被告、アラン・ヒューベル
文芸部の作品を供養していきます。基本短めです。
少し前まで、私は書類と部下に囲まれていた。しかし今、私を取り囲むのはガラスと群衆だ。厚さ20mmにも及ぶ防弾ガラス性の牢屋は暗殺の阻止として、群衆は私が裁かれる様を一目見んと集まった有象無象だ。ガヤガヤと騒ぐ様はガラスの性か少し遠く聞こえる。
しかしその雑音も、カンカンカンと木槌の音と裁判官の静粛に、という声で、完全に消えた。少しあと、裁判長が私に問いかける。
「被告人、貴方はアラン·ヒューベルですね?」
「はい」
なに、当たり前の質問ばかりだ
「被告人は帝国軍公安警察として、およそ1万人もの不当逮捕、ならびに逮捕者の処刑を指導し、人道に対する罪を犯しました。被告人はこれを認めますか?」
いまさら迷うことも無い。
「……裁判長、私は、無罪を主張します」
堂々と、すればよいのだ。
――――――――――――3年前
私は書類を持っていた。人の名前が書かれたリストだ。私の仕事は、それを上司から貰い、サインをし、部下に手渡すことだ。今日も変わらず、成し遂げるべきだ。
「君はこの家を、君はこの人物を、君は……後のものをやっておいてくれ。」
3人の部下のうち、2人は駆け足で退室した。仕事熱心なのは素晴らしいことだ。そんな中1人、リストを渋い顔で見る部下――ホフマン、と言ったかな――を見て、聞く。
「……?何をしている、早く行かねば遅くなるぞ。君の担当は少々遠い、急ぎたまえ」
「……少佐、この家の子供はどうしましょう?」
「反逆者の教育を受けている可能性がある者は殺せとの命令だ。話は以上か?早く行きたまえこれは国家の命令なのだから」
私がそう言うと、『失礼します』と一言告げ、何やら重い顔で、執務室を出た。
「……はぁ、次の休みはオペラでも見に行こうか」
思えばしばらく休みを取れてない気がする。だからホフマン君も重い顔をしていたのだろう。きっと、オペラを見て酒を飲めばきっと良くなるさ、今度誘ってみようか。
そんな考え事をしていると、ドアからノックの音が聞こえる。どうぞ、と答える間もなく。ドアは勝手に開いた。
「精がでるな、アラン」
「階級をつけたまえフレドリック少佐」
この入ってくるなり無礼な者は、兵学校の同期にして同階級のフレドリック・フォン・ノイマンだ。東部貴族故に無意識に私のような庶民の出を軽んじることを除けば、そう悪いやつでもないのだがな。
「硬いこと言うな、……それより、またなのか?」
「ああ、国家反逆者だ」
「……本当に、そうなのか?」
「帝国法に照らし合わせ、そう判断された」
「じゃあ、 さっきの書類に書かれていた人が何をしたんだ」
少し、声が低くなるフレドリック
「それは君の知るところじゃない」
「答えろ」
もはや怒りを隠そうとしない
「君と私の階級は同格だ、命令される言われは…」
「いいから答えろ!!」
私はため息を1つ吐き、答えた。
「……知らん、興味もない。絵でも描いたんじゃないか?」
そして、その答えはえらく不服だったらしい。
「巫山戯るなよ……罪もない人を処刑して何が楽しいんだ!!」
「罪はある、帝国が、総統がそう決めた。よって彼らは罪人だ」
「そんなバカな話が…」
ダメ押しも、追加しておこう。腹が立つ事も多い男だが、死んで欲しい訳でもない。
「そして、私の仕事は帝国に居る罪人を消すことだ。フレドリック少佐、兵学校の同期のよしみで言おう。総統に、帝国法に口をだすなら、君も反逆者になる。気をつけ給え……まして今は戦時下だ。どこに連合軍やボリシェヴィキのスパイが居るかわからん。では」
そういって私は執務室を後にした。そろそろ昼食の時間なのだ。
「狂ってる……この国も、アランも……」
――――――――――――
話は変わるが、私の執務室はかなりいい場所にある。昔ながらの趣あるレンガ造りの公安局。その3階角部屋。日中の日当たり良好。暑すぎない程度に暖かく、窓を少し開けてやればスっと風邪が抜けて気持ちがいい。……そんな部屋で居眠りをするなという方が無理ではないか?私はそう思う。
机で頬杖をついて居眠りをする私の元に、ある男が来た。痩せ型で高身長。メガネをかけた秀才風。実際彼は秀才……いや、天才だ。こと我々の仕事に関しては特に。そう、入ってきたのは私の上司であるカール・ヘッケラー公安局局長だ。
「失礼するよアラン君――寝ているのか?」
カールはアランを少し見て、考えたあと
「仕事に精が出ているではないかアラン君」
仕事をすっぽかして寝ている私の耳元で大声で叫んだのだ。
「わぁあ!?も、申し訳ありません公安局局長閣下!!」
爆撃でも食らったかと思うほど驚いた。せっかくの気持ちのいい居眠りが台無しになったが、さすがに上司に言う訳にもいくまい。というか、バレたのがかなりまずい。平身低頭言い訳とともに謝るしかあるまい。
そう思った時、局長は意外な事に笑っていた。
「いやいや、構わんよ。昨晩も遅くまで働いてくれたようじゃないか、寝れてないんだろう?」
「はぁ……まぁ……」
「働き者のアラン君だ。昼間、執務室で少し目を瞑るくらい……私も目を瞑ろう」
「あっはっはっはっは……はぁ」
笑うべきところだったはずだ。きっと間違ってはいない……おそらく。
内心で局長のジョークセンスについて考えていると局長が「あ、そうそう」と、思い出したかのように封筒を渡してきた。
「それでアラン君。今日のリストだ」
封を開け、ひとまず枚数だけを数える。
「24名ですね。了解しました」
「ふむ……いつも気になっていたのだが君はリストに対して特に感想を言わないのだね」
局長はいつも通り書類を受け取った私をどこか不思議そうな目で見ていた。
「仕事に感想が必要ならば後で報告書にまとめますが……」
「いや、そうではないんだ。ウーゴ君……あぁ、君と同じような仕事をしている子なのだがね。彼なんかは『またですか』やら『多いですね』とかグチグチと言ってくる。あと他の子なんか30人分のリスト渡したのに『これだけですか!?きっとまだ反逆者が国内に巣食っているはずです!!』なんて言っててね……ほんと。元気でなによりだよ」
「リストはリストです。それに多いも少ないも、またも久しぶりもないでしょう。仕事であり命令なのですから」
局長は少しポカンとした後、笑いだした。
「………アッハハハハハ!!アラン君、君は本当に優秀だ。そう、命令。実行することが確定であることに一々感想など要らない!よく分かってるじゃないか!!」
「ありがとうございます」
「アラン君」
「はっ」
「君には、期待しているよ。明日0500までにそのリストを片付けて置くように。では」
そういって局長は私の肩を叩いて、執務室を出た。私はなんとなく、その後ろ姿が面白い玩具を見つけた子供のように思えた。
ドアが閉じるのを確認して、封筒から書類を取り出し、軽く目を通す。サインをするだけの簡単な仕事だが、眠たくて頭の回らない間にやりたくはない。
「……もう一寝入りしてからでいいか」
そういって私は、再び少し日が落ちてきた執務室で、眠りに落ちた。
ノックの音で、私は目覚めた。明るかった室内は、すっかり薄暗くオレンジ色に染まっており、少し空いた窓からは肌寒い風邪が吹いている。少しぼんやりしていると、もう一度ノックが聞こえる。
「少佐殿、ミハエル少尉です。ご不在ですか?」
きっとこの部下が私を起こさなかったら月が登っていても寝ていたに違いない。私は大急ぎで机に垂れた唾やシワの着いた軍服を誤魔化す。
「ん、あぁ!ちょっと待ちたまえ!!……どうぞ」
「失礼します……寝ていらしたのですか?」
私の懸命な情報工作は1秒足りとも誤魔化せなかったらしい。
「あははは……戦時中に、不謹慎だったかな。いや、恥ずかしいことに最近眠れていなくてね。君は元気そうで羨ましい限りだ」
「はい、いいえ。私も実は最近寝つきが悪くてですね……お互い、仕事のせいでしょうか」
「まぁ仕事のせいと言えばそうだな。なにせ夜間仕事が多いからね仕方があるまい」
「いえ、そうではなく……いや、それもありますが」
妙に歯切れの悪い言い方をするミハエル少尉。はて、他に不安ごとでもあったか。家族だろうか?
「ところで君。出身はどこだったか 」
「ノルデンです」
「北部か…大丈夫なのかね?ご家族は。空襲が酷いと聞いたが」
「ローザンヌの親戚に疎開しているはずですが…連絡はまだ取れていません……無事だといいのですが」
「きっと無事さ、戦争が終わったらきっと会える」
「……ですね。きっとそうです」
さっきより幾分マシな顔をしている。当たりだったようだ。雑談しながら書き終えたリストを、封筒に戻し、ミハエル少尉に渡す。
「あぁもう1つ、今日のリストだ。明日の0500までに片付けろとの命令だ。処理はしてある。あとは任せたぞ」
「……少佐、リストに、0歳の子供も載っていますが」
「いつもと変わらんよ」
「ですが…0歳の子供になんの罪が」
ふむ、教育が足りていないのか……?最近はこんな兵士が増えている気がする。1度局長に聞くべきか。
「罪はあとからついてくる。それが命令だ。……先程の抗命と思しき言質は聞かなかったことにしよう。少尉、命令だ。やってくれるね?」
「……命令、了解しまし―」
「アラン!!一体どういうことだ!!」
返答を終える直前。バンッと勢いよくドアが開き、怒鳴り散らしながらフレドリックが入ってくる。左手に握りしめた紙束は少しシワがよってしまっている。
「少尉、すまない。あとは任せたぞ。フレドリック少佐、ノックも無しに入室とは礼儀として如何なものかね?」
「そんなことはどうでもいい。このリストはなんだ!!犯罪者どころか産まれてひと月の赤子も入っているじゃないか!!」
「リストは部外秘のものだがどうやって手に入れた。いくら参謀本部とて規則は」
「いいから答えろ!!なぜ殺す!!」
また、それか。
「……子供だから?だからどうしたと言うのだね?何度も言っているが、リストに載っている。それが全てだ」
「このクソ野郎!!お前は罪のない子供を殺してなんとも思わんというのか!!」
「思うもなにも……私は殺してなどいない。殺したのはこの国だ、私ではない」
「貴様!!」
激昂したフレドリックが私に掴みかかる直前、軽いノックと共にカール局長が入ってきた。上司が来てはお互い今すぐ手を止めてそちらへ向かざるをへない。 二人とも敬礼で迎えた。
「失礼するよー♪」
「ヘッケラー中将……」
「局長、なんの御用でしょうか」
「いえいえ、そんな大したようではありません……ただ、最優先で片付けなきゃいけないリストが2つほど増えたものでね。といっても拘束はすぐ終わるからあとは君のサインだけよ」
「最優先、ですか。対象の名前は」
「ハインケル·ウーゴー、そしてフレドリック·ノイマン」
「なっ!?」
口には出さなかったが、私も少し驚いた。最優先とは国家反逆、並びに外患誘致に関わったとされるものに付けられるタグだ。まさかフレドリックがなるとは……
「罪状は…そうね。連合王国軍との内通……にでもしておこうかな?」
「ふざけるな!!何故俺がスパイなどせねばならん!!俺はユンカー、貴族だぞ!!帝国の為に尽くすことこそあれ、裏切るなど!!」
「じゃあそのリストは何なのかなぁ?リストは総統閣下から公安局に直々に渡される物、参謀本部にコピーなんて手に入るはずもないのだけれど」
「それはっ……」
――まぁ、答えられないのが証拠だろう。私は、腰に吊した拳銃をフレドリックに突きつけた。
「アラン!?何故……」
「黙れ、反逆者」
「俺は反逆などしていない!!」
「それは後の取り調べでわかること、憲兵」
ドカドカと憲兵隊が執務室になだれ込む。身構えるフレドリックをあっさりと捕縛し、外へ連れ出して行く。
「触るな!!俺はやっていない!!」
そんな声を後に、彼は私の目の前から消えた。
「……彼は、どうなるのです?」
「おや?お友達が心配かね?」
……それも、あったのか?――いや、ちがう。
「いえ、反逆者とはいえ貴族。まして参謀本部の者です。後がうるさいのでは?」
「真面目だねぇ……確かに、殺すと厄介。だけど軍規を破ったのは事実。ま、東部戦線行きが落とし所じゃないかな?」
「連邦行きですか……1ヶ月でしょうか?」
「懲罰部隊だから1週間持ったら長生きなほうじゃない?賭けてみる?」
「いえ、賭け事の趣味はありませんので」
「ほんと真面目だね……サイン、頼むよ」
きっと、ただ後の処理が面倒だと思っただけだ。そう思って私は、彼の懲罰書に、サインをした。
「ええ……これで」
「ありがとうアラン君。じゃあ、今日は終わりでいいよ。たまにはゆっくり寝たまえ」
「はい、ありがとうございます。では」
「ああ、また明日だ」
なんとなく、今日は早く帰りたい。
――――――――――――
その後も、アラン·ヒューベルは仕事をこなした。淡々と命令を受理し続ける機械のように。アランにとって男も女も、赤子も老人も変わらない。ただのリストの文字に過ぎなかった。それだけの存在だった。
時は流れ1945年4月10日、連邦のバグラチオン作戦の成功、そして帝国の春の目覚め作戦の失敗……帝国軍はその数を大きく減らしていた。そしてついに帝国南部、そして東部において我々は支配権を喪失し、首都目前まで連邦の赤い津波が押し寄せていた。
そんな時だった、私はカール局長の執務室に呼ばれ、向かっていた。地下の暗い、窓のない部屋。正直に言うと、私はあまり局長室が好きではない。爽やかな空気を取り入れる手段が換気扇くらいしかないのは如何なものだろうか。私には無理だ。仕事はやはり、明るく風通しの良い、あの部屋でやるべきなのだ。……もっとも、今は爆風で崩れ落ち、見れたものでは無いが。そうこう考えているうちに局長室の前に着く。若干の憂鬱な気持ちと共にノックをした。
「……局長、アラン少佐です」
「どうぞー」
「失礼します。なんの御用でしょうか、リストですか?」
ここ暫く、私の仕事はない。紙1枚出す余裕も帝国には残っていないらしい。
「リスト出すほど帝国に余裕があったら良かったんだけどね〜……ねぇアラン君、君はどう思う?」
「なにがでしょうか」
「戦況だよ戦況」
「私は意見する立場にないと考えます」
一佐官が言えることではない。
「私が構わないと言ってるのだがね……で、どうかね?」
アラン「帝国は必ずや勝つと信奉しています」
「ほんっと真面目だねぇ……この際、私がハッキリ言う。負けるよ。負け方を考える時期もとっくに過ぎた文句無しの敗戦。わかりきったことだろう?……一週間後、連邦がベルリン攻略を始める」
情報が聞けるところがまだ動いていたのか。しかしそれはあっさりと否定される。
「参謀本部がまだ動いていたので?」
「いいや、私が教えて貰った情報だ。そして、亡命までのタイムリミットでもある」
「亡命…?」
何を言っているのだ、局長は。帝国を捨て、他国に逃げる……それは…………。
「そう、亡命。もはや帝国は息をしていません。ですがその技術は素晴らしい。設計図を手土産に連邦でいい暮らしが出来るくらいには」
「局長、まさか……」
帝国を売る気か?そう聞く前に、予想外な事を局長は言った。
「なぁ、アラン君。君も来ないか?」
「私も、ですか?」
「君は数ある私の部下の中でも非常に優秀だ。無くすには惜しい」
「私は、ただサインをしていただけですが」
むしろそれ以外をした覚えがない。
「それが優秀なのだよ。近代国家という完璧なる官僚政治を組み上げた今、書類1つ取ってもししおどしに印鑑をつけておけばいいという訳にもいかない。どうしても、人が必要になる。しかし人には感情があり命令に私情を挟んでする必要もない配慮をしてしまう。まして、君のように人を処刑するための書類にサインしろという命令なら尚更ね」
「従わなければいけないでしょう、命令なのですから」
「その命令で家族や友人がリストに載っていてもサインできる人間がどれほどいるやら……少なくとも、私の部下の中では君だけだよ。アラン君」
まぁ、自覚がないのは分かっていたことだけどね。と局長はため息を吐いた。
「もう一度言おう。君は優秀だ、ここでなくす訳にはいかない。共に連邦へ行き、また私と仕事をしようじゃないか」
「仕事とは、なんですか」
「いつもと変わらないよ」
「……反逆者の粛清、ですか」
連邦では粛清が盛んに行われていると聞く。それの補助、か。
「そう!粛清。それをやるならば帝国でも我々以上に優れた人材は居ないでしょう。既に向こうのポストについては交渉済です。今よりは階級が1つばかり落ちますが、これから無くなる国の階級を気にしていてもしかたがありませんからね!そう考えると、それなりの地位を約束してくれたんですよ。さぁアラン君!!」
まぁ、洗いざらい吐いてくれたのだ。これくらいでいいだろう。
「……粛清」
こいつは、
「え……」
反逆者だ。
「反逆者は、粛清」
立ち上る硝煙と足元に転がった元局長を見て、少し、放心する。1分、2分……いや、10分かもしれない。我に返ったのは名も覚えていない部下のひとりが、死体を見て叫んだ時だ。
「しょ、少佐……あなたは、何を…………」
「……公安局全部署に通達。通常通り、職務を果たせ。反逆者を粛清する。それが命令だ」
私は、仕事をする。
――――――――――――
「裁判長、私は前公安局局長カール·ヘッケラーを国家反逆罪で射殺したことを除けば、命令通りにリストにサインをするだけの役職でした。命令に従っただけです。私が逮捕、処刑を指示したわけではありません。ですので私は――」
「もう、結構です……最後に一つだけ。アラン·ヒューベル、あなたは1度でもリストに書かれた人物が死ぬのを、見たことがありますか?」
「いいえ、私は殺していませんから」
「……よく、わかりました……判決を言い渡します。主文、被告、アラン·ヒューベルを死刑に処す」
「私は……無罪だ」
床が、開いた。
~終~
感想があれば、幸いです。