二十九話 一月三日
一月三日
東はようやく日本に帰国した。空港のターミナルは海外旅行に行くのであろう家族連れでごった返していた。荷物のテントと寝袋を抱えながら、人とぶつからないように出口を目指す。
ハンナはよほど東のことが気に入ったのか、結局ローマまで付いてきた。彼女は言った。
「私、アズマに興味があるわ。ここでお別れだけど、近いうちに必ず日本へ行くから」
「そうか」
「連絡先教えてよ」
東はやっかいなことにならなければいいなと思いながらも、正直に連絡先を告げた。ハンナはなぜかしたり顔でそれを聞いていた。
「私ね、好きになったら突っ走るタイプなのよ。日本に行ったら、まず東の行動を観察するかな」
「やめてくれよ。普通に会いに来いよ」東は自分のことを棚に上げて言った。
ハンナはきゃは、と笑って別れを告げた。
東もこの変わったロック女には普通とは違った感情を掻き立てられていた。ハンナは、東とは趣味も嗜好も価値観もまるで正反対だ。ロザリアを見たときに言った、彼女の言葉が脳裏に蘇る。
『見た目の美しさより、大切なことはあるわ』
ハンナは東が考えたこともないようなことを、日常的に考えているのだと思う。それと同時に、東が考えていることは、ハンナは決して考えない。彼女ともっと話をしてみたかったと思った。そうすれば東が思いもよらない真理が、おのずと導き出されるような気がしてならないのだ。
それが何なのかはまだわからない。今の東はただ漠然と、立花佳織はロザリアのようになればいいと思っている。だが、頭の中にもやがかかったように、その願望は判然としない。自分はいったいどうすればいいのだろう。
周りの旅行に出かける者達を見てみた。このおびただしい人間達は自分の人生について、つまり死についてどう思っているのだろう。いずれ自分は死ぬということはわかっているはずなのに、彼らは平気な顔をしてバカンスを楽しもうと思っている。
東が思うように、決して失われない何かを得たいとは思わないのだろうか。
少なくともハンナは思わないだろう。そういう人間がいるということが彼女と接していてわかった。この東の旅行は、ロザリアを見ることが目的だったが、それとはまた違った利益が得られたような気がする。だがこれも判然としない。
東は自分の確固たる願望の具現化と、自分自身の変化という、相反する二つの現象がぶつかり合うのを感じた。いったいどこへ向かえばいいのだ。




