《弐》
脅威の一〇連休という、近年まれに見るGWがあけて間もない皐月の頃。
超人学園二年Cクラスの面々も、ご多分に漏れず極度の無気力に見舞われていた。
学園の授業方針は生徒一人ひとりの自主性を尊重しており、必須授業のコマ数の範囲であれば座学と運動科目を生徒が自由に選択して受講する事ができる。
また授業中は飲食なども自由なので、比較的生徒のモチベーションが保てるように工夫もされていた。
だが春休みが開けて進級(もしくは入学)してから、一ヶ月ちょっとでまた直ぐに連休というは、多くの生徒たちからやる気を著しく奪う。
更に今日の授業は教師陣が会議の為、人ではなくBOT―――あらかじめプログラムされた事を忠実に行うロボットが行っている。
質疑応答は出来ないし、私語の注意もしないAI非搭載型の、言うなれば二足歩行で動くラジカセを眺めているだけの極めて退屈な九〇分だ。
お陰で自ら選んだ教室での授業だというのに、居眠りをする者は続出。
寝ないにしても空ろな目をして虚空を見つめる者の表情からは、耳や目から入った情報が脳へは到達することなく、締まりの無い半開きの口から呼吸の度に流れ出ているのが容易に想像できた。
校庭で運動科目に参加する生徒たちの様子も、やる気があるんだか無いんだかといった感じだ。
「あ"ぁ"……」
窓際の席、全開の窓から吹き込む心地よい風を受けながら、ポケーッと頬杖を突く青年、時翔 一郎(友人達からは『イチロー』等と呼ばれている)は間の抜けた声を喉から発した。
連休中は毎日のように、昼過ぎまで寝ては明け方まで起きているという昼夜逆転生活を繰り返していた為、日常に戻ったにも拘らず思考が現実へ戻ってきていないらしい。
まるで死んだ魚のような目をしていて、コレでは彼自慢の能力《最強の矛》が、単なる物干し竿へと成り下がっていないか危うい。
「すぴぃ~……」
イチローの横の席で、机に突っ伏したまま寝息をたてる少女は蘇我 晃。
イチローの相棒、即ち『パル』であり、住人が魔術を日常的に扱う惑星【マジカ星】出身の若き魔術師である。
能力はイチローと対を成す《最強の盾》と呼ばれ、二人揃って『矛盾コンビ』と称される最近話題のチームだ。
『‥まるでトロけきった宇宙チーズの様な顔じゃのう。さっきから、まるでペンが動いておらぬではないか?』
窓の外を眺めたまま一向に前を向こうとしない事を嗜める少女の声に、イチローは「あぁ」とも「うぅ」とも、感情のこもっていない生返事。
背もたれに寄りかかり、肩越しに後方の席を見た。
しかしそこに人の姿は無く、代わりに机の上に置いてあったのは、やや大き目のラーメンどんぶりを上下で重ね合わせたような物体。
表面には様々な銀河系の主要惑星を治める政府機関を示したステッカーや、硬貨、宝石等のシールがベタベタと貼られており、これ見よがしにデファルメされたドクロと『UFO』の文字が描かれている。
前方には小型の丸いスピーカーが、チョウチンアンコウの提灯部分よろしく弓なりにぶら下がり、声はそこから発せられたものだった。
『良いかイチロウ、偉大なる大海賊『キャプテン・イナミナ様』のお言葉に『知とは、血である』という金言がある』
「どういう意味だ?」
退屈そうに訊ねるイチローに『言葉通りじゃ』と声は答える。
『ヒトは血液なくして生きられぬ。知識も同じじゃ。歴史を知れば世相の先行きが読めて、その時与すべき勢力を正しく見極める事ができ、語学はコミュニケーション能力を高めて人脈、勢力拡大の一助となる。数学にいたっては謀の成否判断や兵器開発において最も重要な物じゃ。貴重な学びの時を無碍にするでない』
諭すような少女の説教に対し、イチローは「偉そうによく言うなぁ」と言い返す。
「そう言うお前だって、真面目に授業なんか聞いちゃいないだろが。その荷物の山は何だ?」
物体の乗る机の周囲には、大小様々なサイズの段ボール箱、木箱、更には金属ケースが山積みになっていた。
それらの荷物は全て、授業が始まって間もなく天井に開いた無数の穴―――実際に穴が開いている訳ではなく、その手前の空間に出現した所謂【ワームホール】から一定感覚で降ってきている物だ。
側面には、宇宙をまたに掛ける大手宇宙ネット通販会社『NEBULA』の文字と、ロゴである流れ星の軌跡を模した曲線が描かれている。
「授業中ずーっとネットショッピングとは、大したご身分な事で」
『フッ、私は誉れ高き海賊の血筋『イナミナ家』の現当主じゃぞ? 我が高尚なる頭脳をもってすれば、地球の学習指導要領など幼児レベルもいい所……。なにより、私には『とっておき』もある』
「とっておきぃ?」
『ム? 何じゃイチロウ、知りたいのか? 私の秘密を?』
「いや全然」
『ふっふーん♪ 仕方ないのぅ♪』
イチローの「聞けよ」というツッコミを無視して、スピーカーがどんぶりにしゅるりと収容された。
そしてややあって物体の頂点にあった、円形の開閉ハッチらしきものがパカリと展開。
中から美少女フィギュアを大きくした様なサイズの少女が、仁王立ちでゆっくりとせり上がってきた。
小人少女の名は神宮 稲美。
なりは小さいが、年齢的にはイチローたちとさして変わらない異星人で、本人が語るとおり訳あって休業中だが『宇宙海賊』にしてその船長でもある。
尤も一族自体は没落しており、仲間が一人も居ないワンマン運営の状態だが。
やや白みがかった長い金髪の毛先を綺麗に水平に切り揃え、前髪も眉下でパッツン短冊ヘアー。
シルバーの三白眼も印象的だ。
意味深な笑みを浮かべたカミヤは机の上に飛び降りると、小さな口笛交じりに近くに転がっていた縦横2cmのサイコロのような立方体を開封。
何やら白い布切れのような物を取り出し、天高く掲げた。
「かつ目せよ! これぞ私の秘蔵アイテム! 宇宙通販で買った『装着するだけで記憶が身に付く! 森羅万象ハチマキ(極Sサイズ)』じゃ! 宇宙技術の粋を集めて作られたという究極の学習装置で、レビューにも『コレさえあれば試験もバッチリ』と太鼓判が押されておる!」
「うぅわ、胡散臭ぇ……。こないだの『食べた分だけ身につく食用単語帳』ってのはどうしたんだ?」
「アレは駄目じゃ、味が一種類で直ぐに飽きた」
「問題そこかよ……。てか、そんな物ばかり買ってるから、その中古の極小UFOしか買えないんじゃないのか? ちょっとは自制しろ」
『戯けが⁉ 今日は年に一度しかないスーパーセールの日じゃぞ? 食品から核燃料に至るまで何でも最大半額! しかも還元ポイントはなんと五十倍じゃ! 全銀河掌握の為に、今買わずして何時買うという‼』
「やれやれ、大した征服計画な事で……」
イチローは呆れて、それでも視線は黒板では無く窓の方へと戻した。
「やっほー、イッチー‼ ちゃんと授業受けてるー?」
「うぉ⁈」
と、次の瞬間イチローの目に飛び込んできたのは、頭から生えた銀色の巨大な翼を羽ばたかせて浮かぶ少女の姿。
五階の窓の外にいきなり人が現れたのもさる事ながら、不意にテンション高めの大声で呼びかけられたので、イチローは思わず声を上げて仰け反った。
危うく椅子ごとひっくり返りそうになった彼の様子に、教室の何人かが驚いて振り返ったが、何事か理解すると直ぐに関心を失った様子で前を向きなおす。
尤も前を向いているだけで、授業をほとんど聞いていないのは皆同じだ。
「良いねぇ、ナ~イスリアクショ~ン♪」
「お、脅かすなよアマミ、心臓に悪い……」
机に置いていた牛乳パックの中身を一口飲み、一息つきつつ抗議するイチロー。
一方アマミこと天見 亜衣流は「いやはや、失敬失敬」と、大して悪びれた様子もなくニコニコ笑いながら窓枠に腰掛けた。
すると彼女の頭の翼がたちまちほどけ、外跳ねの目立つシルバーの長髪へと変化。
クルッとカールしたアホ毛がピョコピョコ躍動している。
「お~い、ヒカるん? 起きてますか~?」
アマミに声を掛けられて、ヒカルは「うぅ~ん?」といかにも寝起きの声を漏らして体を起こし、欠伸をしながら大きく背伸びをした。
「グッモォ~ニ~、快眠だね?」
「おっは~、どしたのイルっち?」
「今日午前中授業っしょ? 放課後あそこ行こう、商店街に一昨日オープンしたタピオカドリンクの店。オープン記念価格今日までだよ!」
「お、良いねぇ! ちょうど頭使って、脳が糖分を欲してたトコだよ。あ、僕アレ飲む! 上に抹茶アイスとチョコが乗ってる奴!」
「私はやっぱ、王道を行くミルクティ! あ、でもほうじ茶ラテも良いなぁ~」
「ミヤっちは、何飲む? シェアしたいから、ダブらないのが良いんだけど……」
と、カミヤも一緒に行く事を前提に、ヒカルはポケットから件の店のチラシを取り出した。
オーソドックスなミルクティにタピオカが踊る物の他にも、上にホイップクリームやレインボーなチョコ菓子などがデコられたパフェタイプの商品まで。
いかにもSNSで映えそうなカラフル&カラフルだ。
しかし、チラシを見せられた当のカミヤの様子がおかしい。
先ほどまでのふてぶてしさは何処へやら。
『タピオカ』というワードを聞いた途端、顔を引きつらせて青ざめている。
「‥ん? 何だカミヤ? お前、タピオカ嫌いなのか、」
「当たり前じゃ‼」
イチローが訊ねきるのを前に、カミヤは怯えた様子で声を荒らげた。
「あ、あのような…『宇宙マダラジマクロビカリヒキガエル』の卵にしか見えない物体を、何故この星の連中は喜んで飲んでおるのじゃ⁈」
「ワァーッ、イナミっちゃん‼ それ一番言っちゃダメなヤアアアツッ‼」
アマミの長い銀髪が蛸足の如く蠢き、素早くカミヤの口に巻きつく。
ヒカルも慌てて、更にその上から手を添える。
しかし、時既に遅し。
カミヤの絶叫が教室に轟いた瞬間、室内の各所で盛大にむせ返る女性陣と一部の男子。
思い思いに悶絶する皆の手に持たれていたのは、もちろん巷で大人気のタピオカドリンク(Lサイズ)だ。
「……まぁ、色合いと良い大きさと良い、カエルのタマゴに見えなくも、ッグェ⁈」
「はいイチローもお口チャックしようかー⁉」
大声でイチローの言葉を掻き消し、彼の首元にチョップを見舞うヒカル。
だが『口は災いの元』とはよく言った方で、ヨロヨロと、まるでゾンビが起き上がるように復活したクラスメイトたちが、殺気を放ちながら歩み寄ってくるではないか。
何らかの形でタピオカを食べた事がある人なら、誰しも一度は『アレ』を想像する。
しかし思ってはいても、それは決して口に出しては行けない。
聞いたら最後、しばらくタピオカが食べられなくなる禁句だ。
「……イルっち」
「ヒカるん」
ヒカルとアマミは互いに顔を見合うと頷き、開いていた窓から外に飛び出した。
ヒカルは自身の扱える《体重変動の魔術》で体重を極端に軽くして安全に地上に着地。アマミは再び髪を翼に変えて、カミヤ諸共彼方へと飛び去った。
一人出遅れたイチローはというと、自身の持つ空中浮遊の能力で逃げようと窓枠に手を掛けた所で捕まり、床に引き倒されてしまう。
「ま、待て⁈ 話せば解かる‼ てか、そもそも俺の所為じゃなくねーか⁈」
目前に迫る学友に必死で許しをこうイチローだったが、哀れにも全員から無言で袋叩きにされたのだった。
最早『授業』として成り立っていない騒々の中、それでもお構い無しに授業を進行するBOT。
正直ポンコツとしか言えないこのロボットだが、実はもう一つ、生徒たちが知らない重要な役割も担っていた。