し器が置かれ、左側の壁には浴室と同じ材質で出来た腰掛けがあり、右側には滑らかな曲線の寝台が2台備え付けられている。入り口の横には優太が言っていた盛塩が竹籠に入れており、その横には蛇口とシャワーが備え付けられていた。
「おー、なかなか高級感があるね」
「はい、すごく洗練された様相ですね」
「よし!まずはエルさん、お塩で擦りっこしよう!」と柚葉は体に巻いていたバスタオルを外した。
「え?あー、はい…」
一方、優太と文乃は地下に降りると、1階から勢い良く流れ落ちる打ち湯の隣のジェットバスに向かった。3台設置されたジェットバスはブーと音を響かせて、白い泡を排出している。
優太は真ん中のジェットバスに入ると、両脇のステンレス製の手すりを掴んで体を倒していく。
「わー!コレ、すごいボコボコする…」優太も初めて使用した為、その効果に驚いた表情を浮べた。
文乃も優太の左隣に入ると、体を寝かせていく。頭部の部分に頭を乗せる台がある為、文乃はそこに頭を合わせ、ジャットバスを体感した。
「あ、気持ちいいね!腰とか足の裏とか、いろいろな所に圧が掛かって!」
「うん、えっと、16箇所からジェットが出てるみたい」
「へー、あー、これずっと入れちゃうかも…」
「え?そう?」まだ小さい優太には圧が強く感じられ、早くも出たくなっていた。
「あっちのハイパーバスはもっと凄いの?」と隣の少し深めの浴槽に文乃は目を向ける。
「うん、ジェットが出る穴がもっと大きくて、勢いも凄いみたい」
「ジェットバスと違って出てないね?」
「あー、正面にステンレスの手すりがあるでしょ?その上にボタンがあるから、アレを押すと動くの!僕ちょっと、やってみるね!」
優太はジェットバスから上がるとペタペタとハイパーバスに向かったが、いつの間にか腰に巻いたタオルが外れ、かわいいお尻が丸見えだった。
文乃はそれを見るとびっくりして優太が先ほどまで浸かっていたジェットバスに目を向けた。プカプカと浮かぶタオルを引き寄せると優太に声を掛ける。
「ゆ、優君、タオル取れちゃってるよ…」
「え?」優太は言われて自分の股間を見るとあっとした表情を浮べ、あまり気にした様子も無さそうに文乃からタオルを受け取って付け直した「ありがとう!」
「う、うん」
「じゃあ、文お姉ちゃん、やってみるね!」
優太はステンレス製の手すりを左手で掴んで、右手でスイッチを押した。押した瞬間、ものすごい勢いで水が排出され、優太は右手で手すりを掴むまでも無くクルクルと後方に吹き飛ばされた。
「わ!優君、大丈夫?」文乃は慌てて立ち上がった。
すぐに優太は立ち上がったが、泣きそうな表情を浮べていた。
「水一杯飲んじゃったし、頭、ゴチンってなった…。鼻ツーンってする…」
文乃は近寄って優太の頭など怪我か無いか調べたが、特に外傷は無い様子だった。それでも、優太が痛めた頭を優しく撫でてやる。
「お姉ちゃん、凄い心配しちゃったよ…」文乃はボボボボと音から違うハイパーバスに目を向ける。
「僕、もう2度とやらない…」
その後、浴室を一通り体験した四人は、火照った体を休める為に地下の休憩所のソファに身を沈めていた。
「あー、ここクーラー少し強めに利いてて、湯上りには丁度いいね」
「うんー」と文乃は横の優太の髪を拭ってやっていた。
「さて!エルさんさっき言ってたマッサージ機試してみようか!」
「あ、はい!」
「文お姉ちゃん、なんか飲む?」と優太は立ち上がって自販機に向かう。
「あ、スポーツドリンク貰おうかな?」
「私達も飲み物飲みながら座ろうか!」と柚葉はエルメシアに提案した。
「はい!」
「いいけど、零さないようにね」
「あ、それなら後でマッサージ機の横に小さいテーブル置こうか?」
「それがいいですね!」
「自分たちで家の配置決めるのって楽しいよね」と柚葉は飲み物を選びながら口にした。
柚葉とエルメシアがマッサージを始めると、優太と文乃は座敷に上がって並んで敷布に寝転がった。
「あ、ひんやりして寝ちゃいそう」
敷布の他にも枕付きのマットが数枚置かれていたが、二人は白いシーツの敷かれた敷布に寝転がって漫画や雑誌に目を通していた。
「こ、これは凄いですね」とエルメシアは背中をゴリゴリと押されながら声を上げた。
「う、うん、最近のマッサージチェアってこんな凄いんだ…」と柚葉は太ももに強い圧迫感を受けていた。
「ひゃ、今度は腕が強く締め付けられてます!」
「私は、土踏まず凄い押されてる!」
しばらく二人は感想を言い合いながら受けていたが、最後の方は大人しく身を任せていた。
「はー、これはなかなか凄いものですね…」エルメシアは立ち上がるとマッサージ機を見つめた。
「凄い気持ちいいけど、疲れが取れるかは分らないね」
「そうですね」とエルメシアは笑った。
「優達は本読んでるみたいだから、私達はゲームでもしてみる?」
「はい!」
「なにしよーかなー」と柚葉はゲーム筐体を眺めていく。
「いろいろとあるのですね…」
「格闘、パズル、アクション、クイズ…、二人で遊べるの選んで置いてあるのかな?」と柚葉は一通り見て感想を口にした。
「私でも出来るものがありますか?」
「あ、大型のゲーム機もあるね」と壁側に設置された筐体に目を向ける「レース、太鼓、太鼓面白いけど、優達休んでるからうるさいかなぁ?」
「そうですね…。邪魔しては悪いですし…」
「あ、じゃあ、このガンシューやろうか!ゾンビ撃つヤツ!」
「えっと、私でもできますか?」
「うん、そんなに難しくないから!この銃で画面の敵を撃って、弾が無くなったらリロードするだけ、リロードは画面外を撃つタイプかな?」
「えーっと、やりながら憶えてみます!」
「そうだね!その方が分りやすいと思う」
二人は並んで備え付けのガンコントローラーを持つと、柚葉はスタートボタンを押した。ゲーム機はフリープレイになっている様で、エルメシアの方のスタートボタンも押すと、柚葉は改めて画面にガンコントローラーを構える。
「えっと、この先端を向けて、引き金を引けばいいのですよね?」
「うん、そうそう。あ、始まるよ!」
「はい!」
始めるとすぐにゾンビが襲い掛かってきた。柚葉は先に何発か打ち込んで撃退したが、エルメシアも反応して撃ち込んでいたようだ。
「絵が動くのですね!なんか赤い文字が出ていますが?」
「あ、それが出ると弾が無くなったって事だから、画面外を撃ってみて」
「はい!そうやって弾を補充するのですね!」
しばらくすると、エルメシアも慣れて来たのか、手際良くゾンビを撃退し始めた。柚葉はスキルの恩恵で射撃の実力も上がっていたが、エルメシアは実力でかなりの精度を持っていた。
「うわ!数多い!」
「左側を受け持ちます!」
「じゃあ、右頑張る!」
二人の実力は素晴らしいものだったが、ゲームの仕様上初見で対応するのは難しい場面があり、何度かコンティニューを強いられる。
「おー!クリアだ!」
「はー、ユズハ様の国の死霊は恐ろしいですね…」
「いや、こんなの本当に居ないから…」
休憩とばかりに柚葉は飲み物をもう1本自販機から取り出すと、優太達の方に向かった。
「あー、仲良くお休みになってますね」とエルメシアは二人を見ながら言った。
「何これ!やらしい!」柚葉は優太を抱きしめて寝ている姉を見ながら言った。
優太の方も文乃の足に自分の足を絡め、胸元に抱きついて、スースーと寝息を立てている。
「ユータ様はまだ幼いですし、女性に母性を求めても仕方が無いのではないですか?」
「え?まー、10歳でお母さんと離れて暮らすのは寂しいだろうけど…」
「えっと、ユズハ様の国では年の数えがランバルディアとは大きく違うのですよね…」
「うん、1年の日数が違うからね。エルさんは何歳なの?」
「私は348歳ですね」
「…えーっと、エルフだしこちらの人間の実年齢もよく分からないから、何とも言えないな…」
「私の里では、成人したエルフの中では私が一番年下でしたね。おそらく、肉体年齢的にはユズハ様と変わらないくらいだと思います」
「…ん?そろそろ夕ご飯作らないと…」と文乃は目を覚ますと二人と目が合った。
「ユータ様が可哀想ですから、まだしばらくそのままでもよろしいですよ」
「え?」と文乃は自分の胸元に抱き付いている優太に視線を向けた「…なんで、優君私に抱きついてるの?」
「そりゃ、お姉ちゃんが抱きしめてたからじゃないの?」
「…え?」
「凄く仲が良さそうでしたよ」
「お姉ちゃん、昔はよく優抱きしめて寝てたしね」
「それは、柚もでしょ!」
文乃は優太を起こさない様に身を起こすと、座敷の端に積んであった毛布を取りに行き、優太に掛けてやった。
「フミノ様、夕食の支度ならお手伝いしますよ」
「うん、ありがとう!あ、でも優君どうしよう?このままにしておいたら可哀想だよね」
「寝かせてていいよ。私、このゲームやりたいから、優が起きるまで見てるよ」と柚葉が引き受ける。
「じゃあ、お願いね」
#4
夕食が済むと文乃は2種類のカバンをテーブルに並べた。
「これがマジックバッグ?」と柚葉は2種類のバッグを見比べる。
「うん」
一つは皮製の背負い鞄で左右の半分まで大きく開くチャックが付いてた。もう一つは皮製のサイドバッグでベルトに取り付けられる備え付けが成されており、上の部分が布製の巾着状態になっている。
「あの、私も頂いてよろしいのですか?」
「うん、もちろん!」
「うーん、エルさんはどっちがいい?」
「えっと…、ユズハ様が選んだ残りでよろしいですよ」
「ホント?じゃあ悪いけど、こっちのサイドバッグのもらうね」
「はい!じゃあ、私は背嚢の方を頂きます!」
二人はそれぞれのマジックバッグを楽しそうに試していた。
「これってどれ位入るの?」
「鞄の入り口に入る大きさの物なら、かなりの量入ると思うよ。虚無界で転霊水晶の光が届く範囲の量を収納できるらしいから…」
「よく分からないけど、そうなんだ…」
エルメシアは手近な物を幾つか収納して出し入れしていたが、不思議そうな表情を浮べた。
「ん?エルさんどうかした?」と文乃が尋ねる。
「えっと、複数の物を入れて取り出す時、自分が取り出したい物が掴めるのですが、どういった仕組みなのですか?」
「ああ、虚無界には上下左右とかそういった概念が無いんだって、だから手を入れた時に自分が必要な物が取り出せるらしいよ」
「え?それってこっちの思考を読んでるって事?」
「いや、あー、んー…、そうとも言えるのかな?正確には虚無界に送られると存在が虚ろになるのね。それを、物質界に居る自分が具現化して取り出してるから、自分の思考で引き寄せてるって表現の方が近いかな?」
「ぜんぜんわかんない…」柚葉は理解するのを諦めて必要な事を聞く事にした「これって、温かい食事を入れると、温かいまま出てくるの?」
「うん、出せるね。虚無界には時間の概念も無いらしいから…」
「おー!後は、この入り口がどれ位の大きさ通るかだなぁ」と柚葉は巾着部分を大きく開いてみる。
「私の方もこんなに開くので、かなり入りそうですよ!」
「でも『どこでも扉』は入れられないよね?」
「ああ、そうですね…」
「まぁいいや!優、幾らか使えそうなひみつ道具を分けてくれる?」柚葉は日本のテレビ番組に集中していた優太に声を掛ける。
「…え?なに?」
「いや、お姉ちゃんにマジックバッグ貰ったから、使えそうなひみつ道具分けてくれる?」
「あー!うん、いいよ!よく使う道具は増やしてあるから大丈夫!」
「えっと、とりあえず『壁紙トイレット』『キャンピングボール』『グルメテーブルクロス』『ヘリトンボ』『万病剤』『持ち運び用紙』は欲しいかなぁ?他に持ってた方がいい道具ある?」
「んー?『どこでも扉』は?」
「私達の鞄は、鞄の入り口の大きさを超えて入れられないから、『どこでも扉』は無理かなぁ…」
「ふーん、じゃあ『ワープペンシル』と『ワープゴム消し』貸してあげるよ」と優太は道具を取り出す。
「え?何それ?」
「このペンで空中に丸を書くと、行きたい場所に繋がるの!大きく書けば人も通れるよ!通った後は消しゴムで消せばワープが消えるから!」
「え?そんな便利道具があったなんて!」
「あとは、『ひらりんマント』とか『テキオーライト』、『石ころころ帽子』とか?」
「おー!どれも冒険に使えそう!テキオーライトは水の中とか宇宙空間とかに適応できるんだよね?」
「そう!とりあえず今思いつくのはこれくらいだけど、道具は二人分用意しておくね!」
「うん、ありがとう!」
翌日、柚葉とエルメシアは優太に貰った『ワープペンシル』を使い王都近郊に飛ぶと、ファルケンの冒険者組合に向かった。
「それでは闘技会の参加についてお話させて頂きますね」とヒルデは二人を前にして言う。
「はい」とそれにエルメシアが答える。
柚葉は自前のメモ帳を開いて、耳を傾けた。
「まず、参加条件は三名までの同モルド員、使用武器は組合が用意した物のみ、魔法は下位の指定されたモノのみとなります」
「はい」と柚葉は答えたが、それはもう聞いたなと思った。
「会場は王都中央部の闘技会場で、参加者には陶器製の鈴を首から提げて貰います。それが破壊された場合はその方は即失格となりますが、首から下がっている状態なら手などで守る事も鈴を後ろに回すなどしても構いません」
「自分で負けを認める場合は、自分で破壊しても大丈夫って事ですよね?」と柚葉は聞いた。
「はい、状況が不利になった場合などは、そうしてください」とヒルデは続ける「そして自陣には、水の入った陶器製の瓶が一つ置かれます。それが破壊された場合は破壊された陣のモルドは敗退となります」
「へー」
「ただ、瓶は魔法での破壊は禁止となっております。昔はそうでは無かったのですが、かなりの魔法精度を持つ魔法使いの方が、あまりにも勝率を上げてしまい、禁止となりました」
「あー、なんか分ります」
「えっと、大まかな参加条件は以上となりますが、質問はありますか?」
「私達の対戦相手は、どの様に決まるのですか?」とエルメシアが尋ねた。
「あ!それは組合の実行委員が決めますが、ナポリタンの皆様は初戦と言う事で、他の初戦のモルドと戦って頂く事になると思います。または勝率が0のモルドになりますね」
「ちなみに、ランキングに入っているモルドと戦うには、どれ位勝たないとですか?」と今度は柚葉が聞いた。
「大体、3連勝もすれば、順位95位から100位のモルドと戦えます。その辺りの組み合わせも、組合の実行委員がモルドの実力を加味して決めていると言われています」
「ふむふむ」
「魔法ですが、精霊魔法、妖精魔法はどうですか?」とエルメシアが聞いた。
「そちらも制約が決められていますね。特に召喚自体が禁止されていますから、使用は厳しいものになると思います」
「なるほど…、精霊や妖精の動きは人には追いにくい場合もありますからね…」とエルメシアは理解を示した。
「じゃあ、スキルはどうですか?」と柚葉が聞く。
「あー、実はスキルに対しての規約は難しいものになっていまして、闘技会では申告制になっています」
「ん?実行委員に申し出るって事ですか?」
「はい、そのスキルの有用度により使用が判定されます。そして可能となった場合でも、相手側にそのスキルの所持が通達されます」
「んー、スキルを公開って結構厳しいですね」
「はい、冒険者として死活問題になる場合もありますし、隠したい方も当然居りますから、申告しない方もいますね」
「え?その場合は、どうなるんですか?」
「そのスキルを闘技会で使用しなければ問題になりません。ですが、申告していないスキルの使用は、その時点でモルドが失格となります」
「あー、なるほど…」
そこまで聞いて、柚葉は幾つかメモを取った。
「技術の方はどうですか?」とエルメシアが尋ねる。
「そちらは問題無く使用できますよ」
「スキルと技術って違うの?」と柚葉はエルメシアに尋ねた。
「はい、技術は剣技や鍵開け、追跡、速読みたいな訓練で身に付けたものを言います」
「あー、剣振って、剣圧で遠くの敵を倒すみたいなの?」
「…あー、えっと、そうですね…」エルメシアは少し考えてから答えた。
「え?もしかして出来るのですか?」とヒルデは驚いて尋ねる。
「ん?あー、どうでしょう?」柚葉は慌てて誤魔化した。
「上位モルドの方には何名か、そういった技術をお持ちの方がいますけど…」
「へー、そうなんですね」
「100位までに入った後の組み合わせはどうなるのですか?」とエルメシアは話題を逸らす。
「偶数順位と奇数順位で交互に攻撃、防衛になりまして、前後5位のモルドを攻撃側が防衛側のモルドを選択する事が出来ますが、実行委員が組み合わせを決める場合もあります。攻撃側が勝つと、順位を2つ上げる事が出来、負けると2つ下がります。防衛側は負けると1つ順位を落とします」
「ん?結構、ランキングの変動激しくないですか?」
「そうですね。上位10位以下は激しく動きますが、基本的に上位順位優先で、同率位は存在しません。勝率などで必ず順位化されます。1回勝っただけでも、前後のモルドの勝敗に因ってはいきなり5個くらい順位を上げる場合もありますね。それと1年間で同じモルド同士の対戦はありません」
「む、負けると翌年まで再戦できないんですね」
「はい、そうしないと上位のモルドは毎回同じ相手と戦う事になってしまいますし、上位ほど冒険者として忙しいですから…」
「ああ、そうですね」
ここまで聞いて、二人はルールについて頭の中で整理した。
「あ、私達のような少人数のモルドは、試合と依頼が重なった場合はどうなるのですか?」とエルメシアが聞いた。
「ああ、100位以下は、次回の参加はモルドからの申し込みになりますので、ご自分達で調整して頂きます。100位内のモルドは年間2回まで対戦を拒否できます。2回までの拒否権を使いきり、試合会場に指定時刻までに現れない場合は、2つ順位を落とします」
「ふんふん」
「ちなみに依頼で消息を絶ったモルドが、順位から消えた事もありますから、皆様はそのような事が無い様にしてくださいね」
「そ、そうですね…」
「では、他に質問が無ければ、五日後、弐の鐘が鳴るまでに会場にお越しください」
「はい」と柚葉は答えるとエルメシアと手近なテーブルに向かった。
二人はテーブルに丸椅子を引き寄せて向かい合わせに座る。柚葉はしばらく自分の取ったメモを見つめていたが、顔を上げて聞いた。
「まぁ思ったよりちゃんとしたルールだったから、いろいろと遣り様はあるかなぁ?」
「えっと…、そうかもしれないですけど、二人で出るのですか?この規約だと人数差で不利になりそうですが…」
「うーん、お姉ちゃんは人と争うのとか苦手だし興味無さそうだから…、優はねぇ…」
「そうですねぇ…」
「エルさんも嫌だったら断ってもいいからね」
「いえ、改めて自分の実力を試したい部分もあるので、参加させて頂きます」
「そっか、まぁまだ日にちあるからいろいろ相談して対策しよ!」
「そうですね」とエルメシアは依頼掲示板に視線を向ける「今日はこの後、どうなさいますか?」
「依頼確認して良さそうなの無かったら、お姉ちゃんが市場でこっちの美味しそうな果物あったら買ってきてって言ってたから、市場行ってみよ!」
「はい!」
#5
早朝、食堂では文乃とエルメシアが朝食の準備をし、柚葉が座卓を拭いていると、優太が慌てた様子で飛び込んできた。
「大変大変!」と優太は頬を膨らませて三人を見つめた。
「ど、どうしたの優君?」
「え?なんかあった?」
「日本で、日本で…」優太は下唇を突き出しながら訴えた「ネコえもんの0巻が発売になったの!欲しい!」
それを聞くと、三人は黙って優太を見つめた。
「えっと、そう…」と柚葉は冷めた反応を返した。
「でも優君、私達がこっちに来た後に発売したんじゃ買えないでしょ?」
「そうだけど…」脱力気味に優太は視線を返した「読みたい…」
「じゃあ、どうすんの?『取り寄せハンドバッグ』で取り寄せるのは駄目なんでしょ?」
「んー、んー…」と優太は視線を下げてキョロキョロすると、『四次元ポッケ』に手を入れた「じゃあ!しょうがないので、日本に買いに行きます!」
「「「え!」」」と三人は驚きの声を上げる。
「これ『日本一周旅行ゲーム 』!ちょっと運が必要だけど、これで日本に飛んで本屋さんで0巻を買う!」と優太は折り畳んだボードゲームを取り出した。
「い?それで日本に行けるの?」と柚葉はボードゲームを指差して聞いた。
「ユータ様達はお帰りになってしまうのですか?」
「え?それ、日本に居なくても出来るの?」
三人はほぼ同時に優太を質問攻めにする。
「うんと、これ、漫画だと詳しいルールは説明されてないんだけど、実際におもちゃの会社からボードゲームが発売されたり、雑誌の付録でルール化されているのね。売ってるおもちゃだと北海道から沖縄にチェックポイント通って行ったりするんだけど、これは多分、雑誌の付録バージョンを元に近いと思う」
「えーっと、日本にサイコロで飛んで行けるって事?」柚葉が一定の理解を示して聞いた。
「そう!ただ、東京からスタートして、日本中の8箇所のポイントを通過して、東京に戻ってくるルールのはず…」
「異世界からでもスタートできるの?」と文乃は再度訊ねる。
「漫画では現代でも未来でも遊べたし、スタートは東京に設定されてて、あがると元の場所に戻れるらしいから、大丈夫だと思う!」
「良かったです!終われば戻って来れるのですね!」エルメシアはホッとした表情を浮べた。
「こ、これは!えらいこっちゃ!…準備しないと!」と柚葉は立ち上がって、自室に戻り始めた。
「え?えーっと、日本の必要な物を買いに行けるチャンスって事だよね?」
「そうだけど、ネコえもんの0巻が1番だからね!」
「…ちょ!優、朝ごはん食べて、日本時間の10時からスタートって事で!どうせ10時過ぎないと日本でもお店開いてないでしょ?」柚葉は慌てて戻ってくると顔だけ出して言った。
「あ…、うん、それでいいよ」
「あの…、私はお待ちしてればよろしいですか?」とエルメシアは優太と文乃に聞いた。
「ううん!一人でも人数多い方がいいので、エルさんも行こう!」
「え?大丈夫かな?」と文乃は心配そうにした。
「帽子被って耳隠して、『ほんやくこんにゃくゼリー』食べれば大丈夫だと思う」
「えっと、うーん、まぁそうかなぁ…」と文乃も納得する。
「ユータ様の国が見れるのですね!楽しみです!」
「うん!」と優太は笑顔を浮かべた。
「まぁエルさんが乗り気なら、いいけど…」
文乃が柚葉を呼び戻すと四人はまず朝食を取った。そして改めて日本時間をスマートフォンで確認して相談し、2時間後にゲームをスタートさせる事にした。
2時間後、エルメシアは地下の『ちまむら異世界店』で柚葉にコーディネートされて、キャスケット型の帽子を深めに被り耳を隠して立っていた。服装は白いブラウスに茶系のフレアスカート、同じく茶系のハーフブーツを履き、背には文乃が作ったマジックバッグを背負っている。
「わー、エルさん可愛いね!」と優太はそんなエルメシアを見て言った。
「うん!可愛いし、これなら耳も隠れてるから外国の人に見られると思う!」と文乃も太鼓判を押す。
「そ、そうですか?」
「あっそうだ!エルさんは日本に飛んだら、このゼリーを食べてね!そうすれば向こうで会話が出来るようになるから」
「はい!ありがとうございます」
「ど、どうにか日本円8万円かき集めたけど…」柚葉は財布を確かめながら呟いた「足りるかな…」
「私も出来るだけ持ってきたけど…、自分のマジックバッグ慌てて仕上げちゃったよ…」
「あ、エルさんには5000円預けておくね。これだけあれば、飛んだ先でちょっとした物なら買えるし、食べれる事も出来ると思う。もし優が欲しがってる本が売ってても買えるから!」
「はい!ありがとうございます!」
「いい、みんな!今回の目的は『ネコえもんの0巻』を買う事だからね!本屋さんがあったら、すぐに買ってね!」と優太は三人を前にして説明を始めた「このサイコロを振って出た数だけ進めるんだけど、サイコロにお互いの通信機能とサイコロを覗く事でこのボードが見えるから、それを見て進んでね!」
「「うん」」「はい」と三人はそれぞれ返事をする。
「では、ジャンケンをして順番を決めます!」
「ジャンケンとは何ですか?」
三人はエルメシアを見つめるとジャンケンを教えた。
改めてジャンケンが行われ、順位は優太、文乃、柚葉、エルメシアの順となった。四人はテーブルに広げられたボードの日本地図に目を向ける。
「じゃあ、僕から行くね!」と優太はサイコロを振る「3だから、『さいたま市』まで行くね」
その瞬間、優太の姿が消えた。三人は少し驚いたが、無事に優太が日本に飛んだ事に気付いた。
「おー!マジで日本に帰れた!」
「優君、大丈夫?」と文乃はサイコロに話しかける。
「うんー、大丈夫だけど、ここさいたま市の何処だろ?畑ばっかり…」
「え?都市部以外にも飛ばされるの?」文乃は驚いて聞いた。
「そうみたい…。とりあえずお店無いか探してみる…」
残された三人は少し黙ってボードを眺めたが、文乃は自分の番なのでサイコロを振る事にする。
「あ、5!じゃあ行って来るね」
「はい、お気をつけて…」
「えっと、一気に『金沢』まで行けるね」と文乃の姿が消えた。
その文乃は日本に飛ばされると、まず周囲を見渡した。
「えーっと、国道沿いかなぁ?」
「…文お姉ちゃん、本屋さん無いー?」
「んー、本屋さんは見当たらないかなぁ。カレー屋さんはあるけど…」
「え?なんてカレー屋さん?」と柚葉は興味有り気に訊ねる。
「えっと、『カリーのチャンピオン』?」
「ん?チャンカリ?ちょ!お姉ちゃんそれちょー食べたい!テイクアウトして!」
「え?あー、まぁいいけど…」
「柚姉ちゃん、早く振ってー、ここ畑しかない…」と優太はへたり込んだ。
「はーい」と柚葉がサイコロを振る。
「ユズハ様もお気をつけて…」
「うん、ありがとう。2だから…、よし!『横浜』行こ!これは期待できる!」と柚葉の姿が消えた。
「じゃあ、私も振りますね!」と残されたエルメシアはサイコロに語りかける。
「うんー」と優太の返事が聞こえた。
「丸が3個ですね。ユータ様と同じ所に行ってみます」とエルメシアも姿が消えた。
柚葉は飛ばされると、まず周囲を見渡す。
「うえー、住宅地だ…。最悪…」
「柚ー、とりあえず3種類くらいテイクアウト頼んだからー。みんなも出来るまで私の番は待ってねー」
「「「はーい」」」
「あ、でも自販機があるから、うちの自販機に無いの買ってこ…」と柚葉は前向きに財布を取り出した。
「えっと、私はユータ様と同じ場所に飛んだはずですけど、周りに人が多いですね…」
「へー、同じ場所でも位置は違うんだね…」と文乃が答える。
「とりあえず、ユータ様に頂いた食べ物を頂いて、周囲を散策してみます。店舗も幾つかありますし…」とエルメシアが言葉を詰まらす「…えっと、あの、変な乗り物が凄い勢いで道を走っているのですが…」
「「「あ!」」」
「え?危険な物ですか?」
「それ、車って乗り物なのだけど、ぶつかると危ないから距離を取ってね」と文乃が注意を促す。
「はい、分りました」
「じゃあ、僕振るよー」と優太の元気な声がサイコロから響いた。
柚葉は一通りジュースを買い漁ると、周囲の散策を始めた。するとズボンの後ろポケットに差し込んでいたスマートフォンがブブブブと激しく何度も振動する。
「あー、溜まってたメールとかが、一気に届いたのかー」と柚葉はスマートフォンの画面を見ると、立って居られなくなり道端に蹲った。
「4だー」と優太はサイコロを拾い上げると中を覗いてボードを見る「『長野』に行って来る!」
「優君、今度は本屋さんがある所だといいね」と文乃は声が聞こえた。
「うん!」
「私が飛んだ場所は凄い人通りです…。えっと、みんな忙しなく動いているので、どうしていいか分らないですね…」
「あー、あんまり人の多い所なら、自分の番が来るまで、大人しく周囲を見渡すくらいの方がいいかもね」文乃は忠告した。
「そうですね…。下手な事をして目立つ訳にもいきませんし…」
「また、変な所、飛ばされたー。凄い大きな木がいっぱいある道に居るんだけど…」
サイコロから優太の気落ちした声が聞こえた。
「え?有名な所かな?」
「奥の方に、神社ぽいの見えるかも…」
「長野の神社って、何処だろ?諏訪大社かな?」
「よく分からないけど、絶対近くに本屋さんとか無さそう…」と優太は落胆する。
「お姉ちゃんの番だけど、カレー出来るまでちょっと待ってね」
「うんー」と優太の返事が聞こえる。
「でも、待ってる間に、外で本屋さん近くにあるか聞いてみようかな…」と文乃は申し訳無さそうに表に出た。
「文お姉ちゃん、ありがとう」
文乃が歩道でキョロキョロしていると、白い犬を連れた老人が通りかかった。
「えっと、あのすいません」
「なんや?」と老人と白い犬は文乃に視線を向ける。
「この辺に、本屋さんってありますか?」
「本屋か?なーん、わしゃしらん」
「そ、そうですか…。ありがとうございます」
老人が行ってしまうのを見送ると、文乃は一度カレー屋の店内に戻る事にした。
「お姉ちゃん…」と柚葉の声がサイコロから聞こえた。
「ん?どうしたの?」
「スマホヤバイ…」
「え?何が?」
「私達が死んで…、皆からのいろんなメッセージが入ってて、泣ける…」
「あ…」と文乃も理解して言葉を詰まらせた「私たち、こっちだと死んだ事になってんだよね…」
「お姉ちゃんは今見ない方がいいよ…」
「そうだね…」
「はー、ちょっと泣いた…」
「柚姉ちゃん、大丈夫?」
「うん…」
カレー屋の店内に戻るとカレーが出来上がっており、文乃は受け取ると鞄に仕舞って、すぐにサイコロを振った。
「4だね。えっと、『鳥取』に飛ぶね」
「鳥取って砂丘しかイメージ無いな…」
「砂丘って本屋さん無いよね?」
「うわー、本当に砂丘に飛んじゃったよ…」と文乃の声が聞こえた。
「やっぱり旅行ゲームだから観光地率が高いのかな?」と柚葉は答える。
「柚姉ちゃん、どうぞー」
「うん、この辺住宅地だし飛ぶね」と柚葉はサイコロを振る「あ、3だ。『静岡』行こ」
「あ!」とサイコロからエルメシアの驚いた声が聞こえた。
「ん?どうかした?エルさん」と文乃がすぐに反応する。
「今、犬を連れている方がいたのですが、犬が服を着ていました!」
「あー、そう…」
「優!目の前に『ブコフ』がある!ネコえもんの0巻無いか探してあげるね!」
「え?本当?古本でもいいから、あったら買ってね!」
「了解!」
「では、私の番ですね!振ります!」とエルメシアは意気込む「えっと、2ですね。『宇都宮』と言う場所に飛びますね」
『ほんやくこんにゃくゼリー』で日本語の読解も可能となったエルメシアは嬉しそうに移動した。
「宇都宮ってなんだろ?ギョウザと鬼怒川辺りしか分らないな…」と文乃は観光寄りの知識を思い出す。
「本屋さんあるかな?」
「うつのみやって名前の本屋さんあるよね…」
「優、0巻出たばっかりだから無かった…。ここは新刊やってないぽいし…」
「そっかー、ありがとう柚姉ちゃん」
「私、ちょっと店内見てるね」
「じゃあ、僕も振るね!」と優太はサイコロを振る「6!チェックポイントのある『京都』に行くね」
「あ、なんか美味しそうな食べ物のお店の前にいます。パンかな?ペニー雨?ちょっと入ってみていいですか?」とエルメシアは店内を覗きながら聞いた。
「うん!おいしそうなパンがあったら買って来て!」
「はい!」
「ぎゃ!ブコフヤバイ!なんとなく気になっていた、あの映画も。そういえば観ようと思ってた、あの映画も。いつか観ようと思ってた、あの映画も。あるじゃん!」
「あー、私も観たかった映画あるなぁ…。柚、幾つか言うから探してくれる?」
「うん!」
「…え、京都なのに山の中…」
優太の泣きそうな声がサイコロから響いた。
「…優、どんだけ運無いの?」
「京都って意外と山多いよね…」文乃は同情気味に言った。
こんな調子で四人はサイコロを振りながら、観光気分で日本各地を楽しんだ。だが、楽しみながらも優太は求める『ネコえもん0巻』が手に入らないままゴールを迎えた。
「1番だったけど、嬉しくない…」
「お!2番だ!」と柚葉が戻ってきた「優、優とエルさんのスマホ買ってあげたよー」
「ありがとう…、でも、0巻の方が欲しいですから…」
「あー、悉く本屋近くに無かったからねぇ…」
「ただいま!私、3番?」と文乃は幾つか買い物袋を下げて周囲を見渡した。
「うん、3番」
「文お姉ちゃん、おかえりー」
文乃は椅子に座って明らかに落胆している優太に気付いた。
「ごめんねぇ優君、本屋さん全然無かったよ…。最近本屋さんってあんまり見ないよね?」
「確かに…。ネットで注文しちゃう人とか電子版読む人も多いしね…」
「優君、また今度一緒に探そうね」
「うん…、ありがとう」
二人は久しぶりの日本での買い物を楽しめたのだが、元気の無い優太を見ると素直に喜べなかった。
そこへ、エルメシアが最後に戻ってきた。
「お待たせしました」
「ごめんね。エルさんルールがあんまり良く解らなかったよね?」文乃は心配そうに声を掛ける。
「いえ!遊戯としてより皆様の祖国を観光出来た事の方が嬉しかったです!」
エルメシアは本当に楽しんでいた様で、少し赤み掛かった笑顔を向けた。
「まぁ楽しんでくれたなら良かった」と柚葉も優太の前の椅子に腰掛ける。
「あ、最後に『ハミマ』という商店で、皆様に喜ばれそうな物を購入してみました!」
「あー、コンビニだね。知らない場所での買い物って楽しいよね!」と柚葉は笑った。
「はい!」とエルメシアは背中のマジックバッグを降ろすと配り始める「えっと、これはフミノ様ですね!」
「あ!ダブルのシュークリーム!ありがとう!美味しいよねこれ!」
「お好きならよかったです!」とエルメシアは次に柚葉の方を向く「これはユズハ様ですね!」
「うは!キャンディーチーズ!ありがとう、これ美味しいから幾らでも食べれるよね!後で、増やして何時でも食べれるようにしようか!」
「ピザの時、チーズがお好きなようでしたから選んでみました」次にエルメシアは優太の方を向く「それと、ユータ様にはこれを!」
優太はエルメシアに差し出された物を最初理解してなかったが、すぐにそれが求めていた物だと気付いた。
「ネコえもんの0巻!」と優太は目を見開いて受け取った。
「えっと…、ユータ様のお好きなネコえもんの絵柄の書物だったので購入してみましたけど、この書物をお探しだったのですか?」
「うん!ありがとう!エルさん!」と優太はエルメシアに抱きついて喜んだ。
「ひゃ!」とエルメシアは目を白黒させる。
「あー、そういえばコンビニって漫画本売ってたよね…」
「そういえば、そうだね…。コンビニで買った事無いから盲点だったよ…」
三人は、ネコえもんの0巻を掲げてピョンピョン飛び跳ねて喜んでいる優太を見ながら一息ついた。
「ところでお姉ちゃん、カレー以外に何か買ったの?」
「うん、スーパーでここに無い調味料とか食材とかお菓子、衣料品店で服を数着かな?」
「ふーん、私は観たかったDVDを30タイトル位とCD数枚、ゲーム何本か、うちに無いジュース類、あと優が前にこっちでスマホ使えるようにするって言ってたから、ブコフで中古のスマホ2台買って来た。優とエルさんの分」
「えー?値段高くなかった?」
「ちょっとしたけど、20%オフだったし、私達が使ってるのと同じ位の年式だったから、シムフリーのを動作確認だけして買ってみた」
「まぁ、スマホで連絡取れるのは便利だよね」
「うん」
それから四人は日本での戦利品を見せ合った。
#6
「明日、本当に二人で闘技会に出るの?」文乃は心配そうに二人に尋ねた。
ここ数日、家の環境を整えながら、柚葉はエルメシアと闘技会への訓練と打ち合わせを行い、たまに二人から四人で冒険者組合の依頼を受けていた。それに平行して、優太はひみつ道具の性能テスト、文乃は魔法の訓練、調理場の使い勝手を整えていた。
「うん、優は道具使えないし、お姉ちゃんは痛いのとか嫌でしょ?」
「まぁそうだけど…」
「私とユズハ様で入念に打ち合わせをしましたから、結構やれると思いますよ」
「そう…、でも無理はしないでね」
「エルさん、スキル持ってるんでしょ?闘技会で使うの?」優太はアルエを膝に乗せて尋ねた。
「いえ、私のスキルはあまり戦闘向きではないので…」
「どんなスキルなの?」文乃も気になるのか尋ねる「あ!言いたくなかったら大丈夫だよ」
「いえ、そんな事無いですよ!私のスキルは『夜目』ですね。意識すれば昼間のように明るく見通す事が出来ます」
「あー、便利そう!」
「はい、狩りなどでは重宝しますが、闘技会では役に立たないですね」
話の区切りに、四人は食堂の座卓に用意した飲み物やお茶請けに手を付ける。
「あ、そうだ!お姉ちゃん、エルさんと話してたんだけど『ナポリタン』として活動するのにさ。なんかトレードマークみたいなの欲しいよねって話してたんだけど、なんかいいのない?」
「トレードマークってどんなの?」と優太が返す。
「お揃いのワッペン付けたりするのじゃないかな?」と文乃が答える。
「あー」
「そうそう、ワッペンは如何にもって感じだけど、優もなんか無いかな?」
「うーん、学校みたいに同じ服着るとか?」
「あー、制服みたいなのだとちょっと引くけど、冬場だと同じデザインのコートとか着てたりするとカッコいいかもね!」
「小物だとすぐにナポリタンだと分らなさそうだよね」
「うん、帽子とかカラー、エンブレムとかでもいいかな?」
「家紋は場合に寄っては人族の貴族と問題になりうるかもしれません」とエルメシアが忠告する。
「あー、そういった問題もあるのかー」
「私はあんまり帽子とか被らない方なんだけど…、どうなのかな?」
「じゃあ、フードにすれば?」と優太が意見する。
「まぁそれなら、被ったり下げたり出来るけど、パーカーみたいなの着るの?」と柚葉は聞く。
「んー、赤ずきんちゃんみたいなのならTシャツの上からでも着れるんじゃない?」
「あー!かわいいかも!作るのも簡単そうだし、メンバーで布の色変えればいいしね!」
「うん!首元で結ぶだけだから着るのも楽だし、服とか装備に被らないのもいいな!」と柚葉も同意する。
「えっとケープ的な物でしょうか?」とエルメシアは確認する。
「あ、そうだね。フード付きのケープかな?」文乃は言われて納得した。
「それなら町場でも着てる方がおられますから、それほど目立つ事はないでしょうが、同じ一団が着ていればナポリタンだと分って頂けると思います」
「じゃあ、それにナポリタンのマーク入れれば?」と優太が提案する。
「どんなの?」と柚葉は問い返した。
「え?スパゲティの…」
「あー!ワンポイントで入れるなら可愛いかもね」
「うん」
「ナポリタンの絵柄用意してくれれば、『キャラクター商品注文機器』って道具があるから、グッズ作れるよ」と優太が提案する。
「それ、ケープも作れるの?」と文乃が聞く。
「あー…、そんなボタン無いかなぁ…。商品名が書いてあるボタンが付いているんだよね…」
「駄目じゃん…」
「じゃあ、絵柄を作ったらコピーして、『ずらしん棒』でずらせば?」
「あ、いいね!」
「ケープなら私作ろうか?」と文乃が声をあげる。
「いいの?『着せ替えキャメラ』で作ってもいいよ」
「そんな手間じゃないから平気だよ。ミシンもあるし、材料は王都で良さそうなの探してみる。無ければ『壁紙商店』で用意してもいいし」
「おー、じゃあ、お願い!」
「私もお手伝いしますね!」とエルメシアは話を聞きながら楽しそうな表情を浮べる。
四人はそんな会話をしながらTVを観たりして寛いだ。
「あ、そう言えばエルさんお姉ちゃんに聞きたい事があるって言ってなかった?」
「あ!そうでした!」
「え?なになに?私に答えられる事かな?」
座卓で優太がウトウトするたびに、アルエは優太の頬をペロペロと舐めた。文乃はそんな優太を見ながら微笑んだ。
「えっと、フミノ様の魔法の本は、この世界のあらゆる魔法が書かれているのですよね?」
「うん、この世界で生まれた魔法に関連する知識は一通り書かれている筈だよ」
「それでは、精霊魔法なのですが、『リプリプラ』『エスターブラ』と言う魔法の事が書かれていないでしょうか?」
「『リプリプラ』『エスターブラ』ね。ちょっと待ってね」と文乃は魔導書を取り出す。
「どうして、その魔法を知りたいの?」と柚葉が尋ねる。
「エルフ族には昔、偉大なフレンティータ様と言う方が居られました。その方は大精霊様から3つの魔法を授かり、その魔法を優秀なエルフ族に口伝でそれぞれ残したのですが、先の大戦でその使い手が『アスターシャ』という魔法以外、引きつかずに亡くなってしまったのです」
「あーなるほど…、その魔法を復活させたいんだね」
「はい!そして出来たら優秀な同族に伝えられたらと思います」
「えー、エルさんが覚えちゃえばいいじゃん!」
「だ、駄目ですよ!私などが使っていい魔法ではありません…」
「あれ?」と文乃は本に手を乗せたまま不思議そうな表情を浮べる。
「載っていませんか?」
「あ、ううん、『リプリプラ』『エスターブラ』『アスターシャ』だよね?」
「はい」
「載ってるんだけど、エルさん3つの魔法って言ってたよね?」
「えっと、はい…」
「この項目の魔法4つあるんだけど…」
「…え?」
「もう一つは『オルドビニッシュ』、聞いた事ある?」
「いえ…、無いですね…」
「え?どーゆう事?」と柚葉は不思議がる。
「この魔法は四大精霊からそれぞれ力を借りる魔法みたい。幾つかの制約があって、その制約の中に精霊がエルフ族だけって制約を設けてるから、私じゃ使えないね。でも取得の仕方は分るよ」
「本当ですか!」
「うん、その幾つかの制約の中に使い手は一人ってあるんだけど、『リプリプラ』『エスターブラ』『アスターシャ』『オルドビニッシュ』にはそれぞれ担当する大精霊が存在するからだって…」
「あー、なるほどね」柚葉は納得したが、すこし疑問に思った「『アスターシャ』は使い手がいるの?」とエルメシアに尋ねる。
「はい、女性のエルフの方で、イプシローテ様と仰られる方が受け継いでおいでです。その方は勇者様とご一緒に魔王討伐に参加していると聞いています」
「おー、じゃあ、チートベルベルグって魔王を倒したのもその人達なのかな?」
「そうだと思います。イプシローテ様の部族は人族と盟約を結んでいると聞きますから…」
アルエは、寝落ちして頭が座卓に付きそうな優太のおでこを必死に押さえていたが、最後は力負けしてフニュと優太の頭部に押し潰されていた。
柚葉は笑いながらアルエを抱き上げて救い出してやる。
「エルさん、ちょっとした儀式的なのをやる必要があるみたいだけど、どうする?」
「えっと、私以上に優れた同胞は多いですし、簡単に決められる事ではないので、しばらく待っていただけますか?」
「うん、エルさんが決めていいと思うよ」
「はい、ありがとうございます」
「私としては、失われたものなんだし、エルさんが覚えても問題ないと思うけど、うちのモルドの戦力増強にもなるし!」
「柚、そういうエルさんの困ること言わない。一族の秘術的なものなんだから、自分勝手に決められないと思うよ」
「そうですね。正直に言えば自分で使ってしまいたい気持ちもありますが、同族が守ってきたものを安易な気持ちで使ってしまう訳には参りません」
「そうかなぁ…。エルさんはいい子だし、間違った使い方し無さそうだからいいと思うけどなぁ…」
柚葉の言葉にエルメシアは微笑むと、深く考え込むように押し黙った。
#7
闘技会当日、四人は王都の中央に位置する闘技会場に来ていた。その闘技会場は、優太達日本から来た三人が想像していた通りの建物で、石造りのその建造物は王都に詳しくない四人でもすぐに分かるほどの存在感を有していた。
「デザイン的な違いはあるけど、思ってた通りの建物だね…」と文乃は闘技会場を見上げながら言った。
「うん、こっちは円形じゃなくて長方形だけどね…」柚葉も隣で同様に見上げる。
「ここで柚姉ちゃんとエルさん、戦うの?」優太はアルエを抱いたまま見上げた。
「そうみたいですね…」とエルメシアは少し緊張した面持ちで答える。
四人はそんな会話をしながら、闘技会場外周から冒険者組合の職員サントル・ヒルデに指定された場所に向かっていた。
「あ、あそこではないですか?ファルケンの冒険者組合の旗が立っています」とエルメシアが指差す。
「え?そんな旗あるの?」と柚葉はエルメシアに尋ねる。
「あ、ありますよー。当日、ファルケンの旗を目印にお越しくださいって言ってたじゃないですかー」
「そ、そうだっけ…」
「リーダーしっかりしなよ…」文乃は少し嫌味を言う。
ファルケンの冒険者組合の旗の下には、木製の台が置かれ、数名の職員と冒険者が待機していた。
「すいませんー。モルド名『ナポリタン』の柚葉ですけど、闘技会の参加に来ましたー」柚葉は木製の台の前の女性職員に話しかける。
「あ、はい!おはようございます!ナポリタンの皆様ですね!」と女性職員は笑顔を向ける「私はファルケンの冒険者組合の闘技会の受付を担当しております。ヘルマウル・クロールと申します」
「えっと、よろしくお願いします」
「事前にナポリタンの皆様の参加登録はされておりますが、変更はございますか?」
「いえー、そのままですね」
「そうなさいますと、ご参加はユズハ様とエルメシア様の二名になってしまいますけど、よろしいですか?」とクロールは後ろのエルメシアや文乃達に視線を向ける。
「はい、二名ですね!」
「そ、そうですか…。それではナポリタンの皆様で最後ですので、闘技会場の方へ向かいたいと思います」
それを聞くと、文乃は優太と手を繋いだ。
「じゃあ、柚、エルさん、私と優君は観客席の方に行くから、頑張ってね!」
「はい!ありがとうございます!」とエルメシアは笑顔を向ける。
「柚姉ちゃん、エルさん、頑張ってね!」
「うん!」と柚葉は手をひらひら振りながら会場内に向かっていく。
会場内に入ると、ファルケンの冒険者組合の控え室に二人は通された。内装は特に目立った物は無く、テーブルと丸椅子が乱雑に置かれているだけの部屋だった。ただ、換気がよくないのかカビ臭さを柚葉は感じた。
「本日前半戦、当組合のモルドはサバリアの皆様、ナポリタンの皆様、ガガシャの皆様の順番となっております」とクロールは手元の木製の板に貼り付けた皮紙を読み上げる。
柚葉はサバリアと呼ばれるモルドに目を向ける。自分とそう年の変わらない少年二人と魔法使い風の様相をした少女が一人、三人とも緊張した面持ちをしている。
ガガシャのメンバーは三人とも男性だったが、一人だけ中年男性で、残りの少年二人は楽しそうにはしゃいでいる。三人とも前衛のようで皮製の鎧には同じ意味不明の図形の焼印が押されており、同一モルドを示しているようだ。
「なぁ!姉ちゃん達は二人で出るの?」とガガシャの少年の一人が話しかけてくる。
「うん、そうだよ」と柚葉は軽く答える。
「女二人ってキツくね?」
「そうかな?」
「そりゃそうだよ。三人と二人だと、一人ずつ押さえている間に、残りの一人が瓶を割りに行けるじゃん」
「あー、平気平気、私が二人抑えるから!」
「え?マジで言ってんの?」
そんな会話をしていると、クロールが入り口で会場職員に呼び出されていた。
「それでは皆様、シルバウの冒険者組合の方々が武器の選択を終えたようですので、私達も向かいます」
クロールを先頭に控え室を出ると、闘技会用の武器庫へと案内された。中には木製の武器を中心に取り揃えられている。
「おー!いろいろあるね!」
「そうですね…。ただ、弓と矢の質が気になります…」とエルメシアは眉間に皺を寄せる。
「本番まで、多少は削って修正してもいいんじゃない?」
「手直しできる程度ならいいのですが…」
ファルケンの冒険者組合のモルドメンバーは、武器庫の思い思いの得物を探しに行く。柚葉は幾つかの木製の剣を手に取ったが、元に戻すとクロールに尋ねる。
「これって何個でも持ってっていいの?」
「いえ、一人3種類までですね。弓と矢筒は1組と数えられます。投擲物は10本で1組となっていますね」
「ほほー、あ!盾って武器扱いなの?」
「そうですね。盾も闘技会が用意したものを使用して頂く事になります」
「はーい、じゃあ選んできます!」と柚葉は敬礼した。
控え室に戻ると、柚葉とエルメシアはそれぞれ選んだ得物を確認していく。
「思っていたより、ずっと質の良い物でした…」エルメシアは弓と矢を確認しながら口にする。
「そうなの?」
「はい、十全とは言えませんが、一定の質は保たれている様です」
「他の武器に比べて、弓と矢はそれなりに質の良い物を揃えられてるらしいぜ」とモルド、ガガシャの中年男性が教える「闘技会は賭け込みで行われてるからな!弓使いに下手な物を用意したら、それだけで参加者、観客からの批判の的になっちまう」
「あー、なるほどね…」柚葉は納得した様子でエルメシアの弓矢に目を向ける。
「ユズハ様は、木刀と盾、あとは投擲武器ですか?」
「うん、この投げナイフ、先端だけ鉄がはめ込まれてて、ちょっと投げやすそうなんだよね」と柚葉は刃先が丸く削られた混合ナイフを見せる。
「先端に重みを持たせて、投擲用にしてるのですね」
「ナポリタンの皆様、対戦相手が発表になりました」
「お!」
「イソノの冒険者組合のモルド名ハガンの皆様が対戦相手となります。男性三名のモルドですね」
「そっちも初参加ですか?」
「はい、ですが冒険者としては3花章のオルゴットとなりますから、それなりに経験を積んだ方々だと思います」
「ふーん」
「それと、一名スキルの提示をしてきています」
「お!どんなのです?」
「名はグリド様、スキルは『強固』となっております」
「名前聞いても、男性三名だとどの人かわからないな…」
「そうですね…」とエルメシアも怪訝な表情を浮べる。
クロールが他のモルドのメンバーに説明に向かうと柚葉はエルメシアと話した。
「『強固』って、固くなるだけかな?」
「そうですね。痛覚は分かりませんけど、そんな感じではないでしょうか?ユズハ様は『身体強化』と『怪力』のスキルを提示しているのですよね?」
「うん、『全武術』は技術扱いで行けると思うからね」
一方、優太と文乃は入場料10ルベルを払い、闘技会場内の木製の観客席に座っていた。周囲には早朝の為か、まばらにしか観客は見受けられない。
「人少ないね…」優太はアルエを抱きしめながら周囲を見渡した。
「なんかね。午前中は、ランキング外の人の試合だから人居ないみたいだよ。午後から夜に掛けて、順番に下の順位のモルドから対戦が始まるんだって」
「へー、じゃあ夜が大人気なんだね」
「優君、寒くない?」
「うん、全然平気!アルエあったかいし!」
「寒かったら、ストールあるからね。それとお腹空いたらおにぎりとあったかいお茶、お姉ちゃん持ってきたから言ってね」
「うん!ありがとう!」
闘技場の試合場は、30m×50m程の広さで、それぞれの陣には固定された水瓶が設置されていた。丁度、いま戦っているモルド戦では一名の首元の鈴を破壊され、一気に三名で相手陣の水瓶を狙いに動いていた。
闘技会場の東側には巨大な掲示板が設置されており、対戦相手のモルド名が掲示されている。
「今、一人やられちゃった方って、ファルケンの冒険者組合の人たちだよね?」と優太は文乃に聞いた。
「そうみたい」
「やっぱり同じギルドの人、応援しちゃうよね!」
「うん、そうだね」
「同じギルド同士でも対戦あるのかな?」
「あるみたいだよ。6番目の組は、同じ組合のモルド同士みたい」と文乃は掲示板を指差す。
「あ、ホントだ!」
優太が掲示板から試合会場に目を向けると、一気に押し込まれたファルケン側のモルドは、そのまま水瓶を破壊されて敗退していた。
「負けちゃったね」と文乃は残念そうに呟いた。
「うん、柚姉ちゃん大丈夫かなぁ…」
サバリアのメンバーが消沈した雰囲気で戻ってくると、柚葉はエルメシアと黙って控え室を後にした。
「ああいった姿を見てしまうと、緊張しますね」
「まぁそうだけど、私たち二人だし初戦だから、気楽に行こうよ!」
「はい!」
「じゃあ、作戦は昨日話した通りで!」
「はい、私は10秒おきに、相手の水瓶を狙って矢を放てばいいのですね?」
「うん、多少タイミングがずれても大丈夫だから!」
「わかりました!」
「じゃあ、行こ!」
二人が試合場脇から出ると、クロールは現在の試合を見つめていた。
「私たち、次ですよね?」と柚葉が尋ねる。
「あ、はい!頑張ってくださいね!」
「…そうだ。ちなみに勝つと幾らもらえるんですか?」
「ランキング外のモルドの勝者は一律3000ルベルとなっております」
「お!銀貨3枚ももらえるんだ!」
「安いか高いかは分かりませんね」とエルメシアは苦笑いを浮べる。
そうしている間に現在の試合の決着がついた。やはり、一名失うと2対1の形が出来上がり、勝敗が決しやすい様子だ。
そういった面ではやはり始まる前から、ナポリタンの二人は不利な状況だと言える。
「じゃあ、エルさん行こう!」柚葉は試合会場に新たな水瓶が設置されたのを見て言った。
「はい!」
「あ、ナポリタンの皆様、首にこの鈴をつけてください!」とクロールが呼び止める。
「あー!忘れてた」
二人は紐の付いた鈴を受け取ると首から下げ、改めて試合会場に向かう。中央には鉄製の鎧を着込んだ審判が待ち受けていた。
「相手側も出て来ましたね」
「どの人がスキル持ちのハガンさんだろ?」
「ユズハ様…、ハガンはモルド名で、グリドがスキルを有している者の名です…」
「えっと、そうだっけ?」
柚葉はまるで覚える気が無かった。
「双方揃ったな!それではこれよりモルド『ナポリタン』と『ハガン』の試合を行う!」
「よろしくお願いします!」と言ったのは柚葉だけだった。
審判は腰の短剣を鞘ごと抜いて、バッと上空に投げ捨てた。短剣が地に落ちるとそれを見て審判が柚葉の方を向く。
「ナポリタン、自陣はどちらにする?」と審判は短剣を拾いながら聞いた。
「あー、えっと、今のままでいいです」
「それでは、双方、開始線まで下がれ!」
エルメシアはすぐに自陣の水瓶の前まで下がって行ったが、柚葉は開始線ってどこだろ?とキョロキョロしながら下がった。ハガンのメンバーは二人手前に残し、水瓶の前で一人大盾を構えている。
「柚姉ちゃん、エルさん!がんばって!」と優太の大きな声援が聞こえた。
「うん、ありがとう!」と柚葉は優太の方に手を降り返す。
「それでは、試合開始!」と審判の声が響いた。
「相手は二人だ!手前の女は俺が抑えとくから、行け!」
「任せろ!」と軽装の男は開始早々走り出した。
柚葉は手持ちの木刀を見ると、軽装の男が横を抜ける前に手持ちの木刀を投げつけた。柚葉のスキル『怪力』から放たれた木刀は一直線に男の前を通過してガシャと音を立てて、闘技場の壁にドッとぶつかって落ちた。
それを見た瞬間、会場は静まり返り、柚葉を抑えると言った男も立ち止まって、軽装の男に視線を向けた。柚葉の投げた木刀は、軽装の男の胸もとを通過した時、鈴を破壊していたからだ。
一拍置いて、人の少ない会場がワッと歓声で沸き、柚葉を賞賛した。
「え?今の狙ってやったのか?」
「いや、たまたまだろ?」
「木刀をあの速度で投げつけるだけでも凄くね?」
「つか、かわいいじゃん!俺、応援するわ!」
観客はそれぞれの感想を述べていく。
「おい!相手は武器放ったんだぞ!仕留めろよ!」とハガンの後方の大盾の男が叫ぶ。
「ああ!」
と、手前の男性が返事をした瞬間、エルメシアが放った矢が後方の男の大盾にコッと当たる。大盾を持った男は矢が当たった部分と後方の水瓶の位置を確認した。
「お前が仕留めねぇと俺は正面しか位置取りできねぇぞ!あの矢は確実に水瓶狙ってきてる!」
「分かってるよ!」
柚葉は左手に固定した盾の留め金を外すと、右手に持って、手前の男性に向き直った。すぐに相手の男性は木刀を振り被って打ち付けてきたが、柚葉は右手に持った盾で左に弾いた。瞬間、その手の盾が勢いよく後方に跳ねてカランと落ちる。
それを見た男性はニヤリとすると再び木刀を振り被ったが、柚葉はさらに近寄っており、ピョンと相手の左太ももに右足で乗り、続いて左足で相手の振り被った右腕を踏み台にし、最後に左肩に乗り上げると、左手で相手の頭髪を掴んだ。
柚葉の軽業の様な動きに、また会場が静まり返った。
「くそ!いて!降りやがれ!」
「おじさん、これなーんだ?」と柚葉は右手の人差し指で鈴の付いた首輪をくるくる回していた。
「あ!てめ!返しやがれ!」と男は右手の木刀を柚葉に突きつけた。
ガシャ!とその木刀に回転した鈴がぶつかると、柚葉は相手の男からピョンと降りる。
「今のはおじさんが壊したんだから、私の所為じゃないからね」
「くっそ!」
その間もエルメシアは計ったタイミングで矢を放ち、放ち終わると使用許可された妖精魔法で矢を回収していた。
柚葉の動きに観客は沸き、先ほどの木刀の投擲も狙ったものでは?と意見が出始めた。
「あの女、やりやがる!」
「なんだ!あの動き!」
「おもしれー!俺、応援するわ!」
「柚姉ちゃん、すごいね!」と優太も大興奮だった。
「すごいけど、何あの動き?中国拳法?」
残りの大盾を持った男は、エルメシアが定期的に正面から矢を放つ為、その場を離れる訳にもいかず、矢を受けつつ柚葉の動きを目で追っていた。その柚葉は右側の相手が届かない程度の場所に位置取ると腰に下げた袋から投げナイフを取り出した。
「それじゃあ、おじさん、行くよー」と柚葉は放物線を描くようにナイフを水瓶に向けて投げた。
それと同時にエルメシアの矢が大盾にコッと当たる。
「くっそ!」男は片手で大盾を抑えながら、自らの体で柚葉のナイフを受けて水瓶を守った。
「うわー、痛くないの?」
「うるせー」
「じゃあ、次行くよー」と柚葉はナイフを放る。
今度はエルメシアの矢より先に柚葉のナイフが水瓶を襲い、男は先ほど同様に身を挺して水瓶を守ると、次に右手で押さえている大盾に力を込めた。コッと盾に矢が当たると男はホッと一息吐いたが、突然背中を思いっきり蹴りつけられた。
背中を蹴られた男はそのまま水瓶に倒れこみ、ガシャと自重で水瓶を破壊する。後ろから蹴りつけた柚葉はニヤリと笑った。
「ナポリタンの勝利!」と審判が告げる。
それと同時に、ランキング外の試合では珍しい歓声が響き渡った。
「つえーじゃん!ナポリタン!」
「応援するぞー」
「次も頑張れよー」
「ユズハ様!素晴らしいです!」とエルメシアが駆け付けて称えた。
「んー、ありがと!エルさんも凄い狙い正確だったね!」
「ありがとうございます!って、どうかしましたか?」
「あ、いや、結局、スキル持ちのグリドさんってどの人だったのかな?って思って…」
■あとがき
めちゃめちゃお待たせしました。
今回も長いですが、部屋の準備、グルメテーブルクロスの検証、大温泉体験、マジックバッグの完成、闘技会の説明、日本に買い物、トレードマークの決定、失われた精霊魔法、闘技会ですね。
基本的に日常的な部分を多めに入れたいのですが、今回はちょっと駆け足気味でした。モルドハウスの施設体験ももうちょっと入れたかったですね。こちらの物語はまだ始まったばかりなので、描きたい場面が列挙してて、悩みながら構成しています。今回は新しいひみつ道具あまり紹介できなかったのも残念ですね。
ちなみに『スキル持ちのグリドさん』は2番目に負けちゃった人でした。
次回の投稿は、またこちらになります。内容は新しい登場人物が増える回です!投稿された際には、またよろしくお願いします!
それでは、また!