表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

**************************************************

「イーチ。ニー。サーン」

 ガシャッ。

 瓦礫の中、まだ、隠れられる場所を探す。いつものように、私たちは学校が終わると、近くの廃屋で、かくれんぼをしていた。50年ほど前まで、ここは病院だったらしい。しかし、天井や壁は、風雨に晒され、半分、土に返っている。

 美佳ちゃんが言った。

「私はね、早く結婚して、幸せな家庭を作るんだ」

「いいねー」

私たちは笑いながら、いつも隠れている場所まで歩いたーー


 事情聴取中の犯人が、逃亡したらしい。ニュースの画面を閉じた。そこで、ブルッと身震いした。夜になって、気温が下がったせいか。椅子に掛けていたカーディガンを手に取る。もう、安心していいのだ。全ては終わったのだから。でも、大切な友人を奪った、あなただけは許せない・・・。


 ピーーーー。

 慌ててガスコンロの火を消した。 最近、眠れない日が続くのだ。何もかも、あんな夢を見たせいだ。

 ピンポーン、ピンポン。

 こんな時間に、誰だろう。大輔ではない筈だ。

 覗穴から外の様子を伺う。

 誰もいない。これも不眠症のせいだ。幻聴まで聞こえるのだから。シチューの続きに取り掛かろう。そう思い、振り返った。

 そこには男がいた。50代前半くらい。よく日に焼けた肌の中で、白目がギョロッとしている。どこから入って来たのか。振り返る。

 チェーンは掛かっている。

「逃げられないって、言っただろう」

声の方を振り返った。

 男の目は、爛々としている。


 ハッと目が覚めた。胸を撫で下ろす。鍋の火は、消していたようだ。シャッターを下ろしてしまおう。

 ガラッ、ガシャッ。

 浴室から物音がした。誰もいない筈なのに。


 ここはよくあるマンションの一室。だから、廊下を歩くのが、心細いということはないのだ。

 浴室のドアを開けた。その瞬間、冷たい風が、私の体をすり抜けた。ホッと息を吐く。浴室の窓が、開いていたのか。部屋へ戻ろう。そう思い、振り返った。

 そこには、青白い顔に、シミだらけの男がいた。こんな顔をしていたか。そこで、男の唇が、ぬったり開いた。

「逃げられないって、言っただろう?」


――瓦礫の中から、外へ出てみる。誰もいない・・・。皆、帰ったのか。そう思い、振り返った。

 そこには悟くんがいた。

「皆、帰ったの?」

「うん。もう、帰ろう」

 ガシャッ。

 音の方を見る。

 そこには男がいた。逆光で、表情が読み取れない。手に何か持っている。

 不意に、手元が光った。バーベル・・・。

 男が言った。

「もう、帰った方が、いい」

落ち着いた声に、背筋が凍る。「はい」と答える。と、同時に、悟くんの手を強く握り締めた。

 気付けば、走り出していたーー


――

 「ハァ、ハァ、ハァ」

逃げなくては。直感的にそう思った。中に入るのは、初めてだ。風雨に晒されていない分、今だ、中には器具などが残っていて、当時の様子が窺える。

 悟くんが言った。

「早く。もうすぐ出口だよ」

「うわっ」 

何かに躓いた。こんな所に、注射器・・・。

「頑張って」

非常灯が点いている!

「見つけた」

声の方を振り返った。

 男は肩で息を切っている。まるで、獣のようだ。足が竦み、動けない。

男がこちらへ近づいてくるーー


 喚き声で、目覚めた。

 窓に近づいてみる。

 そこにはパトカーが数台止っていた。数人の警官が、ジャンパー姿の男を取り押さえている。

 不意に、男がゆっくりこちらを見上げた。何か言っているようだ。息を詰める。

「今から、行くから」

「ハッ」

心臓が止りそうになった。思わずよろけると、焦点がずれた。窓ガラスに、青白い肌に、シミだらけの男の姿が、映った。息を呑む。

 男の顔がぐにゃりと曲がった。夢の中に吸い込まれていくかのようだ。

 不意に、我に返った。すると、目の前にいたのは、色白の小柄な男の子だった。

「どうして、助けてくれなかったの?」


――

 「止めろよ」

悟くんの叫び声で、緊張の糸が解けた。足が動く。

 気付けば、走り出していたーー


――

 「ギャー」

悲鳴で、思わず足を止めた。振り返る。

 もう、悟くんとは20メートルほどの距離になっている。

「家まで行くから」

男と目が合った。

 もう、夢中で走っていた。先程まで動かなかった足が、嘘だったかのようだ。自分の意思とは、無関係に突き動かされていたーー

 

 「ハァ、ハァ、ハァ」

必死にクローゼットの中のものを引っ張り出した。逃げなくては。

 ピンポーン、ピンポン、ピンポーン。

 「佑美子、いないの?」

その声で我に返った。


 ドアのチェーンを外した。

「ごめんなさい」

「平気?」

「睡眠薬が効いているみたいなの」

「ああ。病院、行ったんだ。よかった。心配だったんだよ。今朝も・・・」

目の前の男には、違和感があった。これが私の夫・・・。ナゼ、イママデ、キヅカナカッタノカ。

「どうかした?」

「ううん。シチューが出来ているわ」


 グゥー、グゥー。

 男はすっかり眠っている。なぜ、今まで、気付かなかったのか。ずっと男は私の側にいたのだ。この結婚も始めから仕組まれていたものに違いない。この時のために、睡眠薬を貰っておいて、よかった。シンクの下の扉を閉めた。

 男は深い眠りに就いている。それだけを確認すると、ゆっくり男の体の周りを回った。

 男の上に跨がった。

 心臓の位置を定める。

「ハァ、ハァ」

包丁の柄を持つ手が、汗ばんでいるが、これは恐怖からではない。漸く全てが終わるという高揚感からだ。勢いよく振り下ろした。

 刃先が衣服を破り、皮膚に突き刺さった。

 夢中だった。血が飛び散るのも構わずに、包丁を振り下ろし続けた。何をしているのか、もう、自分でも分からない。まだ、温かい体目掛けて力一杯、包丁を振り下ろした。その瞬間、男がパッと目を開けた。

「逃がさないって、言っただろう」


――ウゥー。

 サイレンの音で、我に返った。クローゼットの前でへたり込んでいたようだ。中から、入り切らなかった男の手足が、無造作に突き出している。カーテンが赤く染まった。

 あの日、廃屋に叫びながら入って来たのは、近くに住む、精神を病んだ男だったそうだ。子供達の声が煩かったのだという。ん? なぜ、私はそんなことを知っているのか。だって、あの時、私はーー


 病院の中に入るのは、初めてだ。非常灯目指して、走っていく。

「うわっ」

声の方を見る。

 悟くんの腕が男に捕まれていた。しかし、渾身の力を振り絞り、悟くんは男の手から逃れた。 


 気絶していたのか。今まで見ていたのは、全て私の夢・・・。

「よし、よし・・・」

男の落ち着いた声に、背筋が凍る。もう、終わりだ。わなわなと足が震えている。しかし、地面に突き刺さったかのように、足は動く気配がない。悟くんの背中が、小さくなっていく。そのことに絶望する。

「次は、お前の番だ!」

悟くんは1度こちらを振り返った。しかし、また、すぐに前に向き直った。そのまま走っていく。助けて。そう叫びたいが、声が出ない。男と目が合う。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ