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ごんちゃんと松井さん

作者: 鬼灯零個
掲載日:2019/04/29

 このまちに引越してきて、初めてできた友達は、ごんちゃんと松井さんでした。

 新しい家は、前にすんでいたところより、ずいぶんと田舎でした。春休みに引越してきて、お母さんは、市役所に行ったり、小学校に行ったり、とてもいそがしそうでした。部屋の片づけもまだまだあります。わたしは、お母さんのじゃまにならないように、散歩に行くことにしました。しらないまちを一人で歩くのは、探検みたいでわくわくしました。家を一歩出ると、空き地と畑ばかりです。この場所が住宅地として売りに出されて、一軒目に建ったのがわたしの家でした。

 道は碁盤の目のようにまっすぐだったので、迷う心配はありません。すこし歩くとすぐ公園をみつけました。その公園は、ずっと前に分譲された団地の中にありました。ブランコ、すべり台、砂場、なんでもそろっています。公園のまわりは、大きなおうちばかりでした。こどもはひとりも遊んでいません。

 わたしはブランコをゆっくりこぎながら、公園に植えられた満開の桜をぼうっとながめていました。

 白髪まじりのおばちゃんが、まっ白い中ぐらいの大きさの犬を連れてやってきました。とってもかわいい犬です。

「さわってもいいですか」

「どうぞ。ごんちゃんは噛まないから」

 白い犬の名前は、ごんちゃん。お手もおすわりもできるとってもかしこい犬でした。

 今はおとなしいけれど、小さいころはごんただったのよとおばちゃんはいいました。

「ごんた」とは、この地方でやんちゃとか、おてんばとかいう意味です。

 次の日も、その次の日も、わたしはごんちゃんに会うために、公園に行きました。

 ごんちゃんはおばあちゃんなのよ、だからゆっくりしか歩けないの。おばちゃんはいいました。わたしは、リードをもたせてもらい、ごんちゃんの家までいっしょに歩きました。

 「松井」という表札がかかっていました。大きな生垣で囲われた広いお庭の家でした。

 学校が始まり、わたしは4年4組になりました。すぐには、お友達なんかできません。きこえてくることばも、なんだかちょっとちがうし、意味のわからないことばもあるのです。学校から帰っても、遊ぶ友達はいません。わたしは、ごんちゃんに会えるのを楽しみに、毎日、公園にいきました。

 ごんちゃんが来ないときは、松井さんの家まで行き、お散歩の手伝いをしました。松井さんは、わたしのためにお菓子やケーキを用意してくれるようになりました。

 松井さんには、子供がいませんでした。結婚がおそかったからと松井さんはいいました。だから、ごんちゃんをわが子のように育てているのです。リビングには、ごんちゃんの写真がたくさん飾ってありました。松井さんは、「またきてね、いつでもまってるからね」といってくれました。

 新しい学校に慣れ、お友達ができると、だんだん遊びにさそってもらえるようになりました。習い事にもいくようになりました。一軒だけだったわたしの家のまわりには、ぽつりぽつりと家が建ち始め、新しい公園もできました。いつのまにか、あの公園にはいかなくなりました。

 4年がたち、わたしは中学2年生になりました。そして、うわさでごんちゃんが死んだことを聞きました。それまで、わたしは、ごんちゃんのことをすっかりわすれていました。ごんちゃんが天国へ行ってしまったなんて、信じたくありません。久しぶりに松井さんをたずねてみようと思いました。でも、松井さんがわたしのことをおぼえているか不安です。

 わたしは、勇気を出して松井さんの家まで行ってみました。

 生垣のすきまからそっとのぞいてみると、緑の芝生の上でごんちゃんが走り回っているではありませんか。わたしは、目をうたがいました。その姿は、老犬とは思えません。死んだなんて、やっぱりうそだったんだ。わたしは、玄関にまわり、インターホンをおしました。すぐに、松井さんがでてきて、突然のわたしの訪問をとても喜んでくれました。

「まあ、ひさしぶり。きてくれたの。こんなに、背が高くなって。さあ、さあ、あがって。ちょうど、外国のおいしいお菓子があるのよ」

 リビングから見える庭には、ごんちゃんはいません。

「ごんちゃんは、どこに……」

「ごんちゃんはねぇ、一年前に遠いところにいっちゃってね」

「でも、さっき庭で……」

「ああ……そう……やっぱりそんな気がしてたのよ、あなたにも見えるのね」

 リビングのローボードの上には、たくさんのごんちゃんの写真とともに、4年前に撮ったごんちゃんとわたしの写真が飾ってありました。



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