エルフとアルファー
#1
一度宿に戻って昼食を取った三人は、オーテヘメインに紹介された奴隷商に向う事にした。宿で凡その位置を聞いた三人は、多額の所持金を得た為、気楽に道中の商店を見ながら歩く。
「改めてこうやってお店見てると思うのは、なんで異世界に来てやれる!みたいに思っちゃったんだろって事なんだよね…」柚葉は落ち込み気味に言う。
「え?まぁそういった能力貰ったんだし、そう思っても不思議じゃないと思うけど…」
「そう!そこもアレなんだよ!なんで私、戦闘特化で能力選んでるのかなぁって部分も、ちょっと何かに毒されていたと言うか…。こんなにいろいろ仕事はあるって言うのに…」
「でも、異世界に行く人はみんな、レベルを99にしたり、すごい力とか魔法とか貰って、戦ってすごい事してるよね?」優太は文乃と手を繋いだまま、柚葉に目を向ける。
「うん、私もそれを習って『全武術』『身体強化』『怪力』を選んだんだけど、ぶっちゃけ異世界舐めてました…」
「「…」」二人は黙って柚葉を見つめる。
「日本にいる時だって、魚捌く事すら怖いのに、生き物ズバズバ殺せる方がおかしいし、ファンタジー世界だって聞いてたのに、食事は安全で美味しくて、トイレは綺麗で、必要な物は向こうでなんでも揃うご都合主義な世界だと勝手に思い込んでた…」
「あー、まぁそうね…。生活に関しては私もちょっと甘く見てたかも…。まさか玉ねぎすら無い世界だなんて思わなかったし…」文乃はそう言いながら、手近な野菜を売る商店に目を向ける。
「でも、金、銀、銅とか同じ部分もあるよね…」
「あ、野菜も人参に似た野菜はあったし、葱系も一応はあるから、全てが違うわけじゃないかもね」
「肉とか、かなり臭みがキツいし…」
「食べ物、こっちの美味しくないと思う…」優太もしょんぼりして言った。
「そこはまぁ、日本人に合った調理はされて無いし、今泊まってる宿みたいに合った食事もある訳だから…」
「昨日も言ったけど、こっちに来た他の人とかどうしてるのかなぁ?ホント不思議でしょうがないよ」
「え?それはそれとして、やっぱり諦めて順応してるんじゃないかな?」
「えー!だって、朝起きて歯ブラシとかどうするの?顔洗うのに石鹸ぽいのとかあるのかな?トイレ行ったら、汚いし!和式だし!紙すら無いし!水道無いし!可愛い服少ないし!ブラぽいの無いし!クーラー無いし!お風呂無いし!シャンプー、コンディショナー無いし!ドライヤー無いし!ガジガジ君無いし!MACHO無いし!綿棒無いし!あ、あと…、女の子には女の子でいろいろあるでしょ!そういったの、どうしちゃってるの?」
柚葉はかなり異世界に向いてない人間だった。
「そんなの無い国は、地球でもたくさんあるでしょ?」
「そうかもしれないけど、そういった事、全部ひっくるめて自分が甘かったと思うよ…」
「まぁ日本人で海外旅行でちょっとそちらの国を体験しただけでも、合わなかったって騒ぐ人いるからね…。異世界に移住なんて、合わない事の連続だと思うよ」
「それ、町内会長の与田さんのおばちゃんだよね?」優太は文乃に聞いた。
「私、生き物も殺したくないし、これからの生活が不安でしか無いよ…」
「大丈夫!全部、僕がどうにかするから!」優太はにっこりと宣言する。
「優ー!」柚葉はギギギと下唇を突き出したまま優太を見ると「ホント優、大好き!」そう言いながら抱き上げてお腹に顔を埋めた。
「柚姉ちゃん!恥ずかしいよ!」
「やめなさいって…」
「はー、癒された、ちょー癒された。優がいて良かった…」柚葉は優太を降ろすと、少しだけ元気を取り戻した。
#2
「ここかな?」言いながら柚葉は、掲げられた木製の看板に目を向ける。
オルドラーダの街の南東部の一角に、その奴隷商はあった。周囲は東部の歓楽街の入り口に近い為か、あまり環境がいいとは言えない。看板には店の名しか書かれていないが、オーテヘメインに紹介された奴隷商の名と同じなので、ここだと三人は気付けた。
木製の扉には小さな銅版が嵌め込まれ、その横に鎖の付いた銅製のハンマーの様な物がぶら下がっている。
「そのトンカチどうするの?」優太は扉を見ながら不思議そうな表情をする。
「多分、これで扉のここ叩くんじゃないかな?」
言いながら、柚葉は躊躇わずにコンコンと甲高い音を響かせた。
「どちら様ですか?」とすぐに中から低い男性の声が帰ってきた。
「あー、えっと奴隷を買いたくて来たのですが…」
柚葉の声を聞くと中の男性は黙り、三人はどうなったのかと顔を見合わせてると、ゆっくり戸が開いた。柚葉は建物の2階から視線を感じていたが、おそらく奴隷商の見張りが警戒しているのだと気付いた。
「とりあえず中にお入りください。ですが、おかしな真似はしないようにお願いします。中には護衛もいますので…」
戸から姿を現した男性は背が高く体格も良いうえに、頭髪を綺麗に剃っていた。その迫力の為、柚葉は護衛っておじさんの事じゃないの?と思ったほどだった。
「あ、はい」
文乃と優太はお互い握った手に力を込めると、先に入った柚葉に続く。
「すぐに主人が参りますので、少々お待ちを…」
中に入ると柚葉が思っていたよりずっと広い部屋だった。男は戸を厳重に閉めなおすと、三人の事を気にした風も無く壁際の椅子に向かい座った。逆に正面の通路の横には三人の武装した男性が、警戒した様子でこちらを見ている。
「もうなんか僕、帰りたくなっちゃった…」優太は隣の文乃に小声で言った。
「うん、私も…」
「これはこれは、随分とお若いお客様方でございますね!」正面から表れたオルドラーダで見られる正装をした男性はにこやかに告げた。
「えっと、初めまして…」柚葉はぎこちない笑顔で返す。
「奴隷をご所望と言う事ですが、当店の事をどうやってお知りになりましたか?」
「あ、えっと、領主様に紹介されました。これ、紹介状です…」と柚葉はオーテヘメインに貰った皮紙を差し出した。
「…領主、エルデラード様からですか?」店主は一瞬、険しい表情を向けると皮紙を受け取り開いた「…本物ですね。この者達に協力するようにと書かれております」
「あのおじさんにお願いして良かったね」と優太は隣の文乃に小声で言った。
「うん」
「…申し遅れましたが、私は当商店の主スタリアスと申します」
「あ、はい…」柚葉は自分も名乗った方がいいかな?と思ったが、馴れ合いはしたくないので名乗らない事にする。
「エルデラード様のご紹介のお客様と言う事ですので、当商店も全力を以ってご協力したと考えております」
「あー、はい、よろしくお願いします…」
「まずお聞きしますが、どの様な奴隷をお探しでしょうか?」
「できたら若い女性のエルフを探しています。ですが、難しい様なら拝見させて頂いて考えてみたいと思います」
「ふむ…」スタリアスは柚葉から後方の文乃、優太に視線を向けた「それならば、おそらくご期待に沿える商品がございますね」
「あ…、じゃあ拝見させて頂いても構いませんか?」
「もちろんでございます」スタリアスは一度目を伏すと振り返り「こちらへ」と言い、通路を戻り始めた「ラムドだけでいい」戻り際、三人の一人に声を掛けると、優太達の後に一人の男が続いた。
通路には幾つかの扉があったが、スタリアスは通路の先の階段まで進む。
「暗いですので、足元をお気を付け下さい」
階段を下りると短い通路があり、一番奥に一人の門番が座っていた。スタリアスは右の木製だが重厚に作られた扉を開かせると、先に中に入る。
「この先に商品が居りますが、ここを出た際、中で見た者の事は他言はお控えください」
「あ、はい…」
「それと、不用意に檻に近付きませんように…」
「わかりました」
戸口で止まったスタリアスに続いて中に入ると、左右に金属製の柵が付いた小部屋が幾つも続き、中には亜人、獣人の女性が一人から二人入れられていた。どの女性も三人が通ると希望を持った視線を向けたが、それでも多くは期待していない様子が伺える。
文乃は最初の一人、二人を見ると、優太と繋ぐ手に力を込めて、出来るだけそちらを見無い様にした。逆に優太は異種族且つ奴隷の女性に興味津々で、口を開けたまま、文乃に引っ張られる様に進んでいた。
「こちらが商品になります。まだ捕らえて3日程しか経っておりませんので、手垢も付いておりませんし、器量の方も申し分ありません。きっと気に入って頂けると思います」
「そ、そうですか…」
柚葉はスタリアスが立ち止まった檻に目を向けると、そこには自分達とそう年の変らない金の髪をしたエルフの少女が自分の体を抱き締める様に蹲っていた。柚葉達が目を向けるとエルフの少女は怯えた目を向けてすすり泣いた。
「どうでございましょうか?」
「うわ!すごい可愛い子ですね!いや、綺麗って言った方がいいかな?」多少の罪悪を感じながらも柚葉は一目見て、そのエルフの少女を気に入ってしまった。
「そうでございましょう!捕らえる際に幾つかの魔法と能力を確認しておりますが、現在は背中の焼印で封じてございます」
「え!あんな可愛い子に焼印入れちゃってるんですか?」
「…ええ、安全の為でございます。ですが、お客様がお望みならば背の封印は焼印で潰し、魔法なり能力なり使えるようにしてやる事も可能です」
「そ、それって、また背中に焼印を押すって事ですよね?」
「左様でございます」
それを聞いて柚葉はクラッとした。
「ま、まぁそれは後々考えます…」
「それが良いと思われます。それで、どうでございましょうか?こちらの娘ならば経験が無い分、弟君の初めてのお相手としても共に学ばせる事が出来ますから、下手な心配はございません。そういった意味で考えれば、申し分の無い相手だと思いますが…」
「え?」と柚葉は優太に視線を送った。
「え?」と優太も自分を見ている面々を見返した。
領主の紹介で奴隷のエルフの娘を探している意味合いから、スタリアスは貴族の娘が弟の性の相手を探していると思い込んだのだろうと文乃は推測した。エルフならば人との差異は少なく、人から見ても器量はすこぶる良い者ばかりなのだろう。体躯も人に比べて一回り小さく、目の前のエルフの少女を見ても優太より少し背が高いくらいなので、そういった面で見れば、お似合いの二人になるだろうと思えた。
「えっと、あー、そうですね」
柚葉は下手に否定するより、こう勘違いさせたままの方が都合がいい気がした。文乃も代わりの購入理由が思いつかなかったので黙っている。
「エルフはもう一人おりますが、そちらは男性経験もあり、年の方も多少上でございます。もちろん、お客様の趣向もございましょうから、そういった奴隷もご紹介できますが、どうなさいますか?」
「あー、うーん、そうですね。ちなみにこの子はお幾らなんですか?」
「8万8000ルベルと言いたいところですが、領主様のご紹介の方ですから、7万5000ルベルにさせて頂きます」
「え、あれ?えっと、思ったよりずっと安いんですね…」
「…左様でございますか?まぁ確かに一昔前ならば、これほどの器量のエルフの娘ならば、50万ルベル程の価格は付けさせて頂いていました」
「そ、そうですよね…」
「ですが昨今は、貴族の方々もご購入は消極的でございまして、娼館の方も不景気ですので身落ちする娘やらで、奴隷を買い上げてまで営む所は少のうございます」
「へ、へー、ちょっと聞いてましたけど、売る方も大変なんですね…」
「はい…」
文乃は黙ってそのやり取りを見ていたが、飛び入りの客ならば高額な値段を提示した交渉も有り得ただろうが、相手が領主の紹介者の為、友好的な取引をして纏めようとしている気がした。
「優!どうするー?」と柚葉は自分の中では決めていたが、優太に尋ねた。
「うわー!見て!この子!ふわふわで、ちょー可愛いよ!」
その優太は、エルフの入れられた檻の反対の檻の中で木箱に入れられた小動物を見ていた。その小動物は真っ白で、胴はイタチの様に長く、耳は流れるように後方に延び、毛が優太の言葉通り、ふわふわと長かった。
「わ、本当に可愛いね!」文乃も覗き込みながら顔を綻ばせる。
「クークー鳴いてる!」
「いや、そんな事より、このエルフさん買うかって話なんだけど…」
「僕、この子飼いたい!」
「「え…」」と柚葉とスタリアスは同時に声を上げた。
「だめ?」
「いや、そんな知らない動物飼って、噛まれるかもしれないし…」
「アルファーは草食ですし、噛みはしません。東方のマゴスラド近辺にしか居ない珍しい生き物でして、貴族の方々にも人気がありますので当店でも扱ってみたのですが…」
「そ、そうなんですか…」柚葉は言いながら、これじゃあエルフさんが遠のくじゃんと思った。
「あ、あー…、では、エルフの娘とアルファーを同時にお買い上げ頂けるなら、特別に料金の方は8万ルベルとさせて頂きますが、どうでしょうか!」
スタリアスの方も折角の客が奴隷では無く、愛玩動物を購入して満足してはと抱き合わせた値を提示してきた。
「そ、それはお得ですね!じゃあ、両方頂いちゃおうかな!」
「え?本当に両方買うの?」文乃は言いながら眉を顰めた。
「だってお得じゃん!」柚葉はすぐに言い切った。
「文お姉ちゃん!僕、ちゃんとこの子のお世話するから!」
「え?あ、うん…」文乃は二人に気圧され気味に返事をした。
「「やったー!」」
商談が決まると、三人は一度1階の応接室に通された。柚葉は早々に金銭の受け渡しを済ますと、幾つかの注意事項と奴隷の身分に対しての説明、背中の奴隷印に対しての説明を受けた。
「あの!あの!アルファーは、どんな葉っぱでも大丈夫ですか?」
「え?あ、ええ、首輪と紐をお付けしますので、野に放てば、自分の好みの草を食すと思いますよ」
「野菜とか果物はどうですか?」
「果物も好んで食べますが、野菜は葉物だけにした方が良いと思われます」
「なるほど!」と言いながら、優太はノートに書き込んでいく。
「さて、エルフの娘の方の準備も整った様子でございます」
スタリアスがそう言うと、後方より女性の使用人に連れられたエルフの少女が、若草色の外套を着て、深めにフードを下げてやってきた。柚葉が見た限り、もともと着ていた衣服を着させている様子で、足元は編みこんだサンダルを履かされていた。
「何度も申しますが、街中では奴隷を連れていると気付かれない様にしてください」
「はい」と柚葉は、幾つかの注意点を思い出す。
「奴隷印の変更は、いつでも当店にお越し頂ければ対応させて頂きます」
「あ、ありがとうございます」
「あの…、アルファーはどこですか?」優太は心配そうに尋ねる。
「ああ、申し訳ございません。アルファーの方は入り口の方で木籠に入れてお渡しします」
「あ!お家付き!」
「え?あ、まぁ持ち運びはそちらの方が便利だと思いましたので…」
「そうですね。ありがとうございます」柚葉は代わりに礼を言う。
スタリアスはエルフの少女の方を向くと、厳しい口調で告げた。
「今日からこちらの方々がお前の主人だ。お前の背には奴隷印が刻まれ、あらゆる誓約が掛っている。下手に逆らったり逃げたりすれば、その奴隷印がお前を苦しめるだろう」
「…はい」エルフの少女は顔を上げずに、か細い声で答えた。
「耳の飾りは奴隷の証と所有者を表す。この方々ならばお前に対しての扱いも十分に心得ている事だろう。誠意を見せ、従順に仕えるが良い」
「…はい」
「当店からは以上でございます。もし、何かしらの不備、不都合がございましたら、当店まで今一度お越しくださいませ」
「はい、ありがとうございます」
柚葉の言葉を聞くと後方の使用人は戸を開け、出入り口までの道を開いた。出入り口では、木籠に入れられたアルファーが剃髪の使用人に抱えられており、優太はすぐにそれを受け取りに向かった。
#3
「はー、緊張した…」
「うん…」
柚葉はそう言いながら、チラリと後ろからトボトボと付いてくるエルフの少女に目を向ける。
「でも、ぜんぜんエルフさんと会話しないで決めちゃったけどいいの?全くどんな子か解からないまま選んでるでしょ!」
「いや、あの子は絶対いい子だって、私の直感が告げてるから!」
「ほんっと適当だよね!」
「文お姉ちゃん見て!アルファー、お鼻、ひくひくしてる!」
「優君…、いまさらだけど、私達、宿暮らしなのにペット飼うのはどうかと思うんだけど…」
「大丈夫!バレないようにするから!」
「え?うん、そう?まぁちゃんと面倒みるんだよ」
「うん!」
「えっとエルフさん、名前まだ聞いてなかったけど、聞いていいかな?私は柚葉」
「…はい、ユズハ様ですね。私はクフレェナ・エルメシアと申します…」エルメシアはしっかりと答えたが、すぐに視線を下げて俯いてしまう。
「僕、優太!」
「私は文乃って言います。よろしくね。えっと、エルメシアさん?」
「はい、エルメシアで構いません。ユータ様、フミノ様…」
「じゃあ、エルメシアは長いから、エルさんって呼んでもいいかな?」柚葉は明るい口調で聞いた。
「ええ、構いません。お好きな様にお呼びください…」
エルメシアの様子を見て柚葉は文乃に視線を送ったが、彼女の境遇を考えれば抑揚の無い返事も理解は出来たので、文乃は僅かに首を振った。
「エルさん、私達、宿を借りてるんだけど、これからそこに向うね!」
「宿ですか?」自分のこれからの境遇をあまり理解していないエルメシアは、少し不思議そうな表情を浮べた「はい…、分りました。ユズハ様」
文乃と柚葉は先を歩き、腫れ物でも扱うようにエルメシアの様子を伺っていたが、優太はエルメシアの横を歩きながら、嬉しそうにアルファーの入った籠を眺めていた。
「あ、そうだ!」優太は突然、何かを思い出した様に声を上げるとエルメシアの方を向く「エルさん、ちょっと籠持ってて!」
「…え?あ、はい」
籠を預けると優太は『四次元ポッケ』に手を入れてゴソゴソと中を漁った。
「あった!」と優太はネットのような袋に入った道具を取り出すと、中から丸い団子を一つ取り出す。
「…それは、なんですか?」エルメシアは少し興味を持ったのか尋ねた。
「これはね、『桃太郎マークのきびだんご』って言って、動物にあげるとすぐに仲良くなれるの!」
「…そ、そうですか」
「うん!」
ニコニコ顔で優太は答えると、早速エルメシアの持つ籠の中にきびだんごを差し入れてみた。すると中のアルファーはすぐに興味を示し、クンクンと鼻を動かした後にハグハグと食べ始めた。
「あ!食べた!ほら見てエルさん!アルファー食べてる!」
「食べてますね…」
「うん!じゃあもう仲良くなったから籠から出してみる!」
「え!…えっと、逃げてしまいませんか?」
「大丈夫!お団子食べたから!」
「あー、はい…」
優太はエルメシアに籠を下げてもらい、上部の蓋の留め金を外すと中を開け、アルファーを抱き上げた。アルファーは優太の顔の前まで抱き上げられると、顔を少し伸ばして優太の鼻の頭をペロペロと舐めだした。
「鼻舐められた!かわいい!」
「本当に懐いていますね…」
「肩とか乗せてみる!」
「え?逃げてしまいませんか?」
「大丈夫!」
断言して優太は自分の肩にアルファーを向けると、アルファーの方も理解したのかピョンと優太の肩に飛び移り、その長い体を使ってクルクルと優太の左右の肩を行ったり来たりし、最後は右肩に足を掛けたまま優太の頭部に上半身を乗せて、周囲をキョロキョロと見渡した。
「…こんなに人懐こい生き物だとは思いませんでした」
「毛がモフモフで、くすぐったい!」
「優、エルさん、遊んでないでいくよー」
「あ、はーい!」優太はアルファーを右肩に乗せたまま返した。
「も、申し分ありません…」
「あ!優の奴、もう籠から出してる…」
「優君、逃げちゃっても知らないよ…」
「大丈夫!『桃太郎マークのきびだんご』食べさせたから!」
「あー、ってペットなんだから、そうゆうの使わないで仲良くなりなよー」
「もうあげちゃったー」
「まぁいいけどさー…」
「エルさんエルさん!」優太は声を掛けながらエルメシアが籠を持っている反対の手を繋いだ。
エルメシアは握られた瞬間、ビクッとしたが、優太の屈託の無い笑顔を見ると繋がれるままにした。
「はい…」
「宿に着いたら、一緒にアルファーの名前考えてくれる?」
「え?あ…、はい、畏まりました…」
#4
「お一人様、追加ですか?」
「はい、仲間が一人増えたので…」
「えーっと、そうなりますと現在四人部屋が埋ってまして、階の違う二人部屋を2箇所となってしまいますが、よろしいですか?」
「あ、部屋はそのままでいいです。私は弟と寝るので…」そう言って柚葉はチラリと優太に視線を送る。
だが、優太の方は籠に入れたアルファーを、お腹の『四次元ポッケ』にしまったのが気になるのか、先程からポケットを広げて中を覗き込んでいた。
「そうですか…、それでは追加のお一人様は1泊150ルベルで如何でしょうか?」
「あ、それで構いません」
柚葉が追加の料金を支払うと、部屋の鍵を返してもらい、四人はそのまま部屋へと向う。
「エルさんが奴隷ってバレちゃったかな?」柚葉は部屋に入ると、チラリと扉の外に目を向けた。
「フード深く被ってたし、そんなに見られてなかったから平気じゃないかな?」
「文お姉ちゃん、もうアルファー出してあげてもいい?」
「うん、いいけど、おトイレとか部屋の中で勝手にさせないようにね」
「うん!ちゃんと教える!」
優太は『四次元ポッケ』から木籠を取り出すと、早速アルファーを籠から出して抱き上げた。
「ほんと可愛いな…、優、私にも抱かせて」
「いいよー」
そう言い優太がアルファーを柚葉の方に差し出すと、アルファーはモゾモゾと優太の手から抜け出して、ピョンと柚葉の腕に乗り、そのまま右肩に移動し背を伝って左肩に移ると、柚葉の左頬をペロペロと舐め出した。
「ひゃ!この子、凄いすばしっこくて人懐っこいね!」
「うん、かわいいでしょ?」
「うん、かわいい!」
「エルさんは端っこのベッド使ってね」文乃は荷を下ろしながら、端のベッドに視線を送る。
「…いえ、私の事は気にせず、ご主人様達だけでお使いください」
「あ…、エルさん、その私達はね。エルさんを奴隷として扱う心算は無くて、仲間として…」文乃はそこまで言ってエルメシアの様子が気になった「…エルさん?なんか顔赤くない?」
「え?だ、大丈夫です…」
「大丈夫って言うのは、何かあるって事でしょ?」そう言いながら文乃はエルメシアに近寄った。
「あ…、あの…」
俯いたエルメシアに構わず文乃は彼女の額に手を当てると、次に肩の辺りに手を置いた。
「エルさんすごい熱あるじゃない!体も熱いし、汗もかなりかいてるよね?」
「あ…」柚葉は思い出した様に声を上げると、アルファーを優太に返した「もしかして、奴隷の焼印の所為じゃないの?まだ捕まって数日って言ってたよね?」
「あ!」文乃も思い出した様にエルメシアに視線を向ける。
「あ…、その…」
「ちょっとごめんね」そう言って文乃はエルメシアの背に回りこむと、そっと上着を捲り上げ「…うわ!これは酷いよ…」と顔を顰めた。
「あー…、傷口グジュグジュじゃん…。灰色に膿んでる所もあるし、まだ血が出てる箇所もあるよ…」柚葉も背の状態を見ながら顔を顰める。
「え?エルさん、怪我してるの?」優太はアルファーを抱きしめながら心配そうな表情を浮べた。
「だ、大丈夫ですので…」エルメシアはそう言って自分の体を抱きしめた。
「大丈夫じゃないでしょ!こんなの!」文乃は憤慨した様子でエルメシアをベッドに座らせ「優君、『お医者様カバン』貸してくれる?」と優太の方を向く。
「うん」
優太はすぐに『四次元ポッケ』から『お医者様カバン』を取り出すと文乃に渡した。文乃はすでに数回使っているので、手際良く診察して薬を取り出すとエルメシアの方を向いた。
「エルさん、これ、凄くよく効くお薬だからお口開けて…」
「薬など頂けません。私などに…」
「そうゆうのはいいから!はい!」頬を膨らませて文乃はエルメシアに注射器型の容器を向ける。
「…分りました。ありがとうございます…」
ゆっくりとエルメシアの口に文乃は薬を注いでいくと、背の様子を見ている柚葉に視線を向けた。
「え?えっと…、もう体が楽に…」エルメシアは体感するほどの効力に目を白黒させた。
「あ…、傷口は一瞬で綺麗になったけど、焼印は残ってる…」柚葉は残念そうに言う。
「え?怪我じゃなくて故意に付けたものだから治せないの?」
「そうなのかも…、怪我とか病気を治す道具だから、これが消えると刺青的なモノも消えることになりそうだし…」
「…気にしないで下さい。ご主人様方が、私を辱める為に購入したのでは無い事には気付いております。この印は、私の不注意で刻まれた物ですから…」
「だからって、こんな綺麗なエルフの女の子にこんな酷い事するなんて…」柚葉はエルメシアの捲り上げた上着を下ろすと遣る瀬無い表情を浮べる。
「だ、大丈夫です!こんな体でも皆様のお役に立って見せます!」
「え?えっと、まぁ特にこれと言って、気合を入れてやって貰う事は無いかな?」
「え…、そうなのですか?」
「う、うん…、そうだね」と文乃も視線が泳いだ。
「では、宿暮らしの皆様が、どういった理由で私をご購入なされたのですか?」
エルメシアの言葉を聞いて、文乃達は改めて自分達の状況をエルメシアに話す事にした。
#5
「エルさんは異界から渡って来たって、人の話は聞いた事ある?」
「異界渡りですか?」
自分の前のベッドに並んで座る三人を見ながら、エルメシアは自分の主の出自に驚いた表情を浮べる。
「うん」と左端に座る文乃はコクリと頷いた。
「はい、詳しくは存じませんが古来よりそういった方々が居り、総じて素晴らしい力を有し、魔王を倒すなどの偉業を成し遂げられていると聞いています。エルフ族の中からも、そういった方々に助力し、世界を救った伝承が残っていますね」エルメシアはそこまで言って、三人を見つめ直す「フミノ様方は、そういった方々なのですか?」
「はい」「うん」「そうです」と文乃、柚葉、優太は同時に返す。
「えっと、驚きましたけど、ユータ様のアルファーに与えた食物や、先程頂いた薬の効力を考えると信じられます」
「そ、そうだよね…」
文乃は魔法のあるこちらの世界でも破格の効力を持つ優太の道具に、何とも言えない気持ちになった。
「そういった素晴らしい力をお持ちの皆様が、何故、私などをお買い上げになられたのですか?」
「綺麗で可愛いエルフちゃんとお友達になりたかったから…」柚葉は即答した。
それを聞くとエルメシアと優太、優太の膝の上のアルファーは同時に柚葉に視線を送る。
「柚は黙ってて!」と文乃は柚葉に肘を入れた。
「え?」と柚葉は文乃の方を向く。
「えっとねエルさん、私達はこっちの世界に来て、まだ数日しか経っていないのね」
「はい」
「こっちの世界に来て、数日過ごしてみて思ったのは、私達はこっちの世界の事を何も知らないって事なの…」
「あ…、そうでしょうね…」
「そこで私達は、こちらの世界の知り合いを作ろうと思ったのだけど、私達も優君もまだ子供だし、いきなり素性の知れない方々と懇意な関係になるのは難しいし、異界から来た私達が安易に素性を明かすわけにはいかないでしょ?」
「はい、そうでしょうね。解かります」
「そこで、安易なんだけど、金銭で購入できる奴隷といった立場の方々なら、立場的にも私達の素性を知る必要が有るし、私達の正体を知っても大きくは問題にならない。女性の奴隷なら、私達も優君もそう怖い事にはなら無いだろうって事で、あそこでエルさんを購入したの…」
「あ…、なるほど…、皆様はこちらの世界の助力者を得る為に、私を購入した訳ですね」
「うん」
「エルさん、理解力あるね」柚葉は隣の優太にボソリと言った。
「うん、僕なんて、半分も解かって無いのにね!」
「クー」とアルファーの顔を上げて柚葉に鳴いた。
「アルファーも、全然わかんないって!」
「胴長もふもふ生物だしね…」
「そうですか…。私は皆様のような素晴らしい方々にお買い上げ頂いて、相当運が良かったのかもしれませんね」
「いや、捕まって奴隷にされたんだから、運は良くないと…、イテッ」
柚葉が言い終わる前に、文乃がペシッと叩いて嗜める。
「詳しい話は後々するとして、エルさんの方の話も聞かせてもらえる?」
「あ…、はい、ですが、おそらくご想像されている程度の内容だと思います」
「えっと、人間に捕まって奴隷にされたのよね?」
「はい…、元々私は七支公の一人、精零王ファラティナ様の統べるマラガラス大森林に集落を持つエルフの一人でした。年若い私は閉塞的な村の生活に飽き飽きし、時折行商に来る人間が持ち込む多様な品々に興味津々で、次第に外の世界に興味を持つようになりました」
「しちしこうって何?」優太は隣の柚葉に尋ねた。
「知らないけど、偉い人の集まりじゃない?近所の熊野神社のお祭で冬周会ってお年寄りの集まりが、お菓子の詰め合わせくれたでしょ?あんな感じじゃないかな?」
「あー、小野さんのお婆ちゃん元気かなぁ…」
「そして、とうとう村の住人の忠告も聞かずに下界に出た私は、人の良い行商人に接する様に不用意に人に近付き…」
「捕まっちゃったと…」
「はい…」
「可哀相…」優太は眉を八の字にして同情した。
「今思えば、本当に迂闊だと思うのですが、当時の私は集落の中しか知らず、伝え聞く外界は、とても素晴らしい世界が広がり、世界の全ては優しさに包まれていると思っていましたので…」
「そんなのエルさんが悪い訳じゃないでしょ!好意的なエルさんを騙して捕まえたそいつ等が悪いんだもん!」
「うん!」柚葉の言葉に優太もうんうんと頷く。
「えっと…、エルさんは集落に戻りたいの?」文乃はエルメシアの表情を見ながら尋ねた。
「そうですね…。人の世は私のような者が訪れる場所では無かった気もします」エルメシアは乾いた笑みを浮べた「ですが、こんな傷付いた身で集落に戻れる訳もありません…」
「大丈夫!僕が森に返してあげるから!」
「え?」と柚葉が優太を見つめた。
「ね!柚姉ちゃん!文お姉ちゃん!」
「う、うん…」
「うん、そうだね優君」
「あ、え?ですが、こんな奴隷の証の付いた背のまま集落には戻れませんし…」
「えっと、背中の奴隷のマークと耳のピアスを取れば大丈夫だよね?」と優太は柚葉に聞いた。
「あー、そうかな?でも背中の焼印は『お医者様カバン』でも治らなかったよ」
「大丈夫、エルさん背中の傷見せて!」
「え?あ、はい…」
エルメシアは優太の言葉を聞いて、すぐに上着を脱ぎ始めた。
「あ、おっぱい」
「ちょちょちょ!エルさん、ちょっと待った!」
「優君も後ろ向いて!」文乃は頬を膨らませて、優太をグイと振り向かせる。
「あ、えっと…、ユータ様なら私は気にしませんが…」
「そこは気にしてね!優君も多感な年頃だから…」
「柚姉ちゃん、エルさん、僕よりちょっと大きい位なのに、おっぱい結構膨らんでたね」
「そーゆうこと、いちいち報告しなくていいから…」
優太が後ろを向いている間に、文乃はエルメシアをベッドにうつ伏せに寝かせた。
「優君、いいよ」
「うん」
「あ、解かった!『時間ふろしき』で治すの?」
「ううん、あれでも治せるけど、時間掛かるから…」柚葉に説明しながら優太は道具を取り出す「これ!『ずらしん棒』」と先端に吸盤のような物が付いた道具を取り出した。
「なにそれ?」
「うーん、説明は難しいから見ててね!」
そう言って優太は自分の荷物からノートを取り出すと広げて、エルメシアの横に置いた。そして道具の先端を背の焼印に当てるとゆっくりスルスルと焼印の位置を動かしていった。
「…え!焼印がずれて行ってる!」
「棒に引っ掛けられて、焼印が動いてるね」
二人が驚いている間も優太は横に置いたノートまで焼印をずらし、ずらし終えると改めてエルメシアの背を見つめた。
「どうかな?綺麗になったと思うけど…」
「凄いよ優君!」
「うん!元通りだと思う!」
「え?もう終わったのですか?」エルメシアは驚いて顔を上げた。
「あ…、エルさんは胸見えちゃうから、ちょっと待ってね」と文乃は慌てて止めた。
「じゃあ、次はピアスを外して穴を消すね」
「このピアス、指輪みたいに塞がってるけど、どうやって外すの?」柚葉はエルメシアの右耳の奴隷の証のピアスに触れながら聞く。
「うーん、じゃあ『スッパスパ包丁』でピアスは切っちゃうね」そう言い優太は『四次元ポッケ』を漁った。
「優君、気を付けてね…。エルさんの耳切らないように…」
「え…」優太は包丁を取り出すと、心配そうに文乃に視線を向けた「やっぱり、恐いから文お姉ちゃん切って…」
「え、うん…、分った…」
文乃は優太から包丁を受け取ると、チョンとピアスに刃を当ててみた。するとあまり力を入れていないのにスッパリと手前の部分が切断された。
「こっわ!この包丁」柚葉はあまりの切れ味に一歩引いた。
「この包丁、凄い切れ味…」
二箇所切れ目を入れてピアスを欠くと、文乃はピアスを回して外した。外した事で開いたままになった耳の穴に、優太は再度『ずらしん棒』の先端を当てると、またノートに穴をずらして行く。
「すご、あっと言う間に背中も耳も綺麗になっちゃったよ…」
「優君、エルさん起こすから、後ろ向いててね」
「うん!」
エルメシアが身を起こすと、文乃は自分の手鏡を二枚出し、エルメシアの背を鏡に写して確認させた。それを見るとエルメシアは驚きの表情を浮べる。
「信じられません!全く魔力も感じず触れた感覚だけで、あの忌々しい焼印が消せるなんて…」
「科学です!」優太は自信満々に胸を張った。
「えっと…、それがユータ様のお力なのですか?」
「まぁそうなんだけど、この事は秘密にしてね…」
「あ!はい、勿論です!」
「じゃあ、今日はもう暗くなるから、エルさんを送っていくのは明日だね!」
「え?あ、はい…」エルメシアは優太の決定に驚いた表情を浮べる。
「うー、せっかく綺麗で可愛いエルフちゃんとお友達になれたのに…」
「いいでしょ!やっぱり人の売り買いなんて良くないよ!これで、エルさんが助かったと思えば、友達が助かった事になるじゃない」
「あ…、うん、そうだね…」
「じゃあ、今日はピザとか出してパーティしようよ!」優太は言いながら楽しそうにポケットに手を入れる。
「あ、いいね!せっかくだし、エルさんにも少しは人間の世界でいい思いをしてもらおう!」
「それじゃあ優君、『壁紙商店』出してくれる?あっちの方がお風呂もあるし、騒いでも迷惑にならないから! 」
「あ、そうだよね」優太は『グルメテーブルクロス』を出したが、一度仕舞って『壁紙商店』出し直した。
柚葉は優太から壁紙を受け取ると壁に貼り、早速中に入って行く。
「こ、これは、異空間ですか?」エルメシアは驚いた表情で先に入った柚葉の背を見つめた。
「まぁ、そんなような物かな?中は豪華な造りになっているから、エルさんもどうぞ」
「エルさん、魔法だと思って無い?科学なんですけど…」優太は頬を膨らませて文乃に訴えた。
「こっちでは科学って言っても理解できないんだから、いいでしょ?優君…」
「すっすごいですね…。物語の王城の一室のようです!」
エルメシアはラウンジを見渡しながら感嘆の声を上げ、柚葉は慣れた様子でカウンターから鍵を一つ取ると、いつものように二つ並んだ扉の右側の戸を開けた。
「エルさんどうぞ!中はもっと凄いよ!」
「あ、はい…」
「ホテルの部屋ベッド4つあったから、今日はこっちで寝る?」優太はアルファーを抱きながら文乃に尋ねる。
「あ、そうだね」
「本当に凄い部屋ですね…。こんな豪華な部屋は初めて見ました…」
「エルさん、お風呂って解かる?」
「はい、体の汚れを落とす設備ですよね?」
「ん?そうだけど…、普段は水浴びとかなのかな?」
「はい、故郷の集落の近くに川がありましたから…」
「そっか、私達の言うお風呂は、お湯を溜めて体を温めながら体を洗う設備の事を言うかな?」
「えっと、湯で体を洗うのですか?」
「んー、エルさんが嫌じゃなかったら一緒に入る?ここのお風呂場めっちゃ広いし…」
「あ、はい!よろしくお願いしますユズハ様!」
それを聞くと柚葉は楽しそうに入浴の準備をし、エルメシアと供に浴室に向かった。一方、優太と文乃はリビングで寛ぐ事にした。
「優君、それ何出してるの?」文乃はアルファーを抱きながら隣の優太に尋ねた。
「アルファーのお家用意してるの。『壁掛けペットハウス』ってペットのお家!」
「へー、それって、このホテルと同じ道具なの?」
「うーん、多分同じだとは思うんだけど、ネコえもんの道具には『壁紙』シリーズと『壁掛け』シリーズって、両方あるんだよね…」
優太は立ち上がると、手近な壁に『壁紙商店』の半分ほどのサイズの壁紙を張った。その壁紙には小屋の絵が描かれており、優太は中に上半身を入れて確認すると寝床、トイレなど、ペットが暮すのに快適な施設が備わっていた。
「文お姉ちゃん、アルファー貸して」
「うん」
「アルファー、ここ、アルファーのお家だよ」と優太は入り口にアルファーを連れて行く。
「クー」とアルファーは一鳴きすると、スルスルと自ら『壁掛けペットハウス』に入って行った。
「そこに寝る所とか、おトイレがあるの?」
「うん」
しばらくするとアルファーは、トトトと出て来るとピョンと優太の肩に飛び乗った。
「気に入ったアルファー?」
「クー」と鳴くとアルファーは優太の頬に擦り寄った。
「その子、本当に可愛いね!」
「うん!エルさんがお風呂から出てきたら、一緒に名前決める!」
文乃はリビングのテーブルにグラスなどを用意し、優太はソファでアルファーと戯れていると、ホコホコになった柚葉とエルメシアが出て来た。二人は備え付けのバスローブを着ており、エルメシアは髪を後ろで束ねて感激した表情を浮べていた。
「エルさん、どうだったー?」優太はアルファーを持ち上げてエルメシアの方に向ける。
「はい!湯に浸かるというのは初めてだったのですが、とても素晴らしいですね!体や髪を洗う洗剤も、とても良い香りで、ユズハ様に体を洗って頂いたのですが、今までの身の汚れがいっぺんに落ちたように感じました!」エルメシアは興奮した様に全てを伝えきれないといった表情を浮べる。
「ん?どうしたの柚?」
「うー、エルさんの体、凄い綺麗なんだもん…。女として自信失くす…」
「…え?」エルメシアは驚いて振り向いた「ユズハ様もとてもお綺麗でしたよ!」
「ありがとう…。でも、髪とか凄い細くて滑らかだし、体付きとか細いのに…、いや、あれは人間の体をキュッと縮めた感じだから小さいのかな?なんか、創りが違う感じに肉付き良くて、おっぱいとかミカンみたいな形いいのが付いてるんだよ…。体毛とか全然無いし…」
「は、恥ずかしいですから、そんな報告しないで下さい!」
「はぁ…、こんな素敵なペロペロエルフちゃんとお別れしないとなんて悲しすぎるよ…」
「変な言い方しない!恥ずかしい…」文乃は呆れた表情を浮べる。
「お姉ちゃんは私のエルフ好きを知らないから、そんな事言うんだよ!ウィズでパーティメンバーの四人をエルフにする位のエルフ好きなんだから!」
「エルフの名前、『モンタ』と『フォコたん』だったよね!」優太は嬉しそうに言った。
「そんな名前の同胞、一人も居ませんよ…」
柚葉は名付けのセンスが壊滅的に酷かった。
「何言ってるか、さっぱり分らないよ…」文乃は呆れた表情で優太の方を向いた「優君、お風呂先に入る?」
「ううん、エルさんとアルファーの名前決める!」
「じゃあ、お姉ちゃん先入っちゃうね」
「うん」
「あ!エルさん下着は大丈夫だったの?」文乃は自分の着替えを持つと振り向いた。
「うん、昨日私が商店街で買った紐パンあげた」
「エルさん、一緒にアルファーの名前決めようよ!」
「はい!」
エルメシアは優太の隣に座るとアルファーを受け取った。
「エルさん、何か飲む?」柚葉は冷蔵庫を開けながら尋ねた。
「あ…、えっと、頂きます」
「なんでもいいかな?なら、スポーツドリンクあげるね」
「はい、それで…」
「エルさんはどんな名前がいいと思う?」
「あー、えっと…、その前に、この子が雄か雌かを調べた方がいいと思いますよ」
「あ!そうだよね…。どっちだろう?」
エルメシアはアルファーを両手で抱き上げると、アルファーの股間の辺りに視線を送った。するとアルファーは長い胴をくっと曲げてエルメシアの顔をベシッと蹴りつけた。
「ちょ、大人しくしなさい…」
「あはは、恥ずかしがってるのかな?」
優太は言いながら、アルファーの後ろ足を押さえた。
「クー…」とアルファーは不満そうな声を上げる。
「雌ですね…」エルメシアはその部分をサワサワしながら確認した。
「女の子なの?じゃあ、アルエ!」
「優…、雌のアルファーだからアルエって、そんな短絡的な…」
「あ、でも、いいんじゃないですか?私の里の言葉でアルエは素早いとか、すばしっこいといった意味を持ちますから、この子にあってると思いますよ」
「へー、そう聞くと悪い名前じゃない気がするね。アルエって言いやすい気もするし…」
「うん!じゃあ、この子の名前アルエにする!」
「順調に名前決まったね」
「名を授けてもらって良かったですねアルエ」エルメシアはアルエを膝に下ろすと頭部を優しく撫でた。
「クー」
「じゃあエルさん、これ飲み物ね!」
「あ、ありがとうございます」とエルメシアは氷の入ったグラスを受け取ると一口付ける「あ!とても甘くて美味しい飲み物ですね!こんな味は初めてです!」
「うん、気に入って貰えたら良かった」
「はい!」
「じゃあ、濡れた髪拭いてあげるね」
「あ、自分で出来るだから大丈夫ですよ!」
「平気平気!私がやりたいだけだから!」
「あ、はい、じゃあお願いします…。ですが、終わったら次は私がユズハ様の髪を拭いますね!」
二人が髪を拭い始めると、優太は隣でアルエとまた戯れた。
「アルエもピザとか食べれれば良かったのにねー」
「その子、草食でしょ?変なのあげるとお腹壊しちゃうよ」
「うん、あげない…。今日は特別に『万能ペットフード 「グルメ」』をあげる」
「なんで、特別なの?」
「このペットフード食べると、どんどん育っちゃうから…」
「あー、成長促進効果があるんだ…」
「ユータ様の道具は、本当に不思議な物ばかりですね…」
「あ!エルさんはお肉とか魚平気なの?エルフって、お肉とか駄目ってイメージあるけど…」柚葉は後ろから覗き込むようにエルメシアに声を掛けた。
「大丈夫ですよ!食物の得手不得手はございますが、肉や魚が食べれないって事は無いですね」
「へー、そうなんだ」
「はい、確かに里の年配のエルフなどは、そういった物を口にする事に嫌悪する者も居りますが、特に掟等での食物の制約などはございませんね」
「ピザ美味しいから、よかったねー」優太はアルエを頭に乗せながら言った。
「あ、食事の支度をするならお手伝いしますが…」
「あー、その辺は平気平気!今回は優の道具で出すから!」
「え?しょ、食事まで出せるのですか?本当に凄いですね…」
「その辺は、優が特別なだけかなぁ…。私やお姉ちゃんは、こういった事は出来ないしね」
「そうなのですね…」
「おまたせー、アルファーの名前決まった?」文乃は髪を拭いながら出てくると尋ねた。
「うん!この子、女の子だったからアルエにした」
「へー、まぁ可愛い名前だからいいんじゃないかな?」
「じゃあ、僕もお風呂入ってくる!」優太はそう言うとアルエを降ろした「アルエ、お部屋で遊んでもいいけど、おトイレはお家でするんだよ!」
「クー」アルエは優太を見上げると答えるように一鳴きした。
優太が浴室に行くと、文乃はアルエを見つめた。
「アルエは長生きしてくれるといいけど…」
「ん?」と柚葉は文乃に視線を送る。
「優君、アヒルのガーコ死んじゃった時、凄い落ち込んでたし…」
「あー、あの凶暴アヒル?」
「うん…」
「私、何回ガーコのくちばしに膝突かれた事か…。優がアヒル飼うまでアヒルがあんなに強暴だとは思わなかったよ…」
「あれはガーコだけだと思うけど、私も何回も追い掛け回されたよ…」
「でも、優にだけはやたら愛想良かったよね…、あのアヒル」
「ユータ様は動物がお好きなんですね」
「うん、ガーコは優君が誕生日プレゼントにハムスター買って貰うって出かけて行ったんだけど、帰ってきたらアヒルのヒナ抱いて帰ってきたのよね…」
「あー、あれは本当に訳分らなかった…」
「優君の話だと、ハムスターはいっぱいお友達がいたけど、ガーコはお友達がいなかったから、ガーコにしたって言ってたよ」
「そりゃ、あんな凶暴だったら友達できんわ…」
浴室からパジャマ姿の優太が出て来ると、文乃はすぐに食事にした。全て『グルメテーブルクロス』から出された食事はソファの前のテーブルに埋め尽くさんとばかりに並べられる。
「ピザ、パエリア、パスタ、シーザーサラダ、コーンスープ!うん、太る!」
「まぁこっちの世界では日本に居た時より歩き回るから、たまにはね…」文乃も同様の感想を思ったのか、言い訳の様に呟く。
「僕、ポテトフライも食べたい!」優太は並べられた料理を見ながら言った。
「えー、これだけでも食べきれるか分らないよ」
「まぁ今日は優君の食べたい物出してあげようよ…」
「全く見た事の無い食べ物ばかりですが、豪勢ですね…」
「とりあえず、みんな飲み物は持ったかな?」
「持ってるみたい」と優太は見渡して答える。
「じゃあ、明日にはエルさんは帰っちゃうけど、お知り合いになれたって事で、乾杯!」と柚葉はグラスを掲げた後、エルメシアのグラスに合わせた。
「器を当て合うのですか?」エルメシアはちょっと驚いた様子で柚葉のグラスを受ける。
「うん!エルさん、乾杯!」と優太もグラスを合わせた。
「あ…、はい、カンパイ?」
「軽くでいいからね…」文乃は苦笑いを浮べて、エルメシアのグラスに合わせた。
「こんな美しい器が欠けてしまうのでないかと心配ですね…」
「さー、食べよう!やっぱりピザからかな!」と柚葉は切り分けられたピザを1枚抜き取る。
「エルさんも食べたい物食べてね」と文乃は全員分のサラダを取り分け始めた。
「あの…、このピザと言う食べ物の上に掛っているのはチーズですか?」
「うん!チーズ、僕大好き!」と優太はハムッと先端を口に入れる。
「私…、チーズは、どうしても酸味が苦手なんですよね…」
「あ、じゃあ、別のパエリアとかどうかな?」と文乃は手を止めた。
「え?チーズって酸味ある?」柚葉は不思議そうに自分のピザを眺める。
「伸びる感じしか分かんない…」優太も同様に眺めた。
「えっと、お二人が食べているのを見たら、凄く食べてみたくなりました。一切れ頂きますね!」
「うん、苦手だったら残していいよ。私が食べるから!」と柚葉は笑顔を向ける
「はい、ありがとうございます!」
エルメシアがピザに手を伸ばし口に運ぶのを、三人は黙って見つめた。
「あ、あの…、そんなに見つめられると食べにくいです…」
「そ、そうだよね…」柚葉はピザの残りを口に運ぶと飲み物に手を伸ばした。
「優君、パエリア取り分けてあげるね」
「うん!」
三人に一度視線を送ってから、エルメシアはハムッと優太のように先端から口にした。
「あ!美味しいですね!私が知っているチーズとまるで違います!」
「そう?まぁ私達の世界でも癖の強いチーズは敬遠されがちだから、こういった食べやすいチーズを使ってるのね」
「そうなのですね…。私の里ではハヌルと言う家畜の乳からチーズを作るのですが、冬季にハラダ豆とホホソ草のスープに、イジリ粉の乾パンと一緒に砕いて入れるのですが、凄くクセのある味で…」
「僕、絶対そんなの食べたくない…」
「言いたく無いけど、私も…」
「それは、寒い時期に栄養のある保存食として食べられてるのかな?」
「そうですね。人の街中では分りませんが、私の里ではそうでした」
「私達の世界でも、チーズはそういった用途でも食べられてたから…」
「そうなのですね…。ですが、このチーズは本当に美味しいです!」
「じゃあ、ドンドン食べてね!」
エルメシアは初めて食べる地球の食べ物に感激し、三人はそんなエルメシアを見て、次々と勧めていった。
「う…、流石に苦しいですね…」
「じゃあ、デザート食べる?」柚葉はバニラアイスを取り出して勧めた。
「…え?まだ食べるのですか?」
「あ、冷たくて甘いのだけど…」
「甘味ですか?美味しそうですね…。い、頂きます…」
「エルさん無理しないでね…」文乃は空いた器を片付けながら、苦笑いを浮べた。
「つ、冷たくて甘くて、これもとても美味しいですね!」
「はー、僕もーお腹いっぱい…」と優太はソファに寄り掛かりながらお腹を摩る。
「クー」とアルエも優太の隣で仰向けになって鳴いた。
「その子、優の真似して無い?同じ格好してるんだけど…」
「本当ですね…」
「きびだんごの影響?」
「うーんどうかなぁ?」
そんなアルエはソファから身を起こすと、テーブルの上に乗り、優太の飲みかけのお茶のグラスに頭を差し込んでペロペロと飲みだした。
「あ、喉が渇いてたんだねぇ」
「アルファーはイタチの仲間なのかな?白くてふわふわで耳がスルって長いけど…」文乃もその様子を見ながら観察した。
「うん、イタチが一番近い感じかなぁ…。ちょっとウサギとかも入ってるけど…」
「あー、あとで、アルエのお家の前にお水とエサ置いといてあげないと…」優太は満足した様子で戻ってきたアルエを抱き上げた。
夕食を終え、テーブルを片付けると、三人は改めて幾つかの事をエルメシアに質問した。
「こ、これは、信じられないくらい精密な地図ですね…」
「まぁ精密と言うか、衛星から撮った写真だから、そのまんまと言いますか…」
「エルさん、王都の位置は分かる?」文乃はエルメシアの正面に座りながら尋ねる。
「えっと…、オルドラーダの街は…」
「オルドラーダはココだね」と柚葉が指差す。
「ああ、ここがオルドラーダなら分かります。少し離れた南西のココが私の里があるマラガラス大森林で、王都ハグルガンドはマロア湖を越えた先、あ!ここですね」とエルメシアは指差した。
「やっぱりかなり距離あるねぇ。まぁ私達には『どこでも扉』があるけど…」
「エルさん、その他にも分かる地名とか教えてくれる?」文乃はいまエルメシアが言った地名を記入していく。
「はい!」
文乃と柚葉はランバルディアでの疑問をエルメシアに尋ね、エルメシアは自分の答えられる範囲で解りやすく説明していった。
「申し訳ありません…。私も人の俗世に関してはあまり有用な情報を持ち合わせておりませんので…」
「ううん、エルさんも人の世界が気になって出て来たんだもんね。知らなくても仕方ないよ」
「そうだよ!いま聞けた話だけでも、かなりの情報があったしね!」
「ありがとうございます。他に何か気になる事はございますか?」
「うーん…、いろいろあったと思うけど、急には思い出せないね…」
「そうねぇ…」と文乃は横の優太に視線を送る「優君、もう眠いなら歯磨きして寝ようね」
「うん…」と優太は目をコシコシ擦って立ち上がると洗面所の方に向い始めた。
アルエは優太が移動を始めると、その後にピョコピョコと付いて行く。
「あ、さっき言ってた七支公って、どういった人達なの?」
「七支公は、この世をいろいろな形で支えられている方々です。先程申しました私の住むマラガラス大森林を統べる精零王ファラティナ様は、あらゆる精霊の力を有し、天候操作から自然界で起こるあらゆる事象を引き起こす事さえ出来ると言われています」
「へー、他にはどんな人がいるの?」
「実は七支公は時代時代で、その存在が変わる場合があるらしいのですが、現在は七声卿モグダブラ様、六妖后パンパネラ様、千界長カカ様、一海神ヴォルトダイン様、千竜帝ギャバ様、九狐姫エルヴォージュ様、そして精零王ファラティナ様が七支公と呼ばれています」
「あ…、人じゃない場合もあるんだ…」
「はい、多くは超常的なお力をお持ちの方々で、その名には数字が組み込まれているそうです」
「二つ名に数字入ってるのね…。でもなんで漢字的な二つ名なんだろ?」
「いや、それは『ほんやくこんにゃくゼリー』が私達に理解できる近しい言葉として、それが採用されているだけで、実際はランバルディアのそれっぽい言葉だと思う」柚葉の疑問に対して文乃は自分の想像で答える。
「あ、そっか…」
寝る準備を終えた優太は、アルエを抱えたまま寝る前の挨拶を三人にして隣室に向った。
「エルさん、魔王が倒されたって聞いたんだけど、そういった人達が倒したのかな?」
「魔王が倒された…。それは知らなかったのですが、七支公では無く、王都ハグルガンドが差し向けた勇者の一行だと思います。そして討伐されたのはおそらく魔王チートベルベルグ…」
「魔王が倒されたなら世界は平和になるね!」
「え?あー、まぁ次代のクルブストー大陸の魔王が現れるまでは、人族は魔族の領土を切り開くでしょうね…」
「え?そんなもんなの?」
「はい、魔王チートベルベルグはとても力のある魔王だと言われていましたが、それほど暴力的な魔王ではありませんでしたから、次代の魔王の行いの方が気になりますね」
「クルブストー大陸の魔王って、他にも魔王は居るって事なの?」
「はい、この世界、ランバルディアには四大魔王が存在します。まぁ魔王チートベルベルグは倒されてしまいましたが、実は、この他に魔王ミヤマという自称魔王が存在します」
「自称魔王って…」柚葉は呆れた表情を浮べる。
「ミヤマって日本人の異界渡りしてきた人じゃないの?」
「ミヤマは魔族では無いので、四大魔王はその存在を認めていませんが、その力量は魔王と呼ぶに相応しいと言われています」
「ふーん、まぁ会う事無いだろうから、どうでもいいね…」
「話を戻しますが、七支公は人族も魔族も同等の存在と考えているそうです。ですから、領土争いをしている現状ですと、どちらかに加担するといった事は無い様です。ただ、多大な力で世界を急激に改変する程の事を起こす者が現れた場合、七支公も動くと言われています。あとは…、七支公は各々気質が違いますから、個人的な思惑から動くといった事もある様です」
「まー、七支公も魔王も普通に生活している分には会う事は無いよね?」
「無いですね…」とエルメシアは苦笑いを浮べる。
「なんとなく、ランバルディアって世界の状況が解かった気がするね」文乃はそう言って書き込んだ地図を掲げた。
「クー」と優太と寝室に向ったアルエは戻ってくると一鳴きした。
「優を寝かし付けて戻って来たのかな?」
「この子も頭のいい子だよね…」
アルエは跳ねる様にエルメシアの横に来ると、コロンとお腹を向けてソファに腰を下ろした。
「私達の真似をして座っているみたいですね…」
「エルさんはアルファーの事詳しいの?」
「いえ、捕らえられるまで、こういった動物がいる事すら知りませんでした」
アルエは誰かが言葉を発する度にそちらに顔を向け、前足で自分のお腹をポンポンと叩いた。
「この子、仕草がめちゃくちゃ可愛いな!」
「うん!」
「ユータ様が気に入るのも分りますね!」
「さて、そろそろ遅いし、私達も寝る?」
「うん、明日は冒険者ギルドに行って残りの報酬貰って、エルさんを送ったら王都に行く感じかな?」
「うん」
「この宿、食事もなかなかだったし、引き払うのちょっと惜しいよね」
「うん、王都でもいい宿見つかるといいけど…」
「借りる前に部屋の下見が大事なのは勉強になったけど…」
エルメシアは横のアルエを抱き上げると、二人の会話を聞きながら少しだけ寂しそうな表情を浮べた。
#6
「アルエ、この袋入って」
宿の荷を一通り片付け終えると、優太は最後に巾着袋をアルエの前に広げて見せる。アルエはしばらく優太を見詰めていたが、自分から袋の中心に座った。それを見ると優太はアルエの前足を出した状態で袋の口を窄めて背負う。
「優の言う事、理解してるのかな?大人しく入ったよね?」
「そうですね…」
「アルエ、苦しくない?」優太は振り向きながら尋ねる。
「クー」とアルエはそちらを向いて答え、優太の頬に摺り寄せた。
「アルエ、大人しくしてて、かわいいですね」
「うん、優君に凄い懐いてるよね…」
「まぁ忘れ物無い様なら、行こうか…」
柚葉の言葉に三人は周囲を見渡して頷く。エルメシアは、先日、文乃と柚葉が購入した衣服を幾つか試し、その中から気に入った物を着ていた。
1階に降りると、いつもの少女が出迎える。すでに先刻、朝食時に本日発つ事は伝えていたので、相手側も鍵を受け取ると丁重に礼を述べた。
「また、オルドラーダにお越しの際は、是非ともご利用ください!」
「はい!必ず利用させて頂きますね!」
「それでは、良い旅路を!」
四人は見送られ、優太が最後に宿を出ると、振り向いた優太の背中を見て少女は目を丸くした。
「クー」とアルエは少女を見ながら前足をパタパタする。
少女はアルエを見ながらコクコク頷くと、同調したようにアルエもコクコク頷いて長い耳を揺らした。
「あ、王都の冒険者ギルドの紹介状みたいなのって書いてもらえるのかな?」
「冒険者ギルドって冒険者組合の事?」
「ん?うん…、冒険者ギルドって言い方、異世界物だとよく言うじゃん」
「そうなんだ…。私、そういったお話、あんまり読まないから…」
「まぁどっちでもいいけどね…」
「受付では、他の町の同組合の紹介をしてくれるって言ってたよね」
「じゃあ多分、冒険者としてのランクの共有を証明してくれるんじゃないかな?」
「してもらっても、私達一番下だけど…」
「そこはホラ、これまでの実績みたいなのがある訳だし…」
「あー、まぁそうだね…」
「エルさん、アルエ、苦しそうじゃない?」優太はエルメシアと手を繋ぎながら聞いた。
「はい、楽しそうにキョロキョロしてて、そんな様子は無いですよ!」
冒険者組合に付くと、柚葉はさっそくカウンターに続く列に並んだ。早朝のこの時間帯は、やはり大勢の冒険者がごった返し喧騒としている。
文乃はエルメシアの事を気遣い、出来るだけ人を避けた壁際の位置で待つ事にした。優太は最初、文乃達と同様に待っていたが、柚葉があまり進んでいないのを見ると、依頼の掲示板を見に行く事にした。
「なに、あの可愛いの!」
「え?アレ、もしかして仕事の役に立つの?」
優太が掲示板を見ていると、背中のアルエはキョロキョロと周囲の人間を見詰めた。それに気付いた女性冒険者達は、その愛らしい姿に視線が釘付けになった。
「ぼ、坊主、後ろの動物撫でてもいいか?」
「え?」優太は突然話し掛けられて振り向くと、剃髪の体付きのよい男性冒険者がこちらを見下ろしていた「ど、どうぞ…」
許可を貰うと、男性冒険者はアルエの頭を優しく撫でた。アルエは少しだけ目を閉じると、嬉しそうに前足をパタパタと動かす。
「あ、ありがとう…、コイツ、凄くかわいいな!」
「うん!」
男性はその場を離れると、仲間の冒険者にバシバシと叩かれて笑われていた。
「アルエは人気みたいですね!」エルメシアは隣の文乃に視線を送る。
「うん、可愛いからね」
その後も数人の冒険者にアルエは可愛がられ、嬉しそうに前足をパタパタ動かしていた。そんな事をしているうちに柚葉の番が周り、文乃達も呼ばれた。
「ナポリタンの皆様方!改めて今回の依頼をお受け頂き、ありがとうございました!」
「え?あ…、はい」柚葉は受付嬢の予想以上の対応に間の抜けた返事をする。
「領主のエルデラード様より依頼達成の報告を受け、組合としても今回の偉業を大変喜ばしく思っております!」
「そ、そうですか…」
「つきましては、花章を一つ贈呈させて頂きたいと思います!」
「花章って何?」と優太はカウンターに身を乗り出したまま柚葉に聞いた。
優太の背中のアルエは仰向けになったままジーッとエルメシアを見つめている。
「あれだよ。ホラ、登録証に穴が開いてたじゃん。そこに入れるのが貰えるみたい」
「優君、冒険者のランクが1個上がるって事みたいだよ」
「あー!」
「はい、それでは皆様、登録証をお出し頂けますか?」
三人はそれぞれ首元、カバンなど、思い思いの場所に吊るした冒険者登録証を外して、カウンターに並べた。受付嬢は登録証の穴に花章を通すと鉄製の式台の上に置き、トントンと金槌で叩いて花章の軸を潰して留めた。出来上がった登録証はそれぞれ丁重渡されていく。
「あ、ありがとうございます」
「はい!おめでとうございます!今日からスーストの冒険者ですね!」
「え?えっと、なんですか?それ…」
「スーストは花章を2つ持つ冒険者の総称です。なりたての花章1つの冒険者をカザン、2つをスースト、3つをオルゴット、オルゴットの冒険者になると平均的な力量の冒険者として認められます」
「へー」
「そして4つをベイエ、5つをフォルゴリートと呼ばれフォルゴリートになりますと、その組合でも代表的な冒険者になります」
「花章は5個しか付けれないから、フォルゴリートが最高の冒険者って事ですよね?」
「いえ、実は、その上に6つ目と7つ目の冒険者が存在します。6つの意味を持つ銀証のアンタンシャ、7つ目の意味を持つ金証の冒険者をカムロと呼びます」
「アンタンシャですと、この街に一名、王都ですともっと数多くいると言われています。カムロの冒険者は現在、クルブストー大陸では五名のみ存在します」
「はー、やっぱりそれくらいの冒険者になると、少ないんですね…」
「はい、カムロ程の冒険者になりますと国家規模の災厄を退けた方になりますし…」
「先は長いなぁ…」
「ふふ、頑張ってくださいね!さて、それでは、こちらが今回の依頼料になります。お受け取り下さい!」と受付嬢は小袋に入った貨幣を差し出す。
「あ、はい!」柚葉はとりあえず受け取ると、優太のポケットに突っ込んだ。
「あんまり勝手に入れないで欲しいんですけど…、整理してるんで…」
「すぐ出すから…」
「では、こちらの用紙に受け取りの確認として、名前を記入をして頂ければ終了となります!」
「はい、あ、それと私達、王都に行きたいんですけど、王都の冒険者組合の紹介ってしてもらえるんですか?」
「あー、そうですか。はい、王都には複数の組合がございますが、こちらでの皆様の経歴を纏めた物を用意しますので、そちらを持って組合に訪れて頂ければ、その先で引き続きスーストの冒険者として活動して頂けます」
「じゃあ、それを用意してもらっていいですか?」
「はい、手数料等で10ルベル掛りますが、よろしいですか?」
「構いません」
「では、しばしお待ちください」
「あの…」
「ん?」と柚葉は振り向いてエルメシアに視線を送る。
「皆様は本当に、王都に行かれるのですね…」
「うん!王都に行けば、私達みたいな人いるかもしれないしね!そうすれば、もうちょっといろいろ解かると思うし、大きな街の方が何をするにしても便利だろうから!」
「そうですね…」エルメシアはそれだけ聞くと俯いて黙り込んだ。
「わぶ!」と突然、隣の優太が声を上げる。
見ると背中のアルエが巾着袋に入ったまま優太の背中を蹴り、ゴロリと優太の頭の方に転がって前足でしがみ付いた。
「あはは!でんぐり返ってる!」柚葉は優太の頭にしがみ付いてキョロキョロするアルエを見て笑った。
「クー!」
「もー!アルエじっとしてて!」
#7
オルドラーダの冒険者組合に別れを告げ、優太達は適当な人気の無い路地で移動する事にした。
「こんな所で『どこでも扉』出して大丈夫?」文乃は周囲をキョロキョロしながら言った。
「見つかっても、すぐ移動しちゃうしいいんじゃない?」
優太も同様の考えなのか、構わず『どこでも扉』を出すとエルメシアの方を向いた。
「じゃあ、エルさん、この扉を自分の住んでた所の近くを想像して開けてみて!」
「自分の村を想像すると、みんな驚いちゃうからね…」柚葉は説明をフォローした。
「『どこでも扉』って行き先言わなくてもいいの?」文乃は不思議そうに聞いた。
「基本的に言った方がいいけど、言わなくてもいいみたい。ネコえもんを読む限り、行き先は開けた人の思考を読み取って繋いでくれるみたいだけど、あやしい場面もあった…」
「えっと…、開けるだけでいいのですか?」
「うん」と優太はエルメシアに視線を戻す。
「では…」とエルメシアは『どこでも扉』のノブに手を掛ける。
扉を開くと、森林の開けた場所が目に入り、エルメシアはそれを見て驚いた表情を浮べた。
「ここ、エルさんのお家の近くなの?」
オルドラーダ側の扉を消す為に、エルメシアに続いて三人も戸をくぐると周囲を見渡した。
「はい、驚きました!こんな…、なんの負荷も無く転移門を開き、私の想像通りの場所に現れる事の出来る道具があるなんて…」
「22世紀ですから!」
「じゃあ、エルさん、もう捕まらないようにね!」文乃は明るく言った。
「うー…、折角、金髪美少女エルフちゃんとお友達になれたのに…」
「もー!そんな事言ったら、エルさんが気にしちゃうでしょ!」
「…そうだよね」
「エルさん、僕達も落ち着いたらエルさんの所に遊びに行ってもいい?」
「あ、はい…」
「あ!絶対行きたい!エルさんの村なら綺麗なエルフさんいっぱいいるよね?」
「もー!恥ずかしいから、いい加減にしなさい!」
「あ、あの…、皆様は何故、こんなに私に親切にしてくれるのですか?」
「え?」と柚葉はエルメシアを見た後に文乃と優太に目を向けた。
「何故って、ねぇ…」と文乃は視線を返す。
「だってエルさんは、人間とお友達になったりしたくて旅に出たのに、人間に捕まっちゃったんでしょ?」
「え?あ、はい…」エルメシアは驚いた表情で優太を見返した。
「そんなの凄く可哀相だもん!僕も人間だから、それでエルさんに嫌いになられたら悲しいし、きっと僕達以外にも良い人はいっぱいいると思うのね!」
「…はい」
「だから、エルさんは嫌な事にもあったけど、僕達に助けられて全部の人間を嫌いにならないといいなって思う!」
文乃と柚葉は優太の答えを聞くと少しだけ笑い、柚葉は優太の頭を優しく撫でた。
「うん、優君の言う通り!エルさん、今はまだ人間に対して蟠りがあるかもしれないけど、気持ちの整理が付いたら、また人間と交流してみてね!」
「今度は、楽しい事がいっぱいあると思うよ!」
エルメシアは三人の言葉を聞くと涙が零れた。
「そんなの…、一方的過ぎます…」
「え?」と文乃はエルメシアを見つめた。
「だって!私だけ皆様に助けて頂いて、何の恩返しもできないままです!確かに、私は今も人間に対して強い不信感を抱いています!ですけど、異界から来られたユータ様、フミノ様、ユズハ様に対しては、そんな気持ちは微塵もありません!」
「エルさん…」柚葉は目を見開いたまま、エルメシアを見つめ返した。
「たくさんのお金を使って、体の傷も病も治してくださって、美味しい食事も寝床も下さって、何も見返りを求めずに、私を里に帰して頂けるなんて…、皆様は何も悪くないのに、そんなの!一方的過ぎて、私の方が辛いです…」
「エルさんは、もう仲間だから気にしなくてもいいと思う!一緒にアルエの名前付けてくれたでしょ?」
「クー」と優太の背中のアルエも一鳴きした。
「よくないです!私も、私も仲間だと言うなら、一緒に連れて行ってくれませんか?」
「「え?」」と文乃と柚葉は驚いた。
「いいけど、お家に帰らなくていいの?」と優太は真っ直ぐエルメシアを見つめた。
「構いません!異界からランバルディアに来られて間もない皆様に助けて頂き、何のご恩返しも出来ないまま安穏と暮す訳には参りません!ランバルディアの一住民として、少しでも早く皆様に慣れて頂けるように、お手伝いさせて頂けませんか?」
「エルさんは、昨日から接して話し易いし気立ても良いから、私達としては嬉しいけど…」文乃はチラリと柚葉に視線を送った。
「本当にいいの?私達の事気にして無理しなくていいんだよ?」
「いえ、本当に皆様のお役に立ちたいと思っています!里を出て、いろいろな世界を見て回る旅をしたいと思っていましたが、皆様に仕える事で改めて私の旅が始まるのでは?と思っています」
「じゃあ、そこまで言うなら…」と文乃は笑った。
「断る理由なんて無いよね?」
「うん!」と優太はにこやかに返す。
「クフレェナ・エルメシアです!ユータ様、フミノ様、ユズハ様、それとアルエ、改めてよろしくお願いします!」
■あとがき
お久しぶりです!投稿としては1ヶ月ぶりくらいになりますね。文章量も前回とあまり変わらないくらいの量(29000字)ですが、どうにか30000字越えは…。まぁ次回は軽く越えるんですが…。
さて、とうとう三人に仲間が!もこもこのアルエです!アルエは日々可愛い動作を模索して描いています!優太のお気に入りの仲間です!
あとまぁどの作品にも一匹は出てくるエルフのフォコたんですね…。
冗談です。エルフのエルメシアさんです。この世界のエルフですが、他作品で見る、耳が長く半神的で長寿な種族といった部分は踏まえています。外見も線が細く美しい、違いといったら人族より小柄にしている部分ですかね。性別に限らず、人より一回り二回り全体的に縮めたような存在にしています。これは、人族は肉体の結び付きが強く、妖精族は精神の結び付きが強い為としています。その為、肉体の束縛に影響されにくく長寿であります。
あと、この物語の世界は設定を一昔前の古臭い感じのRPG的なものにしてあります。攻略本にやたら細かく掲載され、ゲーム内で半分もその設定活かされていない感じのですね。前回の神々とか、今回の七支公とか、四大魔王など、肩書きがそんな感じだと思います。
厨二とかダサいとか、まぁいろいろと感想はあると思いますが、一週回ってやっぱり自分はこの頃のRPGが好きだったなぁって理由から設定されています。ですが、個々の設定は、読者の方が深く記憶して無くても大丈夫な様に語って行く予定です。まぁ覚えていると、ここに繋がるのか!みたいな部分はあるとは思いますが…。
感想、誤字報告等、ありがとうございます!
次回は、優太がみんなの家を作るお話です!この家の設定と説明だけで1話ほぼ終わる感じになります…。家の設定ですが、自分だけでなく、他人の意見も取り入れたら、とんでもない事になってしまったのですが…。まぁ投稿された際にはよろしくおねがいします!
それでは、また!