四十話 一月十一日 その三
一月十一日 その三
新しい部室の匂いは、やはり新鮮さに満ちていた。だが浅利はそれを気に入りはしなかった。前の部室のように、そこにいた人間達が生きて、動いて、活動したことによって生まれた匂いが蓄積していた方が、浅利には良いものに思えた。
先ほどから、浅利は一人でここにいる。旧部室から持ち込んだ、まだ古い匂いをそこはかとなく出している長机の横に、パイプ椅子を組んで座り続けていた。
神楽坂はここにいると思ったのに――
サークル内の異常事態について、相談できるのは神楽坂だけだ。彼も精神が落ち込んでいる様子を見せるものの、他に頼れる人間はいなかった。
待ちくたびれた浅利は、コーヒーでも飲んで暇を潰そうかと、その場に立ち上がった。
すると、コンコン、と部室のドアをノックする音が強く部室に響き渡った。
「はい?」
浅利がそう返事をすると、ドアが、がらり!と無遠慮で不遜な調子で開くと、三人の人間がずかずかと、これもまた遠慮なしに部室に入り込んできた。
「神楽坂さん、いないんですか?」
三人の女生徒らしき者達の真ん中にいる女が声高にそう訊いた。
「見ての通り、いないけど」浅利は答えた。
「どこに行ったんですか?」
「さあ。私も探してるんだよ」
それを聞いた女達は「ちょっといいですか?」と言って、返事も聞かないままに部室に散らばり始めた。ある一人は新しく支給された新しい掃除用具入れのロッカーを開けて、中を確認する。もう一人は、ベランダへと続くドアを開けて、その外を見る。もう一人は机の下を見た。
「本当にいないようね」
先ほど真ん中にいた、おそらくリーダー格の女が、そう言った。だからいないと言っているだろう、と浅利は思った。
再び女生徒達は一箇所に集まると、何やらこそこそと話し始めた。そして、浅利に言う。
「神楽坂さんに伝えて欲しいことがあるんですけど」
「は、はあ」浅利は気がなく返事をした。
「約束は守りました。二つとも。私達をサークルに入れてください、って言っておいてください」
浅利はぎょっとした。このやけに活発な生徒達はサークルに入りたいらしい。今サークルがあのような状態にある中で、新しいメンバーを入れるというのもどうだろう。おそらくこの女生徒たちは神楽坂にいいようにあしらわれたに違いない。
「ちゃんと伝えておいてくださいね」
女生徒達はそう言うと、来た時と同じように無礼な態度でドアを開いて出て行った。
浅利はあっけに取られるが、今自分が抱えている悩みに比べれば大したことはないと思い、コーヒーメイカーの蓋を開けた。
がらり、とまたドアが開いた。そちらを見ると、先ほどの三人娘のリーダー格の女がこちらを睨んでいた。
「まだ何か用?」
と浅利がいうと、彼女はつかつかと浅利の前まで歩いてきて、言った。
「あんた、神楽坂さんの彼女じゃないでしょうね」




