《捌》
キャプテンが大男との決着を付ける少し前、カミヤ、アミマのペアの戦いも大詰めを迎えようとしていた。
「キィーッ‼」
ボイスチェンジャーが無ければ金切り声であろう奇声を発し、棒持ちは棍棒で周囲を凪ぎ払う。
「何のこれしきッ!」
アマミは毛先をまとめて形成したナイフ二本でそれを受け止める。
が、勢い良く棍棒が触れた途端、バチンッと音を立ててナイフがバラバラに砕け、周囲にアマミの髪の毛が散乱する。
「オイオイオイ、ドウシタドウシタ《ケイオス・ヘア》チャンヨォ? ドンドン強度ガ落チテ来テルゼ? ガッカリサセンナヨ!」
棒持ちは地面に棍棒を突き立てると、それを軸にして胴回し蹴りをカミヤの頭部に見舞った。
カミヤは咄嗟に髪を硬質化させて少しでもダメージを軽減しようと試みたが、結局伝わってくる衝撃までは防げず転倒。
立ち上がろうにも意識が朦朧とし、手足に力が入らない。
「ハイハイ、一名脱落!」
トドメとばかりに、棒持ちがカミヤの顔面を蹴り上げようと足を振りかぶった。
『やらせはせんぞーッ!』
棒持ちの足がアマミの頭部に当たる寸前でカミヤのUFOが割って入り、逆に棒持ちの振った足のスネに猛スピードで激突する。
『ベンケイの泣き所』という言葉がある通り、スネは人体における急所の一つ。
スネからの激痛に、棒持ちは「イッテェーッ!」となんとも間抜けな声を上げ、その場で何度も飛び跳ねた。
カミヤはそのスキにアマミの襟首にアームを引っ掛け、棒持ちから距離を取る。
『アイル、しっかりするのじゃ!』
「うぅ…、私の世界に星が舞う…」
UFO本体に掴まり、アマミはなんとか立ち上がった。
『お、おぉ…、すっかり毛が『短くなったのぉ…』』
アマミは自分の頭髪を自在に伸縮、操る事ができ、戦闘では常にそれを駆使して戦う。
防御、攻撃、全てに髪を使うが故に、髪の毛で形成した武器やシールドが損傷すればするほど、彼女の髪の毛は失われ伸縮距離も短くなっていく。
大抵の場合は地面スレスレの長さから腰元、激しい戦闘でも肩くらいまでの消費量で、アマミはコレまでの戦闘を切り抜けて来られた。
また消費した毛量も、一日のインターバルで元の長さに生え揃う。
しかし今回の相手である棒持ちの棒術は凄まじく、先程の様に攻撃を受け止める度にアマミの髪の毛は消し飛ばされていく。
既に彼女の髪の毛は、ベリーショート一歩手前。
防ぐにしろ攻撃するにしろ、次の一手で打ち止めだろう。
「どうする、イナミっちゃん?…」
『‥この船も多少カスタムしたが、所詮は中古。もう長くは持たぬ』
限界が近いのは、カミヤの操るUFOも同じだった。
少し前までカミヤの住居でもあったUFOは、先祖代々乗り継がれてきた海賊界隈で『名機』と謳われた機体。
このUFOよりも遥かに大きく、機動性、耐久度も絶大で、何より装備が充実していた。
だが数ヶ月前の『事件』で元々のUFOは大破。
学園の協力で大部分の残骸や部品を回収こそ出来たものの、修理改修するには長い時間と費用が必要となる。
取り急ぎ中古で買ったこの機体を、以前と同じような使い方で操縦したのも原因だが、やはりそれ以上に棒持ちの戦闘力が規格外だ。
特殊加工されている筈の鉄板ボディは殴られ過ぎてベッコベコにへこみ倒し、UFOの特長ともいえる高速のスライド移動は装置の破損で最早出来なくなっている。
「イテテ…。ッタク、姑息ナ手ヲ使イヤガッテ…。デモ所詮ハ、ソノ場シノギダナ。相棒モボロボロデマトモニ戦エナイトキテル。モウ諦メタラドウダ《RUINPEER》?」
ルインピア――没落貴族とカミヤを揶揄して挑発する棒持ち。
イチローたちの二つ名をずばり言い当てた事からも解る通り《アスガル5》のメンバーは、イチローたちのプロフィールをある程度把握していた。
当然カミヤの身の上や、海賊から『超人』に転身した経緯も把握している。
カミヤにとって己の血筋は、最も誇りとしている所。
ポッと出の連中に馬鹿にされれば憤慨して冷静さを失い、向こう見ずな行動に出るに違いないと棒持ちは考えていた。
無策に突っ込んできた所を、完全に叩き潰す算段だ。
「フゥー…、言い得て妙じゃな…」
しかし棒持ちの思惑とは裏腹に、カミヤは意外にも冷静な反応を見せた。
一人での活動を始めたばかりの頃の彼女ならば、今の口車にも乗って居ただろう。
だがイチローたちと出会い、ある意味で重責の象徴でもあったUFOを失った事で、既に彼女は現状を受け入れていた。
作戦開始前にオニガミに宣言した『無敵』という発言は、決して虚勢ではない。
『確かに我が一族は没落してしまったのは、変えようの無い事実じゃ。メンツが重要視される海賊業で考えれば、今の私では『海賊』という定義に当てはまる事も叶わぬ。‥じゃがな、例え一人になろうとも、海賊名家『イナミナ家』としての『信念』までは失っておらぬ! 故に‼』
カミヤはハッチを開けて立ち上がり、生身の体を晒すと、しまっていた海賊帽を被って何時ものふてぶてしい笑みを浮かべた。
「貴様等のような、海賊としての『誇り』も『信念』もない戯け者に、負ける道理は無いのじゃ‼」
「ないのじゃ~♪」
カミヤの口調を真似しながら、アマミも短い髪の毛と片手で拳のポーズを取る。
棒持ちは棒で自身の首をトントンと叩きながら俯き『やれやれ』と言った感じで頭を振る。
かと思うと「…笑止!」と素早く棒を構え、二人の方に猛進して来た。
ただ、どちらを狙ってくるのかまだ解らない。
「信念ダァ誇リダァッテノハヨ、ソレヲ成シ遂ゲラレルダケノ『力』ヲ持ッタ奴ガ言エル言葉ダ! ノタマウナラ、俺サマニ勝ッテミヤガレ⁉」
アスファルトを踏み抜かんばかりの踏み込みをスタートに、腰の回転エネルギーをブレさせずに伝える腹筋の力、棍棒を押し出す肩の力、そして腕力と、棒持ちの力が総動員され、今日一番の鋭い突きが放たれる。
ターゲットは、アマミの方だ。
「アイル、コレで決めるぞ‼」
「アイアイ、船長ッ‼」
その場に地面スレスレまでしゃがんだアマミは棒をかわすと、同時に髪の毛を伸ばせるだけ伸ばし、棍棒とそれを掴む棒持ちの腕に飛びつく。
そして棒持ちの肘関節を足で締め上げた。
一人の体重が棒に加わった事で、棍棒の先端は下方向に下がり、そのまま地面に勢い良く突き刺さる。
その拍子にアマミと棒持ちが地面に転がり、棒持ちのフードがはだける。
「今じゃ、超速達お急ぎ便!」
アマミは頭上に出現した三〇センチほどのワームホールに自ら飛び込んだかと思うと、何かを抱えて棒持ちの頭上目掛けて落ちていく。
それはカミヤにすれば、巨大な抱き枕サイズのハンディスタンガンだった。
カミヤは棒持ちの露になった首筋にスタンガンの先端が触れたのを確認すると、足を使ってスイッチを入れた。
勿論、最大出力で。
「ガッ⁈…」
棒持ちは一瞬、声にならない悲鳴を上げると、全身を硬直させてうつ伏せに倒れた。
「はぁ…、はぁ…。勝った…、勝ったぞーッ! 見たか世界よ! イマミナ家の勝利じゃー‼」
倒れた棒持ちの上から息も絶え絶えに飛び降りたカミヤは、スタンガンを投げ捨てながら両手を高々と上げて膝を突き、歓喜の声を上げた。
「わーっはっはっはっ! 我が一族は永久不滅、ズッ!?」
しかしスタンガンが地面に落下した瞬間、スタンガンが暴発。
地面に触れていたアマミとカミヤも強烈な電撃に感電してしまい、現場には三人の人型が突っ伏す事となった。